カルネラの出題

 金色のその


 夏の強い日差しを照り返し、金色に輝く窪地。

 周囲は今しがた僕たちが通ってきたような高い断崖の谷に囲まれている。

 窪地に巣を作った黄金の翼竜の鱗に反射した光は、ぐるりと取り囲む谷の壁を眩く照らし出していた。


 想像を超える絶景に、僕とフィレル王子はしばし、無言で見とれてしまう。


 翼竜が身動きをするたびに、反射した光は複雑に谷の壁を照らし、幻想的な風景を作り出す。


 ああ、これはみんなにも見せてあげたい。きっと感動するに違いない。神聖な苔の広場や、雲の遥か上から見下ろす竜峰の風景とはひと味違う美しい光景に、僕はため息を零した。


「さあ、到着しましたよ。ここは伯の一族の巣です」


 僕とフィレル王子が黄金色に染まる風景を十分に堪能たんのうするのを待って、カルネラ様が声をかける。


「黄金竜の一族ですね!」


 フィレル王子が瞳を輝かせて、僕に言う。

 でも残念。違います。


「ふふふ、確かに鱗は黄金色なのですけどね」


 カルネラ様が優しく微笑む。だけど、背後に控えたお付きの男女三人は、一瞬だけフィレル王子を見下したように見た。


 ううむ。カルネラ様は友好的なんだけど、他の人は少しだけ僕たちに悪感情を持っているのかな?

 ミストラルは、カルネラ様の一族は誇り高い一族だと言っていたけど、それに関係するのかもしれない。


「フィレル王子。惜しいですが、あれは黄金竜じゃないですよ」

「金色なのに?」

「はい。金色ですが、翼竜の一種ですね」


 僕は説明を入れる。


 そもそもの飛竜と翼竜の違いから。


 簡単に言えば、飛竜は二足歩行ができる。翼竜は四足歩行。目の前の窪地で寛いでいる竜は四足なので、翼竜だね。


 そして、竜にはいろんな色の種類がある。

 暴君のような紅蓮色の鱗をした竜もいれば、グレイヴ王子様が騎乗する美しい青色の竜も。

 人に黒人や白人、黄色や赤銅色の肌があるように、竜族にもいろんな色がある。

 そのなかで、ユグラ様の一族は鱗が黄金色をした翼竜の一種、ということになるけど、だからといって黄金竜、ではない。


 白竜や黒竜といった固有の種族名が付くのは、ニーミアやスレイグスタ老のような古代種の竜族だけなんだ。

 だから、普通種のユグラ様の一族は、黄金色の鱗であっても、黄金竜ではない。


 これは、実は僕もスレイグスタ老に習うまでは知らなかった。

 と言うか、人族はみんな間違って認識していると思う。

 だから、フィレル王子が間違えたのは無知から来るものではない。とフィレル王子に説明する。


「ご名答です。博識ですね」


 カルネラ様は、僕の説明に満足したように微笑んだ。

 だけどお付きの三人は、そんなものは基礎知識だろう、と言わんばかりに鼻を鳴らして、そっぽを向く。


 むむむ。これは予想以上に敵視されているのかも。


 暴君を連れてきたから?

 僕が人族なのに竜王だから?

 ミストラルをお嫁さんにもらうから?


 全て当てはまるような気がするね。

 ちょっと気を引き締めなきゃ、足もとをすくわれるかも。


 僕は密かに、今回は平穏無事には物事が進まないかもしれない、と心する。


 カルネラ様はお付きの人たちの雰囲気や僕の警戒なんて全く気にした様子もなく、翼竜の方へ意識を向けるように促す。


「ここには現在、伯を含め四十八体の翼竜が暮らしています」

「多いですね」


 同盟を結ぶために、幾つかの竜の巣をこれまでにも訪ねたことはあるけど、竜族はおおむね、十から二十体で群を形成していたように思える。それらから比べると、ユグラ様の一族は大所帯だね。


「伯はしたわれていますからね。そして私どもがお世話をしていますから」

「場所も特別なところみたいですし、他の竜族よりも繁栄しているんですね」

「そうです」


 僕の言葉に頷くカルネラ様。


「伯は竜峰の大英雄なのです。竜人族の私どもなど足もとにも及ばないくらい長く生き、活躍してきました」


 はい、とカルネラ様の言葉に頷く僕とフィレル王子。


「伯は一族のなかでも、格が違います」


 そうでしょう。大英雄なのだから。

 うんうん、とさらに頷く僕とフィレル王子。


「というわけで、今から貴方たちには、伯を探してもらいます」

「「えっ!?」」


 カルネラ様の突飛とっぴな言葉に、僕とフィレル王子は目が点になってしまう。


「探す? 伯を?」

「こ、この中からですか!?」


 カルネラ様は、なんでいきなりこんな問題を出してきたんだろう。


「伯に会いたいと言っておきながら、伯がどの翼竜なのかも知らぬのか」

「ミストラルはなぜこのような無知の少年を選んだのだ」

「所詮、人族かしら」


 お付きの三人の男女が、ここぞとばかりに悪態をついてきた。

 険悪度が増した雰囲気に、僕の背後にいた暴君が恐ろしい喉なりをあげる。


「およしなさい」

「レヴァリア、だめだよ?」


 カルネラ様がお付きの三人をたしなめ、僕が暴君を止める。

 フィレル王子は顔を引きつらせたまま、硬直していた。


「ごめんなさいね。血の気が多くて」

「いいえ、仕方ないと思います」


 彼らは竜人族の中でも誇り高い一族らしい。その誇りとともに、ユグラ様のお世話をしてきたんだ。

 なのに、突然現れた人族が簡単に会おうとしていることが許せないんだろうね。

 カルネラ様の出した問題は、そこに配慮したものかもしれない。


 ユグラ様の一族が住む場所には案内した。だけど面会するのなら、四十八体の翼竜の中から、自分でユグラ様を探し出しなさい、ということだろう。


 一見すると難しそうな問題だけど、カルネラ様の瞳は僕を信用してくれていた。


 僕なら見つけられる。そう瞳が語っている。


「た、たしかに。お会いする方が誰だかは知りません、なんて駄目ですよね」


 おお、どうやらフィレル王子もやる気と自信があるようです。

 もしかしたら、飛竜あたりにユグラ様の外見や特徴を聞いているのかも。


「エルネア、勝負しましょう。どちらが先に伯を見つけられるか!」


 競ってどうするんですか、と思ったけど、カルネラ様がそれは面白いですね、と賛同する。


 ……遊びじゃないんですよ。


 ああ、お付きの三人の視線が痛い。


 カルネラ様に嗜められたとはいえ、剣呑けんのんな眼差しを僕たちに向ける三人。


 どうしたものかなぁ、と思いつつ、僕はフィレル王子に同意する。


「仕方ありません。それでは、どちらが先に伯を見つけるか、競争です」

「よし、では開始です!」


 フィレル王子はそう言うと、いさんで窪地へと向かう。

 僕たちの会話が聞こえていたのか、近づいてくるフィレル王子を興味深そうに見つめる翼竜たち。


 そもそも翼竜は、僕たちが谷を越えてやってきたときから、面白そうにこちらを見ていた。


『貴様、老いぼれがどれだかわかるのか?』


 暴君が僕を見る。


「ううん、実は知らない。だから、今から僅かな手がかりを元に、探すしかないんだよね」

『ふん、呆れたやつだ。それで見つけられるのか』

「ううん、どうなんだろう。頑張りはするけどね……というか、レヴァリアは僕を心配してくれてるのかな?」

『誰が貴様なんぞ! 間違えて大恥をかいてしまえ』


 暴君はふんっ、と僕から視線を逸らすと、不機嫌そうに喉を鳴らす。


 ぐるぐると恐ろしく喉を鳴らす暴君に、さすがのお付きの三人も顔を引きつらせていたけど、カルネラ様は平然としていた。


 暴君に愛想を尽かされた僕は、さてどうやって見つけよう、と思案する。

 そういえば、カルネラ様がちょっとだけ、目星になるようなことを言ってくれていたよね。


 伯は、三百年前に活躍した大英雄。竜人族よりも長生きをしている。

 翼竜の寿命は五百年くらいだし、暴君が老いぼれ、と言うくらいだから、老竜なのだろう。

 見た目で探すなら、なるべく年老いた翼竜を探せば良い。きっとフィレル王子もその辺を手がかりに探しているだろうね。


 でも、人が竜を見て、若いか年老いているかなんてわかるのかな。そう思って、スレイグスタ老を思い浮かべる。

 僕は、スレイグスタ老に初めて会ったとき、巨竜だと驚いた。だけど、二千年間竜の森を護り続けてきた、と言われるまでは、年老いた竜だなんて全く感じなかったよね。

 なら、見た目で探すのは難しいのかも。


 次に、大英雄というなら、強く逞しい身体付きをしているのではないか、と考える。

 竜族のかしらは、同じ種族の中でもひと回り躯体が大きかったりする。もしかしたら、ユグラ様は周りの翼竜よりも大きな身体をしているのでは、と思い、窪地の翼竜を見てみる。

 だけど、特に目立って大きな翼竜は見当たらなかった。


 さて、困った。


 どうやってユグラ様を見つければ良いのかな?


 僕が思い悩んでいる間にも、フィレル王子は巣に入り、一体一体詳しく翼竜を見て歩いている。

 これは、明らかにフィレル王子はユグラ様の外見を知っているっぽいね。

 見定め方に迷いがない。

 多分、聞き及んでいる外見に一致する翼竜を探しているんだ。


 うかうかはしていられない。僕もどうにかして、見つける手立てを探さないと。


 ううん、と集中したからなのかな。

 不意に僕は、竜脈を感じ取る。


 瞑想修行のしすぎなのか、竜脈を感じ取ることが日常になってしまっているのか、今では、竜脈は身近なものになっていた。


 そして、竜脈で気づく。


 そういえば、スレイグスタ老は呼吸をするとき、ごく自然に竜脈を吸い上げるよね。

 これは、僕のさらに先の境地。身近に感じるだけではなく、無意識に取り込むことができるのは、竜気の扱いが極められていて、洗練されているから。


 ならば、ユグラ様が大英雄であり、年老いた竜であるなら、スレイグスタ老ほどではないにしても、竜気の扱いがたくみなはず。


 僕は竜気を感じ取ろうと、集中して周囲に意識を向ける。すると、窪地の翼竜だけでなく、背後の暴君、そしてカルネラ様と三人のお付きの男女の竜気を、僕は瞬く間に感じ取る。


 暴君は荒々しい気配。相変わらず。


 カルネラ様は深く落ち着いた竜気の流れをしている。穏やかだけど、竜王に匹敵するくらいの潜在的な竜力がありそう。


 お付きの三人は、ミストラルの村の一流と言われる戦士並みか、それ以上の激しい竜気を感じる。これは、さすがと言うしかないのかな。


 そして、僕は翼竜へと意識を更に広げる。


 眩しい。


 眼に映る輝く風景と同じように、翼竜が漂わせる強い竜気の気配に、僕はつい眼を細めた。


 人と同じで、翼竜にも個性がある。

 荒々しい竜気の者。おっとりと穏やかな気配の者。引っ込み思案なのか、強い竜気をことさら隠そうとする者。

 個性豊かな竜気の流れを感じ取りながら、目的の気配を探す。


 意識を翼竜の巣いっぱいに広げながら、僕は歩み出した。


 一歩一歩、目的の相手の方へ。


 フィレル王子も大方おおかた見て回ったようで、残りの翼竜へと足を向けてる。


 巣に入り、翼竜の間を通って、進む。


 近くに来ると、翼竜が思いのほか大きいことを知った。

 飛竜よりかは、地竜の方がひと回りくらい大きい。だけど、暴君は並みの飛竜の倍近い大きさなので、地竜と比べても暴君の方が大きい。その暴君と同じくらいの大きさがあるんじゃないのかな。


 翼竜の巨体に視界を阻まれ、フィレル王子を見失う。だけど、ユグラ様の容姿を知っているのなら、確実に答えへとたどり着けるだろう。


 僕も迷わず、先へ進む。


 強く、洗練された竜気を扱う翼竜のもとへ。


 一体の顔の前を通り過ぎ、別の翼竜の脇をすり抜け、巧みな竜気の流れを示す翼竜に向かって歩く。


 そして、とうとう僕の目の前に、一番洗練された竜気を扱う翼竜が姿を現した。


「あれ!?」


 だけど、僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 僕とは逆に、少し離れた場所から、フィレル王子の元気のいい声が響いた。


「見つけました、この方が伯です!」


 近くだけど、フィレル王子は側にはいない。


 そんな馬鹿な! 僕は間違えてしまったのかな!?


 目の前に行儀良く座る翼竜をもう一度よく見て、僕は頭を抱え込んでしまった。

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