騒動の中心は誰?

「貴方が留守るすだったから、こちらは穏やかな日々だったのよ?」


 そう話を切り出したミストラル。

 そこで僕はすぐに異議を申し立てた。


「はい、ミストラル!」

「何かしら?」

「あのね、その言い方だと、僕がいるときは穏やかじゃないように聞こえるよ?」

「ふふふ、気のせいじゃないかしら?」

「いやいや、みんな笑っているよ!」


 僕の異議申し立てに、妻たちどころか流れ星さまや耳長族のみんなまで笑っている。

 魔術で生み出された大鷲おおわしなんて、ひっくり返って翼をばたばたとあおがせながら笑っているよ。

 モモちゃん、そんなに笑わなくても……

 まるで「何を寝惚ねぼけたことを」とみんなが僕に指摘しているように感じます。


 せぬ!


「ふふふ。でもね、エルネア。あのプリシアも、モモが遊びに来るまでは素直に生活していたのよ?」

「そんなプリシアちゃんなんて、想像できません!」


 とは言ったものの、プリシアちゃんもお母さんの前では素直で良い子なんだよね。

 お母さん怒ったら、すごく怖いからね!


 ……ん?

 ということは?


 プリシアちゃんは、僕といるときは僕が怒らないから思いっきり楽しんでいる?

 では、やはりミストラルが言ったように、プリシアちゃんは側に僕がいる時といない時では元気さが違うのかな?


「エルネアお兄ちゃんが、ようやく自分の影響力に気づいたにゃん」

「ニーミア!?」

「エルネアお兄ちゃんの実家でも、プリシアもにゃんもモモちゃんも、みんなに迷惑を掛けていないにゃん」

「い、言われてみると、騒動の報告とかは聞かなかったね?」


 僕が禁領に帰って来て、最初にこれまでのお話を聞かせてくれたのは、プリシアちゃんだった。

 ミストラルたちは、プリシアちゃんが自分のお話をしたいというわがままを優先させていたんだろうね。

 そして、プリシアちゃんの面白く楽しく驚きのあるお話のなかには、頭を抱えるような騒動は含まれていなかったよね。


 そうなると、やはり僕が原因で……?


「よし、決めたぞ。僕もプリシアちゃんの成長のために、時には厳しく指導しよう」

「むうむう、そんなお兄ちゃんは嫌いだよ?」

「わわっ、プリシアちゃん!?」


 頬を思いっきり膨らませて、ぷんっ、とそっぽを向くプリシアちゃん。

 僕は慌ててプリシアちゃんに駆け寄って、自分の過ちを謝罪した。


「ごめんね、プリシアちゃん。だから嫌いにならないでね?」

「んんっと、どうしようかな?」

「また今度、いっぱい遊ぼうね?」

「ニーミアとモモちゃんとメイも一緒?」

「もちろん、一緒だよ!」

「それじゃあ、仕方ないですね」

「ありがとう、プリシアちゃん!」


 エルネアがプリシアに籠絡ろうらくされているわ、とミストラルたちが笑っていた。

 まあ、冗談のやりとりはこれくらいにして。

 そろそろ本題に戻ろう。


「それで、ミストラル。僕がいない間のことを教えてくれるかな?」


 プリシアちゃんも素直に過ごしていて、禁領には問題が全く起きなかった。なんてことはないと思う。

 だって、そうだったらこんな報告会にはなっていないだろうからね。


 僕が続きを催促さいそくすると、ミストラルはまず日常のことを話してくれた。

 そこにはやはり、問題視するような異常は見受けられない。

 だけど、時系列がライラが戻ってきてから先の話になった時。唐突に、報告の内容が不穏なものへと一変した。


「最初は、竜王の森で育っている森の精霊王の赤ちゃんが引き篭もったというユンとリンの知らせからだったのよ」


 ある日突然、森の精霊王の赤ちゃんが精霊の里に引き篭もったという。

 原因は、竜王の森の守護を奪おうと禁領の外から流れてきた、風の精霊王だった。

 だけど、風の精霊王の計画はミストラルたちによってはばまれた。

 風の精霊王に、禁領の特異性やそこに住む者たちと精霊とのきずなを示し、大ごとになる前に説得に成功したらしい。


「すごいね! 耳長族じゃないみんなが精霊王を説得できたなんて、これは竜の森のみんなに自慢話できるくらいすごいことだと思うよ!」


 精霊は、良くも悪くも精霊力を持つ耳長族や自然にしか干渉しない。だから、場合によってはこちらがどれだけ真剣に語りかけようとも、精霊は姿どころか気配さえ表してくれないかもしれないんだ。

 きっと風の精霊王も、最初に流れ星さまや妻たちと精霊が楽しく遊んでいる様子を見ていなかったら、ミストラルやルイセイネが声を掛けても反応しなかったはずだ。


 しかも、精霊王に反応をさせただけじゃなくて、荒れ狂う風に負けずに説得に成功するだなんてね!


「もしも僕だったら、ミストラルたちのように手際良く問題解決はできなかったかもしれないね?」

「あら? 貴方にはアレスがいるのだから、精霊の説得なら簡単じゃないかしら?」

「ミストさん、違いますよ。エルネア君の場合はアレスさんも制御できなくて、きっと数倍以上の騒動になるのです」

「ああ、そうね。ルイセイネの言う通りだわ」


 うんうん、と全員が頷く。

 もちろん、プリシアちゃんと遊んでいたアレスちゃん本人も、しっかりと頷いていた。


「そ、そんな馬鹿な!?」


 いいや、否定はできませんね。

 そこにプリシアちゃんでも加わろうものなら、きっと禁領全体を巻き込んだ大騒動になっていたはずだ。


「ふふ、ふふふ。それでは、深緑の国の騒乱も、エルネア様がいらっしゃったからあれほど大規模なものになったのでございましょうか?」

「エリンちゃん、それは大きな誤解だからね? というか、僕は巨人の魔王とエリンちゃんの悪巧みに乗せられて騒動に巻き込まれただけだからね?」

「いいや、全ては騒動竜王のせいだな。間違いない。お前が絶対に悪い」

「アステル!?」


 このまま今の話題に傀儡の王とアステルの介入を許せば、カディスが起こした反乱自体が僕のせいになりかねません!


「ごほんっ。ミストラル、続きをお願いします」


 僕はわざとらしく咳払せきばらいをして話題を切ると、ミストラルに先をうながした。

 すると、そこでミストラルの表情が曇った。

 ミストラルだけでなく、他の妻たちや流れ星さまたちも困惑した表情を見せる。そして、耳長族の人たちはまるで自分たちの不甲斐なさを悔いるようにうつむき、くやしそうに瞳を閉じる。


 いったい、何が起きたんだろう?


 風の精霊王の説得に成功し、竜王の森の危機は去った。

 風の精霊王の威圧に怯えて精霊の里に引き篭もってしまった森の精霊王の赤ちゃんも、無事に出てきてくれたという。

 それなのに、いったい何がミストラルたちの表情を曇らせたのか。

 なぜ、耳長族の人たちはあんなに悔しそうなのか。


「エルネア」

「なにかな?」


 ミストラルにまっすぐ見つめられて、僕は無意識に姿勢を正す。


「きっと、これは言葉では伝わらないわ。だから、これからある場所に行ってもらいたいのよ」


 どこへ? と首を傾げた僕の手を、ユフィーリアとニーナが取る。

 二人にいざなわれるように、お屋敷の外に出る僕。そして、他のみんな。


「ニーミア」

「んにゃん」


 ミストラルにわれて、ニーミアが大きな姿になった。

 僕はそのままユフィーリアとニーナに手を引かれて、ニーミアの背中の上に連れていかれる。

 ユフィーリアとニーナは、僕がちゃんとニーミアの背中に乗ったことを確認すると、自分たちは地上に戻って行った。


 不思議だね?

 普段の二人なら、僕の手を取った後は他の妻たちに奪われないように、全力で逃げるはずなのにね?

 という僕の疑問を他所よそに、物事は進んでいった。

 ミストラルが、ニーミアに出発を促す。


「お願いするわね?」

「任せるにゃん」

「んんっと、お土産をお願いね?」

「プリシアちゃん、僕はいったいどこへ連れていかれるのかな? というか、いつもは一緒に行きたがるプリシアちゃんが自らお留守番の選択肢を選んだ!?」


 その瞬間、僕の全身を嫌な予感が支配した。


「にゃーん!」

「あっ、ニーミア、待って!」


 僕の叫びもむなしく、ニーミアは一瞬で大空へと舞い上がる。

 もう、空間跳躍でも降りられないような距離だ。

 そして、僕と僕を乗せたニーミア以外の全員が、地上から手を振っていた。

 僕を死地へ送り出すような、悲しそうな表情で。


「い、いったい僕は何処どこへつれていかれるんですかーっ!」


 僕の叫びは、禁領の西へと進路を取ったニーミアと共に、大空に流れていった。






 荒れ狂う風。

 渓谷の合間は風に支配され、飛び交う鳥の姿さえ見えない。


 ここは、禁領の西。

 幾つかの湖を飛び去ったニーミアがたどり着いた場所は、深い原生林に覆われた山岳地帯の、とある渓谷だった。

 ニーミアは、荒れ狂う風の様子が遠目でもわかるような渓谷脇の山のいただきに降り立つと、僕を下ろした。

 僕はニーミアから降りて、周囲をぐるりと見渡す。


 山頂から見える風景のなかに、見知った景観は殆どない。

 遥か東に、小さく霊山が見えるくらいだ。


「随分と飛んできたね?」

「にゃん。でもまだ禁領の内側らしいにゃん」

「まだまだ僕たちの知らない地域が、禁領にはいっぱい残っているんだよね」


 僕たちが普段活動し、知っている地域なんて、ミストラルが巨人の魔王から受け取った領地のほんの小さな一部でしかない。

 まだ訪れたことのないみずうみは何百とあるし、森や山や川や平地は、把握できないほど広がっている。

 そんな、まだ僕たちが足を踏み入れたことのない原生林の奥に、この風狂う渓谷はあった。


 でも、昔から荒れた風が吹きすさんでいたわけではなさそうだね。

 だって、と僕たちが見つめる先。風狂う渓谷の奥にも、周囲と変わらない原生林が生いしげっていた。


 昔から風の強い渓谷なのだとしたら、きっと樹々もなかなか育たなくて、原生林の密度は違っていたはずだ。それに、風にあおられながら成長した樹々は、みきが斜めに伸びたり一方向にだけ枝が広がっていたりするんだよね。でも、風狂う渓谷の奥の原生林には、そうした風による影響は見られない。

 というか、荒れ狂う風は渓谷を満たしているというのに、何故か原生林の樹々は無事だった。


「なんだか不思議な渓谷だね? 近づかずに、こうして見ているだけでも風の凶暴さは感じられるのに、内包する自然はとても穏やかに見えるよ?」

「普通じゃないにゃん?」

「そうだね。これは絶対に普通じゃないよね。これを言い表すなら……。そう、まるで渓谷のなかにいる風の精霊さんたちが暴れ回っているようだね!」

「にゃん!」


 自然と共に生きる精霊たち。だから、どれほどに暴れたとしても、自然を無闇に傷つけるようなことはしない。

 そうと知っている僕たちになら、正しく理解できるよね。

 原生林に覆われた渓谷の暴風は、風の精霊たちの仕業だ。

 そして、風の精霊たちは最近になって、この渓谷で暴れ始めたに違いない。


「ミストラルたちは、この現状を僕に見せたかったのかな?」

「そうにゃん」

「なるほど……。よし、確認できたし、ニーミアよ、帰ろう!」

「んにゃっん!」


 用事は済みました。と、改めてニーミアの背中に乗ろうとした僕。だけど、僕がそう行動を移すよりも前に、ニーミアは一瞬で空へと舞い上がった。

 僕を乗せずに!


「ニ、ニーミアちゃん?」


 嫌な予感しかしません!


 そして、僕の予感は見事に的中する。


「ミストお姉ちゃんから伝言にゃん。風の精霊王のことは任せるにゃん」

「な、なんですとーっ!」


 け反って驚く僕。だけど、ニーミアは僕の反応なんて確認せずに、そのまま東の空へと飛んで行った。

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