そうだ 手紙を書こう!

「んんっとね。モモちゃんと一緒にお兄ちゃんのおうちでセリースちゃんたちと遊んだんだよ遊んだんだよ」

「ほうほう。プリシアちゃんとモモちゃんは、ニーミアに乗って僕の実家に行ったんだね? そこでセリースちゃんたちにも会ったんだね。みんな元気にしていたかな?」

「ううん、セリースちゃんとクリーシオちゃんはね、少し体調が悪いって言っていたよ?」

「むむむ。季節の変わり目で体調でも崩しているのかな?」

「違うよ? んんっと、セリースちゃんとクリーシオちゃんのお腹に、赤ちゃんができたんだって」

「な、なななな、なんですとーっ!」


 深緑の魔王の国で、大鷲おおわしの魔術を通してモモちゃんと会った僕たち。モモちゃんはその後、僕たちのもとを去って、どうやらプリシアちゃんたちと一緒に竜峰の東側へ遊びに行ったみたいだね。

 そして、そこで思わぬ情報を手にしたようだ。


「ま、まさか二人に赤ちゃんができるなんて……!」


 ひっくり返って驚く僕を見て、大鷲のモモちゃんが愉快そうに笑う。そして僕の真似をして、ひっくり返る。

 プリシアちゃんもひっくり返って遊び始めて、お部屋が賑やかになった。


「違うにゃん。最初から賑やかにゃん。エルネアお兄ちゃんは、現実逃避をしているだけにゃん」


 何かニーミアのつぶきが聞こえたような気がしたけど、気のせいでしょう。


「馬鹿竜王めつ、もう絶対に建物なんて創らないからな! 誰がお前たちのお願いなんて聞くものかっ」

「ふふ、ふふふふ。禁領は大変に賑やかで楽しいですね?」

「はわわっ。エルネア様、レヴァリア様がご奉仕するように要望していますわっ」

「エルネア、聞いているの? 精霊のことなのだけれど……」

「エルネア君の口からも人形劇のことが聞きたいわ」

「エルネア君の口から、その後のことが聞きたいわ」

「エルネア君、方々ほうぼうに帰還の報告へは行ったのかしら?」

「あらあらまあまあ、リリィちゃんも大変でしたね?」

「エルネア君は竜使いが荒いですよねー」

「むきぃっ、次は私も連れて行きなさいっ」


 気のせいです。

 僕に詰め寄る大勢のみんなの存在なんて、幻か何かです!


「エルネア、そろそろ帰還の報告をしないと、夕ご飯抜きですからね?」

「ごめんなさい、全て話します!」


 慌てて正座をする僕を見下ろす、腰に手を当てたミストラル。

 怖いわけじゃないよ?

 でもね。

 ようやく禁領のお屋敷に帰ってこられたのにミストラルたちの手料理が食べられないなんて、最も辛い拷問だからね!

 だから仕方なく、僕は話すことにした。


 ライラやモモちゃんたちと別れた後に、深緑の魔王の国で何が起きたのかを。


「まあ、傀儡くぐつおうの人形劇が最も大変な騒動だっただけで、あとは事後処理のような簡単なお話なんだけどね?」

「嘘をつけっ。わたしがどれだけ苦労したと思っているんだっ! 鬼畜竜王めっ」

「ふふ、ふふふふ。楽しい旅でございましたね?」

「はい、そこの二人!」


 僕は、びしっと指差す。

 呪縛法術に囚われたアステルと、見覚えのある薙刀なぎなたもてあそぶように扱っている傀儡の王に!


「いやいや、僕は本当は感謝しているんだよ? でもね、流れ星さまたちに迷惑をかけてはいけませんからね?」

「わたしに迷惑を掛けているのはお前だっ」

「私は大人しくしていますよ?」


 嘘です。

 アステルは流れ星さまたちに対しても横暴だったので、呪縛のお仕置き中なのです。

 傀儡の王も、禁領内で新たな人形劇を開幕しようとして、僕から「絶交するよ?」と言われて大人しくなっただけです。

 そして、この二人のせいで、僕の帰還は遅れたんですからねっ!


 困ったものです、と僕がため息を吐いたら、ミストラルが「貴方はまったく、もう」とため息を吐いた。

 むむむ。どうやらあきれられているらしい。

 ここは家長としての威厳を取り戻さなきゃいけない重要な場面ですね。

 僕は改めて、禁領に戻ってくるまでの経緯を話し始めた。


「そう。あれはライラたちが戻って行った翌日のことなんだ……」






「お前は馬鹿か? 何でわたしが働かなければならない!」

「いやいや、そこをお願いするよ、アステル。ほら、ここで深緑の魔王におんを売っていたら、今後もしかしたら良いことがあるかもしれないよ?」

「今ここでお前たちを見捨てて帰った方が、わたしには良いことだっ」

「そこを、なんとかお願いします!」


 そう。忘れてはいけない。

 魔都を焼き尽くす勢いでカディスが暴れ、深緑の魔王の大魔法が反応してしまった結果。魔都や魔王城は、酷い有様になってしまっていた。

 魔都の街並みは広い範囲で崩壊し、魔王城はほぼ原型を留めないくらいに崩壊ほうかいしてしまっていた。


 もしも魔都と魔王城を復興させようと思ったら、長い年数と莫大ばくだいな費用が掛かるだろうね。

 でも、今の深緑の魔王に、その大出費をまかなう余裕はない。

 ううん、お金と人員の話なら、一国を納める魔王の号令でどうにかなるだろうね。

 でも、問題はそこじゃないんだと僕は思っていた。


 実子に牙を向けられた、深緑の魔王。

 国民も気付いているはずだ。深緑の魔王がおとろえ始めていて、いつ下剋上げこくじょうが起きてもおかしくはないと。

 弱肉強食の、魔族の社会。

 そこで僅かでもすきや弱みを見せてしまったら、たちまちのうちに争いの火種になってしまう。


 もしも今、深緑の魔王がゆっくりと魔都や魔王城を復興させるような悠長ゆうちょうさを見せてしまったら。

 魔王位を狙う者。魔王を倒し、名をあげようとする者たちがうごめき始めるのは、部外者である人族の僕にでも容易に想像ができた。

 だから、国の中心である魔都と魔王城の復興は、すみやかに、そして誰もが新緑の魔王の底力を感じる規模で執り行われなければいけない。


「そこで、です!」

「そこで、です! じゃないっ」

「いやいや、これはアステルにしか出来ないことなんだからね? だから、お願いします!」


 最も素早く、最も驚く方法での復興。

 それは、物質創造の特別な能力を持ったアステルに、魔都と魔王城を創り出してもらうこと!


 アステルには、大きな負担になる。それは重々に承知している。

 だけど、この手法しかないんだ。


 せっかく反乱をしずめて、深緑の魔王と親交を深めることもできた。

 それなのに、復興が遅れて暗躍する者たちがこの国に蔓延はびこり始めたら、元も子もなくなっちゃう。

 だから、無理をさせることは承知していても、アステルにお願いするしかないんだ。


「この問題が片付いたら、禁領のお屋敷でいっぱいご奉仕するからさ?」

「ふふ、ふふふ。エルネア様、そこに私も行ってよろしいでしょうか?」


 すると、傀儡の王が割り込んできた。


「むむむ? エリンちゃんは禁領に入る許可は持っていないよね?」

「はい、残念ではございますが。ですが、エルネア様が私に許可を与えてくだされば、きっとお役に立って見せますよ?」

「連れて行ったら、禁領のみんなに迷惑をかけない?」

「連れて行ってくれませんと、この国の皆さまが迷惑をこうむるかもしれませんね? ふふ、ふふふ」

「それっておどしだーっ!」


 とはいえ、僕は今回の人形劇を通して、傀儡の王の水面下の努力を知ってしまった。

 弱った深緑の魔王に代わり、ひっそりとこの国を支え続けてきたのは、傀儡の王だ。

 傀儡の王がいなければ、深緑の魔王はとっくの昔に討たれて、この国は消滅してしまっていたんだよね。


 深緑の国は、深緑の魔王の大魔法が維持され続けなければ、西から流れ込む冷たい風と極寒の気候によって、瞬く間に人の住めない酷地こくちになってしまう。

 カディスが反乱に失敗した原因も、国を維持するだけの大魔法も統治案も持っていなかったからだ。


 弱肉強食の世界だから、いずれは深緑の魔王も次代の者に倒されるかもしれない。その前に、寿命が尽きてしまうかもしれない。

 だけどその前に、不慮ふりょの騒乱や反乱で深緑の魔王が倒れる事態になったら、この国は本当に滅んでしまう。

 そして、国が滅んで困るのは、取り残された国民なんだ。

 それを影から支え続けた、傀儡の王。


 周りを問答無用で巻き込む人形劇は、本当に迷惑なんだけど。

 でも、表舞台には上がらずに、直向ひたむきに深緑の魔王を支え続ける傀儡の王の気分転換が人形劇なのだとしたら。

 少しくらいは目をつむってあげても良いのかもしれないね?


 そして、傀儡の王の内面は少女のように純粋であり、腹黒かったり極悪だったりするわけではない。

 そう考えると、禁領のみんなに迷惑をかけない、という約束が守れるのなら、招待しても良いのかもしれない。


「そ、それじゃあ……」

「わたしは禁領に行かなくて良いから、早く帰りたいんだっ」

「でもね、アステル。トリス君たちはまだ帰ってこられないんだよね?」


 トリス君たちに与えられた任務は、長期に及ぶ。

 なにせ、僕たちのような高速の移動手段を持っていないからね。

 トリス君とシェリアーは地道に地上を移動して目的地に向かい、任務を遂行させる。そうして帰りも地上の移動だとしたら、領地に戻るのは年をまたいだ先になると思うんだけど?


「アステルだって、迷惑な魔族に命を狙われたりしているんだよね? それなら、ほら。禁領でトリス君たちの帰りを待てば、安全だよ!」


 僕の提案に、ぐぬぬぬ、とうなるアステル。

 どうやらアステルも、命を狙われていることにはわずらわしさを感じていたようだ。

 アステルは、物質創造という特殊能力は使えるけど、それ以外は下級魔族以下の実力しかないらしい。

 それでも刺客を圧倒できる武具や罠を創り出して自身の身を護るくらいはできるらしいけど。でも、できるから大丈夫、というわけではないからね。

 安心安全な状況を得られるのなら、それに越したことはないと思う。


 僕の提案に渋々しぶしぶと、本当に渋々と、アステルはうなずいた。


「いいか、社畜竜王。禁領では絶対にわたしを満足させるんだぞ?」

「ふふ、ふふふ。楽しくなってまいりましたね?」

「傀儡の王は帰れっ」

「おやまあ、なんてお酷い。私と猫公爵の仲ではありませんか?」

「お前との仲は最悪だっ。傀儡の王を帰さないなら、わたしが帰るぞ! 良いのか、阿呆竜王?」

「うーん、僕から見たら『喧嘩するほど仲が良い』としか思えないんだけどなぁ?」

「節穴竜王めっ」

「エルネア様はわかっていらっしゃいますね」


 爪を立てて傀儡の王に襲いかかるアステル。

 傀儡の王は、側近の人形を盾にして逃げ回る。


 どう見ても、仲の良い二人ですね!


「太公よ、何から何まですまぬな」


 僕たちのやり取りを見ていた深緑の魔王が、深く頭を下げてきた。

 それを見て、僕は慌ててしまう。


「いいえ、むしろ僕にはこれくらいしかできませんよ?」

「お前は何もしていないだろうがっ」

「わわっ、アステルが猫のような跳躍で僕に遅いかってきたよ!」

「それを呑気に実況するなっ」


 なんて言われてもね?

 アステルはやっぱり下級魔族以下の身体能力なので、ゆっくりと動きを見た後でも対応できるのです。

 僕は、空間跳躍で逃げる。


「困ったなぁ。僕を捕まえられないようだと、プリシアちゃんどころかニーミアさえ捕まえられないよ?」

「わたしのニーミアちゃん!」

「いやいや、ニーミアはアステルのものじゃないからね!?」


 そんなことを禁領で気安く口にしていると、突然飛来してくるアシェルさんに食べられちゃうからね?


 プリシアちゃんが居ないというのに、なぜか鬼ごっこが始まってしまう。

 ちた玉座の間に、束の間の賑やかさが戻った。


「陛下、お止めしなくてもよろしいのでしょうか?」

「カディスよ、其方も混ざってくるが良い。これより先、其方は巨人の魔王陛下に身も心も尽くしてつかえることになる。そうすれば、嫌が応にも太公と接する機会は増えるだろう。ならば、今のうちに親交を深めあい、互いを知っておくと良い」


 カディスは、魔王の座を狙って反乱を起こした。

 でも、失敗した。

 それでも巨人の魔王に命を救われて、深緑の魔王からは将来を期待されている。

 今ではすっかり大人しくなったカディスだけど、きっといずれは新たな野望を宿すだろうね。

 それでも現在のカディスは、深緑の魔王に逆らうことなく、僕たちの鬼ごっこの輪に加わろうと一歩踏み出す。


「馬鹿息子めっ、これは遊びじゃないんだぞっ」


 そして、アステルの叫びが響き渡った。

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