伝説の大工さんの伝説

 まず最初にアステルが創り出したのは、深緑の魔王のための宮殿だった。

 魔王城の一部を飲み込んで、雲の上までそびえ生えた大樹。その雲の上の枝元には、小さくとも立派な宮殿があった。だけど、カディスの炎で焼かれてしまったんだよね。

 だから、まずはこの国の支配者である深緑の魔王が休める宮殿の復旧から手をつけたんだ。


暴虐ぼうぎゃく竜王、これでまず貸しひとつだぞ!」


 と、アステルは叫んでいました。

 思うんだけど、僕への悪口が酷いよね?

 僕はアステルと対立したことなんてないのにさ?

 きっと、これからもっと親交を深めて僕のことを理解してもらえたら、現在の印象も変わって仲良くなれると思うのです。

 そうしたら、黒腕こくわん剣闘士けんとうしであるトリス君や黒猫魔族のシェリアーとも一緒に、みんなで仲良く遊べるよね!

 僕の希望はともかくとして。


 アステルは嫌だ嫌だと言いながらも、仕事はきっちりと果たしてくれた。

 もちろん、アステルが働くとその分だけ僕や深緑の魔王への貸しが増えていくんだけど、気にしません。返済が大変なことになっていくことも含めてね。

 個人的な小さなこだわりに囚われていたら、国の早急さっきゅうな復興という大事業は進まないからね。


 アステルは、一瞬で巨樹の上の宮殿を創り出した。

 僕が強く念を押したり、深緑の魔王が忠言していたおかげか、宮殿はこぢんまりとしていながらも立派で美しく、落ち着きのある建物になった。

 良かった良かった。

 これで禁領のお屋敷やアステル自身が住むような超巨大な宮殿になっていたら、老衰ろうすいした深緑の魔王がひっそりと余生を過ごす場所じゃなくなって、野望に満ちた魔族たちの格好の標的になっちゃうからね。


 そうそう。宮殿は密かに創られたんだ。

 巨樹の上に本物の深緑の魔王が住む宮殿が建立されていることを知っているのは、依頼した魔王本人と僕と、創ったアステル。そして人形で魔王のお世話をする傀儡の王と、カディスだけ。

 まあ、巨人の魔王やシャルロットは僕を通して感知しているだろうけど、他言はしないはずだ。

 ということで、深緑の魔王はこれからも、本人は宮殿で安静にして、地上では傀儡の王が造り出した人形の魔王が君臨することになる。


 それと。


 カディスの炎によって、旧宮殿は燃やし尽くされた。その炎は、巨樹を燃やしながら上へ上へと炎を昇らせていったわけだけど。

 なんと、炎に焼かれたはずの巨樹は、実は無事だったんだ!

 炎で焼かれてしまったのは、表面の分厚い樹皮だけで、内側は無事だった。

 もちろん、焼けげた表面は現在も残っていて、見る者に反乱の激しさを物語っているけど、巨樹自体は問題ない。

 きっと何度か季節が巡って深緑の魔王の魔力の巡りが進んだら、かつてのような立派な樹皮で覆われて、雲より高い位置には美しい葉を広げるに違いない。


「エルネアの話だと、とても立派な巨樹ね。いつかみんなで訪れて観てみたいわね」


 僕の報告を聞いたミストラルが、そう言っていた。

 ちなみに。流れ星さまたちや傀儡の王やアステルがいる手前、霊樹ちゃんの存在は口にしていない。

 さっきセフィーナが言葉を濁して言っていたのも、秘密を守るためだ。


 流れ星さまたちが清く正しいことは知っている。でも、だからといって気軽に存在を示せるほど、霊術ちゃんは安くない。

 アステルはもともと禁領に入る許可を得ていたけど、霊樹の存在は知らないはずだ。

 傀儡の王に至っては、僕が許可を出したとはいえ、まだまだ見極めが足りない。

 だから「霊山とその周辺は千手せんじゅ蜘蛛くもの縄張りだから、許可なく入ったら誰であろうと食べられるからね!」とアステルと傀儡の王には強く忠告をしていた。


「エルネア君、続きが気になるわ。魔都と魔王城の復興も順調だったのかしら?」

「エルネア君、続きが気になるわ。カディスを送り届ける依頼はどうなったのかしら?」

「ふふふ。ユフィ、ニーナ、よくぞ聞いてくれたね。それでは、続きを語ろうか」


 僕は自信満々に笑みを浮かべ、同行していたメジーナさんは苦笑し、傀儡の王は楽しそうに微笑み、アステルは不平不満を今でも口にし続けていた。






 宮殿は、あっさりと完成した。

 次に取り掛かったのは、魔王城の復興だった。


 僕としては、魔都を復興させないと住民のみんなが困るんじゃないかと心配していたんだけど。だけど、そこは住民の苦労よりも支配者の威厳を示す方が先だったようだ。

 目の前のことだけじゃなく、国単位の視点で物事の順序を決めるべきだ、と魔王から言われちゃったら、そうなんだ、と納得するしかないよね。


 深緑の魔王の健在を強く示すために、猫公爵として物質創造の能力が有名なアステルをこき使っている。

 力を持つ魔王だからこそ、巨人の魔王の国に領地を持つ猫公爵をもあごで使って反乱の傷跡を瞬く間に消し去る。

 猫公爵が新緑の魔王の国に出張って国の根幹に関わる大事な仕事をしているということは、即ち背後には巨人の魔王の手厚い支援もあって、だから国はこれまで通り安泰あんたいである。

 そう国内外に示すことによって、これ以上の反乱や下剋上を狙う魔族たちの動きを封じることが目的なんだ。


 とはいえ、アステルの物質創造も、都合の良い無限の能力ではない。

 巨大な建造物を創れば、魔力だって枯渇こかつする。

 それで、魔力の枯渇によってアステルが衰弱しないように慎重に、それでいてなるべく急いで、魔王城と魔都を復興させていった僕たち。


「お前は何もしていないだろう! 宮殿も魔王城も魔都も離宮も傀儡の王の城も、全部わたしがひとりで創ったんだかならっ!」

「エルネア君、エルネア君」


 と、セフィーナさんに服のすそを引っ張られる。


「気のせいかしら、物件が幾つか増えているような気がするのだけれど?」

「ははは、気のせいじゃないよ。アステルは優しいから、エリンちゃんのお城まで創り直してくれたんだよ」

「離宮というのは?」

「あれはねえ……」


 そこで、僕は遠い目になる。


「メジーナさん、エルネア君が何を隠しているのか教えていただけますか?」

「ルイセイネ!?」


 僕が現実逃避で逃げたと思ったのか、ルイセイネはメジーナさんに聞く。

 すると、メジーナさんは苦笑しながら言った。


「猫公爵様が連日頑張ってくださっている間の出来事なのですが。剣術の腕を上げようと、エルネア様は深緑の魔王陛下の若かりし姿をした人形とよく手合わせをしていたのです」


 純粋な剣術勝負だと、僕は深緑の魔王の人形に敵わなかった。

 それで、修行も兼ねて手合わせをしてもらっていたんだ。


「そうしたらある日のことです。深緑の魔王陛下ご本人様が、人形に勝てた場合は褒美にご家族全員で過ごせるような離宮を下賜かしされるとおっしゃいまして」

「ぼ、僕は遠慮したんだからね?」

「はい。エルネア様は丁重に辞退されていたのですが。どうやらアステル様には湾曲わんきょくして話が伝わっていたようでして」

「エリンちゃんが悪いんだっ」

「ふふ、ふふふ。ですがそのおかげで、深緑の国に素敵な離宮を頂けましたでしょう?」

「全部、詐欺さぎ竜王のせいだっ!」


 エルネア、説明しなさい。とミストラルに言われて、僕は仕方なく話す。


「深緑の魔王の剣術は、本当に凄かったんだよ! 本気の竜剣舞を駆使すれば、そりゃあ対抗できたかもしれないけどね? だけど、純粋な剣術だけの勝負では、手も足も出ないくらいの絶技ぜつぎなんだ」


 でも、そこで考えてほしい。

 圧倒的な剣術を繰り出す深緑の魔王の人形に、短期間で勝てると思う?


「あれは、ジルドさんから竜王の称号を継承するために受けた試練の時のように、一朝一夕いっちょういっせきでは乗り越えられないよ?」

「だけど、最終的にはアステルに離宮を創ってもらえたのよね?」

「うん。そこがエリンちゃんの仕業なんだよ!」

「ふふ、ふふふふ。私はただ、この国の反乱を鎮め、深緑の魔王の覚えも良い太公様のために、この国にエルネア様たちの離宮が必要だと魔王陛下が仰っていました、と猫公爵にお伝えしただけでございますよ?」

「嘘ではないけど、真実でもないよね……」

「全部、強欲竜王が悪いんだっ!」


 結局、傀儡の王から湾曲した話を聞かされたアステルは、本当に渋々と、むしろ嫌々と、僕たちのための離宮まで創ってくれた。


「深緑の魔王陛下の国を訪れたときは、離宮で寝泊まりですね。私は魔王陛下の姿をした人形の神官長様とお会いしたいですので、早く予定を立ててください」

「はわわっ。マドリーヌが欲望丸出しですわっ」

「むきぃっ、ライラ、欲望ではありませんからねっ」


 賑やかな妻たちに笑いながら、僕は続きを話した。


「それでね。アステルが一生懸命に復興してくれたおかげで、僕たちは次の行動に移れたんだよ」


 巨人の魔王から、カディスを国境まで送り届けるように言われていた僕。

 それで、僕はカディスとメジーナさんをともなって、魔都を後にした。






 ここまで僕が話していると、ふふふふ、とメジーナさんが楽しそうに笑った。

 なにせ、メジーナさんは他の流れ星さまたちがまだ未体験だったある経験を、この後に堪能たんのうしたんだからね。


 メジーナさんは、僕やカディスが出発する前の日に言った。


「エルネア様。耳長族の方々にお聞きしたのですが。なんでも、エルネア様は耳長族に匹敵する空間跳躍をお使いになられるのだとか」


 メジーナさんも、もう僕の空間跳躍を何度も目にしていた。

 一瞬で空間を渡り、ある時は遠くへ離れたり、ある時は急接近したり。一瞬で目紛めまぐしく瞬間移動する僕の姿を見たメジーナさんは、どうやら空間跳躍に興味を持ったようだ。


「それで、不躾ぶしつけなお願いなのですが。私も、一度で良いので一瞬で景色が切り替わる体験を経験してみたいのです」


 メジーナさんの申し出に、だけど僕は「むむむ」と唸ってしまった。

 だってさ。空間跳躍は、慣れない人に対して使っちゃうと、激しいいに襲われちゃうんだ。場合によっては目眩めまいや、もっと具合が悪いと吐いたり昏倒こんとうしてしまう可能性もある。


 僕だって、空間跳躍を体験してもらうことに異論はない。

 だけど、一瞬で切り替わる景色を堪能するためには、瞬間跳躍による酔いがなくなるまで慣れる必要があるんだよね。

 それをメジーナさんに説明したら「その程度の試練で良いのですか?」と、逆に聞き返されちゃった。


「メジーナさん、良いんですね?」

「流れ星として、貴重な体験の機会を見過ごすことはできません!」

「この人、やる気満々ですよ!」


 ということで、僕はメジーナさんの手を取って、何度か空間跳躍を使った。

 最初は、やはり激しい酔いに苦戦していたメジーナさん。それでも、不屈の精神で酔いを克服したんだ。


「吐かなかったのですか?」


 同僚の流れ星さまたちから質問攻めに合うメジーナさん。

 でも、メジーナさんは吐くことはなかったんだよね。

 かなり酔っていた様子だったけど、そこは乙女おとめとして踏み留まったらしい。


「それでね。メジーナさんが空間跳躍に慣れたということもあって、僕とカディスは全速力で国境まで向かうことに決めたんだ」


 とはいえ、炎が熱を伝える速さで行動できるとうたわれたカディスが本気を出しちゃったら、たとえ僕が空間跳躍を駆使しても置いていかれちゃう。

 現に、反乱中のカディスは国内を縦横無尽に高速で移動していたからね。

 だから、カディスは僕の空間跳躍の速度に合わせて進んでもらうことになった。


「それなら、カディスだけで国境へ向かえば良かったのじゃないかしら?」


 というミストラルの身も蓋もない発言にみんなが笑う。

 でも、それはできないよね。

 カディスが僕を置いてひとりで国境まで行ったら、巨人の魔王側の迎えに説明ができないもんね。

 あくまでも「太公」の僕が送り届けた、という体裁が必要なんだ。


 反乱を起こし、失敗したカディス。

 本来であれば、極刑以外の道はない。

 それを、巨人の魔王の提案で命拾いしたんだからね。

 お目付け役の僕を置いてカディスが単独行動を取ることは許されていない。


「それにね。僕が同行することで、反乱の首謀者であるカディスを狙った襲撃もある程度は予防できたんだよ」

「ある程度、なのね?」

「そうなのです、ミストラル。そこが注意点でした!」


 一度は魔王の座に届きかけたカディス。だけど、最後の最後で僕たちに阻まれた。

 そうなると、魔族の国で何が起きるでしょう?


 はい、答えは簡単です。

 カディスが生き延びたと知った野望を持つ魔族が、魔王位に最も近づいた魔族を倒して名を上げようと、襲撃してくるのです!

 もちろん、カディスに恨みを持つ者や、極刑にならなかったことに不満を持つ者もいる。そうした者が、移動中に襲撃してくる可能性が高かった。


「そして、それは現実になったんだよ!」


 次から次に現れる刺客!

 それでも、カディスに恨みや不満を持つ者たちは、僕の存在が側にあるということで手を引いてくれた。

 だけど、野望を持つ者は逆にやる気を出しちゃうよね!


「道中は、カディスだけじゃなくて僕まで襲われて大変だったんだよ?」

「それを笑い話にしている時点で、エルネア様の実力と胆力が示されていますね」


 流れ星さまたちは、移動中の冒険譚を感心したように聞いてくれていた。

 気のせいでしょうか。ミストラルたち家族のみんなは、途中から頭を抱えていたような……?


 そりゃあ、途中で大盗賊団を丘陵きゅうりょうごと吹き飛ばすようなちょっぴり激しい戦いがあったり、人族の隠れ里を襲撃していた奴隷狩り商人を追いかけ回したり、その隠れ里の人たちをかくまうために精霊たちに森を解放してもらうとしたら、アレスちゃんが僕の傍にいなくて大変なことになったりと、色々あったけどさ。

 でも、それは全部、傀儡の王が繰り広げた大人形劇やカディスの反乱よりかは小さい出来事だよね?


 なにはともあれ。

 メジーナさんが空間跳躍に慣れてくれていたこともあり、多少は騒動に巻き込まれながらも、僕は無事にカディスを国境まで送り届けたんだ。


「そうしたらさ。巨人の魔王の国側では、既に魔将軍率いる中央の軍隊が待ち構えていたんだよ」

「エルネア、何か隠し事はしていないかしら?」

「ミストラル!? 僕が言えないような事をしたから魔族軍が集結していたと勘違いしているんだね? でも、違うよ」


 魔将軍率いる魔族軍がカディスを迎えに来たのはついでだった。

 魔族軍は、深緑の魔王の国が荒れたせいで国境から流れてくる盗賊や野望に満ちた魔族たちを迎え撃つために、わざわざ中央から精鋭部隊が派遣されていたらしい。


「そうなると、国内で僕たちが頑張ったことは、巨人の魔王の国のためでもあったんだよね?」

「それは結果論ですよ、エルネア君」


 やれやれ、と笑いながらルイセイネが言う。


「そういうわけで、帰りの遅かったエルネア君は今晩のご飯は抜きですからね?」

「えええーっ、! そんな馬鹿な!?」


 今までの話の流れで、なんで僕がご飯抜きの刑になっちゃうのかな!?


「ねえねえ、ルイセイネ、みんな。減刑はないの? やっと帰ってきたんだから、みんなの美味しい手料理が食べたいよ?」


 懇願こんがんする僕。

 すると、ミストラルが「仕方がないわね」と苦笑しながら、ある提案をしてきた。


「それじゃあ、禁領に残っていたわたしたちの話を聞いてくれるのなら、許してあげるわ?」

「そんなことで良いの? もちろん、僕は喜んでみんなのお話を聞くよ!」


 威勢良く返事をした僕。

 だけど、その直後に違和感を覚えた。

 何故なぜだろう?

 ミストラルや妻たちだけでなく、流れ星さまや耳長族のみんなまでもが「よし、罠に掛かった!」というような表情をしていたのは……?

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