ライラの行方

『聞いてよ聞いてよっ。おじいちゃんは酷いんだよっ』

『みんな大きいねー。レヴァリア以外に、こんなにおっきな竜がいっぱい居るのを初めて見たよぉー』

「あのね。プリシアはお空のお散歩がしたいよ?」

「さっきまで飛んでたにゃん」


 さ、騒がしい。

 ちびっ子大集合の状態に苦笑をしていると、翼竜の群れのなかから、ぐったりと疲れた様子のお付きの三人が出てきた。


「やあ、君か。よく来てくれた」

「お付きの俺たちが言うのもなんだが……。きてくれて助かったぜ」

「エルネア様、感謝いたします……」


 相当に苦労していたんだろうね。

 お疲れ状態のお付きの三人をともなって、断崖の谷の道を戻る。


 どどどっ、という地響きに驚いて振り返ると、翼竜たちがわいわいとお喋りをしながらついて来ていた!


 振り向くべきではなかったのかもしれない。


 甘えてくるちびっ子たちを必死にあやしながらカルネラ様の村に戻ると、断崖の谷前の広場は既にお祭り状態になっていた。


「どういうこと?」

「お帰りなさい。おやまあ、翼竜たちも連れてきたのね」

「カルネラ様、戻りました。翼竜たちがなぜかついて来ちゃって……」

「良いんですよ。うたげは賑やかな方が楽しいですからね」

「宴?」

「そうです。竜峰と人族の国の騒動を沈めたあなた達を労う宴よ。オルタを倒してくれて、本当にありがとう。そして、フィオ様の面倒を見ていただき感謝します」

「えええっ! お礼を言わないといけないのは僕の方ですよ? みんなの協力があったから達成できたことです。それに、フィオにもたくさん協力してもらったし」

『うわんっ。もっと感謝してっ』

『リームもぉ』

「ふふふ、それは違うわ。感謝をすべきは私たち竜峰に住む竜人族と竜族ですよ。貴方は、竜人族同士の絆を深めただけではなく、竜族との繋がりをも修復させて、竜峰をひとつにまとめたのです。それに、オルタの件はもともと竜人族の問題だったのですしね。貴方の活躍がなければ、きっと大きな犠牲が出ていたわ」

「でも、人族の国の騒動に協力してもらいましたし」

「それは、協力したとは言わないわ。みんな貴方のために働きたかったのよ。言ってれば慈善活動かしらね。だから、やっぱり貴方がお礼を言う必要はないの。お礼は私たちが貴方にするのよ」

「ううう。そうなんでしょうか?」

「そうなんですよ」


 僕の困った様子に、ふふふと優しい笑みを見せるカルネラ様。


「ああ、カルネラ様、エルネア君。そんなところで立ち話をしていると翼竜たちが断崖の谷から出てこられません。さあ、こちらへ」


 カルネラ様やお付きの三人と同じような蜂蜜色はちみついろをした髪の男性に手を引かれて、僕たちはお祭り騒ぎの広場のなかへと入る。


「おお、翼竜たちも来たのかい」

「こりゃあ食料が足りないぞ。かき集めてこい! 儂は腰が痛いので……」

「僕、まだ谷には入ったことがないからこんなに一辺に翼竜様を見るのは初めてだよ!」

「俺たちの一族でもないのに、翼竜にあれほど懐かれているとは」


 竜人族の人たちが、広場に顔を出した翼竜たちを見上げる。


『おほほほっ。まだ旦那は帰ってきてないわ。思う存分楽しめるわね』

『なんでも、竜の森の守護竜様と東の地へ旅行に行ったらしいわ』

『お土産が楽しみね』

『エルネアたちは先に帰ってきたのね』

『む、娘がいつもお世話になっています……』

『ふはははっ。居残り組で不満だったが、祭りに参加できるとは役得』


 黄金の翼竜たちも広場の竜人族を見下ろして、わいわいと騒ぐ。


 どうやら、竜人族側は若い戦士を中心にオルタ戦や人族の騒乱に参加してくれたみたい。年配の人や子供が村に多く残っていた。そして、翼竜たちはめすと子供が多く残っているみたいだね。

 一連の騒動に参加をしていた戦士や翼竜たちは、諸事情によりまだ戻って来ていなかったけど、今この場に居る者たちだけで僕たちにお礼の宴をしてくれるらしい。


 お礼を言う立場だと思ったら、逆にお礼を言われるだなんて。どうしてこうなった!

 狼狽うろたえていると、竜人族の人たちに手を引っ張られて、広場の中央へと連れて行かれる。

 中央には既にミストラルたちが居て、賑やかな騒ぎに包まれていた。


『レヴァリアァ』


 竜人族と翼竜の騒ぎからこっそり逃げようとしていたレヴァリアに、リームが飛びつく。

 会いたかったんだね。

 レヴァリアの首にすりすりと顔を押し付けるリームはとても嬉しそう。レヴァリアも表面上は「面倒だ」なんて顔をしているけど、内心は唯一の身内であるリームに再会できて嬉しそうだね。


『ふむ。暴君とこうして交流する日が来るとはな』

『なんだい。恐れずに見れば、なかなか立派な飛竜じゃないかい』

はくの代わりにもてなそう』

「暴君……。意外と子煩悩こぼんのうなんだな」

「暴君はまだ恐ろしいが、子竜は可愛いな」


 暴君時代の凶暴さが薄れ、僕と一緒に色々と竜峰のために活動をしたレヴァリアは、少しずつ受け入れられ始めていた。


「さあさあ、突っ立っていないで」

「おいしい食べ物を準備しましたよ。たくさん食べてくださいね」

「少年竜王よ、酒もあるぞ。好きなだけ飲んでいけ」

「いやいや、僕はお酒は飲めませんからね」

「エルネア君、お酒は美味しいわよ」

「エルネア君、お酒の楽しみ方を教えてあげるわ」

「そこっ! 飲み過ぎだけは注意だからね」

「どうだろう、竜王よ。儂の娘を……」

「爺さんの娘はもう二百歳だろう。それよりも俺の娘を」

「何を言っているんだい。私の孫なんてまだぴちぴちよ」

「エルネア?」

「エルネア君?」

「あははは……」


 始まりの音頭おんどなんて存在しない。断崖の谷前の広場に集まった人や竜がばらばらに騒ぎ始め、いつしか大きな宴の場になっていた。


 飲めや歌えや、大賑わい。

 翼竜の子供たちが、竜人族の子供たちを背中に乗せて、飛行競争が始まる。リリィとニーミアも自分は子供だと言い張り参戦して、翼竜の子供を泣かせて怒られていた。

 竜人族のご老体が歌いだすと、翼竜が足を踏み鳴らして律動を取る。竜人族の女性が踊りだす。

 おじさんたちが双子王女様とお酒の飲み比べをして撃沈していく。

 ミストラルとルイセイネに言い寄る若い男性を押しのけながら、プリシアちゃんと一緒に美味しい食べ物を頬張る。

 次々に運ばれてくる飲み物や食べ物に大満足で、最初にいだいた、僕たちがお礼を言われるという違和感はいつの間にか薄れていっていた。


「たくさん食べて、楽しんでいってくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 お酒は飲めないので、食べ物に集中する。僕の膝の上でお肉を頬張るプリシアちゃんと、怒られてしょんぼりと戻ってきたニーミアの姿を見て微笑むカルネラ様。


「気負わなくていいのですよ。貴方は、竜王とはいってもまだ子供です。竜人族の私たちから見れば、人族の子供なんて本当に幼いのですからね」

「はい」

「お礼行脚れいあんぎゃなんて考えなくてもいいの。貴方は普通にしていなさい。お礼をすべきなのは、先ほども言ったように私たちで貴方ではないのだから。だって、そうでしょう? 貴方が居なければ、竜峰には大きな被害と騒乱が今でも吹き荒れていたわ。人族の国なんて、とっくに滅ぼされていたでしょう。それを貴方が救ったの。だからお礼は必要ない」


 カルネラ様は、僕のことを見透かしていた。

 僕がしなきゃいけないと思っていること。秋から冬の入り口まで続いた長く大変な幾つもの騒動のこと。竜人族への感謝。竜族への感謝。人族への感謝。と謝罪……

 全てを知っていて理解した上で、僕の方がお礼を言う必要はないのだと、優しくいてくれた。


「どんと構えていなさい。貴方は歴代稀にみる立派な竜王よ。自分が居なければ大変なことになっていたのだ、と胸を張りなさい。そうしていれば、周りはそれで納得しますから」

「そう……なんでしょうか?」


 カルネラ様の言葉はとてもありがたい。だけど、やっぱりお礼を言わなきゃと思ってしまうのは間違いなのかな? と悩んでいると、話を聞いていた年配の竜人族が話に割り込んできた。


「そうだとも。少なくとも、竜峰に住む者は君に心から感謝をしている。人族での色々は……。まぁ、聞いているが。文句を言うような愚か者がいたら、儂らが今度は滅ぼしに向かってやろう」

「いやいや、物騒なことは禁止です」

「がははは。とにかく、君が負い目に感じることは何もないんだ。気にするな気にするな」

「なんだ。子供が難しいことなんて考えるな。ただでさえ寿命が短いんだろう。悩みすぎると寿命が縮むぞ」

禿げるぞ!」

「早死にしたら、ミストラル嬢はいただくからなっ」


 気にするな、気にするな、と広場中の大合唱になった。

 いや、あなた達。話の内容を知らないよね。聞いていなかったけど、適当に面白おかしく騒いでいるだけだよね!


『どうしても礼を口にせねば満足できぬのか? だがそれは自己満足だ。汝が皆に感謝をしている。それだけが大切で、それ以上のものは必要ない。感謝を耳にせねば心を満たせぬような小さき者など気にするな。謝罪? それで腹は膨れるのか。支援物資は汝の名で魔族の国や竜峰からも届けられていると聞く。周りが勝手に汝の株を上げているのだ。汝は大竜の背中に乗ったつもりで大仰おおぎょうに構えていれば良い』


 年老いた翼竜が来て、そう言ってくれた。


 賑やかな騒ぎやみんなの心遣い。そして優しい言葉に、肩の荷が軽くなったような気がする。


「さあさあ、飲め飲め」

「いえ、結構です。お酒は飲めないよ」

「エルネア君、お酒が飲めないようじゃあ一人前の男ではないわ」

「エルネア君、ユフィ姉様と私が貴方を男にしてあげるわ」

「うわっ。二人ともお酒臭いよ。絶対に酔っ払っているよね!?」

「エルネア君、お酒は適量が大切ですよ」

「エルネア、双子と目の届かない場所へ行くのは禁止です」

「プリシアもお酒を飲んでいい?」

「子供は飲んじゃ駄目にゃん」

「おにいちゃんはもう大人?」

「ふふふふ……。さあ、大人にしてあげるわ」

「ふふふふ……。さあ、三人で大人の階段を一緒に登るわ」

「きゃー。ミストラル、ルイセイネ、助けてっ」

「エルネア君?」

「エルネア?」


 いつでもどこでも、いつもの騒ぎ。


「さあ、食べろ」

「さあ、飲め」

『遊ぼうよー』

『こっちに来なさいな』


 賑やかな宴は陽が沈んでも続き、いつまでも楽しい時間が続いた。


 なんとなくわかった気がする。

 僕がしなきゃいけないのは、お礼行脚や謝罪じゃなくて、みんなとこうして労いのお祭りをすることなんじゃないのかな?

 今回はカルネラ様の一族と黄金の翼竜のこの場にいる者たちだけでの宴だけど、みんなが帰ってきたら、また盛大にお祭りをしなきゃね。と楽しみながらそう思った。


 ……そう言えば、ライラを見ていない。

 探してみると、広場の端で必死にいろんな料理を作っていた。

 今度はライラも一緒に……

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