繋げ 竜峰の意志

 オルタの竜術が、周囲の地形を崩していく。

 一度距離を開けてしまうと、あっという間にオルタは暴れだす。


 オルタが内包する竜宝玉の属性は、光と闇と地。大地を割り、闇を吐き、黄金色の光線を放つ。


 どうにかしてオルタに接近し、広範囲の竜術を防がなきゃいけない。じゃないと、せっかく迷いの術に取り込んでいるのに、全てが荒野になって見晴らしが良くなってしまう。


 不安定になった地面を蹴り上げ、オルタに迫る。

 だけど、オルタは接近を許さない。

 闇の霧を周囲に広げ、こちらの視界を奪う。そして、闇の内側から黄金色の光線を乱射してきた。


「くうっ」


 闇の霧は、触れるとそれだけで身体が猛毒にむしばまれる。接近を中断し、嵐の暴風で闇の霧を剥ぎ取ろうとする。そこへ、黄金色の光線が迫った。


「おおっと、そいつは任せな!」


 最近聞き覚えた野太い声が響く。そして、僕の正面にいわおのような男が立ちふさがる。


 光線が男にぶつかり、眩しさに目をつむる。

 だけど、オルタの竜術を受けても、男は微動だにしなかった。

 不動竜王の称号に相応しい。それはベリーグだった。


 眩い光が収束し、瞳を開く。両手鎚を構えたベリーグが低く姿勢を落とし、僕を背中に庇って立っていた。


 そして、視界の先。

 嵐の竜術で闇の霧を剥ぎ取られたオルタの姿が、確認できる。


「いやっほいっ。エルネアばかりに美味しい役目は渡せないぜっ」


 空から軽い口調と共に、槍の雨が降り注ぐ。

 竜王ヘオロナだ!

 青い鱗を肌に浮かべ飛翔するヘオロナは、掌に何本もの槍を召喚しては、地上のオルタめがけて投擲する。


 オルタは降ってくる槍を竜奉剣で薙ぎ払い、背中の翼を羽ばたかせた。


「貴様を飛ばすわけにはいかぬ」


 気配の外から突然、竜王ジュラがオルタの間合いに踏み込んだ!

 オルタは驚愕する。だけど両手に持つ竜奉剣の動きは止まらない。ジュラが放った、残像を残すような鋭い一振りを、片方の竜奉剣で受け止める。そして、もう片方で反撃する。それを、ジュラは流れるような身体さばきで回避した。

 でもそこへ、オルタの太い尻尾が襲いかかる。


「おいおい、接近戦が得意なのはジュラのおっさんだけじゃないぜ?」


 つい先ほどまで空にいたはずのヘオロナが、オルタとジュラの間に割り込むように現れる。そしてオルタの尻尾を蹴り上げ、背後の二本の短剣を抜き放つ。


 血飛沫ちしぶきが上がった。

 白剣でも容易には傷を与えられないオルタの黒い革鎧を斬り刻んだ。そう一瞬、錯覚した。

 でも違う。短剣を抜く動作で、オルタが肌をむき出しにしている箇所、顔を斬りつけたんだ。


 両目を深く斬られ、悶絶するオルタ。


「まったく。空の嵐は本当に目印になるのだな」


 側のベリーグが苦笑していた。


「ルイセイネちゃんから、作戦は聞いたぜ」

「俺たちも協力させてもらう」


 ヘオロナとジュラが、一旦後退してきた。

 オルタの視界を奪った今が、攻撃の絶好の機会。でも、後退を選択した。


 なぜなら。


 遠く離れた空が、極彩色に輝いた。

 直後、オルタの周囲が大爆発を起こす。


 フィオリーナの飛ばした意思を受け、集結しだした竜峰同盟の竜族たちによる、長距離竜術の一斉掃射だった!


 オルタの竜術など比べ物にならない規模で大地が弾け飛び、爆風が全てを吹き飛ばすような勢いではしり抜ける。

 轟音と地響きが広がり、近くの山岳が崖崩れを起こす。


 今の一撃で、僕が発動していた迷いの術が途切れてしまった。


 でも、それで良い。


 僕が張った迷いの術は、あくまでも時間稼ぎ。ルイセイネがジュラたちに作戦を説明するため。オルタを足止めするため。


 そして。


「エルネア!」

「エルネア様!」

「エルネア君」

「お待たせ!」

「連れて来ましたよぉ」


 リリィの背中から、ミストラルたちが飛び降りてくる。


「俺たちが到着する前から無茶しやがって」

「迷いの術をうまく利用したな」


 人竜化を既に済ませたザンたちが、空から舞い降りる。


「間に合ったか!」

「ガーシャークから事情は聞いた。加勢しよう」


 別方角から、ガーシャークとセスタリニースが現れた。


 迷いの術は、単に惑わせるだけではない。

 任意の者を迷わせる他に、特定の者たちを導く効果もある。

 僕たちが竜の森で彷徨っていると、苔の広場に導かれるように。


 僕の張り巡らせた迷いの術は、遠く離れ離れになっていたみんなを、この場に導くための役割もあった。


 でも、間に合って良かった。

 竜力が残り乏しくなっていて、僕だけではこれ以上、オルタを押さえきれなかったかもしれない。


 集まった面々は、戦意十分で爆心地を睨む。


「そうか……そういうことか……」


 誰も、先ほどの竜族の一斉攻撃でオルタを倒せたとは思っていない。だから、土煙を払い悠然と姿を現したオルタの姿を見ても、気後れする者はいなかった。


「くだらない」


 オルタはひとり、僕たちと対峙する。

 ヘオロナに斬られた瞳は既に回復し、憎しみの色に輝いていた。


「つまり、貴様の作戦はこれか。不死身の俺を相手に、持久戦を仕掛けるということか……。馬鹿馬鹿しい!」


 オルタの放ったどす黒い竜気で、残りの土煙が吹き飛ぶ。


「何を企んでも無駄だ!!」


 オルタが地を蹴る。

 黒と黄金の影が尾を引き、迫る。


「貴方の次の相手は、わたしよ!」


 ミストラルが漆黒の片手棍を抜き、オルタの突進を止めた。そして、壮絶な撃ち合いが始まる。


 オルタ戦は、次の段階へと移った。

 ミストラルに加勢するように、ザンが白金の美しい炎を纏って拳を放つ。

 それと同時に、僕を含む他の者は後退する。


 オルタの言う通り、ここからは消耗戦。不死性が極限的に高いとはいっても、自身が言うような不死身ではない。竜力も無限ではない。

 ならば、絶えず攻撃を与え続け、長期戦による消耗を狙う。


 オルタひとりに対し、卑怯ひきょうな戦い方かもしれない。

 でも、ジルドさんや巨人の魔王は言った。

 どうしても手にしたい結末があるのなら、綺麗ごとばかりを並べていてはいけない。ときには泥臭く醜態しゅうたいさらしても、掴まなきゃいけないものもある。


 作戦を立案した僕は、勇者のような真っ当な正義の道からは、外れているかもしれない。

 だけど!

 竜峰のため、そこに暮らす多くの者たちのためになら、どんな手だって使ってみせる。

 そして、必ずオルタを倒す!


 消耗しきった僕の次は、ミストラルとザンがオルタの相手を担う。

 その間に、僕たちは次の手へと動き出した。


「アレスさん、プリシアちゃん。よろしくね」


 僕は、みんなの影に大事に護られるように隠れていたプリシアちゃんの手を取る。


「うん。任せてね!」


 満面の笑みで返事をしてくれるプリシアちゃん。その横に、成人の姿をした妖艶ようえんなアレスさんが顕現けんげんする。

 そして、プリシアちゃんとアレスさんは両手を繋ぎ。


「プリシアと」

「アレスの」

「「竜峰迷宮りゅうほうめいきゅう!!」」


 二人はくるくると回り、力ある言葉を放った!


 爆動する二人の精霊術。

 地響きをあげ、地形が歪む。空の景色がぐにゃりと揺れ、見えていた山岳が消える。そして見たことのない山脈が姿を現わす。

 見るも無残な荒野だった場所がまたしても、深い森のなかへと景色を移した。

 前方で戦っていたミストラルたちの姿と気配が、突然消える。


「お前さんは、今のうちに休め。オルタの竜術は、俺が防いでみせよう!」


 のしり、とベリークが動き出す。

 彼の竜宝玉は地竜。オルタの大地を割る竜術を抑え込む役割を担ってくれるらしい。


「俺は利き腕を失って、まともに戦えん。だが、エルネアが休んでいる間の嵐の維持くらいはしてみせよう」


 ガーシャークが頼もしい言葉をくれる。

 僕が生み出した嵐の竜術も、オルタ戦には必要なもの。風を操ることを得意とするガーシャークが、嵐の竜術の維持を引き継いでくれた。


「戦況確認に行ってくるわ」

「あわよくば、竜奉剣を奪ってくるわね」


 双子王女様が森の奥へと走り去る。


「レヴァリア様、私たちも行きますわ!」

『ちっ、仕方ない』


 急降下してきたレヴァリアに飛び乗り、空に集う竜族のもとへと向かうライラ。

 気配を探れば、地表側にも多くの竜族たちが集結してきていた。


「さあ、エルネア君。今のうちに休息をとってくださいね」


 ルイセイネに促されて、僕は一息つくことにした。


 残っていたセスタリニースたち他の竜王も、次の受け持ちに備えて森のなかへと消えていく。

 そして、この場は僕とルイセイネ、プリシアちゃんとアレスさんだけになった。


 プリシアちゃんは、今の精霊術だけで全力を使い果たしたのか、アレスさんの腕のなかで静かに眠っている。


「いよいよですね」

「うん。ひとつの間違いも許されない、厳しい戦いになるね」

「大丈夫です。必ずオルタは倒せます」


 うん、ともう一度頷き、腰を下ろす。そして、深い瞑想で竜力を補充する。

 下手をすれば、数日にも渡る長期戦になる。回復できるうちに、目一杯回復をしなきゃいけない。


 ルイセイネは、オルタと戦った者の世話をする役目だ。傷を負っていれば法術や鼻水万能薬で癒し、食事の準備もしてくれる。

 僕も疲れきった身体をルイセイネに預けて、少しだけ仮眠をとることにした。


 今こうしている間にも、ミストラルたちが死闘を繰り広げているはずだ。

 遠くから。別の場所から。竜峰に張り巡らされた迷宮の精霊術のなかを移動しながら、爆音や地響きが届く。


 プリシアちゃんとアレスさんが発動した竜峰迷宮は、僕の迷いの術なんかとは比べようもないくらい強力だ。

 空間だけでなく、物理的にも惑わせる。しかも、恐ろしいほどの広範囲。

 オルタと長期戦を行うために、プリシアちゃんには無理をしてもらった。

 それといま現在、アレスさんにも負担を強いている。

 今回は、アレスさんと融合はできない。彼女には、全力で迷宮の維持に当たってもらっている。


 アレスさんはじっと、どこか遠く、森の奥を鋭く見据えて集中していた。


 周囲の状況に緊張が抜けず、眠れないかもしれない。なんて心配は必要なかったみたい。

 ルイセイネの太ももの上に頭を乗せると、すぐに意識が遠のいていく。

 オルタとの戦いは、思った以上に身も心も消耗するみたいだ。


 これは、僕たちだけで強行しなくて良かった。ザンや竜王たち、竜族たちが協力してくれなければ、危うい作戦だったのかも。

 そしてそれでも、厳しい戦いになるだろう。


 だけど、僕たちは必ず勝利してみせる。

 オルタを倒し、竜峰に平穏を呼び戻してみせる。

 決意を胸に、僕は暫しの眠りへと落ちた。

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