耳長族と精霊と僕

 まだ、十分に安全な距離があったはずなのに。

 どうやら、相手も相当に広い範囲で気配を読めるようだ。


 なんて、悠長ゆうちょうに分析している場合ではない。


 僕は背後を確認する暇もなく、空間跳躍を発動させた。


「ふわぁあ、逃げても無駄です」

「わっ!」


 空間跳躍で回避したはずなのに、飛んだ直後にまたもや死角を取られてしまう。


「観念なさってくださいね?」


 迫る、不気味な攻撃の気配。


 だけど、僕は冷静にもう一度、空間跳躍を発動させた。


「いやいや、この程度で観念なんてしないからね!」


 そして、今度こそ安全な位置に移動した僕は、ようやく声の主を確認することができた。


 小柄こがらな耳長族。華奢きゃしゃというよりもせすぎな印象の女性は大杖を支えに立ち、上手く回避した僕を見つめていた。

 自分の背丈よりも大きな杖は、おどろおどろしい気配を放っている。


 ユンユンやリンリン、それにセフィーナさんの話から、この不気味な大杖を持った人物こそが例の女性だ。

 名前は確か、イステリシアだったっけ。


「なんて逃げ足の速いぼうやだとこ」

「こんなの、いつも鬼ごっこをしている僕からすれば朝ご飯前だね」


 僕の隣に、プリシアちゃんがぽんっと出現する。


 この幼女と、どれだけ鬼ごっこを繰り広げてきたことか。申し訳ないけど、並みの耳長族が駆使する空間跳躍程度では、僕やプリシアちゃんは捕まりません。


 僕とプリシアちゃんの余裕な態度に、イステリシアは大杖に寄りかかりながら、大きくため息を吐く。


「こんな坊やや幼子に翻弄ほんろうされるなんて、わらわ悲しい」


 だけど、ため息と落胆らくたんの声に反して、所持した大杖は不気味な気配を増していく。

 大杖にはめ込まれた宝玉から、瘴気しょうきがどんよりとあふれ出す。

 瘴気に触れた草花は瞬時にれていく。

 ただし、大杖を所持したイステリシアだけは平然としていた。


 僕はプリシアちゃんの手を取り、瘴気から距離を取ろうとした。だけどそのとき、遅れて空間跳躍してきた耳長族たちがこちらへ到着し、僕とプリシアちゃんを取り囲む。


「族長が先行したかと思えば、まさか人族だとは」

「連れているのは耳長族の幼子だ」

「どちらにしろ、我らの敵だ!」


 そして、敵意むき出しで武器を構え出す。


 どうやら、カーリーさんの言った通り、問答無用なようだ。

 じゃあ、そっちがその気なら、僕らも僕らの道理どうりを通すまでです。


「貴女はさっき、耳長族の真似事をする僕が不愉快だと言ったよね? なら、これはどうかな!」


 にやり、と僕はイステリシアに向かって不敵に微笑む。

 そうしながら、力を解放する。


「申し訳ないけど、僕は空間跳躍以外にも真似事ができるんだよ!」


 掛け声に合わせるように、僕から力を受け取ったユンユンとリンリンが顕現する。

 それだけじゃない。

 大人の姿をしたアレスさんが優雅ゆうがにその姿をあらわした。


「前回の借りを返させてもらう」

「今回は、こっちも万全なんだからね!」


 大杖を持ったイステリシアと相対するユンユンとリンリン。


「さて、どう遊んでくれようか」

「んんっと、遊ぶの?」

「プリシアは、ユンとリンに力を送ってやれ。そうすれば、二人は楽しく遊べるだろう」

「わかったよ!」


 アレスさんに抱き寄せられたプリシアちゃんは、精霊力をユンユンとリンリンに注ぐ。すると、顕現した二人はさらに存在感を増し、力をみなぎらせていく。


「馬鹿な、あれは耳長族では……?」

「しかし、精霊のような?」

「それよりも、もうひとりの精霊だ」

「なんだ、あの精霊は……!?」

「読み取れない……だと?」


 僕たちを包囲したところまでは良いけど、ユンユンとリンリンという不思議な存在に困惑の気配を見せる耳長族たち。


 そりゃあ、そうだよね。

 普通の耳長族であれば、禁忌きんきを犯した先に連なる事象じしょうなんて知らない。さらに、そこから僕たちが干渉した結果が、今のユンユンとリンリンだ。


 そして、アレスさん。


 アレスさんは霊樹の精霊という特別な存在だ。

 霊樹の精霊は、霊樹が生えている場所にしかいない。さらに、霊樹の精霊を正しく感知できるのは、耳長族のなかでも選ばれた者だけだ。


 謎の精霊が僕によって召喚されたことに、耳長族たちは少なからず動揺を見せる。

 だけど、敵にわざわざこちらの情報を与える必要なんてないからね。


 それで、僕は困惑する耳長族たちを無視して、白剣と霊樹の木刀を抜き放った。


「ユンユンとリンリンは、イステリシアを。アレスさんは、プリシアちゃんを護ってね。僕は、他の耳長族をまとめて相手にするよ!」


 僕の不遜ふそんな発言を耳にした耳長族たちは、動揺しつつも敵意をこちらに集中させる。

 お互いに出方を探り合い、対峙する僕と耳長族たち。

 そんな僕の横では、注がれる力をじっくりと錬成しながら、ユンユンとリンリンがイステリシアを睨んでいた。


「その、罪深き大杖を手放せ」

「精霊を犠牲にする術なんて、絶対に許せないわ!」


 ユンユンとリンリンの言葉を、だけどイステリシアは欠伸あくび混じりに受け流す。


「ふわぁ。これはそもそも、大罪たいざい大杖おおつえという品物です。罪を犯すことを覚悟して持っていますので、今更貴女がたにそんなことを言われても手放せません」


 それよりも、と女性はようやく瞳にやる気を見せながら、ユンユンとリンリンを交互に見つめた。


「今度こそ、わらわの下僕しもべにしてみせます。さあ、お覚悟を」

「覚悟をするのは、なんじの方だ!」

「前の私たちと思ったら、大間違いなんだからね!」


 ユンユンとリンリンが動く。

 空間跳躍、ではない。一度こちらの世界から姿を消し、精霊たちの住む世界を渡って、イステリシアの懐に飛び込む。

 手には、精霊力で形作られた刃物が握られていた。


「わらわ、お二人には興味があります」

「こちらにはない!」

「あんたなんて嫌いよっ」


 イステリシアは、空間跳躍で逃げる。

 カーリーさんやケイトさんなどよりも長い距離を、一度の跳躍で飛ぶ。

 だけど、迷いの術にははまらない。僕たちの視界から、イステリシアが消えることはない。


 まさか、ユーリィおばあちゃんの迷いの術を破っている!?

 それはわからないけど、迷いの術でどこか別の場所に飛ばされないのは、こちらにとっても好都合だ。

 戦況が見えている方が、補佐しやすいからね。


「なにをよそ見してやがる!」


 僕がユンユンたちの方に意識を向けた一瞬を突いて、耳長族たちが襲いかかってきた。


「愚か者どもめ」


 アレスさんは、プリシアちゃんを抱いたまま、耳長族たちの凶刃を優雅に回避する。

 といっても、アレスさんに向かった耳長族は少数で、耳長族の大半は僕へ向かってきた。


 四方八方から刃が迫り、矢が雨のように降り注ぐ。


 いやいや、それって味方にも当たらない?

 なんて気遣いは不要なようだ。

 飛来する無数の矢は耳長族を避け、僕だけを狙っているかのような動きを見せる。


 どうやら、精霊術がかかっているようだね。

 このままだと、蜂の巣にされちゃう。

 ということで、手加減なく竜剣舞を舞い始める。


 嵐のような荒々しい風を呼び、飛来する矢の軌道をらす。

 白剣を軽やかに振るい、迫る白刃を無力化していく。

 霊樹の木刀は、まるで耳長族の身体に吸い寄せられるように綺麗な軌道で叩き込まれていき、ばったばったと薙ぎ倒していく。


「なめるなよっ!」


 白兵戦はくへいせんでは不利だとさとった耳長族が距離を取る。そして、精霊術を使おうと精霊に干渉しだした。


「力ある者に従え」

「抵抗するな!」


 ぴくり、とプリシアちゃんが反応した。

 不安そうに虚空こくうを見つめている。


「俺に従え!」

「さあ、力に屈服し、我の手足となれ!」


 プリシアちゃんを抱いたアレスさんにも、複数の耳長族が襲いかかろうとする。だけど、アレスさんに立ち向かおうとした者たちは、何かを成すまでもなく昏倒こんとうしていく。

 でも、絶対的な保護者に護られているはずのプリシアちゃんは、とても悲しそうな表情だ。

 そして、プリシアちゃんは救いを求めるように、僕を見つめた。


「うん、プリシアちゃんのおすままに!」


 僕は、竜剣舞の質を大きく変化させた。

 武力で制圧する舞から、軽やかで楽しい舞へ。

 まるで戦闘中とは思えないような陽気な足捌あさばき。軽快な剣戟けんげき旋律せんりつに乗った体裁からださばき。


 でも、変質した竜剣舞の前でさえ、耳長族たちは打ち倒されていく。


「このおっ!」


 そんな僕に苛立つ耳長族たちは、精霊を力で従えて、精霊術を発動させた!

 森さえも燃やしてしまいそうな熱波をはらんだ火球が迫る。

 かまのような旋風せんぷうが大気を切り刻みながら肉薄する。


 僕は耳長族の放った精霊術を目で追い、精霊たちの動きを体で感じ取る。

 そうしながら、心を込めて精霊たちに声を掛けた。


「みんな、辛くない? 楽しくないんじゃない? 横暴な耳長族たちに従うよりも、僕と遊ぼうよ! さあ、みんなで舞おう。僕は強制なんてしないよ? でも、みんなと仲良く楽しみたいんだ」


 森へと侵入してきた耳長族は、誰もが力で精霊たちを屈服させ、強引に使役下しえきかに置いていた。

 そんな、精霊たちを精霊力で有無を言わさず支配下に置き、強制的に力を使わせる耳長族を見て、プリシアちゃんはとても悲しそう。


 僕は、むかし教えてもらったんだ。

 耳長族は、精霊たちを使役下に置くときは、力任せに屈服させることがあると。

 それは耳長族の伝統や文化だし、精霊のなかにはそうしないと従わない者もいることを知っている。


 だけど、別のことも知っている。

 プリシアちゃんがそうであるように。

 精霊とお友達になって、協力してもらうというやり方だ。


 僕は耳長族じゃない。

 だから、精霊たちの存在を感じても、使役することはできない。


 でもね。

 お友達になら、なれると思うんだ。

 アレスさんがそうであるように。

 竜の森の精霊や、竜王の森で新たに仲良くなった精霊たちがそうであるように。


 だから、僕は問い掛ける。


「さあ、精霊たち。僕と耳長族のどっちについた方が楽しいかな?」


 軽やかに楽しく、精霊たちを誘うように竜剣舞を舞う。

 竜気を霊樹の木刀に流し、霊樹の力に変換してもらって周囲へ振りまく。


 僕やプリシアちゃんと遊ぶと、とても楽しいよ?

 僕たちに協力してくれたら、もっともっと良いことがあるよ?

 だから、耳長族の使役を頑張って抜け出して、こちらへおいでよ。


 僕の呼びかけに、精霊たちの住む世界がにわかににぎやかしくなっていく。

 精霊の世界を見ることのできる者がこの場にいたら、きっと驚くんじゃないかな?

 耳長族の周囲からは精霊の存在が薄れていき、僕やプリシアちゃんの周りでは、逆に濃密になっていく。


 僕の誘いに、耳長族に支配されていた精霊たちも、頑張って支配下から抜け始めたようだ。


 迫っていた火球が僕から逸れていった。

 旋風は僕を切り刻むことなく、逆に竜剣舞の嵐に乗って軽やかに舞い上がっていく。


「なっ!」

「そんな、馬鹿な!?」


 次々と精霊たちが使役下から離れ始めたことに気づき、耳長族たちが慌てだす。


「おいおい、俺たちの精霊まで誘惑するのはやめてくれ」

「き、気のせいだよっ」


 そこへ、聞き慣れた声が。と同時に、無数の矢が飛来する。

 狙いは、僕じゃない。


 竜剣舞の嵐に乗り、矢は勢いを増して耳長族たちに迫る。


「まったく。取り巻きの耳長族たちはこちらに任せなさいといったでしょう?」

「ごめんなさい!」


 僕と楽しく踊り始めた精霊たち。

 だけど、しっかりと主人の意思に従う者もいる。


 ある耳長族は不意の眠気に襲われ、そのまま眠りに落ちる。

 ある者は、突然地面にできた穴に落ち、首から下を埋められた。さらにある耳長族は植物に巻き取られていく。


 精霊たちも教育されているんですね!


 そう。主人を裏切ることなく仕事をこなすのは、今しがたここに到着した者たちの精霊さんたち。

 そして、その者たちこそ、僕の頼りになる仲間たちだ!


 そんなわけで、遅れて到着したカーリーさんとアレンさんとリディアナさんとケイトさんによって、大勢の耳長族は瞬く間に制圧されていった。


 僕はというと、賑やかに騒ぎ出した精霊たちと一緒になって竜剣舞を舞っていた。というか、辞められない止まらない!?

 精霊たちを誘惑してせっかく味方になってもらったのに、ここで動きを止めちゃったら、大変なことになりそうな予感がします。

 特に、僕自身が!


 見ると、プリシアちゃんもアレスさんの腕から離れて、楽しそうに小躍おこどりを始めていた。


 ほぼ壊滅かいめつした耳長族たち。

 だけど、この戦いの本命はこれから苛烈かれつを極めるところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る