進撃の客人
『親交を深めたついでに、ひとつ忠告をしておこう。どうも城から嫌な気配がした。気をつけることだな』
広場を去る間際、キャスター様の地竜がそう僕に言ってきた。
嫌な気配。たしか、ミストラルとニーミアも感じていたよね。これで地竜もそれを感じたのだとしたら、間違いなく何かあるに違いない。
『親父様はここに到着した時からそう言うが、他の我らは感じぬ』
『それは言い換えれば、嫌な気配の元凶は巧みに隠れているということだ』
『我らに気取られぬように隠れるなんぞ、良からぬことは確か。気をつけるのだな』
地竜たちの忠言に感謝の言葉を述べて、僕たちは広場を後にする。
僕のお願いで砕け散った鞍の欠片が目に痛かったけど、気にするなというキャスター様の言葉を素直に受けることにして、一路王様の寝室へと向かう。
「んんっと、遊びたいよ?」
プリシアちゃんが地竜たちを名残惜しそうに見ていた。
「また今度ね。地竜たちは今からご飯だから、邪魔しちゃ悪いよ」
「プリシアもご飯食べたい」
「いやいやいや、君はさっきお菓子をたらふく食べたばかりでしょう」
プリシアちゃんの何かを大きく期待していた瞳は「地竜たちと遊ばせて!」というものだったのは、最初から気づいていました。
可愛いプリシアちゃんのお願いを聞いてあげたいところだけど、ここは我慢してもらうしかないね。
ミストラルも、プリシアちゃんの欲求不満が溜まっていることを気にかけているのか、抱きかかえて優しくあやす。
「プリシア。もう少し我慢してね。後でたくさんエルネアが遊んでくれるからね」
「えっ?」
「うん、仕方ないね。プリシアは我慢する」
「にゃん」
ニーミアよ。どさくさに紛れて君も加わるんじゃない。
「にぁあ」
プリシアちゃんと同じように、ニーミアにも色々と我慢をしてもらっている状況だから、あとで思う存分に発散させてあげよう。
グレイヴ様の先導で、僕たち一行は王城内へと入る。
午前中の中庭で、騒ぎの中心だった僕たちを連れているグレイヴ様に、すれ違う人たちが驚いたような視線を向けてくる。
次いでキャスター様とフィレルを認識し、ひそひそと何やら会話を交わす人たち。
最後に、ライラの姿を見て多くの人が息を呑んでいた。
「オルティナ様……」
とすれ違いざまに誰かが言葉を漏らす。
するとグレイヴ様は鋭い眼光を飛ばし、周囲を黙らせた。
ライラが緊張で身体を硬くしているのがわかる。
「ライラ、手を繋ごうか」
「は、はいですわ」
僕はわざと周りに聞こえるような声でライラに話しかけて、傍に引き寄せて手を繋ぐ。
ライラはライラであって、オルティナ王女ではない。そして僕の大切な人。周りにそう知らしめるように、ことさらに強調して歩く。
「ああ、立派になられて……」
「ああ、ああぁ……」
「ご無事で……」
高級官僚や衛兵はライラを見ても平然とした態度を保とうとしている。だけど、使用人の多くはライラの姿を見て、涙を流す者や口に手を当てて驚く人が続出した。
「ちっ」
その様子に、グレイヴ様が小さく舌打ちをする。だけど、使用人を咎めることも、僕たちを邪険にする態度をとることもなかった。
グレイヴ様は、ライラのことを未だに見ようとはしない。ライラはオルティナ王女ではないというのが僕を含めたみんなの総意だけど、じゃあ客人ですね、と素直に認めることもできない。
グレイヴ様の心境なんてわかりたくないけど、わかってしまう。
すれ違う人たちの複雑な視線に耐えながら、グレイヴ様に先導されて王城の上階へと進んでいく。
そして、最上階に続く階段を上がると、これまで大理石だった床には隙間なく絨毯が敷かれ、多くの近衛騎士が巡回する広い廊下になる。
鎧の上から立派な
近衛騎士のひとりが、僕たちを連れているグレイヴ様に瞳で何かを訴えたけど、手で制されて、無言で下がった。
これが王族の権威というやつなのかな。
中庭での騒動の中心人物であり、一度は囚われたはずの僕たちを連れていても、近衛騎士は無用な言葉はかけてこない。そして何も言うな、何も聞くな、というグレイヴ様の態度を素早く読み取り、心得たように行動する。
グレイヴ様の王族然とした態度。近衛騎士の洗練された動きと忠誠に、アームアード王国の王城内では感じなかった厳格な雰囲気を感じとる。
グレイヴ様は、近衛騎士の態度はさも当たり前といった威風堂々とした態度で、廊下に敷き詰められた絨毯を踏み歩く。
僕たちもそのあとに続く。
ううむ、順調すぎて怖い。
王都に到着した直後の騒動が嘘のようだね。地下牢から抜け出したあとが順調すぎて、逆に怖いよ。
ニーミアの案内と竜術を駆使して、簡単にライラと合流できた。ルイセイネとプリシアちゃんにも会えた。そして、そこには巫女頭様が居て、そのとりなしでグレイヴ様が僕の言葉に耳を傾けてくれて。双子王女様とフィレルなんて、向こうから来てくれた。
竜族と友好関係を築くことができる、と実践して見せたら、なぜかキャスター様とまで友好関係になっちゃって。
これまでの順調さに、全ての運を使い切ってしまってはいないだろうか。と不安になる。
そして、その不安は的中したのかもしれない。
順調に廊下を進んでいると、前方から慌ただしく駆けてくる人たちが現れた。
「兄上、何をなさっておいでです。ここは陛下の寝室がある階ですぞ。そこへ罪人を連れて来るとは!」
「殿下、これはどういうことですかな?」
現れた人物のうち、ひとりは知っている顔だった。というか、忘れちゃいけない。僕たちを強引な言葉で捕らえるように指示した張本人。宰相様です。
声をかけてきた二人のうち、宰相様の隣に立つ若い男性は初見だった。
だけど、なんとなくわかる。
武人然としたキャスター様とグレイヴ様は体格にも恵まれて、確かに兄弟に見える。だけどフィレルは、僕から見ても少し頼りない体格で、この二人には似ていないなぁと思っていたんだけど。
現れた男性を見て、ああなるほど、フィレルはこっちに似たのかと納得できた。
「バリアテルよ、そこを
「何を仰るのです。
グレイヴ様の気迫に一歩も引かず、逆に詰め寄ってきた男性は金髪碧眼。細身の身体つきの男性だった。
これが第二王子のバリアテル様か、とまじまじと見る。
フィレルとよく似た目尻。理知的な瞳が素早く状況を判断するように動く。一見細身に見えるけど、しっかりとした低い重心の足取りが只者ではないことを如実に語っている。
ヨルテニトス王国の王族は、優秀な竜騎士でもある。内政を担当していて、細身だからといっても、病的な弱さは欠片も感じない。むしろ、飛竜騎士団団長であるグレイヴ様よりも、身のこなしに隙がないように感じる。
バリアテル様と宰相様。そして二人に付き従う近衛騎士が廊下いっぱいに広がり、僕たちの行く手を阻んだ。
「バリアテルよ、退くのは貴様だ。巫女頭様とアームアード王国王女が陛下のお見舞いをご希望されている」
「これはこれは、お久しぶりです」
バリアテル様は、
「兄上、正気でございますか? たしかに御三方にお越し頂けたことは有り難いですが、危篤中の陛下へのお見舞いなど、考えられませぬ。ましてや、罪人と一緒などと」
バリアテル様はライラも認識しているはずだけど、まったく動揺を見せない。
「バリアテルよ、誤解だ。ここの者たちへの嫌疑は晴れた」
巫女頭のマドリーヌ様の前で疑いを晴らし、竜族との可能性を示した僕を、今更無下にはできないんだろうね。悔しそうに、でも僕たちを認めるグレイヴ様。
「私からもよろしいでしょうか。陛下が御危篤でありますのでしたら、この私がお側に控えるべきかと」
マドリーヌ様が一歩前に出る。
「おおう、兄上。王子である我らにも父上の側にいる権利があると思うのだがな?」
「僕もそう思います!」
次にキャスター様とフィレルが前に出た。
だけど、バリアテル様は退かずに廊下を塞ぐ。
「巫女頭様、申し訳ない。陛下は現在、私の知り合いの
「巫女頭である私よりも、その呪い師の方が優先と仰いますか?」
怪しげな呪い師よりも軽く扱われたマドリーヌ様が目尻をあげる。
おおっと、この巫女頭様は気が短いようですよ!
マドリーヌ様の気配に、周りにいた近衛騎士たちが慌て始める。
グレイヴ様もこれは不味いと感じたのか、間に割って入った。
「バリアテルよ、聞け。陛下が危篤であるのなら、今すぐ巫女頭様を寝室へお連れする。陛下の崩御を看取るのはマドリーヌ様の役目だ。決して呪い師などではない」
「兄上、それには及びませぬ。陛下は危篤なれど、まだ命の危機は迫っておりません」
「危篤なのに危機なしとは可笑しなことを言う。だがまぁ、貴様の言う通り命に別状がないのであれば、見舞いの者を通せ。王女はわざわざ来られたのだ。無下にはできまい」
なんか小神殿でマドリーヌ様とグレイヴ様が行ったやり取りの再現のような気がします。
バリアテル様も正論を突かれて、一瞬言葉を詰まらせた。
「殿下、恐れながら」
そこに口を割り込んできたのは、宰相様だった。
「殿下の仰るように取り計らったとして。しかし、その得体の知れぬ者たちや、ましてや亡霊を陛下の寝室へとお入れするわけにはいきませぬ」
今度はこちらが殺気立つ。
「亡霊?」
人族の社会構造、身分制度なんて縁も所縁もない竜人族のミストラルが目尻を上げて前に出ようとする。
「ミ、ミストさん落ち着いてくださいっ」
慌ててルイセイネがミストラルを押さえて、抱っこされていたプリシアちゃんがどうどう、と
プリシアちゃん、それは馬にする落ち着かせ方です。
僕はライラと繋いでいた手に力を込めて、大丈夫だよ、と傍に引き寄せた。
「宰相様、失礼ですが僕の大切な家族にその言い様は聞き捨てなりません。訂正を願えませんでしょうか」
「なにっ!?」
ぎろり、と僕を睨みつける宰相様。
でも残念。地竜のくしゃみほども怖くありません。
「ここへ来て多くの人が誤解なさっているようなので、はっきりと言わせていただきます。彼女は、亡霊ではない! ライラです! オルティナ王女様? かの王女様はずっと昔にお亡くなりになったのでしよう?」
「き、貴様っ。どのような立場でそのようなことを言うのだ。我が国の内情を露ほども知らぬ小僧が!」
宰相様の
「はい。こちらの国の内情には
軽い脅し、ではない。がっつりとした脅迫です。ここで、はっきりさせておこうと思う。
ライラはオルティナ王女ではない。大切な家族のひとり、というのが僕たちの明確な立場。だけど、王国側がオルティナ王女の生存を公式に認めるのであれば、僕たちもそれに沿った対応はする。逆に認めないのなら、どんな些細なことであっても口出しはさせない。ましてや「亡霊」だなんて失礼極まりない言葉は許さない!
僕たちは、このお城のなかで何が行われていたのか知っていますよ、とはっきりと臭わせて、宰相様に逆に詰め寄った。
「ええいっ、貴様の戯言など聞いてはいないのだ! 巫女頭様と王女殿下の件は検討する。しかし、貴様らは絶対にここを通さぬぞ!」
僕の脅しに顔を引きつらせていた宰相様を押しのけて、バリアテル様が前に出る。
「貴様らのような礼節も
「バリアテル兄上、それには異議を申し上げます。エルネア君は僕の親友であり、恩人です。そして双子様の将来の
「なにっ!? 北の地竜の騒ぎを鎮めただとっ!?」
フィレルの言葉に、バリアテル様が異常に驚く。
僕たちと一緒に来たメディア嬢とトルキネア嬢の報告を聞いていなかったのだろうか。でも、それにしても驚きすぎです。
「バリアテルよ、素直にそこを通せ。俺もこの者たちが陛下を見舞うことを了承している」
意外にもグレイヴ様が僕たちの味方へついた。
グレイヴ様は、僕たちのやり取りを険しい目でずっと見ていたけど、まさか援護してくれるなんて。
なんか気持ち悪いです。
「兄上、正気ですか?」
バリアテル様は鼻で笑うようにグレイヴ様を見た。
どうも、バリアテル様は身内さえも見下すような人らしい。内政を担っているということで、武人のグレイヴ様とキャスター様、そして落ちこぼれという評価のフィレルを下に見ているのかもしれない。
「正気かと問いたいのはこちらの方だ、兄上」
ずいっと前に出たのは、腕組みをしたキャスター様だった。
一歩前に出ただけで、迫力がある。
この場で一番の偉丈夫であるキャスター様の迫力に、バリアテル様も一歩後退る。
「我ら王子や隣国からの
ずずいっと、さらに前へ出るキャスター様の迫力に押されて、バリアテル様がさらに退がる。それで、近衛騎士と共に築いていた防壁が破られた。
バリアテル様が後退したことでできた
「ま、待てっ。キャスター!」
叫び止めようとするバリアテル様の横をフィレルとマドリーヌ様が通過し、続いて僕たちが集団で通り抜ける。
「通してもらうぞ」
最後に、グレイヴ様がバリアテル様と宰相様にそう言い残すと、全員で廊下の奥へ進む。そして、王様の寝室を目指した。
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