突撃 隣の魔王領土

 賢老魔王けんろうまおうが僕たちの旅のお供に、と付けてくれた護衛、というか監視の魔族のおかげで、魔都以上の騒動を起こすこともなく西への旅路は進んだ。

 もちろん、旅の途中で魔族の都市や町、それに村落や道中で出会った人たちに、ミシェイラちゃんたちのことを知らないかと聞くことも忘れない。

 だけど、順調な旅路とは違って、ミシェイラちゃんたちの足取りは一向に掴めなかった。

 そうしているうちに、僕たちはいよいよ賢老魔王が支配する国の西端へとたどり着く。


 そう。ここまでは、本当に騒動もなく順調だったんだ。

 でも、国境を超えた直後。

 僕たちの旅路は途端とたんに激変してしまった。


「くそっ、なんでこんなところに魔族が待ち伏せしてやがる!」

「スラットン、愚痴ぐちはあとだ。とにかく急げ!」

「言われずともよっ」


 賢老魔王の支配する国の西端は、妖精魔王クシャリラの支配する国の東端とうたんと接している。

 僕たちは、国境付近まで案内してくれた魔族たちに別れを告げて、夜闇に紛れてニーミアに乗り、国境を突破した。


 なにせ、あのクシャリラが支配する国土だからね。

 賢老魔王のように、穏便おんびんに事は進められない。ということでの、極秘の密入国だったんだけど。


 だけど、現実はそう甘くはなかった。

 ニーミアに乗って空を飛ぶことしばし。

 流石のニーミアでも、僕たち以外に大きな馬車と六頭もの自動馬形じどうばぎょうを持って長距離を飛ぶことは難しい。それで、適当な場所に降り立ったまでは良かったんだけど。


 僕たちが地上に降りた直後。なぜか、魔族たちの襲撃にあった。


「また飛ぶにゃん?」

「うん、お願いしたいところなんだけど……。先ずは、魔族を退しりぞけないと!」


 闇に紛れて襲撃してきた魔族たちは、全員が黒い装束しょうぞくを身に纏っていた。

 闇に同化し、素早い動きでこちらの懐に忍び寄る。


 僕は霊樹の木刀を振るい、間合いに滑り込んできた魔族を撃退する。そうしながら、桃色の自動馬形に跨った。


「うわっ、うわわっ」


 だけど、乗馬経験なんてない僕が、いきなり馬を巧みに扱えるわけもなく。竜族の背中に乗せてもらうのとはまた違った乗馬の難しさに、姿勢を崩す。

 そこへ、次の刺客が斬り込んできた。


「っ!」


 僕に肉薄しようとした魔族。だけど、背後からばっさりと斬り伏せられてしまう。


「ははは、まさかエルネア君にこんな苦手部類があったなんてね」

「ルイララ、助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 と言いつつ、ルイララは僕が跨った桃色の馬に騎乗してきた。そして、僕の後ろから手を回し、手綱たづなを握る。

 はっ、とルイララが短い掛け声を発すると、

 自動馬形は素直に走り出した。


 見れば、リステアは赤い自動馬形、スラットンは青い自動馬形、アレクスさんは黄色、ルーヴェントは白色、そしてトリス君は黒い自動馬形に騎乗し、襲撃してきた魔族たちを蹴散らしながら駆け出していた。


「ルイララ、馬車は諦めろ」


 ルイララの家紋が入った馬車には火矢が射られ、今や轟々ごうごうと燃え上がってしまっている。

 殿しんがりを務めるスラットンの言葉で、ルイララは振り返った。


「いやいや、そもそもあれは、猫公爵に創ってもらったものだからね。手放す未練なんてこれっぽっちもないさ」

「ちっ、これだから物を大切にしねえ奴は……」


 なんて愚痴っている暇は、本当にない!

 疾駆する六頭の自動馬形。だけど、襲撃してきた黒装束の魔族たちは遅れることなく追従してきた。


『迷うこと、迷森めいしんごとし』


 アレクスさんが、力ある言葉を口ずさむ。そうしながら、神剣を横薙ぎに振るう。

 すると、烈風が巻き起こった。

 強烈な風は一瞬のうちに土埃つちけむりを舞いあげ、視界を奪う。

 でも、こんな目眩めくらましを今更? と疑問を浮かべたのは一瞬だけだった。

 視界が全て土埃に支配されてしまった直後。

 僕は感知する。ううん、僕だけじゃなく、自動馬形に騎乗して疾駆するみんなが気づいていた。


「おいおい、何が起きたんだ?」

「襲撃者の気配が一瞬にして消えたな?」


 いぶかしそうに周囲を見渡すスラットンとリステア。

 僕も、周囲の気配を探ってみる。でも、魔族の気配は完全に消えてしまっていた。


 これは、襲撃者が驚いて逃げていった、というわけじゃない。アレクスさんの力ある言葉通りなら、きっと魔族たちは迷いの術に掛かってしまったんだろうね。


「やれやれ、これですから人族は。神術を、とりわけアレクス様の施行されます術を過小評価されているのではございませんでしょうか。あの程度の襲撃者など、アレクス様の前では有象無象うぞうむぞうの集団でございます」


 なら、迷わすんじゃなくて殲滅せんめつしやがれ、というスラットンの愚痴はともかくとして。

 襲撃者の気配が消えたとはいえ、僕たちは手綱を緩めることなく夜闇を疾走する。


「それにしても、あいつら……」


 自動馬形を巧みに操りながら、スラットンは背後を振り返る。もちろん、魔族たちの気配はない。


「やあ、これは困ったね。さっきのは雑魚ばかりだったけど、どうも組織だった連中のような気がしたよ?」


 僕の背後でも、ルイララが後ろを見つめながら感想を漏らした。


「どういうことだろうな?」


 首をひねるリステア。

 アレクスさんやルーヴェント、それに魔族のことを僕たちなんかよりもよく知るトリス君でさえ、疑問符を浮かべていた。


 なぜ、突然の襲撃にったのか。

 それも、まるで待ち伏せだったかのような襲われ方だったよね。


 妖精魔王の支配する国土に入ったあと、クシャリラの耳に僕たちの存在が届いたら。恨み晴らさずしておくべきか、なんて事態になりかねない。そう思ったからこそ、国境のとりで検問所けんもんじょを避けて、ニーミアに乗って越境えっきょうしたというのに。

 なぜか、地上に降りてすぐに、こうして組織だった魔族に襲撃された。


 まるで、国境付近に多くの監視網を敷き、僕たちを待ち構えていたような……?

 考えすぎかな?


 だけど、僕たちの疑念は確信に変わっていくことになる。






「くそ、くそっ。これで何度目だ!」

「スラットン、愚痴る前に馬を走らせろ!」

「言われずともだよっ」


 最初の襲撃は、アレクスさんの機転で無難に切り抜けられた。二回目の襲撃は、そろそろ休もうか、と手綱を緩めた直後だった。三度目は朝食休憩中に、四度目は、三度目を退けた直後に。五度目以降は、もういちいち覚えていない。

 とにかく、僕たちは襲撃を受け続けた。


 そして、夕刻。

 クシャリラの支配する国に入って、もう何度目になるのか。黒ずくめの魔族たちの襲撃を受けて、僕たちは休息を切り上げて自動馬形に飛び乗る。


「こりゃあ、まともに相手をするだけ無駄っすね」

頭数あたまかずだけの小鬼程度で、この俺たちをどうにかできるかってえの。だが、くそ面倒だな!」


 飛びかかってきた魔族を、右手の魔剣で斬り伏せるトリス君。スラットンも、襲撃者に無慈悲な刃を振り下ろす。

 斬られた魔族は、断末魔をあげながら地面に転がった。


 黒い衣装の隙間から、ひたいつのが見えた。

 あれは、下級魔族の小鬼たちだ。

 腕前があったとしても、普通の人族ならこの小鬼であっても脅威になる。だけど、ここに揃ったみんなは、歴戦の戦士たちばかりだ。

 下級魔族の小鬼程度なら、問題なく倒せる。とはいえ、数が多い。

 襲撃回数と、襲撃者数と。


 前回に振り払った襲撃者なのか、新手の襲撃者なのか、全身黒ずくめという共通点以外を知らない僕たちにはわからない。

 だけど、確実に言えることはある。


 襲撃者は、間違いなく僕たちを標的にしている。そして、大規模な監視網のなかに僕たちは入り込んでいるようで、どこまでいっても逃げられない。


「やれやれ、このような状況で、果たして本当に西にあるという天上山脈にたどり着くことができるのでしょうかねえ?」

「おい、鶏野郎にわとりやろう。他人事風に言ってるんじゃねえぞ。たどり着けないどころか、こいつらに捕まりでもしたら、お前なんて真っ先に毛をむしられて丸焼きにされて食われるからな?」

手羽先てばさきとは失礼でございますね!」

「そんなことは、ひと言も言ってねえよっ!」


 自動馬形は、七日七晩を休むことなく走り続けられるという。だけど、騎乗している僕たちの方が、そこまで体力が保たない。

 しかも、この襲撃の頻度。

 やはり、クシャリラの支配する国土で自重なんてしている場合ではないのかもしれないね。


「にゃん?」

「うん、お願いしようかな?」


 ニーミアが僕の懐から顔を出してきた。

 これまでは、関係のない魔族たちを怯えさせたり不安がらせないようにと、ニーミアには自重してもらっていたけど。どうやら、周囲に気を配っている場合じゃないらしい。

 僕は、ニーミアにお願いする。すると、ニーミアは元気よく僕の懐から飛び出した。


「にゃんっ」


 可愛い鳴き声。とは裏腹に、疾駆する六頭の自動馬形の周囲が一瞬で白く灰化した。

 驚いた魔族が取り乱す。その隙をついて、ニーミアは巨大化した。


 襲撃者たちから悲鳴があがる。

 さすがの魔族であっても、巨大な竜族を前にすれば恐怖にさいなまれる。

 巨大化したニーミアに襲撃者が怯えている内に、僕たちは集まる。ニーミアは六頭の自動馬形ごと僕たちを器用に持ち上げると、翼を優雅に羽ばたかせて舞い上がった。


「よっしゃっ! これで面倒な襲撃とはお別れだぜ!」


 地上で騒ぐ襲撃者に対し、つばを汚く飛ばすスラットン。

 トリス君、下品な真似はしなくていいんだからね?


 なにはともあれ、僕たちはこうしてなんとか、度重なる襲撃から逃れることができた。






 ひとたび飛んでしまえば、もう遠慮なんてしていられない。

 地上からこちらを発見して騒ぐ魔族たちを無視し、ニーミアには一気に天上山脈を目指してもらうことに。


 そもそも、東の国境付近であれだけの待ち伏せと襲撃を受けたんだ。それはすなわち、どんな事情かは知らないけど、クシャリラは入国前から僕たちの動向に気づいていて、意図的に襲ってきたってとこだよね。

 なら、クシャリラの国にいる以上は、どこに居たって同じ状況におちいってしまう。


 どこにだって監視の目はあるだろうし、襲撃者も待ち構えているはずだ。

 それなら、人目に触れようと構うことなく、一気にクシャリラの国を横断した方が話は早い。


 まあ、最初からこうしていれば良かったんだけど……

 わずかな良心の呵責かしゃく、つまり、あんまり騒ぎ立てたくないなぁ、という自重の心が、泥沼に足を突っ込む一歩だったわけだね。

 ときには自重をしないことも有用だ、と僕は学びました。


 ともかく、僕たちはニーミアのおかげで、クシャリラの国土を一気に横断することができた。


 竜峰に住む飛竜たちでさえ敵わない、ニーミアの飛行能力だ。

 魔族なんて、どれだけ騒いでもこちらを追尾することなんてできはしない。

 そして、思わぬ誤算もあった。


 どうやら、クシャリラでさえも、僕たちがこれほどまでの速度で横断するとは思っていなかったみたい。


 まだ晩秋ばんしゅうだというのに、すでに雪化粧に染まった山嶺さんれいを目前にして、ニーミアは地上に降りた。

 僕たちはここでも襲撃があるか、と身構えたけど、なにも起きない。

 気配を探っても、怪しい人影や気配はどこにもなかった。


「やれやれ。ようやく待ち伏せのない場所まで来られたか」

「すっげぇ! ニーミアちゃん、すっげぇよ! 俺、初めて空を飛んだよ。もう、感動だぜっ」

「にゃん」


 ふう、とひと息つくリステア。逆に、トリス君は興奮しています。

 瞳を少年のように輝かせて、小さくなったニーミアを見つめていた。


「それで、なんでこんな場所に降りたんだよ? どうせなら、このままあの山に突撃した方が良かったんじゃねえのか?」


 そして、スラットンは相変わらず考えなしの言葉を口にしています。

 その理由はね、と僕が口を開くよりも前に、ルーヴェントがため息を吐いた。


「やれやれ、貴殿は人のことを鶏頭と馬鹿にしますが、自身はそれ以上にお馬鹿でございますねえ」

「なんだと!?」


 誰も「鶏頭」なんて言ってませんよ。という突っ込みはさて置き。

 ルーヴェントは残念そうにスラットンを見ながら、僕の言いたかったことを代弁してくれた。


「いいですか、私どもは馬車を失ってしまいました。あれには、旅の荷物を積んでいたのでございますよ?」

「お、おう」

「荷物がない、つまり、私たちは現在、着替えどころか食べ物にも困る状況でございます」


 まあ、食べ物ならアレスちゃんに保存食を出してもらえばいいんだけどね。

 ただし、僕以外のみんなの着替えや、野営するための道具を失ったのが痛い。特に、防寒装備がないのが痛恨だね。

 なにせ、これから目指すのは、寒冷極める山岳地帯なんだ。


「私どもは、あの山に入る前に、装備を改めて整えなければなりません。それに……」


 僕から、みんなにも情報は伝わっている。

 天上山脈を目指しているのは、僕たちだけじゃない。

 そう、あの魔王クシャリラもまた、天上山脈を越えて西へ進出しようとしているんだ。


 ということはさ。

 なんとか監視と待ち伏せを振り払った僕たちだけど。

 天上山脈に入れば、またクシャリラの配下に襲われる可能性があるってことだよね。


 ルーヴェントの説明に、ぐぬぬとくやしがるスラットン。


「それに、でございます。無闇に山へと入りましても、東の魔術師なる者に会えなければ意味がありません。ならば、最後に少しでも情報を集めてはいかがかと具申致ぐしんいたすところでございますが?」


 ルーヴェントは、決して無能なわけじゃないんだよね。

 ちょっと口が悪いだけで、本来はアレクスさんの従者としてしっかりと役目を果たしている。だから、というか当然というか、思慮も深い。


 ルーヴェントの正論に、スラットンは言い返せない。

 悔しそうに地団駄じだんだを踏むスラットンをみんなして笑いながら、次の方針を決定させた。


「それじゃあ、どこか近くの村を見つけて、そこで寒冷用の装備を整えようか。ああ、忘れないでね。君たちは僕の奴隷、という扱いで行くからね?」


 ルイララの言葉に不承不承で頷きながら、僕たちは六頭の馬に跨った。

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