突撃! 隣の魔王城

「何事だ?」

「竜に侵入されたぞ!」

「……っ!」


 魔王城の中階層付近に突入したリリィは、その場にいた魔族を闇の息吹で一掃した。

 リリィに遅れることわずか。レヴァリアも魔王とみんなを乗せて、魔王城の城壁を突き破り、侵入してきた。


 壁が吹き飛び、広い部屋に瓦礫が散乱する。


 どうやら、大広間のひとつに侵入したみたいだ。外壁の残骸が、広い空間に飛び散っている。

 大広間の床一面には黒い絨毯が敷き詰められ、柱や内壁には彫刻や装飾が施されている。

 人族の王城以上に豪華で優美な内装を目にして、一瞬ここは本当に魔王城なのかな、と疑いたくなる。


「リリィ、ご苦労」

「疲れましたよー」


 巨人の魔王は躊躇ためらうことなくレヴァリアの背中から降りる。

 だけど黒翼の魔族たちは、魔王城の外から迫り来る守備軍の相手をしていて、城内には入ってこられていない。


 もしかして、僕たちが魔王の護衛をしなきゃいけないのかな? と思った矢先。

 魔王から身の毛のよだつ気配が膨れ上がり、瘴気しょうきの闇が室内に出現した。


「ふふふ、困りましたね、本当にわたくしも陛下に同行しなければいけないでしょうか? うふふふ」

「やれやれ、困ったお方ですね。シャルロット様、陛下の臣下として北伐参加は当然ですよ。というか、嫌そうに言いながら、やる気に満々に見えるのですが?」

「ルイララよ、シャルロット様は内政担当だ。本来であれば、陛下が留守にされている魔王城と国を預かることが役目なのだぞ?」

「そう言いますがね、将軍。シャルロット様は陛下の次に強いですよ? この方がいれば、軍隊なんていらないでしょう?」


 魔王が作り出した瘴気の闇から姿を現したのは、ルイララと横巻き金髪魔族のシャルロット。そして、青い肌をした四本腕の偉丈夫いじょうぶの魔族だった。


「陛下、まかりこしました」


 そして魔王の前で平伏する。


「ここからは時間との勝負だ。シャルロットは魔王城を制圧しろ。残りは魔王クシャリラを探し出せ」

「かしこまりまして」

「ふふふ、陛下。一応わたくしどもは、リリィを追いかけてきたという名目ですが、制圧はどう言い訳をすればよろしいでしょうか?」

「クシャリラに直接私がびを入れようと参上したが、姿が見えぬ。なぜか襲われたから反撃したとでも言え」

「それはとても楽しい言い訳でございますね。かいこまりました……」


 シャルロットは、糸目をさらに細めて微笑む。

 魔王の無茶苦茶な筋書きに反論する気はないようですね。

 この人も、やっぱり魔族なんだ。しかも、巨人の魔王の側近なのだから、僕たち人族の常識からかけ離れていて当たり前なんだろうね


 瘴気から現れた三人は立ち上がると、すぐさま動き出す。

 ルイララは細身の魔剣を抜き放つ。四つ腕の偉丈夫は、四つの手に片手斧、長剣、槍、曲刀を持つ。シャルロットは嫌だ嫌だと言いながら、背中の位置に巻いていたむちを手に取ると、ぴしんっと鞭をしならせた。

 三人は、侵入した部屋に押し寄せてきた魔族たちを瞬殺し、魔王城の廊下へと消える。

 そして、響き始める悲鳴と怒号。


 魔王クシャリラの居城。竜峰北西部と接する魔族の国の首都。そこに建つ魔王城を守護する魔族たちを、たった三人で制圧するというのかな?

 もしかすると、主力が竜峰へと進軍しているので、魔王城は手薄になっているのかもしれない。

 巨人の魔王はそこを突き、奇襲に出たのかも。


「それで、わたしたちはここで何をすれば宜しいのですか?」


 巨人の魔王以外、僕たちはまだレヴァリアとリリィの背中の上だった。


「ふむ。其方らにも働いてもらおう。其方たちには魔王クシャリラと、王都守護の魔将軍ましょうぐんを相手にしてもらう」


 魔王と魔将軍の相手……


 魔将軍と言えば、ヨルテニトス王国で暗躍をしていたゴルドバを思い出す。ゴルドバは、個別の戦闘力はミストラルに及ばない程度だったけど、不死性を持っていて手強い相手だった。

 そのゴルドバと同じ、魔将軍。

 巨人の魔王の家臣である四つ腕の偉丈夫も魔将軍らしい。

 魔将軍とは、並みの魔族とは比べ物にならないくらい強かったり、くせのある相手。そして魔王は、それら以上に手強く恐ろしい存在だ。

 僕たちだけで、魔王と魔将軍を相手にしろと言うらしい。


 みんなで顔を見合わせるけど、無言で頭を横に振って拒絶の意思を見せあう。


 むりむりむり。絶対無理です!


 いくらなんでも、魔王は無理!

 ミストラルでさえ、顔を引きつらせています。


「情けない。言っておくが、竜峰の騒動を解決しようと思うのなら、遅かれ早かれクシャリラとの対峙は避けられぬぞ」


 わかってはいるんだけど……

 無策でいきなり相対して、勝てるような相手じゃないこともわかっています。


 巨人の魔王に振り回される形でクシャリラの居城に乗り込んでしまったけど、いきなり戦えと言われても策を思いつかない。

 どうしよう、と顔を見合わせていると、向こうから災いは訪れた。


「巨人の魔王よ。これはいかなる暴挙か?」


 瓦礫の散らばる大広間にひとりで現れたのは、魔族然とした男だった。

 蜘蛛くものような頭部には、六つの青く光る眼。猫背なで肩から伸びる二本の腕は細く長く、死をぶ悪魔が持つような曲がった刃の両手鎌りょうてかまを手にしている。

 複雑な文様が刺繍ししゅうで施された黒い法衣ほうえを身にまとい、ただならぬ殺気を放つ。


「丁度いい。王都守護の魔将軍だな。私に命を差し出せ」

「くくく……はははっ。軍門に下れ。命乞いのちごいをすれば助けるとは言わぬのだな。無慈悲な魔王だ」

「馬鹿を言え。貴様のような裏切りを得意とする一族なんぞ必要とするものか」


 巨人の魔王はけがらわしいものでも見るように、不気味な魔将軍に不愉快感を表す。


「くははっ。我らが一族のごうを知るか。これは生かしておけぬ。我が一族の悲願と、陛下の野望のためにな!」


 魔王に対し、敵意むき出しに両手鎌を構える魔将軍。だけど、巨人の魔王は動じることなく鼻で笑い、僕たちの方へと振り返る。


「ほれ、獲物だ。この程度を倒せぬようでは、クシャリラは止められぬぞ」


 ぐぬぬ。あくまでも僕たちにやらせる気なんだね。

 僕たちも傍観ぼうかんをするつもりはないけど、心の準備さえ整っていなかった。


 でも、やるしかない。

 上級魔族であろうが、魔将軍であろうが、戦わなきゃいけない場面では、覚悟を決めなければいけない。


 僕がリリィの背中から降りると、みんなも無言でレヴァリアの背中から降りてきた。


「竜どもは外の魔族を蹴散らせ」

『ぐるる。我に命令するのか、魔王よ!』

「私に殺されたくなければ、この場では命令に従うことだな、暴君よ」

「行ってきまぁす!」


 リリィはレヴァリアを促すと、部屋から抜け出て空へと舞い上がる。

 レヴァリアも不承不承ふしょうぶしょうながら空に戻ると、さ晴らしかのように暴れ出した。


「くく……はははっ。我の相手を人族のくずと竜人族の小娘に押し付ける気か?」

「私の相手としては、貴様は力不足だ。もしも人族を一掃することができたのなら、褒美として私が殺してやろう」

「くははっ。魔王らしい傲慢ごうまんな言葉だ」


 にやり、と蜘蛛のような顔を歪ませて笑う魔将軍。

 膨れ上がる瘴気と殺気に、僕たちも臨戦態勢へと移る。


 白剣と霊樹の木刀を構え、竜宝玉の力を解放する僕。

 薙刀を構え、祝詞のりと奏上そうじょうしだすルイセイネと、霊樹の両手棍を構えるライラ。

 片手を繋ぎ、もう片方の手で霊樹の宝玉を握り締める双子王女様。

 そして、いきなり成人の姿で現れたアレスさんの腕の中に、プリシアちゃんとニーミアが入る。

 ミストラルは人竜化せずに片手棍を抜き放った。


「さて、見せてもらおうか。ミストラルと仲間たちの力をな」


 巨人の魔王は大部屋のすみに下がると、思惑おもわくありげに唇の角を上げた。


「くくく……ははっ。舐められたものだ。我が人族や竜人族に遅れを取ると思ったか!」


 魔将軍の身体が沈む。

 違う。足元の闇に溶け込もうとしている。

 させないよ!


 空間跳躍で魔将軍の間合いへと一瞬で入り込む。そして白剣を低くぐ。


「くはっ!?」


 不意打ちを受けた魔将軍は、両手鎌で慌てて受け止める。硬質な音が響く。


 白剣の一撃は受けられたけど、影に溶け込もうとしていた魔将軍の動きは止まった。どんな能力かわからない以上、発動させるわけにはいかない!

 霊樹の木刀と合わせて、連続で斬りつける。

 両手鎌を弾き、胴を薙ぐ。だけど、白剣の一撃は法衣を斬り裂くことができなかった。硬い手応えと、反発する力に白剣が押し戻される。


「エルネア君、下がってください!」


 ルイセイネの言葉に合わせ、一旦後退する。

 僕と入れ替わるように、ルイセイネの放った法術が魔将軍を襲う。

 光の矢が五本、魔将軍に命中した。

 でも、やはり法衣に阻まれて魔将軍は無傷。


「くくく。防ぐまでもない」


 と余裕を見せた直後。

 魔将軍の足もとに、虹色に輝く光の玉が転がった。


 危険!!


 僕は全力で結界を張りながら、みんなのところまで下がる。

 ミストラルも慌てて竜気の結界を展開する。


 そして起きる大爆発。


 双子王女様の、手加減のない霊樹の宝玉式超破壊竜術が発動する!

 きらりと強くまたたいた直後、竜気を溜め込んだ霊樹の宝玉が大爆発を起こした。


 まばゆ閃光せんこうが魔王城を包み込み、耐えきれない程の振動と爆風に呑み込まれる。

 全員が所持しているアシェルさんから貰った宝玉が輝き、僕たちを絶望の大爆発から守ってくれた。


 無差別すぎです!

 僕やミストラルの結界だけでは防ぎきれなかったよ!


 双子王女様の無差別破壊竜術は、容赦なく魔王城を破壊した。煙で真っ白になった視界でもそれはわかる。

 壁や天井を跡形もなく吹き飛ばし、もちろん床も消し去った。

 僕たちは、支えを失った足もとの僅かな床と共に、下方へと落下する。

 落下するうちに轟音は過ぎ去り、眩い閃光が薄れていく。


 全方位へ向けて展開していた結界と、アシェルさんの加護で無事に落下着地した僕たちは、変わり果てた魔王城に顔を引きつらせた。


 巨大な建造物である魔王城の上半分を吹き飛ばし、頭上には空が広がっている。

 上空ではリリィとレヴァリアが縦横無尽に暴れまわり、魔族の防空軍を蹂躙じゅうりんしていた。

 ただし、魔族側の数がとても多くて、倒しても倒しても空を埋め尽くそうと現れる魔族に、レヴァリアが苛々いらいらとした咆哮をあげていた。


 僕たちは、中層よりももう少し下に落ちた場所に着地していた。

 地表はまだ遥か下。消失した外壁の先から見える魔王城の敷地には、都中から地上軍が集まり始めていた。


 そして僕たちの周囲には、魔将軍の姿は見えなかった。


 倒した?

 そんなはずはない。

 白剣の一撃も法術も効かなかった魔族の将軍が、この程度で死ぬとは思っていない。

 もう一度慎重に、周囲を見渡す。


 そういえば、巨人の魔王は?


 僕たちが落下した場所には、巨人の魔王の姿はなかった。

 よくよく見てみると、巨人の魔王は僕たちの頭上に浮かんでいた。


 翼のない者が空に浮いている姿を、初めて見た。

 もしかして、巨人の魔王が浮いている場所が、元々僕たちが立っていた中層の大広間だったのだろうか。

 巨人の魔王は空中に浮かんだまま、空や地表、僕たちの様子を伺っていた。

 でも、やっぱり手出しする気はないみたいだ。

 腕を胸の前で組み、静観の構えを見せている。


 巨人の魔王のことはとりあえず置いておいて。

 周囲警戒へと意識を切り替える。

 どこかに魔将軍は潜んでいるはず。


「くくくっ。恐ろしい威力だ。人族の分際で」


 すると、瓦礫の残骸の影から、ぬるりと魔将軍が姿を現した。

 どうやら、影に潜む能力が有るみたいだね。

 影から現れた魔将軍は、当然というか予想通りというか、無傷の姿だった。

 そして、下階からわらわらと現れる魔族の軍勢。


 異形の者。鬼や獣じみた姿。多様な者たちが現れ、武器を構える。

 人族には種族判別の能力はないけど、見ただけで相手が禍々まがまがしい存在、魔族だと直感した。


「貴様らは人族と竜人族の相手をしろ。我は巨人の魔王を狙うとしよう。くくく……魔王を倒し『魂霊こんれい』を奪えば、我も魔王だ……」


 魔将軍の六つの瞳には、僕たちは映っていないらしい。だけど、はいそうですかと巨人の魔王に丸投げするわけにはいかない。


 ミストラルも同じ考えなのか、一歩前に出る。


「ユフィ、ニーナ。貴女たちは地表に集結し始めている魔族を爆撃しなさい。エルネアとルイセイネとライラは、現れた魔族の相手を。わたしは、魔将軍の相手をするわ」


 ミストラルの竜気が、んだ深い湖のように広がる。そして、一気に体内へと収束していく。

 瞳が碧色に輝き、瞳孔が竜族のように縦に割れる。頬骨の部分に三枚の鱗が浮き上がり、手の甲にも同じ銀に近い金色の鱗が現れる。漆黒の両手棍を握る手の爪が鋭く伸びた。

 そして、背中から美しく優雅な竜の翼が生えて、ばさりと揺れた。


 僕も、足手まといではいられない。

 竜気を限界まで膨れ上がらせると、全身からゆらゆらと可視化するほど濃い竜気を放つ。


「竜姫ミストラル、参る」

「竜王エルネア、相対させてもらう!」


 僕とミストラルの気配に魔族の軍勢は身構え、魔将軍はゆっくりと巨人の魔王から僕たちに視線を下ろした。

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