エルネア御乱心

「あぁれぇー」


 リリィが、吹き荒れる暴風に流される。


『エルネア、貴様っ』


 レヴァリアも、嵐の渦に巻き込まれている。


 黒翼の魔族たちは、悲鳴をあげながら飛ばされていた。


 上空で、僕の竜術の被害にあっているみんな。そして僕は、魔王城中層で騒いでいるミストラルたちに稲妻が落ちないように、制御するので手一杯。

 止まらない竜剣舞。暴走する僕。


 白剣に埋め込まれた霊樹の宝玉から身体の内側に流れ込んでくる膨大な魔力に、僕は全身の自由を奪われていた。


 広がった意識が、魔都中で逃げ惑う魔族を感知する。複数の強い魔力を持つ者に、稲妻が落ちた。

 ダンタールを倒した時のように竜気と魔力が集中していないせいか、上級魔族と思われる相手に稲妻が命中しても、さほど効いていないように思える。

 だけど、頻度が異常だ!

 落雷の雨と言えるくらい、雷雲からは雷が地表に向かい落ちていた。


 あああっ、止まらない!


 僕の意思に反して、身体が勝手に竜剣舞を舞い続けてしまう。嵐を呼び、暴風が渦を巻き、無限の雷が魔都を襲う。


「うふふふ。陛下、これはいったい何事でしょうか? とても楽しい事態になっているご様子ですね」

「陛下、ご乱心あそばされましたか!?」

「僕たちにも雷を落とすなんて、酷いですよ」


 魔王城内へと散っていたルイララたち筆頭臣下の三人が戻ってきて、巨人の魔王に苦言する。

 だけど、中層で舞い続けながら雷の雨を降らせているのが僕だと知ると、三人の魔族は僕に様々な感情を向けた。


「あらまあ、面白い少年でございますね?」


 シャルロットが、糸目を更に細めて微笑む。どうやらこの人には、僕の暴走が面白く映っているらしい。


おんあだで返す気か、人族の小僧よ」

「エルネア君。一段と剣術に磨きがかかったようだね。早速相手をしてあげるよ」


 四本腕の偉丈夫いじょうぶ憤慨ふんがいしたように殺気を放ち、ルイララは楽しそうに武器を構えた。


「ちょっ、ちょっと待って。誤解だよ!」


 僕は必死に弁明しようとするけど、身体が勝手に嘘をつく。

 竜剣舞は止まらず、雷が三人の頭上に降り注いだ。


 どうも、感知していた上級魔族のなかに、この三人が含まれていたらしい。

 そりゃあそうか。三人は巨人の魔王の腹心で、魔王城内に居たのだから。

 気配はわかっても、それが誰なのかまでは把握できなかったからね。

 なんて呑気に思っている場合ではない!


 三者三様の反応を示す魔族三人と僕の間に、ミストラルたちが立ちはだかった。


「エルネアには手出しさせないわ」


 ミストラルは、人竜化したまま漆黒の片手棍を構える。ライラと双子王女様も、竜気が篭った霊樹の宝玉を握りしめて、僕の前に壁を作る。


「エルネア君、とにかく竜剣舞を一旦止めてください……」


 ルイセイネが困ったように僕に近づくけど、危険で接触できない。


「んんっと、プリシアも頑張る」

「にゃあ」


 プリシアちゃんとニーミアまで壁になってくれて、魔族と対峙する。


 一触即発の緊張感が場を支配した。


 あああぁ……


 みんな、ごめんなさい!

 やはり、魔族が触った武具を無闇に受け取るべきではなかったんだ。

 呪われた僕をかばい、みんなと魔族が争う姿は見たくない。


 僕のせいで……


 気落ちする。だけど自分で自分の身体を制御することができない。

 どうすればいいのかな?


 みんなを守りたい。巨人の魔王の居城に着いた時からずっと振り回され続けているけど、色々と協力してくれた魔族に仇を返したくない。

 なにか良い方法はないか、と思考を巡らそうとしたとき。

 白剣に埋め込まれた霊樹の宝玉からの、魔力の流れが途切れた。

 唐突に戻ってくる全身の自由。

 よし、今なら竜剣舞を止めて、魔族の誤解を解くことができる。そう思った矢先。


 上空の雷雲の維持と、暴風の嵐。落雷の雨。

 戻ってきた自由と、それらを維持していた竜気と魔力の消費の間に、ごく僅かな時間の誤差が生まれた。

 一瞬にして、雷雲と嵐に奪われる体内の竜気。

 竜宝玉とアレスさんで強化され、湧き上がる竜脈の力を汲み取って回復していたはずなのに、それが瞬く間に空になった。


 がくん、と突然襲ってきた脱力感に、僕は崩れ落ちる。

 舞いながらだったので、無様に床に転がった僕を、ルイセイネが慌てて抱きとめた。


 ああ、これは力の枯渇こかつから起こる衰弱すいじゃくだ。

 自由を取り戻したと思ったら、自由が利かなくなったよ!


 突如として力を使い果たし、倒れ込んだ僕を見て、魔族の三人は不思議そうに首を傾げた。


 僕が力を失ったことで、魔都を襲っていた嵐が止む。


 目眩めまいによって、ぐらぐらと視界が揺れて、世界が回る。

 激しい脱力感に見舞われた僕は、それでも、背後でくつくつと可笑しそうに笑う巨人の魔王に気づいた。


「いや、面白いものを見せてもらった。人族にしては傑作けっさくだ」


 笑いながら、僕たちや、武器を構えて首を傾げたままの家臣の間に割り込む魔王。


「お互い、武器をしまえ。遊びは終わりだ」

「あら、残念でございます。これからもっと面白くなると思いましたのに。」

「巨人の魔王よ、説明をもらえるでしょうか」


 シャルロットが残念そうに糸目の目尻を下げる。ミストラルも、呆れた表情で巨人の魔王を見ていた。


「なに、少しばかり試しただけだ。この者がどれほどの力を持っているかをな」


 巨人の魔王は、倒れた僕を見下ろす。


「其方が魔将軍を倒せるだけの技を持つか。それと、繋がりをじっくりと見てみたかった」

「繋がり?」

「気にするな。個人的なことだ。」


 さっきも、何か意味不明な言葉を発していたけど、繋がりってなんのことだろう?

 僕は、どうやらなにかを試されたらしい。だけど、魔王に試されるようなことは、身に覚えがない。

 もしかして、魔王が唯一興味を示していたミストラルの伴侶ってことで、目をつけられたのかな?


「私の魔力で暴走させてみたが、なかなかに面白かった」


 巨人の魔王は笑いながら、意味深な感じで僕とミストラルとルイセイネを順番に見た。


「そういう訳で、人族どもが意図して其方たちに敵意を向けた訳ではない。わかったら武器をしまえ。そして報告を」


 ミストラルたちにも武器をしまわせて、上空の黒翼の魔族たちに周囲警戒を命じる巨人の魔王。


 僕たちは、いまいち巨人の魔王の強引な話の進め方について行けないでいる。だけど、家臣のルイララたちにとって、魔王の命令は絶対だ。

 武器を収め、平伏するルイララと偉丈夫の魔族。シャルロットだけは平伏せずに、魔王の傍に並ぶ。そして各々が報告を入れた。


「魔王城は制圧いたしました。歯向かう者は皆殺しにしました」

「上級魔族も歯向かう意思はないようです」

「どうも、魔王クシャリラは魔都には居ないようでございます。それで無謀な争いを避けて、陛下に降伏したのでございましょう」


 竜気を魔都中に広げた時点で、気づいていた。

 魔王城と魔都のどこにも、魔王と呼ばれるほどの気配を持つ者は見つけられなかった。

 ダンタール並みの上級魔族は多数存在していたけどね。


 自分の支配する国の首都から姿を消した魔王クシャリラは、いったいどこに行ったのか。


 嫌な予感しかしない。


 巨人の魔王も笑っていた表情を戻し、新たな命令を発する。


「其方らはこの場に残り、クシャリラの行方を追え」

「と申しますと?」

「私らは予定通り、北へと向かう」

「では、報告はどのようにいたしましょう」

「戻ってきてからで良い。緊急時は北への侵入を許す」

「かしこまりましてございます」


 北にいったい何があるのかな?


 北の魔王クシャリラの領国を襲ったのは、ミストラルに渡したいものがあるついでなんだよね?

 魔族が支配する国の更に北の地に、いったい何があるというんだろう。

 そして、オルタとの関係性はあるのかな?


 巨人の魔王の命令で動き出した魔族たち。

 巨人の魔王は、上空のリリィを呼び寄せる。


「では、私らも動くとしよう」

「もう移動ですか?」


 さすがのミストラルにも、疲労感がある。

 長距離の移動。そして激戦。僕の暴走。疲弊ひへいするのも仕方ないよね。


「疲れなら、空で癒せ。空の旅はもう暫くだけ続く」


 巨人の魔王は、レヴァリアも呼び寄せる。そして、自分はリリィの背中に移動した。


「騎乗の人身配置は、来た時と一緒で良かろう。ただし、今度は私もリリィに乗る」

「疲れたんですけど、手加減ないですよねぇ」


 リリィがため息を吐く。

 というか、さっきと一緒?

 ということは、今度は僕と巨人の魔王が一緒にリリィに乗るの?


 お、恐ろしい。


 助け船を求めて、みんなを見る。

 みんなも納得できないのか、巨人の魔王に詰め寄ろうとした。


「嫌なら殺す」


 はい。みんな素直に諦めました!

 いさぎよすぎですよ!


 みんなに見捨てられました。

 涙が出そう。


 という冗談はさて置き。

 みんなも、理解している。

 巨人の魔王がその気になれば、ミストラルでさえも相手にならない。だから、いちいちなにかを企んで、僕たちを罠に陥れる必要はない。

 巨人の魔王がわざわざリリィに乗り移り、みんなを遠ざけた理由。それは、巨人の魔王が僕に用事があるということなんだよね。


 渋々ではあるけど、巨人の魔王の指示に従って、みんなはレヴァリアの背中に移動する。


 ええっと。僕は衰弱中で動けないんですけど?

 どうやってリリィの背中に移動すればいいんですか。と思ったら、ミストラルが近づいてくれた。そして、僕を抱えてリリィの背中に乗せてくれる。


「大丈夫?」

「うん。衰弱しているだけだから、平気だよ」

「あのね、衰弱は平気とは言わないのよ?」

「あはは、そうだね」


 軽くミストラルと笑いあう。

 でも、衰弱で身動きが取れない状態で、巨人の魔王と一緒に移動なんて大丈夫なのかな?

 このおよんで不敬だ、なんて怒ったりしないよね?


「そうだな。其方を介護する気はない。ひとりだけ同行を認めよう」


 巨人の魔王の言葉で、急遽きゅうきょミストラルもリリィの背中に乗ることが決まる。

 レヴァリアの背中の上で、取り残されたみんながぶうぶうと文句を言っていた。

 巨人の魔王は、みんなのやりとりを見ていて可笑しそうに笑う。


「さあ、行こうか。千のみずうみ霊山れいざんがある、禁領きんりょうへ」


 巨人の魔王の号令で、リリィが舞い上がる。続いてレヴァリアも荒々しく羽ばたき、魔王城の中層から空へと飛翔する。


 僕は、ミストラルに膝枕をされた状態で僅かに顔を動かし、眼下に広がった魔都を少しだけ見た。

 魔王城は半壊し、魔都も多くの区画が灰塵かいじんしていた。

 ううむ、やりすぎました。

 もしかしたら、無関係で罪のない魔族の犠牲者が出たかもしれない。


 ……罪のない魔族って、なんか変だね。

 魔族は恐ろしい存在で、人族の敵なのに。

 そう思う反面、巨人の魔王やルイララやシャルロットを見ていると、魔族も悪一辺倒な存在、単純順に極悪非道なんてくくりで語るべきものじゃないのかとも思えた。


 そして気づく。


 ああ、そうか。


 巨人の魔王の存在感。

 計り知れない畏怖いふ。と思いきや、感情を隠すことなく笑う性格。自分勝手な振る舞いをしつつも、周囲の状況の把握はおこたらない。

 騒ぎを自ら呼び込むくせに、極力自分では動かずに、周りの者たちを先導し、望む結果へと導く。だけど、危険だと判断したときには、助けの手を差し伸べてくれる。

 時には恐ろしく、時には優しい。

 つかみ所がないように見えるのは、実は全てを大きく包み込むように、優しく見守ってくれているから。


 これって、スレイグスタ老に似ているんだ。

 悠久ゆうきゅうの年月を生きてきて、全てを超越ちょうえつしたような計り知れない存在感を持っている。


 なるほど。ちょっと接したくらいで理解なんてできないわけだ。

 スレイグスタ老並みの計り知れない存在なら、一朝一夕で巨人の魔王を理解するだなんてできるわけがない。

 魔族の国に来てからずっと疑問だった巨人の魔王の存在感が、なんとなくわかった気がした。


 人竜化を解き、張りのあるミストラルの太ももに頭を乗せた状態で、巨人の魔王を見上げる。

 巨人の魔王は少しだけ微笑んでいた。

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