天と地と

 ミストラルは、床を蹴って魔将軍との間合いを詰める。石の床がぜた。

 僕も空間跳躍で、押し寄せる魔族の軍勢に飛び込む。


 魔族。しかも正規軍。

 人族には到底手に負えない相手。

 だけど、気後れしている場合ではない。らなきゃられる!


 魔族の軍勢に空間跳躍で飛び込むと、手加減なく術を解放する。

 左手の霊樹の木刀に竜気を送る。つばの葉っぱがさわさわと揺れると、僕の周りに数え切れないほどの木の葉が出現した。

 次に、右手の白剣に竜気を送る。

 眼前の魔族を、竜気のこもった白剣でなぎ払う。魔将軍のときとは違い、魔族兵を武器ごと両断する。

 斬り倒した魔族兵をかわし、流れる足の動きで次の魔族兵へと白剣を繰り出す。

 突然、眼前へと現れた僕に、魔族兵たちの動きが遅れる。その隙を逃さず、白剣で斬りつけていく。

 軽やかに足を運ぶ。緩急かんきゅうをつけ、なめらかに身体を動かす。両手の剣は魔族の武具を両断し、命を奪っていく。魔族兵たちは、僕の竜剣舞へと巻き込まれる。


 侵入者を迎え撃つように押し寄せた魔族の軍勢の奥深くに、僕は舞いながら入り込む。

 どれだけ数がいようとも、僕の周りにいる魔族は全員が、竜剣舞を舞うための共演者。

 魔族兵を巻き込み、竜剣舞の舞台ははなを増す。


 竜剣舞を舞い始め、地表から湧き上がり始めた竜脈が、空間を満たしていく。

 そして、さざ波のように広がり始めた竜脈は僕の目となり耳となり、感覚となる。


「エルネア君、後ろです!」


 ルイセイネの声が飛ぶ。


 目視で確認する必要はない。

 魔族兵のなかに突っ込んでいる僕の周囲には、無数の魔族がいる。そして武器を振るい、魔法を放ってくる。その全てを、僕は全身で感じ取っていた。


 最初に周囲へと放った霊樹の葉っぱが何重にも重なる。そして、飛来する魔法を多重の葉の結界で防ぎ、緑色の光を放って弾けた。

 背後から横薙ぎに払われた剣を、葉が横に並んで受け止める。

 魔法を防ぎ、武器による攻撃を防ぎ、緑色の美しい光を散らして消える霊樹の葉っぱ。だけど、消える側から新しい葉が召喚されていく。


 竜剣舞に合わせ、僕の周囲で霊樹の葉っぱが乱舞らんぶする。

 高速で舞う葉の刃は魔族兵を斬り刻み、白剣の届かない間合いの魔族兵をほうむる。


 周囲の魔族兵の相手をしながら、ミストラルを確認する。


 ミストラルは宙を舞い、魔将軍に猛烈な打撃を与えていた。

 漆黒の片手棍の先端が、青白く発光している。ミストラルが片手棍を振るうたびに青く美しい光が尾を引き、魔将軍に迫る。

 魔将軍は両手鎌でミストラルの攻撃をしのぎながら、周囲に無数の黒い球を生み出す。


 黒球は狙いを定めることなく、周囲にばら撒かれた!


 ミストラルは咄嗟とっさに距離を取り、迫る黒球を片手棍で払い落とす。


 ルイセイネや双子王女様の方へも黒球は迫る。


「お任せください!」


 ルイセイネが一歩前に出て、みんなの盾になる。そして発動される法術。


 飛来する黒球とルイセイネたちの間の床に、細い三日月のような光が現れた。光から半透明の膜が上部に伸びる。半透明の膜に黒球が触れた直後。水面に沈むように波紋を浮かべて、黒球は半透明の膜のなかに消え去った。


 ミストラルが竜宝玉を解放している今、おそらくルイセイネにも強い法力が流れているはずだ。

 魔将軍の魔法を消滅させるほどの法術を使ったルイセイネは、肩で荒く息をしていた。


 なぜか、上空で静観していた巨人の魔王が、興味深そうにミストラルとルイセイネの二人を見下ろしていた。


 迫る黒球がルイセイネの法術によって消滅したことを見て取った双子王女様は、消し飛んだ魔王城の外壁の位置から下を覗き込む。

 そして、霊樹の宝玉を投げた。


 閃光とともに、激しい爆音と振動が魔王城を襲う。


 ……きっと、地上は酷い有様になっているんだろうね。と、顔を引きつらせている場合じゃない。


 ミストラルが距離を取り、ルイセイネが法術で黒球を消滅させている間に、魔将軍が影に消えて姿を消していた。


 どこに行った?


 双子王女様以外の全員が視線をめぐらせて、魔将軍を探す。


 ぬるり、と水面から湧くように魔将軍が現れたのは、アレスさんの影だった。


「生憎と、気持ちの悪い者は好きではない」


 だけど、場所が悪かったようです。

 素早く反応したアレスさんは、両手鎌を振り上げた魔将軍の襟首えりくびを掴むと、無造作に投げ飛ばす。


 僕と繋がっているアレスさんは、僕と同じように全方位を把握している。

 プリシアちゃんを抱きかかえ、いかにも無防備そうなアレスさんを死角から狙ったつもりだろうけど、相手が悪かったね!


 アレスさんに投げ飛ばされた魔将軍の先には、まぶしいほど青白く片手棍を輝かせたミストラルが待ち構えていた。


 連続して響き渡る激しい打撃音!

 一瞬のうちに六連撃を魔将軍に叩き込んだミストラルは、最後に大きく片手棍を振りかぶる。

 そして、流星のような銀に近い金色の尾を引きながら振り下ろされる、最後の一撃。


 ミストラルの渾身の一撃は魔将軍の顔左半分を叩きつぶし、黒い法衣の上から深く肩にめり込む。

 あまりの衝撃なのか、技の効果なのか。片手棍の先から眩しく火花が散る。と思った瞬間。火花は魔将軍に向かい収束し、幾つもの小爆発を起こした。


「くはあっ!」


 ひとつの大きな流星の後に、小さな無数の流星が降ったように見えた。


 これがミストラルの技なんだ。美しく、そして強力だ。

 白剣でも斬れなかった魔将軍の黒の法衣が大きくほころんでいた。


 だけど、さすがは魔将軍なのか。重症を負いつつも、まだ健在だった。

 ふらつく身体で、両手鎌を振おうとする。


 ミストラルは大技の直後のせいか、身体が硬直していて反応が遅れる。


「させませんわ!」


 そこへ、ライラが突っ込んできた!

 霊樹の両手棍を黄金色に輝かせ、魔将軍とミストラルの間に割り込む。そして、両手棍の先端で両手鎌を払いのけると、くるりと身体を反転させる。

 身体と同時に両手棍もライラの周囲を一回転。遠心力の乗った両手棍の先に、黄金の光が収束していく。

 黄金の光は太陽のように眩しく輝き、そのまま魔将軍に叩き込まれた!


 黄金色の光に包まれた魔将軍が、悲鳴をあげる。


 ライラの全身全霊が乗った一撃の威力は凄まじく、魔将軍の黒い法衣を消し飛ばす。


 それでも、魔将軍は悲鳴をあげながら、足もとの僅かな影に逃げ込んだ。


 ええい、影に逃げるのは卑怯だ!

 追い詰めておきながらまたしても見失ったことに、ライラが悔しそうに顔をしかめる。

 だけど、ライラはそこで止まらない。

 獲物を見失ったのなら、新しい獲物を狙うまで。

 ライラは両手棍を構え直すと、未だに次から次に現れる魔族兵に飛びかかった。


 僕も傍観していたわけじゃない。周囲の状況を確認しながら、竜剣舞を舞い続けていた。


 だけど、数が多すぎる。


 巨人の魔王の家臣三人は、各々おのおのが自分の役割のためにこの場を去っている。途中で多くの敵を葬っているんだろうけど、ここにも魔族の軍勢は押し寄せてきていた。


 背後で武器を構えた魔族兵を霊樹の葉っぱで斬り刻み、正面の魔族兵の魔法を霊樹の木刀で薙ぎ払い、白剣を振るう。

 赤や緑や青い血飛沫ちしぶきが舞う。


 竜剣舞を舞いながら、周囲の状況をもう一度確認する。


 魔将軍の気配を、離れた場所に見つけた。

 瓦礫の影から湧き上がった魔将軍の姿は、傷を負って不気味なものだった。

 左顔半分を潰され、左肩も潰されている。黒の法衣は襤褸ぼろになり、右肩から申し訳程度にかかっている程度。そして、見えた上半身は、骨と皮だけの痩せ細った体つきだった。


「くはっ……おのれっ……」


 魔将軍が両手鎌を振るうと、黒球が大量に湧き上がる。


 いけない!

 ルイセイネはまだ息を荒くしていて、次の法術には移れない。

 ミストラルは硬直が解けたけど、今から迫っても黒球の全てを払い落とすことはできない。ライラも僕の側で両手棍を振るっていて、間に合わない。

 双子王女様は、宝玉の投下に夢中。


「人族ごときが、調子に乗りよってっ!!」


 魔将軍が、両手鎌を振り下ろす。

 放たれる数え切れないほどの黒球。


 霊樹の葉っぱは……間に合わない!


『どぉぉぉん!』


 僕たち全員が息を呑んだ瞬間。

 勢いよく空から降ってきたのは、リームだった。

 リームの体当たり隕石攻撃が魔将軍を直撃する。

 上空から勢いをつけて落ちてきたリームに、押しつぶされる魔将軍。


 そして、放たれた黒球は上空からの黄金の光線に薙ぎ払われ、消滅する。


『わおうっ。大活躍っ!』


 上空では、フィオリーナがくるりと一回転して、自画自賛していた。


「ありがとうね。助かったよ!」


 僕がお礼を言うと、フィオリーナとリームは空へと戻る。

 幼竜二体も、空で一人前に魔族の軍勢と戦っていた。


 だけど、やはり魔族の空軍の数が多すぎる。

 レヴァリア、リリィ、幼竜二体と、巨人の魔王配下の黒翼の魔族は善戦している。だけど、それでも魔王城上空を埋め尽くすように、次から次と有翼の魔族空軍が現れる。


 戦闘時間が長くなれば長くなるほど、こちらは不利だ。


 ミストラルは体勢を整えると、また魔将軍へと迫る。

 魔将軍は重傷を負いながらも、ミストラルの猛攻を辛うじて受け流す。


 魔将軍も気づいている。

 ミストラルや竜族の個々の戦闘力が幾ら強力だとはいっても、数で押せば最終的にはこちらが不利になることを。

 現に、上空でもレヴァリアたちは数の暴力に押され始めていた。双子王女様は霊樹の宝玉を使って魔王城に集結する地上軍を攻撃しているけど、ユフィーリアの竜力はもう底をつきかけている。

 ライラは果敢に魔族兵を相手にしているけど、先ほどの渾身の一撃で竜力は乏しい。

 ルイセイネも薙刀を構え、迫る魔族兵と戦い出しているけど、押され気味だ。


 僕は竜剣舞を舞いながら、アレスさんに意思を送った。


 こうなったら、最終兵器だ!


「プリシア、出番よ」


 僕の意思を読んだアレスさんは、胸元に抱きついているプリシアちゃんを見る。プリシアちゃんも何をすればいいのか理解しているのか、にっこりと満面の笑みを浮かべた。


「プリシアと」

「アレスの」


 アレスさんはプリシアちゃんと両手を繋ぐ。そして、プリシアちゃんを振り回すように回転しながら、力ある言葉を放った。


「「魔都迷宮まとめいきゅう!」」


 ふわり、と僕が広げていた竜脈の波に、アレスさんとプリシアちゃんの力が乗った気配を感じ取る。


「くはあ……なんだ……?」


 魔将軍も、周囲の異常を感じ取ったのか、ミストラルの猛攻を受け流しながら残った三つの青い複眼を光らせた。


 振動はなかった。地響きもなかった。

 ただ無音で、空間がゆがんだ。


 上層が吹き飛び、空と魔都が一望できる僕たちの場所。その周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。


 そして気づけば。


 魔王城の上空を埋め尽くす勢いで集まっていたはずの空軍が、魔都の空の至る所に飛ばされていた。


 双子王女様が地表へと投下したはずの霊樹の宝玉の爆発が、魔都の別の場所で起きる。


「地上の軍勢が消えたわ」

「地上の軍勢が見えなくなったわ」


 お、恐ろしい……


 竜剣舞で湧き上がった竜脈は、いまや魔王城だけではなく、周囲の魔都へも広がりを見せていた。

 だから感知していた。

 上空や地上に展開していた魔族の軍勢は、歪んだ空間により魔都全体へと散らされていた。


 空軍は、突然別の空へと移動したことに戸惑いながらも、もう一度魔王城を目指して飛ぶ。だけど、なぜか近づけない。それどころか、また別の空へと迷い込む。

 地上の軍隊。逃げ惑う魔族の人々。その全てが、魔都のなかで道に迷い、迷子になっていた。


 アレスさんとプリシアちゃんの大精霊術。

 それは竜の森のように、天と地全てを迷いの術のなかへと取り込むものだった。


 そしてこの迷いの術は、認める者は迷わない。


 上空では、急に数が減った空軍に対し、レヴァリアたちがもう一度暴れまわる。周囲の空で散り散りに分断された獲物を確固殲滅すると、次の獲物めがけて真っ直ぐに迫っていく。


 空はこれで劣勢を抜け出した。

 それなら次は、こちらの態勢を立て直さなきゃね!


 僕は竜剣舞を舞いながら、周囲に竜気のにわとりつくりだす。

 初めてのお使いのときに使った竜術。


 緑色の濃いかすみで形作られた鶏は、元気よく目的の場所に散らばる。


 一羽はライラのもとへ。次の一羽はユフィーリアのもとへ。最後の一羽はアレスさんのもとへ。

 竜気の鶏は三人に近づくと、躊躇うことなく体当たりをする。


 突然走り寄って来て、体当たりしてきた緑色の鶏に、ライラとユフィーリアは小さく悲鳴をあげた。

 アレスさんだけは、僕の思惑を知っているので素直に受け入れた。


「り、竜気が回復しましたわ!」

「ニーナ、凄いわ。緑の鶏で力が戻ったわ」

「ユフィ姉様、それは凄いわ!」


 僕は目の前の魔族兵を斬り伏せ、横からの突きを半身になって回避しながら、にやりと笑う。


 鶏竜術。

 あれは、竜力のない人に竜気を強制的に送り、竜力の消費と枯渇こかつを起こさせて衰弱すいじゃく状態にさせる竜術だ。

 だけど、元々竜力を持っていたら?

 それはすなわち、回復になるんです!


 戦いながら竜脈から力を汲み取り、竜力を回復させる技は、僕にしか使えない。だからみんなは、竜気を消費すると回復手段がない。

 長期戦になると、それは不利に働いてしまう。

 それなら、鶏竜術で回復させれば良いじゃないか!

 という僕の目論見は成功した。

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