緑と青の狭間で
「緊張してきました」
雲よりも高い山脈を越えると、山の
ニーミアは、主要と思われる山脈を越えた先で暴君を離す。
暴君は自由になると、自分の方が凄いんだと言わんばかりに空を飛び回った。
そして僕の側で、フィレル王子がそう呟いたのだった。
「人族に
僕が微笑みかけると、フィレル王子も嬉しそうに頷く。
「はい。初代様と共に空を駆けた竜に会えるなんて、光栄です」
フィレル王子は、僕たち以上に思い入れが強いだろうね。
ユグラ様は、初代ヨルテニトス王本人と王国創建の時代を知る偉大な竜なんだ。その竜と建国王の子孫が時代を越えて
そして、僕たちはスレイグスタ老やアシェルさんを通して計り知れない存在には随分と慣れているけど、フィレル王子は圧倒的な存在を前にしたとき、どう反応するだろうか。
まさか、臆病に逃げ出したりはしないよね……
飛竜との生活で心も鍛えられているだろうし、それはないか。
「それにしても、エルネアは凄いですね」
「はい?」
空から見下ろす山脈の
「エルネアは竜王という凄い称号を持っているんですよね?」
飛竜の巣で別れる前は、フィレル王子は竜峰の知識をほとんど持っていなかった。
もちろん、竜峰に住む者たちの事情や、竜人族の称号なんて知らなかったはずだ。
きっと、飛竜からいろんなことを教わったんだろうね。
「他種族に認められるなんて、凄いですね」
「いえ。僕はたまたま、運が良かっただけですよ」
竜の森でスレイグスタ老に出逢った。ミストラルと巡り会い、ジルドさんから竜宝玉と称号を受け継いだ。
スレイグスタ老と出逢ってからは、彼の導きで僕は今にたどり着けたんだ。
「運も実力のうち、とはあまり言いたくありませんが、それでもやっぱり、出会いやそこから広がる縁も自分の力だと思います」
なんだか、随分と大人びた言葉だな、と感じる。こういう考えができるのは、王族としての元々の資質なのかな。それとも、やはり飛竜との生活がフィレル王子を大きく成長させたのだろうか。
「僕もエルネアのように立派になってみせます。伯にこうして会いに行けるのはエルネアのおかげだけど、そこからの縁を僕は自分で掴んでみせます」
「立派になったわ」
「見違えるよう」
フィレル王子の決意に、双子王女様が微笑む。
彼女たちの目には、どれくらい成長したように見えているのかな。
双子王女様は満足そうにフィレル王子を見る。
「もう私たちは必要ないわね」
「もう私たちが居なくても大丈夫ね」
「はい。たくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい。でも僕はもう、大丈夫!」
胸元で拳を作るフィレル王子。
「これで心置きなく、エルネア君のもとに行けるわ」
「これで心置きなく、エルネア君に一緒について行けるわ」
「えっ! ……エルネアとはそういう関係だったんですか!?」
「そうよ」
「そうだわ」
「では、兄様は……」
「知らないわ」
「私たちにはもう、エルネア君がいるもの」
ね! と同意を求められて、双子王女様に抱きつかれる僕。
兄様は、の続きが気になったけど、今はそれどころではない。僕を双子王女様から引きはがそうとミストラルとルイセイネが加わり、ニーミアの背中で乙女戦争が勃発する。
「上で暴れられると、飛びにくいにゃん」
ニーミアから苦情が来ていますよ、皆さん。
僕は自力でなんとか双子王女様の天国地獄から抜け出すと、フィレル王子と前の方へ避難する。
後方では、不穏な空気が漂ってきています。危険ですので、近づいてはいけません。
けっして僕が原因じゃありませんよ。暴走する双子王女様が悪いんです。
「にゃんから見ると、原因は……」
「ニーミア、それ以上は言わないで!」
がしっとニーミアに抱きつき、
フィレル王子は苦笑しつつ僕や女性陣を見ていたけど、突っ込みはなかった。
「ところで、竜王とは称号で、本当の王ではないと聞きましたが事実ですか?」
「ああ、それって人族だと少し誤解を招いちゃいますよね」
王と言われれば、人族なら支配者のことをすぐに連想してしまう。王族のフィレル王子なら、尚のことかな。
「あくまでも称号で、竜人族や土地を支配するような権力なんてものはないんですよ。ただし、竜王は竜人族からは尊敬の眼差しで見られていますね」
「それじゃあエルネアも? すごいですね。竜人族から尊敬されるなんて」
「いやいや、僕なんて
フィレル王子の眩しい視線に、恐縮する僕。
「王なのに支配者じゃない。尊敬される存在か。僕もそうなりたいです」
「フィレル王子なら、立派な竜騎士になれますよ」
王様に、とは口が裂けても言えない。フィレル王子は第四王子。王位継承権は兄弟内で一番低い。そしてあの嫌味王子様が、次期国王の可能性が一番高い。僕としては親しくなったフィレル王子に頑張ってもらいたいけど、だからと言って大っぴらに口に出していいような問題ではないからね。
僕の応援に、複雑な表情を見せるフィレル王子。
「たしかに、最初は竜騎士になりたい一心で頑張ってきました。でも、今は少し違うんです。なにかこう……言葉には言い表せないんですが」
「もっと大きな目標ができたんですね?」
「はい、そうなんです!」
嬉しそうに頷くフィレル王子。
竜騎士になることよりも大きな目標。それがヨルテニトス王国の人々や、人族全体に幸せをもたらすものだと良いな。
「頑張ってくださいね」
「もちろん。僕は国民の為、竜族の為、そしてお姉ち……ライラさんの為に全力で頑張ります!」
「僕たちも出来る限りの応援はしますので!」
「ありがとう!」
強く抱き合うフィレル王子と僕。
「新しい変態にゃん」
「違うよっ!」
ニーミアの突っ込みに、がくっと肩を落とした。
ニーミアは山脈を越えたあたりから、速度を落として飛んでいる。
暴君が周辺を飛び回っているせいもあるし、高速で飛んでカルネラ様の一族や翼竜に警戒されないためかな。
「伯に会うためには、カルネラ様の村にまずは立ち寄らないといけないんだよね?」
「にゃん。上からだと森に隠れて見つけにくいらしいにゃん。だから注意深く見てるにゃん」
ああ、そういう理由もあるのか。
「カルネラ様とは、竜人族の族長なんですよね?」
「そうみたいです。竜人族は部族ごとに固まって生活しているんですけど、まとめ役の人が族長として、村の代表になるみたいですよ。ですけど、何かを決めるときには部族のみんなで相談、というのが基本らしいです」
「へええ。エルネアは詳しいですね」
「殿下よりかは、少しだけ長く竜峰に滞在していますからね」
「王が支配しない
感慨深く頷くフィレル王子。
「そう言えば、魔族の社会構造も少し変わっていると聞きました」
「社会構造?」
首を傾げる僕に、フィレル王子が具体的な話をしてくれる。
「はい。魔王が居たり、魔族貴族が居たりと階級社会なのは人族と同じらしいのですが。なんでも、国替えをたまに行うと飛竜が言ってました」
「ああ、あのことか!」
思い当たる節が僕にはあり、頷く。
竜峰の西の村で竜人族と魔族の争いが起きたとき。僕たちの前に「巨人の魔王」と称される魔王が降臨した。
絶世の美女然とした外見とは裏腹に、圧倒的な恐怖を放つ計り知れない存在に見えた魔王。
巨人の魔王は、もともと魔族が支配する国々のなかでも、中央辺りの国を支配していた。だけど、竜峰の竜人族や竜族と魔族との争いが激しくなった時期に、竜峰に接する国へと国替えしてきたらしい。
普通はあり得ない。どんな状況になろうと、支配する国を交換するなんて。
人族で例えれば、アームアード王国とヨルテニトス王国の王様が入れ替わる、ということ。
ないない。どんなに仲睦まじく、双子の王国と言われようとも、支配者たる王様同士の交換だなんて、絶対にない。
なのに、魔族の国ではそれが起きた。
それは、魔族の特殊な階級社会にあった。
僕も学校の座学で簡単には習っていたけど、魔族の国なんて遠い
だから僕はもう一度、ミストラルや竜人族の人たちから教わったんだ。
僕が教わったことを、フィレル王子に伝える。
王子も、遥か西にある魔族の国の知識はないのか、真剣に僕の言葉に耳を傾けた。
まず、アームアード王国とヨルテニトス王国には、
一般的に云われる上位の
アームアード王国とヨルテニトス王国以外、近辺には人族の国が他にないので、その辺は少し
で、魔族の階級。これがちょっと特殊だった。
頑張った者や功績のあった者が成れる爵位は男爵。これが爵位では一番下になる。騎士爵とか本当はもっと下の分類もあるのかもしれないけど、その辺は国という形態を持たない竜人族から聞いた話なので、僕も詳しくはない。ともかく、その辺は人族と一緒だね。
そしてその上に、
次が、何代か頑張って魔族に貢献したり、特に力の強い魔族が成れる伯爵位。更にその上の侯爵位は、下位の爵位とはかけ離れた力と権力がないと成れないのだとか。
そして、公爵位。
これは、始祖族のみに与えれる階位。
始祖族。
僕もミストラルに教えてもらって、初めて知ったこと。
大きな争いや
そして長い年月を経て、濃く集まった瘴気からは、ごく
瘴気から誕生した魔族は、計り知れない力と知識を持っている。それが好き勝手に暴れまわると魔族にも大打撃になるため、公爵位という地位と領地を与えて封じ、抑止するのだとか。
でも、この公爵位を授ける存在は、魔王ではない。
なんと、魔族の社会では、魔王も階級のひとつなんだ。
魔王は公爵位の上。階級で言えば最上位にあたり、国を与えられ、魔族を支配する特権が与えられる。
でも、誰から与えられるの? ということになる。
そこには、魔族の全てを支配する存在があるのだとか。
魔王さえも従わせるその者は、魔族にとって絶対的な存在。真の支配者が魔王やその他の爵位を授ける。
計り知れない力、とミストラルに言わしめる始祖族を爵位に封じ、あの恐ろしい巨人の魔王でさえも従わせる存在が、魔族には存在することになる。
そして、その絶対の支配者が、魔王に国を割り振る。過去に中央を支配していた巨人の魔王を東の竜峰に接する国へ移動させたのも、その者の意図だという。
西の村での事件をフィレル王子に説明はしなかったけど、魔族の社会について、知っていることをフィレル王子に話した。
フィレル王子は、途中から顔面蒼白で僕の話を聞いていた。
「そ、そんな恐ろしい存在がいたなんて……」
「はい。僕も教わったときは、怖くて夜は眠れませんでした」
僕たちは今、その恐ろしい存在が後ろに控えている魔族と争おうとしている。
ううん、本当は争っちゃ駄目なんだ。
だから八大竜王のひとりであるウォルが、わざわざ巨人の魔王のもとに向かって、働きかけをしている。
だけど、巨人の魔王じゃない他の魔王が暗躍している気配がある。
フィレル王子は魔族の社会を知って震えるけど、僕はこれから起こるかもしれない騒乱に、顔を青くした。
「村を見つけたにゃん」
少し暗くなった僕とフィレル王子に、ニーミアが明るい声をかけてくれた。
「魔族は怖いにゃん。だから、みんなで仲良く協力するにゃん」
「うん、そうだね」
頷く僕。
ニーミアの視線の先。絶壁の渓谷の手前。大樹の陰にいくつもの家が見え隠れしていた。
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