王の眠る城
「ええいっ、いくら兄弟といえど、この場での勝手は許さんぞ!」
「黙れ、バリアテル。勝手を許さぬのはこちらの方だ。素直に俺たちを通せ」
「殿下、お待ちください。陛下は今、見舞われるような状況ではございませぬ」
「宰相よ、面白いことを言うな。俺たちの見舞いが駄目で、
「キャスター様、それは……その……」
必死に阻止しようとするバリアテル様と宰相様。そしてそれを払いのけ、ずんずんと進むグレイヴ様とキャスター様。僕たちは王子様たちの間に挟まれて、成り行きを見守りつつ進む。
バリアテル様たちは何故、そんなに王様と他の王子様たちを引き合わせたくないのだろう。この場をとにかく収めようと思うのなら、僕たちはとりあえず置いておいて、王族だけでも面会させれば良いと思うんだけど。
まぁ、そうなると僕たちは困るので、揉めながらでも進めている方が有難いんだけど。
一度決壊してしまった通行止の人の壁は、先頭を行くキャスター様の迫力で再構築することができず、バリアテル様たちの抗議も空振り続きで、絨毯の敷き詰められた廊下を全員で進んでいく。
そしてとうとう、今までにない数の近衛騎士が警備する、厳重に守られた部屋の前に到着した。
「この騒動は何事でしょうか?」
一際立派な鎧に身を包んだ騎士が恭しく礼をした後に、宰相様や王子様たちを順番に見て質問してきた。
「近衛騎士長よ、退いてもらおう。俺たちは陛下の見舞いに来た」
なんて頼りになる王子様!
キャスター様は扉前を守る近衛騎士たちにも臆することなく命令する。だけど、近衛騎士長もそれで「はいわかりました」と言うほど素直ではなかった。
「申し訳ございません、殿下。我らはここを守護するように王妃様より命ぜられております。王族の方々といえども、今はここを通すわけにはいきませぬ」
どうやら、近衛騎士長もバリアテル様側らしい。バリアテル様と宰相様が絶対に通すな、と命じると、最後の砦とばかりに扉前を固く守るように立ち塞がった。
ううむ、もどかしいです。王侯貴族の人たちって、いつもこんな感じで覇権争いなんかを繰り広げているのかな。どちらが権力の主導権を握るか。そのために味方を作ったり都合の悪いことを封じ込めようとしたり。兄弟や家族であっても油断も隙も見せられず、いがみ合う。
ひとりっ子で、今まで出会う人や竜はみんな
王様の寝室前で、この日何度目になるのか考えるのも億劫になりそうな駆け引きが再開されるのを見て、僕だけじゃなくてミストラルとマドリーヌ様が深いため息を吐いた。
この場で一番、人族の
そして、気が短いことが確定的なマドリーヌ様が苛々し始める前に、どうにかしないと!
どう割り込もうかと様子を伺っていると、突然、近衛騎士たちの背後の扉が開いた。
「ええいっ、陛下の寝室の前で、何を騒いでいるのです!」
扉を開き現れたのは、ひとりの妙齢の女性だった。
豊かな金髪を結い上げ、煌びやかな衣装と宝石に彩られた、初老というにはまだ早い美貌を持つ女性。そしてその瞳は、ライラと瓜二つだった。
「母上、お久しゅうございます」
押し問答を繰り広げていたキャスター様は一旦引き、現れた女性に恭しい礼をした。
キャスター様の母ということは、つまり現れた女性が王妃様になるんだね。
王妃様の登場で、王様の寝室前の騒ぎが一旦沈静化する。
「まったく、王家の者がこのような場で暴れ騒ぐなど、はしたないっ」
そう言って王妃様は、騒いでいた一同を咎めるようにゆっくりと睨みつけていく。
なかなかの目力に、近衛騎士が慌てて姿勢を正し、キャスター様とフィレルにも緊張が走る。
だけど、王妃様の鋭い視線は、ある場所で止まった。そして、見る間に動揺の色を濃くしていく。
「そ、その者は……ど、どういうことなのです!?」
動揺を隠せなくなった王妃様は、宰相様を捕まえてがくがくと揺さぶる。
ライラは王妃様の視線にびくりと身体を震わせて、隠れるように僕の背後に回った。僕たちはそんなライラを守るように、周囲を囲むように立つ。
「なぜ……なぜあの不吉な……呪いの元凶……」
王妃様の言葉は断片的で取り留めのない細切れの単語だったけど、王妃様が何かを口にする度にライラが身を固くし、小さくなっていく。
これ以上は、ライラだけじゃなくて僕たちが耐えきれない!
僕はライラと王妃様の視界の間に立ち塞がり、強い眼差しで王妃様を見返した。
王妃様は、捕まえた宰相様を揺さぶって動揺を表していたけど、視線はライラに向けたままだった。そこへ僕が割り込んだことで、
「なぜこの場に
ななな、なんて言われよう。たしかに僕たちは身なりのいい姿はしてないけど、決して汚くはないですよ!
「あら、それほど汚くないわ」
「王妃様と比べると見劣りするけど、普通だわ」
王妃様の言葉に不満たらたらで前に出たのは、双子王女様だった。
「あ、貴女たちは……」
どうやら、王妃様はライラの印象が強すぎて、双子王女様が今まで目に入っていなかったみたい。
「どういうことです。なぜここにアームアードの王女が? ああ、そう言えばグレイヴ。貴方にはフィレルを
王妃様は不愉快なものでも見るように、
「母上、俺はそのことで逆に質問したい」
今度は、後方でことの成り行きを見守っていたグレイヴ様が前に出た。
「俺は、フィレルを
グレイヴ様は無遠慮に僕を指差す。
「だがしかし、本当はどうだ。この者は双子王女と仲睦まじく、巫女がそれを証明するとまで言った。
「そ、それは……」
グレイヴ様の迫力に、目を
グレイヴ様は、中庭での騒動の際に「話が違う」と漏らしていた。もしかして、グレイヴ様に悪知恵を与えたのは王妃様だったのだろうか。
だけど、僕の考えは直後に予想外の答えで覆された。
「あ、あれは、バリアテルの連れて来た呪い師がそう言ったのです。水晶に不吉な影を見た。ここへの来訪者を必ず捕らえ、処罰しなければ国が滅ぶと……」
「母上はその呪い師の言葉を信じたのですね?」
「そ、そうです!」
グレイヴ様が詰め寄ると、王妃様は宰相様を掴んだまま大きく頷いた。
「ならば、その呪い師はどこだ! この場に連れて来て、王子の俺に嘘偽りを語った罪を弁明しろ!」
グレイヴ様は叫び、
「ま、待ちなさい、グレイヴ」
「兄上。いくら兄上といえども、勝手に陛下の寝室へは入らせませぬ!」
「近衛たちよ、グレイヴ殿下をお止めしろ!!」
王妃様とバリアテル様。そして宰相様が叫ぶ。だけど、なにか線が一本切れたグレイヴ様は、制止を振り切って一歩また一歩と前に進んだ。
「俺を騙し、恥をかかせた呪い師を出せ! 斬って捨ててくれるわっ!!」
どうやら、得体の知れない呪い師なんて存在に騙されたということがグレイヴ様の逆鱗に触れたらしい。
グレイヴ様は王子として、王族として高い誇りを持っているのは誰から見ても明らかだ。それなのに、その自分を騙し
「退け! 邪魔をすれば近衛とて斬り伏せるぞ!」
屈強な近衛騎士を物ともせず、人の壁をこじ開けて堅く守られた扉へと進む。
「おおう、兄上。協力いたす」
そこへ、さらにひと回り以上も大きなキャスター様が加わり、一気に近衛騎士の壁を切り崩す。
「協力いたします!」
フィレルは素早く王妃様を取り押さえた。
フィレルよ、それは隠れた好手です!
グレイヴ様とキャスター様が人の壁をこじ開けて前に進んでいる今、高貴な王妃様を取り押さえられる存在は同じ王族のフィレルしか残っていない。
フィレルが王妃様を押さえたことで、司令塔を失った近衛騎士側に混乱が広がった。
バリアテル様と宰相様が慌てて指示を出そうとしたけど、時すでに遅し。
「呪い師よ、出てこいっ!」
「おおう、父上。見舞いに来ましたぞ!」
近衛騎士たちを押しのけたグレイヴ様が扉に手をかけ、大きく開く。そして、大股で王様の寝室へと足を踏み入れていった。続いてキャスター様が勢いよく入っていく。
どさくさに紛れて行っちゃえ!
混乱で統率を失っている近衛騎士たち。王妃様は何かを叫んでいるけど、フィレルに押さえられている。バリアテル様と宰相様は血相を変えて右往左往しているけど、僕たちには気が回っていない。
ものすごく強引で、不敬なのは承知の上。でもこの機を逃したら、またごたごたに巻き込まれて、今度は永遠に王様へのお見舞い、というか、面会なんてできないと、僕の勘が強く告げていた。
後の問題よりも、今を優先すべき。進め! 僕も周りの騒ぎにあてられているのかもしれない。いつもなら絶対にしないような大胆な行動へと、意思の赴くままに動く。
ライラの手を引き、みんなを引き連れて混乱する近衛騎士をかき分けて、みんなで王様の寝室へと足を踏み入れた。
そして、これが正解だったのだと僕たちは直後に気づくのだった。
「こ、これは……」
先に入室したグレイヴ様とキャスター様がある一点を凝視して硬直していた。
続いて入った僕たちも、王様の寝室の異様さに息を呑み、足を止めた。
窓辺に面した大きな寝室。だけど一面を埋める窓の全てには分厚い遮光の布が垂らされ、室内は幾つかの
そして、部屋の奥。
怪奇な呪い道具が床に幾つも置かれている先に、大きな寝台があった。
王様が横になっているだろう寝台には
だけど、そちらに意識を向けている人は誰ひとりとしていない。全員の視線と意識は、寝室の更に奥、薄暗い闇の先に向けられていた。
「り、竜の生首……」
どうやら、グレイヴ様もこれまで寝室に
部屋の奥の薄闇。蝋燭の
全員が息を呑み、竜の生首を凝視するなか、ルイセイネが更に衝撃的なことを口にする。
「エルネア君……寝台の周りを不気味な竜気が漂っています……」
「えっ?」
一瞬、ルイセイネの言葉の意味することがわからず、聞き返す。
「わたくしの瞳には、真っ黒い竜気が王様の周りに漂っているように見えるんです……」
言われて、僕たちは竜の生首から寝台の方へと視線を移す。だけど、僕には薄暗いなかに天蓋のかかった寝台しか見えない。
ミストラルへ振り返ると、彼女も首を横に振って答えた。
つまり、ルイセイネは竜眼で僕たちの見えない竜気を視ているんだ。
そして、ルイセイネの言葉が意味するものは……
考えがまとまる前に、衝撃は更に押し寄せた。
「何ですか、この騒ぎは! 私の許しなく、陛下の寝室へは誰も入れてはなりませんと言っていたはずです!」
甲高い声をあげて部屋に入ってきた男がいた。
冷静さを取り戻した近衛騎士と、バリアテル様と宰相様を背後に従えて入ってきた男は、僕から見ると何の特徴も無いただの「人」に見えた。
だけど、僕の側でミストラルの気配が締まるのを直後に感じ。
入ってきた男も、ミストラルを目にした瞬間、動きを止めた。
「エルネア……」
そしてミストラルは、入ってきた男から目を離さず、はっきりと言った。
「その男は魔族よ!」
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