憧れの存在

 朝の優雅な空の散歩。とはいかなかったけど、僕たちはニーミアの背中で少し寛ぎながら、目的地へ到着するのを待った。


 ライラは相変わらず空からの景色に感動しっぱなしで、僕はルイセイネが気を利かせて持ってきてくれた朝食に舌鼓したつずみを打つ。

 プリシアちゃんがニーミアの背中に漬けだれを零したけど、内緒です。きっとニーミアは気づいているけどね。


 腐龍ふりゅうの時や竜峰の西の村からの時のような速度ではニーミアは飛ばず、本当に急いでいるのかどうか、よく分からなくなってきた頃。

 山脈の麓に、小さな広場を見つけた。ニーミアはそこに向かって飛んでいるようで、徐々に高度を落としていく。

 近くなると、広場には大勢の人だかりができている事に気付けた。


「結構な人が集まっているんだね」

「竜峰中からだ。毎年百人程度は集まる」


 竜峰中からで毎年百人が多いのか少ないのかはわからないけど、竜人族あげての試練なんだ、とは理解できた。


「それで、試練はどんな内容なの?」

「到着すれば、説明がある」


 ザンはそれだけ言うと、ニーミアに広場の中央に着地するように指示する。

 広場に集まっていた人たちは、雲よりも更に上から巨大な翼竜が降下してきて、驚いたように散っていく。

 村の人たちはもう慣れっこなんだけど、やっぱり巨大化したニーミアは迫力があって、知らない人には脅威に見えるんだね。


「にゃんは悲しいにゃん」

「よしよし。ニーミアは可愛いのにね」

「にゃあ」


 プリシアちゃんに撫でられて、嬉しそうに鳴くニーミア。


 ニーミアが更に降下していくと、広場の竜人族は気配を消したり物陰に隠れて、こちらの様子を伺い出す。

 ニーミアは地上の人たちを驚かさないように、ことさらゆっくりと降りて行き、柔らかく着地をした。


 暴君とは大違いだね。


 僕たちはニーミアの背中から降りる。全員が降り終わると、ニーミアはいつもの大きさに戻って、プリシアちゃんの頭の上に飛び乗った。


「今年は変り種が参加するとは聞いていたが。程度というものがあるだろうに」


 僕たちの一行にザンの姿を見つけたからなのかな。隠れていた年配の男性が姿を現し、僕たちに近づいてきた。


「久しいな、ザンよ」

「俺は去年は参加しなかったからな」

「去年は竜姫にこき使われていて、暇がなかったんだろう」

「そんなところだ」


 ザンと年配の男性は親しそうに挨拶を交わす。そして、その様子を見て危険がない事を確認したのか、広場に竜人族の人たちが戻り始める。


「噂には聞いていたが、あれが新竜王か」

「ジルド様の後を継いだらしいぞ」

「あんなに可愛い人族の男の子が?」

「竜王も参加するのか」


 戻り始めた人たちの多くは、見た目が十代後半から二十代の若い男女だ。

 長命な竜人族だから、コーネリアさんのように絶対見た目以上の年齢なんだろうけどね。


「人族の女もいるぞ」

「耳長族の幼女だ、初めて見たよ」

「まさか、こいつらも参加するのか」


 ルイセイネ、ライラ、プリシアちゃんを見た竜人族の多くが、僕を見た時とは違う驚きをしている。

 竜峰に人族と耳長族が居る、ということだけでも珍しいはずなのに、それが竜人族に混じって戦士の試練を受けるなんて、信じられないんだろうね。よくわかるよ。


「ふふん、あの程度の人族にも参加を認めるなど、落ちぶれたものだ」

「これだから東側の奴らは」


 なにやら不穏な雰囲気の人たちもいます。

 全員に好意を持ってもらおうなんて思いはないけど、露骨に敵意を向けられるのは、やっぱり嫌だね。

 去年のグレイヴ様のことを思い出しちゃうよ。


「安っぽい敵意でも、向けられるとあまりいい気持ちはしませんわ」

「そうですね。みんなが仲良く、が一番良いのですが」


 ルイセイネとライラも、向けられている嫌な気配に気づいているみたい。プリシアちゃんを悪意ある視線から守りつつ、二人はかたまって辺りの様子を伺っている。


「それで、君がジルド様の後継者かい?」


 ザンとの挨拶が終わった男性が、僕に微笑みかけてきた。


「はい。エルネア・イースといいます。今回はよろしくお願いします」

「ははは。こちらこそ、宜しく。竜王の称号を得ている君なら、造作もない試練だよ」


 言って男性は、広場に戻ってきた人たちを集めだした。どうやら、この男性が音頭をとって試練が行われるらしい。


「さあて、人が揃ったことだし、始めるとしよう」


 広場にひとつだけあった岩に飛び乗った男性は、そこから集まった多くの若者を見下ろし、にやりと笑う。


「喜べ、貴様ら! 今年の試練は簡単だ。竜の巣から卵を取り、それを無事に自分の村まで運ぶこと!」

「「「は!?」」」


 広場に集まっていた竜人族の若者全員の目が点になる。


 ううむ、この幹事の男性は今、とんでもないことを言いませんでしたか。


 自分の村まで戻る、というのはよくわかる。つまりは、僕が春先に行った、ひとりで竜峰を旅できるだけの実力があるかを試されるってことだよね。

 でも、竜の卵を持ってって……


 卵であれ赤ちゃんであれ、大切な我が子を奪われたら、竜族じゃなくても怒り狂うと思う。それをわかっていて、卵を取って自分の村に持って帰れだなんて。

 どこが簡単な試練なんですか!


 僕と同じ思いを、竜人族の若者全員が抱いていた。


「おい、ふざけるな。いつもの年の試練と違うだろう!」

「いつもなら、魔獣を狩りながら自力で村まで戻ってこい、だったじゃない?」

「これのどこが簡単なんだ。無理に決まっている……」


 広場の若者たちが騒ぎ始めた。


 どうやら、簡単どころか異常に困難な難易度になってしまっているらしい。


「困りましたわ」

「どうしましょう」

「んんっと、簡単?」


 ルイセイネとライラも、困った様子で僕をみる。でも僕を見られても、どうすることも出来ないよ。


「人族と偽竜王がいるから」

「あいつらのせいか」


 ぎろり、と複数の視線に睨まれる。


「いやいや。僕たちが居るせいだというのなら、逆に試練は本当に簡単になるはずじゃないのかな。人族は竜人族よりも劣っているのは確かなんだから。人族がいるから試練が逆に難しくなるなんて、矛盾してますよ?」

「言われてみれば、そうか」

「でも簡単じゃないよな」


 確かに、一見するといつもの年の試練よりも極めて難しいように感じる。でも、よく考えてみよう。きっと答えは、そこにあるはずだから。


「この試練が難しいと思うものは、今年は諦めろ。その程度の実力しかなかったんだ。それと無理はするな。危険だと思ったら、すぐに自分の村の護衛役に降参を申し出ろ。無謀と勇敢を履き違えるな。命を失ってしまっては、再度挑戦することも出来ないからな」


 騒ぐ広場の若者なんて気にした様子もなく、岩の上に立つ男性は宣告する。


「それでは、これより戦士の試練を開始する。君たち若者の健闘を祈る!」


 男性の宣告と同時に、ザンを含む何人もの戦士の気配が広場から消える。なるほど、この試練の護衛役にザンが毎年選ばれる理由がわかったよ。気配を消し、陰から守るんだね。


 広場に意識を向けている間に、岩の上に立っていた男性も消えていた。

 護衛役全員が、気配を完全に消すことのできる凄腕の戦士なんだ。


 護衛役の戦士の気配と姿が消えたことに、広場に残された若い竜人族の男女も気づく。だけどすぐに広場から出るような無謀な行動を起こす者は居なかった。


「おい、お前の村はどっちの方角だ」

「私はターリスの村の者だけど、近くの村の人はいませんか」


 どうやら、自分の村の近くに住んでいる人たちで、かたまって行動するみたい。

 去年までの試練では、こうして近くの村の人たちが集まって、行動していたんだろうね。


 この広場が竜峰のどこに位置するのか、空から移動してきた僕には方角くらいしかわからない。

 他の竜人族の若者は、ここまで護衛役の戦士の人とやって来たんだろうから、道も方角も把握しているはず。

 そして僕はひとり旅で四苦八苦したけど、数人でまとまって行動出来れば、困ったときに助け合えるし、知恵も出し合える。


 去年までは、上手く行動すれば、確かに簡単な試練だったんだろうね。魔獣退治を除けば。


 でも、今年は違う。

 村に戻る途中で、竜族の巣から卵を取らなきゃいけない。もちろん竜は怒って追いかけてくるだろうから、竜族の追跡を回避しつつ、村に戻らなきゃいけないんだ。

 これは近くの村の人たちで組んでも大変そうだ。


「わたくしたちはどうしましょう?」

「困りましたわ。どなたか協力してくれる竜人族の方はいるのでしょうか」


 不安そうに周りを見渡すルイセイネとライラ。ちなみにプリシアちゃんは、アレスちゃんと行儀よく座って話をしている。


「僕たちはもう五人と一匹でまとまっているんだし、迷惑もかけれないからこれでいいんじゃないかな?」

「そうですねぇ」

「仕方ないですわ。小さな子供もいますし」


 ということで、他の竜人族の人たちとは協力せずに、僕たちだけで試練の突破を目論むことになった。

 そして見渡すと、早くも徒党を組んだ人たちが、自分たちの村に向けて動き出している。


「僕たちも出発しようか」

「でもその前に」


 ルイセイネが困ったように僕を見る。


「食べ物も飲み物も、何も持ってきていませんが、どうしましょう」


 長旅になりそうだからね。ルイセイネの不安はよくわかる。しかも僕たちの中には、すぐに空腹になる小悪魔がひとりと一匹いるからね。

 でも大丈夫。


「それは問題ないかな。上空から泉と沢の位置は確認していたし、食べ物も僕が獲れるよ」

「あらあらまあまあ、いつのまにそんなに頼もしくなったのですか」

「エルネア様、素敵ですわ」


 女の子に褒められて、悪い気なんてしない。ふふん、と僕は鼻を鳴らして胸を張って見せた。


「調子にのりやがって」

「きっとすぐに、泣いてザンさんに降参するさ」


 と相変わらずの嫌味。いったい誰が言っているのかなんて、確認しようとも思わないよね。


「あの自信、さすがは竜王なのかな」

「コーア様の、竜廟の村から来てるんだろう。途中まで一緒だ。お手並み拝見」

「あんな美人な女の子と可愛い幼女と一緒の旅なんて、なんて羨ましいんだ」

禿げてしまえ!」


 一部に意味不明な言葉はあったけど、どうやら羨望せんぼうの眼差しを向けられているみたい。

 こそがゆい視線を感じつつ、僕たちも広場から出発をする。


 出だしだからね。同じ方向に向かう多くの人たちと一緒になって、広場の外、岩肌むき出しの山脈の中腹へと、僕たちは足を踏み出した。

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