黄金の一族
ニーミアが、森の大樹に隠れるようにして在る村に向かい降下し始めると、暴君も後に続く。
高度が下がり始め、地上の様子が鮮明になってくると、フィレル王子やルイセイネが感動のため息を零す。
林立する大樹の太い枝や天辺から、降下してくる僕たちを見上げている人が幾人も見て取れる。そして大樹と大樹を結ぶように、空中に何本もの吊橋がかけられ、居住のための建物も大樹の上に築かれていた。
「木の上で生活しているのね」
「まるで鳥だわ」
双子王女様が言うように、眼下で様子を伺っている人たちの生活の拠点は、地上ではなくて、大樹の上だった。
そして地表は、背の高い草や小さい樹木に覆われていた。
「どうしよう。どこかに降りられないのかな」
と言ってしまうほど、密生した茂みが大樹の下には広がっている。
「あそこの。谷間の手前に広場があるわ。そこにゆっくりと降りて」
ミストラルの指差す先。両端が垂直にそびえ立つ谷の手前に、輝く緑の小さな草原が見えた。
「下に誰かいるわ」
「手を振っているわ」
双子王女様の言葉通り、開けた草原には何人かの人がいて、こちらに向かい手を振っている。
「あの人たちの誘導に従って」
「にゃん」
ニーミアは草原にいる人を驚かさないように、ゆっくりとそして優しく着地する。
だけど、その後に続いた暴君はいつも通り、荒々しい着地で草原の草を撒き散らした。
「こらっ。ちゃんと着地しなさい」
背中にはライラたちを乗せていて、しかもここはよそ様の土地なんだよ。あからさまに問題を起こすような行動は
着地して早々、僕は暴君を叱りに走り寄る。だけど暴君は、ぐるる、と不愉快そうに喉を鳴らして、周囲を睨み据えた。
見れば、少し離れた大樹の木々の上や、草原の草の陰から、警戒心も露わに僕たちを伺う視線が多くある。
僕たちはともかく、招いたとはいえ、暴君に強い警戒を示しているんだろうね。
「人族の竜王。そして天空の暴君よ。よくぞ来てくれました」
なんとか暴君を
到着して慌ただしい僕たちに声をかけてきたのは、壮年の女性だった。
女性の周りには、似た装飾の、これまた蜂蜜色の髪をした三人の男女が佇んでいた。
よくよく観察してみると、草むらに隠れている人や大樹の枝から見下ろしている人たちの多くが、蜂蜜色の髪の毛をしていた。
ミストラルの村は銀に近い金髪や、銀髪の人が多いけど、もしかしたら部族によって髪質が違っているのかもしれないね。
「カルネラ様。騒がしい訪問をお許しください」
ミストラルが、杖を持った壮年の女性に頭を下げたのを見て、この人が族長のカルネラ様なのだと知る。
「初めまして。僕はエルネア・イースと言います」
僕に続き、みんながカルネラ様に挨拶をしていく。
カルネラ様は優しい微笑みを
「こんな辺ぴなところに、よく来てくださいました」
暴君以外の挨拶が済むと、カルネラ様は歩み寄る。
「初めまして。
一同を代表して、僕がカルネラ様と握手を交わす。
これって本来なら、竜人族の竜姫であるミストラルの役目のような気がしたけど、僕で良かったのかな。
僕の疑問をよそに、握手を交わしたカルネラ様は、そのまま暴君のもとへと歩み寄る。
お付きだろう周りの三人の男女がカルネラ様を制止しようとする。だけどカルネラ様は軽く杖を振って、お付きの人を遮ると、
念のために、僕がカルネラ様の後に続く。
僕がついていくのは、止められなかった。
「ようやく、伯の召喚に応えてくれましたね。感謝します」
『ふふん。来たくて来たわけではない。そこの小僧の命令で、仕方なくだ』
僕は命令なんてしてませんよ。暴君は自分の意思で来たのではない、ということをことさら強調するように、辺りに潜む人たちに威嚇の咆哮をあげる。
「おやまあ。随分と威勢がいいこと」
カルネラ様は暴君の咆哮を間近で受けたはずなのに、平然とした様子で微笑む。
「伯は常日頃から、貴方に是非会いたいと仰っていましたよ」
『我はあんな老いぼれに会おうとは思わぬ』
「ふふふ。そう言わず。貴方が改心したという噂は、ここにも届いています。過去の罪を今更私がとやかく言う必要はないでしょう。貴方と竜王が誓いを交わし、悔い改めている最中なのでしょうから」
どうやら、カルネラ様は竜心があるみたい。誰の通訳もなく、暴君と会話をしている。
「さあ。せっかくここまで来たのです。是非、伯に会って行ってくださいね」
手招きするカルネラ様に、ふんっ、とそっぽを向く暴君。
「ここまで来て、やっぱり帰る、なんて言わないよね」
と僕が口を挟んだら、暴君からぎろり、と睨まれた。でも僕は、暴君の睨みに笑顔で応える。
「まさか、レヴァリアは伯が怖い?」
『貴様、言うようになったではないか』
暴君は鋭い牙がびっしりと生えた口を大きく開けて、僕に迫る。
はっ、と周囲に緊張の気配が広がる。
「はいはい。よしよし」
だけど暴君は、本当に襲い掛かることはなく、僕の眼前で口を開いたまま顔を止める。
僕も暴君が本気でないことを十分に承知しているので、やれやれ、と暴君の鼻面を撫でた。
「竜峰の空を恐怖で支配していた暴君を、これほどまでに手懐けるなんて」
カルネラ様の言葉に、僕は首を横に振る。
「手懐けているんじゃないですよ。僕とレヴァリアは、もう友達なんです」
『くわっ! 貴様など、何が友達なものか!』
暴君の抗議は無視無視。彼がなんと言おうと、僕は暴君を友達と思っているからね。
ぐるる、と恐ろしく喉を鳴らし口の奥に炎を宿すけど、僕は意に介さず暴君の鼻面を撫でた。
「ふふふ。新しい竜王は不思議な子ですね」
カルネラ様も、眼前の暴君の大きな顔を恐れた様子もなく、僕と暴君を見て楽しそうに微笑んだ。
「さあ、それでは。さっそくだけど、伯の場所に案内しましょうか」
言ってカルネラ様は、深い谷間の方に僕たちを導くように、
「あっ!」
釣られて僕も踵を返す。そして見た風景。
暴君と僕の関係をずっと見てきたミストラルたちはともかく。フィレル王子と双子王女様、そして草の陰に隠れていた人やお付きの人は、顔を引きつらせ僕と暴君を見ていた。
「ああぁぁ。驚かせてしまって、ごめんなさい」
僕たちは、暴君がもう無闇に悪さをしないことを知っている。だけど、改心したと噂で聞いていても、長い間恐れてきた暴君が牙をむいたり炎を吐く素振りなんかを見せたら、そりゃあ恐怖するよね。
「ごめんなさい」
僕は暴君の分まで、頭を下げた。
「カ、カルネラ様……」
それでもいち早く気を取り直したお付きの人が、カルネラ様を呼び止める。
「これから伯のところに向かうのは構わないのですが」
お付きの人は、僕たち一行を見渡す。
「あまりにも大勢で押しかけますと、
「そうですね」
お付きの人の進言に、同じように僕たちを見つめるカルネラ様。
翼竜たち、ということは、ユグラ様以外にも翼竜が居て、巣があるのかもしれないね。
カルネラ様の一族がユグラ様をお世話している、ということは、翼竜側も人には慣れているかもしれないけど、いきなり見知らぬ大勢が押しかけてきたら、余計な刺激を与えちゃうかもしれないね。
どうやら、人選をしなきゃいけないみたい。
「ええっと。僕たちは付き添いですし」
ユグラ様に会わなきゃいけないのは、僕じゃない。
まずは、呼び出された暴君。そして、ヨルテニトス建国王の子孫であるフィレル王子には、必ずユグラ様に会ってもらいたい。
ユグラ様に会ってもらうことこそが、今回の一番の目的だしね。
最後に、あともうひとり誰かをつけるとしたら、カルネラ様の一族とも面識があり、竜姫でもあるミストラルかな?
そう思い進言すると、ミストラルに首を横に振られた。
「わたしは何度も伯に会っているわ。ここは、貴方がわたし達を代表して行って来なさい」
「ええっ。代表なら、ミストラルの方が適任だと思うけど」
「エルネア君、わかってないわ」
「こういうときは、私たちの夫である貴方が代表者だわ」
「ちょっ、ちょっとお待ちくださいですわ!
「ライラさん、何気に自分だけエルネア君の妻であるかのようには言わないでください!」
やれやれ。貴女たちは緊張という言葉を知らないんですか。よそ様でもいつものように乙女戦争をしないでください。
がっくりと肩を落とす僕。そして仲裁に入るミストラル。
ちょっと阿呆っぽい風景に、お付きの人や周囲に身を潜めていた人たちが呆気にとられていた。
「ふふふ。これはみんな、貴方のお嫁さん?」
「ええっと……はい。その予定です?」
断言しちゃって良いのかな。頭を掻きつつ苦笑いで答える。
「とても楽しい家庭ね。小さな子供までいるし、幸せそう」
知らない場所に来たせいか、少しだけ緊張気味でアレスちゃんに寄り添うプリシアちゃん。と思ったら、プリシアちゃんはうとうとしてました。眠そうに
そうだよね。君が緊張なんてしないよね。プリシアちゃんもいつも通り。眠いから遊びまわっていないだけ。
そしてアレスちゃんが、そんなプリシアちゃんに付き添って、面倒を見てくれていたわけか。
ニーミアは未だに大きいまま。
なんで小さくならないのかな?
「周辺警戒にゃん」
なるほど、ニーミアなりに、周囲から向けられる気配に対して警戒してくれていたんだね。
「ふふふ。本当に素敵な家族ね」
「はい!」
カルネラ様の言葉に、僕は自信を持って返事する。
「ミストラルもいますし、この様子なら大丈夫でしょう。それでは、暴君と竜王。そして伯に用事があるという貴方を案内しますね」
「お、お願いします!」
女性陣の気の太さに圧倒されつつ、フィレル王子が強く頷いた。
「ミストラル。行ってくるね」
「はい。いってらっしゃい」
「お土産にゃん」
「いやいや、さすがにお土産はないからね」
苦笑しつつ、僕とフィレル王子は、カルネラ様とお付きの人の後について深い谷間へと向かう。
そして僕の背後からは、暴君がのっしのっしと歩いてついてきた。
「うわっ、君が歩いてる姿なんて、初めて見た気がする」
『ええい。うるさい。黙れ』
「もしかして、歩くの苦手?」
『黙って前を向いて歩け。さもないと後ろから咬み殺すぞ』
「いやいや、噛み殺されるかもしれないなら、前なんて向けないよ」
『貴様も女どもも、気は確かか。なぜ緊張しない』
「ううん、どうなのかな。緊張はみんなしていると思うよ?」
初めて訪れる場所で、歓迎されつつも周囲から一定の張り詰めた気配を感じる状況。
緊張しないはずがない。
みんなだって、多かれ少なかれ、緊張していると思う。
だから、みんなはいつも通りの馬鹿っぽいことをして、緊張を解しているんじゃないのかな。
自分たちの緊張と、周りの緊張を。
ニーミアが即座に小型化しないくらいには、周辺から警戒の気配が伝わってきていた。
だから、女性陣はいつものようなやり取りを見せて、自分たちが警戒されるような者たちなのではないことを見せているんだと、今やっと僕は思い至る。
僕なんかよりも、しっかりとしている女性陣。あの場は、安心してみんなに任せても大丈夫かな。
『我にはよくわからぬ』
「ふっふっふ。竜族に信頼できる仲間ができるようになったら、レヴァリアにもわかるよ」
『上から目線で、言ってくれるな』
暴君とやり取りをしている間に、僕たちは深い谷の中へと入っていた。
横幅は、暴君が翼を閉じて歩くのがやっとくらい。ここでもしも襲われたら、暴君は逃げ場がないだろうね。だけど暴君は、気にした様子もなく最後尾をついてくる。
谷間、と表現しているけど、両脇を高く切り立った崖に挟まれた道、と言っても良いかも知らない。
カルネラ様とお付きの人の案内で、曲がりくねった谷間を進む。
ときたま、谷間を通り抜ける風がこうこうと響き渡る。
僕の一歩前を行くフィレル王子は、緊張しつつもしっかりとした足取りで進んでいた。
そしてカルネラ様とお付きの人は、振り返ることなく、先へと進む。
さっき、暴君と会話をしながら様子を伺った。するとお付きの男女三人は、ときたま暴君の言葉に、微かに反応していたような気がする。
もしかしたら、彼らにも竜心があるのかも。
高い絶壁の谷に挟まれ、見上げても切り取られた空の一部しか見えない。
だけど、歩いていると次第に、前方の空の景色が広がり始めた。
谷の終わり。
歩き通して、長い谷底の道を行ききった僕たちは、絶景に足を止めた。
唐突に途切れた谷の先は、緩やかな
「ま、
フィレル王子が目を細める。
窪地には、多数の翼竜が巣を作っていた。そして翼竜は、黄金に輝く鱗を太陽の光に反射させ、窪地は財宝のように光り輝いていた。
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