死闘は続く
上空で吹き荒れる嵐を突き破り、銀に輝く二連星が落ちてくる。
ミストラルの右手に握られた漆黒の片手棍が金色の尾を引き振られる。
銀の二連星と金の一撃が合わさり、オルタに落下した。
オルタは、両手の竜奉剣を頭上に掲げて受け止める。
「ぐがあっ」
足場が深く沈み込む。上方からの重圧に耐え切れず、オルタの腕から骨がはみ出し、肉が弾け、血飛沫が上がる。だがそれでも、オルタはミストラルの技を受け切った。
そして、すぐに再生をみせる両の腕。
ミストラルは、技の直後にくる硬直を無理やり振り払うと、もう一度空へと飛翔した。
見る間に回復した腕で、オルタは竜奉剣を振るう。だがそれは、頭上へと舞ったミストラルに対してではなかった。
低く地を這うように高速で迫ったザンの拳が、銀色の炎を内包して放たれる。
大振りの竜奉剣を掻い潜り、オルタの懐へと入り込むザン。渾身の一撃がオルタの腹部を襲う。
腹部の黒い革鎧を弾き飛ばし、横腹を深く
炎に包まれながら、懐に入ったザンを見下ろすオルタ。
腹部の半分を失った痛みも、炎に焼かれる苦痛も感じていないようなオルタの視線に、ザンは背筋が凍りつく感覚に襲われる。
オルタが竜奉剣を振り下ろす。
ザンは、右から迫った剣の腹を
「ザン!」
ミストラルの声に、ザンは崩れた姿勢のまま、
間に合わない。視界の隅から迫る太い物体に、舌打ちをするザン。
オルタの尻尾が伸び、ザンの上半身に
苦悶に表情を歪ませ、ザンが吹き飛ぶ。
尚も追撃し
オルタは竜奉剣から黄金色の光線を放ち、ミストラルが放った竜槍全てを撃ち落とす。
その間に、ミストラルはザンを抱えて後退した。
「すまん。しくじった」
「無理をしないで」
内臓をやられたのか、泡のような血を吐くザン。
そろそろ限界か。ミストラルは、ザンから受けた傷が再生していく前方のオルタを睨む。
どれほど攻撃しても、竜気を消費させても、無限に回復するオルタ。本当に不死身になってしまったのではないかと、錯覚を覚えてしまいそうになる。
オルタに力を消費させるために、こちらも手加減をしてはいられない。だが、戦えば戦うほど、こちらが逆に消耗していく。
そして、疲弊が蓄積され始めると、集中力が切れ始める。普段のザンならば、今の攻撃くらいは読み切って反撃をしていたはず。
自分たちの役目は、ここまでか。
エルネアから引き継ぎ、半日も戦っていない。竜姫の自分でさえ、これが限界。他の竜王たちならば、もう少し戦闘継続時間は短いかもしれない。
どれほどの時間、オルタを相手にすればいいのか。何日耐え切ることができるのか。このままでは、すぐにまたエルネアや自分の出番がまた回って来るはずだ。
消耗した精神が、少しだけ臆病風を吹かせた。
「ミストラル、ザン。次は俺たちに任せろ!」
「退がって回復をしてください」
大規模な迷いの精霊術が張り巡らされた竜峰の森の奥から現れたのは、
セスタリニースが構えた両手斧から、闇色の竜気が溢れ出す。
ウォルが剣を持たない方の手を振るうと、無数の水玉が周囲に出現する。ウォルの意思に反応し、
「次は貴様らかっ!」
追い詰めたはずのザンたちが退き、新手が現れたことに苛立ちをみせるオルタ。
オルタの背中。
「面倒な奴だな!」
「邪竜召喚は任せて。セスタリニースはオルタを!」
「おうさっ」
ウォルとセスタリニースは互いに頷きあうと、それぞれの役目を果たすべく駆けだした。
ミストラルはそれを見届けると、ザンに肩を貸して戦場を後にしようとした。
「逃がすかっ」
オルタが、竜の息吹のような光線を、消えようとするミストラルとザンに放つ。
「させませんよぉ」
急降下してきたリリィが、闇の息吹で光線を消し去る。
「今です。レヴァリア様、やってしまってくださいですわ!」
『長期戦など、面倒だ。ここで葬り去ってやる!』
ライラの指示に咆哮をあげ、レヴァリアが煉獄の炎をオルタにお見舞いする。
紅蓮の炎に包まれたオルタに、セスタリニースの両手斧が振り下ろされた。肩口から大きく引き裂かれるオルタの上半身。しかし、胸の下あたりで斧の刃が押し止まる。
どんなものでも砕き両断する両手斧の一撃を止められ、セスタリニースが顔をしかめた。
オルタの体に半分埋まった両手斧を抜こうと力を入れる。しかし、両手斧は微動だにしない。それどころか、オルタは体に斧の刃を埋め込んだまま再生し始めた。全身を覆っていた炎も消失する。
「この、化け物がっ」
セスタリニースは両手斧の握り手を強く掴んだまま、オルタを全力で後方に蹴飛ばす。吹き飛ぶ威力と引き抜く力で、ようやく両手斧がオルタの体から抜けた。
「化け物は……貴様らの方だ!」
オルタの瞳が、憎悪の光を放つ。
「この竜人族の呪われた血を、俺は憎む。人族の無能な血を
オルタの足もとから、邪悪な気配に染まった竜気が湧き上がる。そして、オルタの傷口に染み込んでいく。
オルタの肌はどす黒い色に再生し、黒い鎧が再生成される。
「物質化……だと……」
見たことも聞いたこともない竜気の現象に、セスタリニースは全身に嫌な汗をかく。
オルタが身に纏っている黒い革鎧は、明らかに呪われている。なのでそれは、魔族から受け取ったものだと思っていた。
だが、違った。
竜気を
「なんて厄介な奴なんだ!」
「それでも、僕たちはオルタを倒さなきゃいけないんです」
オルタの召喚した邪竜を全て倒したウォルが、セスタリニースの横に並ぶ。
「わかっている。エルネアに、平和な竜峰と笑顔のミストラルを渡したいからな」
「ふふふ。セスタリニースが気を
「違いねえ」
にやり、と笑みを見せたセスタリニースとウォルは、もう一度大地を蹴ってオルタに迫った。
ウォルが右から。左からはセスタリニースが両手斧を構えて突進する。
人竜化したセスタリニースの両足が大地をしっかりと掴む。そして、大気を闇色に爆ぜさせながら振り下ろされる両手斧。再度、闇色の竜気を纏ってオルタの頭上に叩き込まれた。
オルタは右手の竜奉剣を掲げ、セスタリニースの重い一撃を受け止めた。
受けに行ったはずの竜奉剣から、黄金の爪が生まれる。そして、セスタリニースの肩に食い込む。
「おおう、似たような考えじゃねえか!」
両手斧が纏っていた闇色の竜気は、鋭い
相打ちと思われたが、オルタとセスタリニースには違いがあった。セスタリニースの背中や肩には、黄金の爪が鋭く刺さっている。しかし、オルタの腕に噛みついた闇の顎は、強固な皮鎧を食い破れていなかった。
そこへ、ウォルが一瞬遅れて斬りかかる。
オルタは、噛みついて離れず、闇の顎で自由を奪われた右腕とは逆の、左腕の竜奉剣を振るう。
恐ろしい速度で加速した竜奉剣が、ウォルの振るった片手剣を呆気なく砕く。そして、勢いが弱まることなく、ウォルを横一文字に両断した。
「っ!?」
驚愕に目を見開いたのは、オルタだった。
両断したはずのウォルの姿が、
「右腕は貰うよ!」
水の幻術に惑わされたオルタ。セスタリニースの一拍速い攻撃は、ウォルが発動させようとした術から、オルタの意識を奪うため。
本当の狙いは、セスタリニースが闇の顎で動きを封じている右腕。
ウォルはオルタの背後に実体を表し、剣を振り下ろす。高水圧の刃が、オルタの右腕を切り落とす。直後に、刃と周囲に散った水飛沫が氷結し、オルタを氷のなかに閉ざす。
きしり、とそれでも氷を砕き、動くオルタ。
「動きさえ止めることができないのか」
ウォルが顔を引きつらせる。
だが、セスタリニースとウォルにとっては、一瞬でもオルタが止まったことは
切り落とされたオルタの腕を、セスタリニースが掴む。
そして、握られた一振りの竜奉剣ごと後方へと投げ捨てる。
ごとん、と地に落ちるオルタの右腕の先と、竜奉剣。
その先には、双子の王女が待機をしていた。
「気持ち悪いわ」
「でも、確かに竜奉剣の一振り目を手に入れたわ」
ニーナは、今にも再生を始めそうなオルタの右腕を竜奉剣から引き剥がす。ユフィーリアはニーナから腕を受け取ると、その掌のなかに七色に輝く霊樹の宝玉を掴ませて、オルタに投げ返す。
「うおおっ、俺たちも居るんだぞっ!」
「うわっ。酷いなっ」
セスタリニースとウォルが慌てて、全力回避をする。
竜峰の深い森の奥で、閃光と共に大爆発が起きた。轟音と地響きが空間を支配し、遅れて爆風が襲いかかる。
セスタリニースは双子の王女を爆風から守り、立ち塞がる。ウォルは全員に結界を張り巡らせた。
「かえ……せ……」
衝撃波が過ぎ去り、大地の揺れと崩壊が収まり。土煙が吹き荒れる。
「それは……俺のものだ!」
エルネアが生み出し、ガーシャークが維持をしている嵐に掻き乱される土煙のなかから、それでもオルタは姿を現した。
右腕を失い、顔の半分が吹き飛び、胴や脚が熱でただれている。
不気味な姿に、ユフィーリアとニーナは悲鳴をあげる。しかし、ニーナの腕のなかには、しっかりと竜奉剣の一振りが抱きとめられていた。
「竜宝玉も竜気も持たない貴様には、それは不要なものだ。返せ。そうすれば、苦しませずに殺してやる」
ぐずり、と右腕が切られた場所から生える。
「見逃してくれないなら、返さないわ」
「見逃してくれても、絶対に返さないわ」
ユフィーリアとニーナは抱き合い、竜奉剣を守る。
「お嬢ちゃんたち、しっかりと持っていろよ」
「僕たちが絶対に守ってみせますからね」
セスタリニースとウォルが武器を構える。
「雑魚どもが……調子に乗るなよっ!!」
オルタが咆哮をあげた。
オルタの内側から、これまで以上の竜気が膨れあがる。
熱でただれていた表皮が、どろりと剥がれ落ちる。失った肉は、すぐさま再生していく。更に、足や腕が筋肉で盛り上がる。
そして、背中から胴の続きが生えた。
「あり得ねえ……」
「竜人族でも、ここまでは……」
セスタリニースとウォルが息を呑む。
上半身は一回り大きくなったが、オルタの原型を留めている。
しかし、下半身は。
腰から下は、四足の地竜や翼竜の胴と同じものへと変化していた。
黄金色に輝く歪な二本の角と、手足の鋭い爪。そして、瞳。禍々しさを放つ漆黒の上半身と、歪な翼。そして、竜の胴を手に入れた下半身も、黒に限りなく近い焦げ茶色をしていた。
オルタがもう一度、咆哮をあげる。
空から迫った竜族たちの総攻撃が、見えない障壁によって霧散した。
「滅ぼしてやる……俺から全てのものを奪う貴様らを。竜峰をっ!」
オルタの咆哮は、竜峰の深い森に響き渡った。
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