竜王の都に竜来たる

 ふところをまさぐり、僕は目的のものを見つけ出す。


「にゃーん」


 それはもちろん、ずっと身を潜めていたニーミアです。


「違うにゃん。隠れていたわけじゃないにゃん」

「うん、そうだよね。僕が動き回っていたせいで、懐から抜け出せなかっただけだもんね?」

「そうにゃん。おかげで、プリシアたちと楽しく遊びそこねたにゃん」

「ごめんね。でも、今はそれどころじゃないんだ!」


 ニーミアに大きくなってもらうと、僕はすぐさま背中に飛び乗った。


「ユーリィおばあちゃん、耳長族のことをしばらくお任せしてもいいですか?」

「緊急事態ですから、しかたないわねえ」

「ユンユンとリンリンも、イステリシアをお願い!」

「任せておけ」

「貸しだわよ?」


 耳長族とイステリシアの対処をみんなに任せっきりになってしまうのは、本当に申し訳ない。だけど、今は別の事が気がかりなんだ!


「ふふふ。エルネア君、それでは御機嫌よう」

「って言いながら、またどこかでひょっこりと顔を出して、また僕たちを翻弄ほんろうする気でしょう?」

「さあ、それはどうでしょうか」


 魔族に微笑みながら言われても、なんの信頼性もありません。

 とはいえ、今回はシャルロットが現れてくれたおかげで、耳長族やイステリシアの事情を少しだけ理解することができた。


 まったく。

 この人は敵でありながら、自由すぎます。

 もしかすると、僕たちだけじゃなくてバルトノワールも振り回されていたりして。なんてことが、ふと頭をよぎった。


「それでは、エルネア君も出立するようですし、わたくしもお暇させていただきます。杖をありがとうございました」


 言って、シャルロットはこちらの返事も待たずに消えてしまった。


「よし、僕たちも行こう!」


 どこへ? と聞くまでもないよね。もちろん、赤布盗が押し寄せているという竜王の都へだ!


 ニーミアは翼を羽ばたかせると、上空へ舞い上がる。

 すれ違うニーミアとスレイグスタ老。


 それと、アレスさんとプリシアちゃん!


 さっきから姿が見えないと思ったら、スレイグスタ老の背中に乗って遊んでいました!


 僕は自由すぎる二人に苦笑しつつ、改めてスレイグスタ老に声をかけた。


「おじいちゃん!」

「何用だ?」

「ええっと……。一応聞きますけど、なんでここに来たのかな?」

「なにを言っておる。汝が呼んだのであろう?」

「それって、リリィに言われたんですよね?」

「左様。あの小娘は、森の守護の練習をさせてほしい、代わりに汝が我を慰労いろうに招待しおると言っておったが? 汝らにしては殊勝しゅしょうな心がけである、と思っておったが。なにやらあの小娘めにはかられたようであるな?」

「くうぅっ、リリィにお願いしたのは失敗だったかな!?」


 よもや、に及んでリリィが悪巧わるだくみをするなんて。


「僕はですね。もしもの場合に備えて、竜の森の耳長族にも協力してもらおうと思っていたんです。それでリリィには、耳長族をこちらへ転移させてもらえないかと、おじいちゃんへ相談しに行ってもらったんですよ。そして、そのあとリリィは竜王の都に飛んでもらって、防御を固めてもらう手はずだったんですけど……」


 リリィが竜の森でお留守番をしているってことは、竜王の都の防御は手薄ということになる。

 もしかすると、巨人の魔王の配下である黒翼こくよくの魔族たちが来てくれているかもしれないけど、赤布盗とその頭領らしいライゼンなる上級魔族が攻めてきていたら大変だ。


「せっかくですし、おじいちゃんはゆっくりと寛いでいってくださいね? 僕はちょっと竜王の都まで行ってきます! ニーミア、お願い!」

「んんっと、プリシアも行きたいよ?」

「プリシアちゃんは、残ってほしいな? ユンユンとリンリンに協力してほしいんだ」

「それじゃあ、お土産をお願いね?」

「はい、メドゥリアさんに言って、美味しいお菓子かしをもらってくるね」


 それじゃあ、行ってきます。とみんなに挨拶をすると、ニーミアを急かす。

 ニーミアは翼を優雅に羽ばたかせると、長い尻尾を振って空をけた。






 丁度、お屋敷の上空を通過しようとしたとき。

 ものすごい勢いで、地上から人影が上がってきた。


「ミストラル。……と、ライラ?」


 人竜化じんりゅうかしたミストラルは背中に生やした翼を羽ばたかせて、ニーミアに近づいてくる。そして、そのミストラルの腰には、なぜかライラがしがみついていた。


「こらっ、ライラ、危ないわよっ」

「そう思うのでしたら、ミストさんが降りてくださいませ。抜け駆けは駄目ですわ」


 なるほど。

 竜王の森から高速で飛来してきたニーミアを目ざとく見つけたミストラルが、ひとりだけこちらに合流しようとしたんですね。でも、ライラがそれを阻止しようとして……

 腰にしがみついたところまでは良かったけど、勢い余ってライラまで上空に来たわけだ。


 地上のお屋敷ではユフィーリアとニーナを筆頭にして、みんながなにやらこちらに向かって叫んでいる。


「ニーミア、お願いできるかな?」

「んにゃん」


 ニーミは僕の意図を汲み取ると、お屋敷の中庭に着地した。すると、勢いよくみんながニーミアの背中に飛び乗ってきた。


「さあ、どこへなりと同行するわ」

「さあ、どこへなりとお供するわ」


 ユフィーリアとニーナ、それにマドリーヌ様も加わって、ニーミアへ飛ぶように指示を出す。


 やれやれ。この人たちは、これからどこへ向かうか知らないのにね。しかも、そこで起きているだろう騒動も知らないときました。


「飛んでいる最中に、説明すればいいにゃん」


 と言って、ニーミアはまたもや空へ舞い上がる。

 そして、竜王の都へ向けて高速で飛行する。

 そんなニーミアの背中では、妻たちに取り囲まれた僕に対して、尋問が始まっていた。


「さあ、エルネア。なにをしていたのかしら?」

「テルルちゃんのところへ遊びに行ったのではなかったのでしか?」

「ええっとですね、順序立って説明させてくださいっ」


 ずずいっ、と妻たちに迫られて、僕は顔をひきつらせる。

 これが夜だったり寝室だったりしたら鼻の下が伸びているところなんだろうけどね。

 みんなの気迫に押されて、僕はしどろもどろに先ほどまでの騒動を語る。


「まったくもう……」


 続けてなにか言いたげなミストラルだったけど。


「にゃん!」


 ニーミアが発した警告の鳴き声に、視線を動かす。


 さすがは古代種の竜族であるニーミアだね。

 僕が事情を説明しただけの時間で、禁領を抜けて竜王の都へと達していた。


 僕たちは会話を中断させると、竜王の都を見る。


 黒い煙の筋が、都から何本も立ち上っていた。


「まさか、手遅れだったのかな!?」


 都の状況を確認しようと、瞳に竜気を宿して凝視ぎょうしする。

 だけど、目を凝らして詳細に観察するよりも、ニーミアが竜王の都の上空に到着する方が早かった。


「んにゃん!」

「酷い有様だね……」


 都のあちらこちから立ち昇る黒煙とは別に、一部城壁もろとも区画が消し飛んでいた。

 そこが最も被害の大きい区画らしく、本来あったはずの壁や住宅だけでなく、都を彩る街路樹や道さえも消滅してしまっていた。


 僕たちよりも前に到着してくれていた黒翼の魔族たちは、都の空をせわしなく飛び回っている。

 だけど、地上では騒ぎが収束した後なのか、いたって静かだった。


 避難した家の窓の隙間から、外の様子を伺う住民たち。野次馬精神の強い者は、屋外に出て周囲の様子を探っている。

 だけど、街中を逃げ惑っている人はいないし、怒号どごうが飛び交っている様子もない。


 やはり、僕たちの到着は遅かったのかな?

 一抹いちまつの不安が胸を締め付ける。


 ニーミアは、そんな竜王の都の上空を大きく旋回すると、都の中心付近にある大きな広場へ向けて降下し始めた。

 上空を飛び回っていた黒翼の魔族たちも、僕たちの飛来を確認すると、安堵あんどの表情を浮かべて都へと降りていく。


「僕がリリィに協力をお願いしたばかりに……」

「エルネアお兄ちゃんは悪くないにゃん」


 がっくりと項垂うなだれる僕をなぐさめてくれるニーミア。

 妻たちも、仕方がなかったのよ、と僕を元気付けてくれる。


「……そうだよね。僕は精一杯のことをしようとしたんだ。それに、都をこんな風に破壊したのは、僕のせいじゃないよね?」


 うん、と強く頷いた僕は、元気を取り戻して前方を見つめた。


「そうだよね。これは全部アシェルさんのせいです!」

「言うようになったじゃないか!」

「きゃーっ!」


 僕たちの見つめる先。というか、ニーミアが降り立った正面。そこに悠然ゆうぜん鎮座ちんざしていたのは、ニーミアの母親であるアシェルさんだった!


 アシェルさんは、悪態あくたいをついた僕に向かって、容赦ようしゃなく牙を向ける。

 僕は慌ててニーミアの背中から逃げ出した。


「エルネア様!」


 そこへ声をかけてきたのは、この竜王の都を統治してくれているメドゥリアさんと、十氏族じゅっしぞくの面々だった。


「みなさん、無事だったんですね!?」


 メドゥリアさんたちは、アシェルさんが鎮座する大広場には足を踏み入れずに、遠巻きにこちらを見つめていた。

 僕はアシェルさんの凶暴な牙と爪を回避したあとに、メドゥリアさんたちの場所へ向かう。


「やはり、あの竜は……?」

「たしか、僕たちの結婚の儀で見たはずですよね?」

「はい。ですので、襲撃してきた赤布盗や敵ではないと確信していました」

「その口ぶりからすると、やっぱり赤布盗が?」


 僕は、未だに都のあちこちから立ち昇る黒煙を見ながら、竜王の都の状況を聞く。


「赤布盗と呼ばれる盗賊どもがここを襲撃してきたのと、黒翼の方々が転移されてきたのは、ほぼ同じくらいの時刻でございました」


 赤布盗せきふとう、と大層な通り名がついた者たちだけど、所詮しょせんは盗賊の集団だ。

 周囲をぐるりと取り囲む城壁のある竜王の都に攻め入るほどの武力も統率力もなかったらしい。


「ですが、頭領らしき上級魔族に侵入されまして……」

「ライゼンだね!」


 ライゼンは、都市の防御を易々やすやすと突破すると、都中で暴れまわったらしい。

 黒翼の魔族も奮戦したけど、ライゼンには手も足も出なかったのだとか。


「そこへ、あの竜が飛来しまして」

「感謝することね。私がここへ来ていなければ、どうなっていたことか」

「でも、さっき見てきたけど、都の一部を丸ごと白いはいに変えたのは、ライゼンじゃなくてアシェルさんですよね!?」


 突っ込みを入れたら、ぎろりと睨まれちゃいました。


「それでも、ライゼンを追い返したのはあの竜でございます」

「ってことは、ライゼンには逃げられちゃった?」


 メドゥリウさんは、都を護ってくれたアシェルさんを庇う。

 僕は、それにちゃちゃを入れる。

 だけど、こうして軽口を飛ばせるくらいには、竜王の都の状況は落ち着いていた。

 まあ、都の一部が灰化していますけどね。


「あの小僧は、異様に素早かった。それでも、私にかかれば程度の存在だけれどね。もしもあれをこの場で仕留めてほしかったのなら、代償としてこの都市が全て灰になっていただろうね」

「それは駄目です!」


 アシェルさんなら、やりかねません。

 本気を出すと、山ごと灰にしちゃうような竜様ですからね。


 ライゼンを取り逃がしてしまったことは残念だけど、なにはともあれ竜王の都が無事でよかった。

 人的被害も、ほとんど出ていないらしい。

 アシェルさんが灰にしてしまった区画も、人がほとんど住んでいない区画整備途中の場所だったらしいしね。


 僕は、アシェルさんに改めてお礼を言う。

 そして、メドゥリアさんたちの苦労にも頭を下げた。

 もちろん、会話の途中でやってきた黒翼の魔族の隊長にも、お礼を言いましたよ。


「それで、アシェルさん」


 久々に愛娘まなむすめの姿を見たアシェルさんは、広場でニーミアと仲睦なかむつまじく接していた。

 だけど、僕が声をかけると、ぐるる、と喉を鳴らす。

 徐々に野次馬が集まり出していた広場の周りで、アシェルさんの喉なりを聞いた者たちが悲鳴をあげる。


 そういえば、僕たちの結婚の儀に来てくれた都の代表者や黒翼の魔族のみんなはアシェルさんのことを知っているけど、他の住民たちから見れば、アシェルさんも恐ろしい竜族には違いないんだよね。

 と思いつつ、僕はアシェルさんの喉なりにおびえることなく近づく。そして、念のための確認を入れた。


「どうして、アシェルさんがここへ?」

「次代の守護者の小娘にお願いされてね」

「リリィですね?」

じいさんは、禁領に飛んで行ったわよ?」

「……はい、向こうで会いました」


 くっ。そういうことか!


 僕は、リリィだけじゃなくてスレイグスタ老にも、まんまといっぱい食わされていたわけだね。


 きっと、リリィは苔の広場に行って、スレイグスタ老と、たまたま遊びに来ていたアシェルさんを見て、今回のたくらみを思いついたんだと思う。

 耳長族の応援を向かわせるよりも、スレイグスタ老自身を向かわせた方が絶対に安心できるからね。


 スレイグスタ老は、きっとリリィの悪巧みに気づいていたんじゃないかな?

 それでも思惑に乗ってあげたんだと思う。

 リリィになら、竜の森の守護を一時的にでも任せられると評価しているということかな?


 そして、スレイグスタ老は禁領で、僕に対してとぼけて見せたんだ。

 そう、アシェルさんが竜王の都に行ったことを知っていながらね。


 リリィは、スレイグスタ老に禁領へ行ってもらうのと同時に、アシェルさんにはこちらの警護をお願いした。


 そして、リリィは苔の広場でのんびりとお留守番!


「まあ、そんなところだろうね」


 と、僕の思考を読んで笑うアシェルさん。


「でも、まさかアシェルさんがリリィの口車に乗るなんて意外でした。どうせ来るなら、確実にニーミアに会える禁領へ来そうなのに?」

「あいにくと、私は禁領なる場所への立ち入りを認められていないのでね?」

「そうでした! 落ち着いたら、ご招待しますね!」


 そして、スレイグスタ老と合わせて、禁領でゆっくり寛いでもらいましょう。

 せっかくだしね!


 竜王の都の危機は、僕たちが到着する前にアシェルさんや黒翼の魔族の活躍で片付いてしまっていた。


 騒ぎが起きないことが一番だけど、今回は深刻な事態にならなくて良かったよ、とみんなでほっと胸を撫で下ろす。

 そこに、ぽつりとセフィーナさんが呟やきを漏らした。


「結局、私たちが来たことは無駄だったわけね?」

「しーっ。それを言っちゃ駄目ですってば」


 勢い込んでやってきたみんなが肩透かたすかしを食らったことは、この際だから目をつむっておきましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る