繋がる想いと力

 巨人の魔王は、青白く輝く霊樹の宝玉がつばはまった白剣を、僕へと無造作に差し出す。

 僕は白剣を素直に受け取ろうとして、咄嗟とっさに手を引っ込めた。


「呪い……」


 魔族が魔力を込めた武具には、強力な呪いがかかっている。他種族がそれを手にすれば、呪われてしまう。命を奪われるだけならまだしも、自我を失い、みんなを襲う魔剣使いに堕ちてしまっては目も当てられない。


 僕の呟きを、巨人の魔王は鼻で笑う。


「今この場で貴様を呪って何の面白みがある? 安心しろ、呪いはない」


 とは言われても、ダンタールとの口約束を破ったばかりの巨人の魔王です。訝しそうな視線を向けると、呆れた視線を落とされた。


「私にとっては、この場の全てが雑魚。いちいち呪うくらいなら、一瞬で全てを塵に変えている。さあ、受け取れ。受け取らねば殺す」


 魔将軍のダンタールやミストラル。子供だけど古代種の竜族であるニーミアやリリィが居るのに、全てが雑魚ですか。そうですか。


 僕は覚悟を決めて、巨人の魔王の手から白剣を受け取った。

 つかを握った瞬間。

 全身を電撃のような鋭い衝撃がはしり抜けた。


 ぶるり、と一度大きく身震いをする。


 だけど、それだけ。

 僕の手に戻ってきた白剣は、拍子抜けするほどいつも通りに、手に馴染んでいた。


 そして、僕の準備が整うのと同時に、ダンタールの準備も整ったようだった。


「……くはあっ!」


 溜め込んだ息を全て吐き出すように叫ぶダンタール。


 僕やダンタールの周りには、もう魔族の軍勢の姿は欠片も残っていなかった。

 全て、ダンタールが己の回復と強化のために喰らったんだ。


 ダンタールは周囲に無数の黒球を生み、手当たり次第に放つ。


 牽制だとわかっている。

 だけど僕たちの動きを一瞬だけでも封じるには十分だった。

 ミストラルは上空を高速で飛翔し、迫る黒球を回避する。

 僕たちの方へと飛来した黒級は、巨人の魔王によってもう一度消滅させられた。


 そして乱れ飛ぶ黒球の先を、全員が見つめた。


 ダンタールが掲げた両手鎌の更に上。赤黒い不気味な瞳から、黒い涙が零れ落ちた。

 黒い涙は無音で床に落ちると、そこに暗黒の染みを作る。暗黒の染みは床面の風景を呑み込み、光と影を呑み込む。

 一瞬にして、僕たちの立つ魔王城中層の床は、真っ黒で真っ平らな平地へと変貌した。


 暗黒の床は、空間を切り取る。魔王城の床だけではなく、その先の空中へも広がっていく。


「くはは……くはははっ! 人族も竜人族も、竜族も魔王も全て喰らってやる!」


 ダンタールが叫ぶ。一面の暗黒の床から、ぬるりと湧き上がる黒い影。

 その全てが、眼前のダンタールと同じ姿をしていた。


 蜘蛛のような顔に、六つの青い複眼。今や筋骨隆々になった身体が、黒の法衣の上からでもわかる。黒の法衣は袖口を増やし、蜘蛛のような腕を四本生やす。

 元からあった手には、死の悪魔が持つ鎌のように、大きく曲がった刃の両手鎌が握られていた。


「エルネア!」


 上空で、ミストラルが叫んだ。

 僕はミストラルを見上げ、そして力強く頷く。


「アレスさん!」


 僕は視線をミストラルからアレスさんに移す。


「ニーミアよ。プリシアを護れるのは其方だけだ」


 僕たちの周りだけは、巨人の魔王の影響下にあるようだ。そのせいか、ダンタールの呪いに堕ちていたライラは自我を取り戻し、放心状態で突っ伏している。手の空いたアレスさんは傍のプリシアちゃんとニーミアに微笑むと、光の粒に変わった。


 黄金色の光の粒が、僕に吸収されていく。

 竜宝玉とは違う、もうひとつの強く暖かい力が身に宿るのを感じる。


「魔族だろうと、魔将軍だろうと、敵対するなら全力で戦う。負けるものか!」


 僕は気迫を込め、白剣と霊樹の木刀を構えた。


「エルネア君、後方はお任せください!」


 法術の準備をしながら、ルイセイネが薙刀を構える。


「ライラ、しっかりなさい! 反省はあとよっ」

「ライラ、しっかりなさい! 懺悔ざんげはあとよっ」


 双子王女様は、放心状態のライラのほほたたく。

 はっ、と目の焦点を合わせるライラ。

 そして三人は各々の武器を手に、戦闘態勢に入る。


「もう一度、見せてもらおう。流星竜と聖女に導かれた其方らの力をな」


 巨人の魔王の言葉の意味は理解できなかったけど、僕たちはできることをやるまでだ!


 暗黒の床からぬるぬると湧き続けるダンタールの分身が、容赦なく僕たちに襲いかかってくる。

 こちらは、ミストラルの攻撃が口火になった。


 上空から銀に近い金色の流星が降ってくる。

 僕たちのずっと先に落ちた流星、もといミストラルは、周囲のダンタールの分身を吹き飛ばす。

 ミストラルの片手棍が青白く輝き、獲物を求めて乱舞した。


 僕の背後で、ライラの叫びが響いた。

 ユフィーリアが竜気を込め、ニーナが錬成した霊樹の宝玉。ライラは宝玉を受け取ると、手当たり次第に、八つ当たり気味に、周囲へ投げ飛ばす。

 身体能力が強化されたライラの投擲とうてきで、宝玉は遥か遠くへと飛んでいく。


 奔る閃光。続く爆発音と、衝撃波。遠くへと投げたはずなのに、近くの影ダンタールまでもを巻き込んで吹き飛ばす。


「んんっと、精霊さん、助けて」


 プリシアちゃんの祈りに、風の精霊が応える。守護の風が巻き起こり、四方八方から放たれる黒球を弾き飛ばす。

 大地の精霊が暗黒の床を震わせる。

 大地震のように揺れる床に、影ダンタールたちだけが足元をすくわれて上手く動けない。


「にゃあっ!」


 ニーミアが鳴く。

 プリシアちゃんに迫ろうとしていた影ダンタールが、白い灰に変わった。


 そして僕は、ダンタール本体へ目掛けて疾駆しっくする。

 高速で迫りながら、霊樹の術を発動する。

 鍔先の葉っぱが新緑色に発光すると、周囲に無数の葉が現れた。

 僕の進路を阻もうと、影ダンタールが動く。だけど、周囲に展開した葉っぱが自動で動き、多重に重なって蜘蛛の腕の突きや両手鎌の斬撃を防ぐ。

 防ぎながら、影ダンタールを別の葉っぱで無限に斬り刻む。一撃一撃は殆どダンタールには効いていない。だけど、葉っぱの斬撃が十、百、千と増えると、影ダンタールは全身に数千の裂傷を負い、更なる攻撃に斬り裂かれて消滅した。


 アレスさんと融合した今。霊樹の術の操作は彼女の意思にゆだねられている。僕が意識する相手は、眼前に迫ったダンタールの本体だけだ!


 待ち構えていたダンタールの両手鎌と、強化された白剣の刃が重なる。

 硬質な音が響き、火花というよりも小さな稲妻が奔る。


 ダンタールと僕は、同時に驚く。刃を交えた二つの武器。そこに、はっきりとした優劣が現れた。

 刃毀はこぼれを起こす、ダンタールの両手鎌。


 少し驚きつつも、次の斬撃を繰り出す僕。

 流れる動きでダンタールの両手鎌を弾き飛ばすと、白剣を黒の法衣へと向ける。

 最初は綻びさえも見せなかった黒の法衣。だけど今回は、白剣の刃に鋭く斬り裂かれ、奥の強靭な肉体にも届く。


「くはあっ」


 ダンタールが怒る。

 魔族の軍勢を贄とし、桁違いに強化されたはずの自分。それなのに、先程までは防ぐまでもなかった僕の一撃で傷を負った。


 周囲の影ダンタールが僕へと敵意を向けて、一斉に襲いかかってくる。

 だけど、周囲で乱舞する葉っぱが迫る猛攻を防ぎ、ミストラルが数を減らす。双子王女様とライラの連携で遠くの影ダンタールは湧いた直後に消し飛ぶ。影から影へ移動しようとする影ダンタールを、大地の精霊が暗黒の床を割って邪魔をし、風の精霊が風を巻き起こして本弄ほんろうする。


 みんなの補佐に護られて、僕は舞う。


 周囲の葉っぱを乱舞させ、軽やかな足さばきでダンタールを惑わす。緩急をつけた斬撃はダンタールをだまあざむく。流れる動きで繰り出される霊樹の木刀は黒球を防ぎ、両手鎌の一撃を受け流す。そして、隙のできたダンタールの身体を、白剣で容赦なく斬りつけた。


 僕は竜剣舞を舞いながら、緑色の鶏を生み出す。霞で出来た鶏は元気よくライラとユフィーリアのもとへと走っていき、失った竜気を補充する。


 ミストラルとルイセイネは繋がっている。

 ミストラルが竜気を解放すればするほどに、ルイセイネの法力が上がっていくみたい。

 近寄った影ダンタールを薙刀で牽制しながら、数多の法術を唱えてみんなを補佐していた。


 おや?


 ルイセイネの薙刀には、僕の左手に納まっている霊樹の本物の葉っぱが使われているんだけど……

 僕が竜気を解放し、霊樹の術を使えば使うほど、霊樹に送った竜気の一部が薙刀へと流れ込んでいることに気づいた。


 意図せず流れた僕の竜気で強化された薙刀は、影ダンタールを葬る。

 予想外の薙刀の威力と、薙刀に流れ込んでくる竜気に気づいたルイセイネが驚いていた。


 何が何だかわからないけど。

 みんなが頑張り、善戦している姿に、僕の心は高揚していく。


 更に威力をました竜剣舞に合わせ、地表から湧き上がってきた竜脈の力が周囲に満ちる。

 湧き上がる竜脈の力を竜気へと変え、周囲へと広げていく。

 竜気の波に乗り、僕の意識も周囲へと広がっていく。


 ダンタールが生んだ暗黒の床は、今や魔都の上空いっぱいに広がっていた。

 暗黒の床の上と下では、全く違う情景が広がっていた。


 地表では、突然空一面を覆うように現れた暗黒の正体が何かわからず、魔族の地上軍や一般人が右往左往している。だけど、プリシアちゃんとアレスさんによって創られた魔都迷宮の影響で、自分がどこにいるのかさえ把握できずに大混乱に陥っていた。

 そして、魔都迷宮の影響は、暗黒の床の上空でも健在だ。

 こちらに向かい飛んでいたはずの有翼の魔族が、気づけば魔都の端を飛んでいたり。編隊で飛んでいたはずなのに、突然孤立したり。

 空間迷宮に迷い込んだ魔族の空軍を、レヴァリアたちが各個撃破していた。


 周囲の状況を確認すると、広げ切った竜気の波を一気に収束し始める。

 魔都全体に広がった竜気は渦を巻き、中心の僕へ向けて収束し始めた。


 激しく渦を巻く竜気は、風を巻き起こす。

 地上では、吹き荒れ始めた強風に魔族たちが必死に耐え始めている。

 上空では、有翼の魔族が暴風に流され始めていた。


 空に分厚い雲が湧き始めて、お腹に響く低い雷鳴がとどろき始める。

 雷雲は瞬く間に空を覆い、日差しを遮った。

 渦を巻く竜気の嵐に合わせるように、雷雲も渦を巻き始めた。そして青光りを発し、雲の隙間を奔り抜ける稲妻。


 頭上と周囲に発生し始めた天変地異に、ダンタールが驚愕していた。


 気のせいかな。みんなの顔が引きつっている姿が一瞬だけ見えた気がしたけど……


 だけど、僕はもう止まらない!

 竜剣舞を舞い、ダンタールを剣戟けんげきで圧倒する。

 空と陸の魔族の軍勢を、嵐の竜術で封じ込める。


 白剣の鍔に埋め込まれた霊樹の宝玉から、力が流れ込んでくる。よくはわからないけど、何故か竜気に似た脈動する力。もしかすると、これが魔力なのかもしれない。


 魔力が雷雲を喚び、竜気が嵐を起こす。


 巨人の魔王が与えてくれた霊樹の宝玉のおかげかな。周囲の魔族の魔力を感知する。

 目の前で相対する恐ろしいほどの魔力を持ったダンタール。周囲の影ダンタール。背後の計り知れない魔力は、巨人の魔王。

 それ以外にも、魔都や魔王城の下層には、ダンタールに匹敵する魔力を持つ魔族が複数存在する。

 これが上級魔族なのかな?


 なにはともあれ、魔族は敵だ!

 ダンタールを倒しても、上級魔族が襲いかかって来れば戦闘は続く。


 それなら。


 上空で渦を巻く雷雲に意識を向ける。


 今ならできる気がした。僕ならできる気がした。


 分厚く広がり、渦を巻く黒い雲の間を、極太の雷光が縦横無尽に奔る。


 落ちろ!


 高揚し続ける意識で命じた。


 不気味に暗かった空が、眩しく光った。

 続けて、全身が震えるような雷鳴が轟く。


 狙う先は、巨大な魔力を持つ魔族たち。

 魔都や魔王城の下層に存在する魔力の気配に向けて、稲妻を落とす。

 それだけじゃない。周囲の影ダンタールにも落雷を浴びせて、倒していく。


 轟雷ごうらいを放ちつつ、竜気の嵐を更に収束していく。

 嵐の中心である僕に向かい、全てが引き寄せられていく。


 そして、手に負えないほどの魔力と竜気が頭上に収束したのを確認して。


 霊樹の木刀で、ダンタールの横薙ぎの攻撃を弾く。

 体勢を崩したダンタールに、上段から白剣を振り下ろした!


 純白と青白の尾を引きながら、白剣はダンタールの頭頂部から真下に振り下ろされる。そして、ダンダールを一刀両断した。

 同時に、頭上の雷雲から渾身の稲妻が落ちる。


「……っ!」


 断末の言葉を発することもできずに、ダンタールは消し炭になった。


 ダンタールが消滅し、影ダンタールの生き残りと暗黒の床が闇色の霧になって霧散していく。


 自分でも驚くほどの威力に、息を呑む。


 そして、違う意味でも息を呑んだ。


 あら……?


 止まらない!


 ダンタールを倒したというのに、竜剣舞が止まらない!?


 未だに高揚し続ける心に引っ張られて、竜剣舞を舞い続ける僕。

 竜剣舞に合わせ、雷雲が渦を巻き、竜気が嵐を呼ぶ。

 落雷が雨のように降り、魔都を破壊していく。


「エルネアっ!?」


 ミストラルが僕を見て焦った表情をしていた。

 レヴァリアやみんなも、戦いが終わったというのに顔面蒼白だ。


 あああっ……!


 巨人の魔王だけがひとり、くつくつと可笑しそうに笑っていた。


 騙された!


 やっぱり呪われていた!

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