雪の降る季節

 冬は飛竜の飛翔ひしょうのように、疾風しっぷうごとく訪れた。北から南へ、灰色の天井と白い絨毯じゅうたんを軌跡に一瞬で竜峰を覆い尽くす。

 冷たい風が吹き、空気が凍る。


 僕はあくびをしながら、みんなで寝泊まりをしている長屋の出入り口を開けた。

 はあっと吐いた息が白く広がる。

 肌を刺すような寒さに身を縮めて丸まりながら外に出ると、朝食の準備をしていた竜人族の女性たちがこちらを振り返った。


「おはよう、エルネア。よく眠れた?」

「ミストラル、おはよう」


 女性たちのなかに混じって忙しく働いていたミストラルと朝の挨拶を交わす。


 ミストラルの村では、冬でも広場に出てみんなで食事をする。冬が寒いのは当たり前。寒いからといって建物にこもり、食事をしていては、一日の活動もままならない。そんな理由で、よほどの天気でもなければ普段通りに朝昼晩と広場に集ってご飯を食べる。

 広場に積もった雪を除くのは、戦士たちの冬の仕事。女性陣が朝食の準備をする前から除雪作業を始め、朝食前には既に一仕事終えた状態だった。


 朝食の支度が整い、家々から村のみんなが出てくる。そして、好きな料理を好きなだけお皿に盛って、適当な場所に腰を下ろして朝食を食べだす。

 僕も寒さに丸まりながら、みんなと一緒に食べ物を物色し、好きなものを取っていく。


「うわっはっは。なにをそんなに丸くなっている。動かないから凍えるのだ!」

「やれやれ。竜王にも弱点があったな」


 上半身から湯気を立ちのぼらせながら、薄着で広場に寛ぐ戦士の人を見るだけで、余計に寒くなってくる。


「お前も、朝の作業に参加をしろ。貧弱な精神の鍛錬になるぞ」

「ザン、おはよう。寒いのは苦手だよ……」


 僕はみんなと違い、もこもこに着込んでいた。


 いろいろな騒動が落ち着いてミストラルの村に戻ってきたと思ったら、あっという間に冬が訪れた。

 予想以上の寒さに、僕は冬眠をしちゃいそう。

 去年までは、アームアード王国の王都で生活をしていた僕。平地の冬はもちろん寒いんだけど、雪なんて滅多に降らない。竜峰から冷たい風が吹いてくるけど、寒さで痛いなんて感じたことはない。

 それなのに、竜峰の冬といったら、着込んでも着込んでも寒さが緩和しない。

 雪は毎夜のように降るし、下手をすると日中もしんしんと降り続く。


「なにを言ってるんだ。ひどい時なんて、この辺でも吹雪いて家が雪で埋まるんだぞ。冬の寒さはこれからだ」

「はははっ、外で小便をすると凍ってな」


 なんて竜人族の人たちは笑い話をしてくれたけど、僕は震えあがっていた。

 家が雪で埋まる!? それで家は潰れないのかな? どうやって家から出るんだろう。

 おしっこが凍るってなにさ……

 未体験の寒さに、連日布団のなかから出るのが辛い。


 ルイセイネや双子王女様に毎日日替わりで起こされるけど、そこから布団を抜け出し身支度を整えるのに時間がかかってしまう。


「ルイセイネはそんな薄着で寒くないの?」

「こう見えて、なかには着込んでいるのですよ。あとは精神の問題です。動いていれば体も温まりますよ」

「そうなのかなぁ。ユフィとニーナは寒くない?」

「寒いわ。でも冒険をしていたら、寒いからといって寝てばかりはいられないもの」

「寒いわ。でもどんな環境でも動けなきゃ、冒険者にはなれないわ」

「ううう。僕はまだ未熟なのか。ライラは平気?」

「さ、寒いですわ……。ですが、小さい頃はもっと生活環境が過酷でしたので、寒いだけなら耐えられますわ」

「そ、そうだね」


 ミストラルは聞くまでもない。彼女は生まれたときからこの環境で育ってきたんだからね。


「エルネア。冬はこれからよ。今でそんなに寒がっていたら、真冬には本当に冬眠してしまうわよ」

「えええっ。これ以上寒くなるのは勘弁だよ」

「やれやれだな。情けないぞ」

「ミストラルとザンは慣れているかもしれないけど、僕には無理です」

「慣れなどという問題ではない。気の持ちようだ。軟弱者め。そうだな、寒さの鍛錬も兼ねて、北へ行ってこい」

「北の古代遺跡だよね? あっちは、もう雪で埋まっているんじゃない?」

「さあな。行ってみなければわからん。北の部族の誰かを向かわせる予定だったが、お前が行け。暴君となら移動も困らんだろう」

「レヴァリアが頷いてくれれば良いけどね」


 ということで、朝食をしながら今後の予定が組まれた。

 秋から冬の入り口にかけて、魔族の国と竜峰と人族の国を襲った大騒動。争いは完全に収束し、各地で復興も始まっている。だけど、確認しなきゃいけないことや、監視を継続しなきゃいけないことはまだ幾つか残っていた。


 猩猩しょうじょうの巣は、冬になっても業火の炎の勢いは弱まっていない。轟轟ごうごうと地鳴りのような響きで、炎はとぐろを巻き続けている。炎のなかでは、今でもオルタが生存しているのかな? それは誰にもわからない。地竜たちが交互に監視を続けてくれているけど、これまで変化は見られなかった。


 遥か東の地。ヨルテニトス王国の東の国境では、新たに誕生した森と湖の周囲に地竜たちが棲みつき始めているらしい。だけど、人族との関係は良好なようで、上手くいっていると、先日戻ってきたユグラ様とフィレルから報告を受けた。

 王城は、年明けから本格的な再建を始めるらしい。だけど、建て替えの土地は違う場所になるみたい。離宮の近くとか。

 迷宮になった王城跡地は、そのまま旅立ちの一年を迎える少年少女のために使用されると聞いて驚いた。アームアード王国のように、地下迷宮でいろんな訓練などをするそうだ。


 迷宮といえば、アームアード王国の古代遺跡も、僕たちのせいで拡張された。いや、僕たちだけならまだ良かったんだけど……

 巨人の魔王が、帰り際に置き土産をしていった。

 複雑に入り組んだ迷宮は、旅立ちの一年を前に学校へ通う少年少女だけが利用する規模を超えていた。何層にもわたり複雑に入り組んだ迷宮の奥は未調査の場所が多くなってしまい、場所によっては死霊が残ってしまっているらしい。そこで冒険者が投入されて、全面調査が進められている。

 だけど、彼らは知らない。深部は巨人の魔王が罠や仕掛けを施し、各所に宝物を仕込んでいることを。最奥には、なかなかの逸品が宝箱に入っているのだとか。


踏破とうはした者がいたら、また仕掛けを作り直そう。くくく、面白い場所ができたものだ」


 なんて言いながら、巨人の魔王は自分の国へと帰っていった。

 現在、古代遺跡改め古代遺跡迷宮の奥は、冒険者の間で熱い攻略場所になっているらしい。


 そしてアームアード王国といえば、王都です!

 王城や大神殿を含め、地上の全ての建物が消滅してしまった。

 一番罪悪感を感じる部分ではあるけど、僕は結局、謝罪には行っていない。

 カルネラ様たちにも言われたんだけど、僕は謝罪をする立場じゃないらしい。

 人と物資を含めた戦後支援は、今でも行われている。シューラネル大河には、ルイララが魔族の国から支援物資を送り続けていた。竜峰からもいろんな支援物資が送られ、なかには竜人族の職人たちも降りて活動をしている。そして、その全ての行動が僕の名前で行われているらしい。

 これで僕自身が謝罪をしていては、復興活動をしている者たちが下に見られる可能性があるから駄目だ、という声も聞いた。


「エルネアの方から足を運んで謝罪に行く必要はない。ただし、話の流れや行動のなかで謝罪の機会があれば、そのときにすれば良い」


 という助言もあり、僕は王都に謝罪に行っていない。いずれ機会は有るだろうしね。


 そんなわけで、復興は僕がなにかをするわけでもなく、着実に進んでいる。


 そうそう。東に残してきた竜族や竜人族の一部が、最近ようやく竜峰に帰ってきた。

 飛竜や翼を持つ竜人族は早々に戻ってきていたんだけど、空を移動できない者たちにとって、シューラネル大河は行く手を阻む難所だった。だけど、それを解決したのは地竜たちで、人族は竜族の計り知れない能力を目の当たりにすることになった。

 人族の小さな船になんて乗れない地竜たちは、自分たちが歩いて通れる巨大な橋を、シューラネル大河に竜術で造りあげたんだ。

 硬い土と頑丈な岩で立派な橋を大河に渡し、戻ってきたという。

 あの、対岸が見えないほどの川幅に橋を架けるなんて、なんという凄さ……

 地竜が架けた橋は、復興の役にも立っている。ヨルテニトス王国側からの物資を馬車で大量に運べるようになり、十分な量がアームアード王国に運ばれているらしい。

 ここでもやはり、僕の名前が出ているのだとか。

 知らないところで僕の名前が広がっているようで、ちょっと怖い。


 平地はこうして順調に復興が進み、本格的な寒さを迎えつつある王都の住民たちも、問題なく冬を乗り越えられるみたい。


 そして僕は、竜峰に残った問題の監視に向けて、動くことになった。


 魔将軍ゴルドバが利用した、古代遺跡の転移装置。あれが、実はまだ稼働しているんだ。

 ヨルテニトス王国側では、東の地に生息する地竜たちが監視を続けてくれているらしい。アームアード王国の古代遺跡にある転移装置は、巨人の魔王が部屋ごと硬い結界で封印してくれた。

 残るは竜峰の北、竜の墓所にある古代遺跡だけ。ここは、竜族や竜人族が交互に封鎖監視をしてきたけど、なにやら不穏な動きがあるらしい。

 未確認情報だけど、遺跡周辺で何者かの影を見たという情報が、ちらほらと入ってきていた。

 僕は今回、寒さの鍛錬も兼ねて、監視に向かうことになった。


 レヴァリアに乗って移動しよう。ということになったけど、連絡手段のない僕は、レヴァリアが上空を通過するのを待つしかない。


 フィオリーナが居れば喚べるんだけどね。

 フィオリーナとリーム、そしてプリシアちゃんとニーミアは、みんなで耳長族の村にお泊まり中です。僕たちとずっと一緒にいたプリシアちゃんも、一連の騒動が落ち着いて、いい加減親元に帰らなきゃね、ということになった。ご両親も心配しているだろうしね。

 だけど、プリシアちゃんは帰りたがらない。ということで、ちびっ子たちでお泊まり会を兼ねての里帰り中。

 ちなみに、リリィは巨人の魔王と一緒に、一旦魔族の国へと戻っている。


 ふるふると寒さに耐えながら曇天どんてんの空を見上げていると、紅蓮色の飛竜が横切った。

 来た来た。待っていました!


「レヴァリア、こっちこっち」


 手招きをすると、レヴァリアは空で旋回をして広場の中央に荒々しく着地した。


 ミストラルの村のみんなは、もうレヴァリアに慣れたみたい。ただし、荒々しい着地には困った様子で、舞い上がった雪と冷たい暴風に苦情の声をあげる。

 だけど、レヴァリアに睨まれて口を閉じる。慣れていても睨まれたら怖いよね。


『なに用だ?』

「お仕事だよ。北の古代遺跡に連れて行ってね?」

『我を足に使う気か』

「違うよ。空の散歩ついでだよ」

『嘘をつけ』

「ほ、本当です」

『目が泳いでいるぞ?』

「気のせいだよ……」


 ふいっと視線を逸らしてしまう。


「さ、さあ行こう」


 このまま言葉責めを受けて負けてしまえば、レヴァリアは逃げちゃう。ここは強引に! ということで、空間跳躍でレヴァリアの背中に飛び乗った。

 ライラも行きたそうにこちらを見ていたけど、彼女たちは今回はお留守番。北へと向かうのは、僕とレヴァリアだけなんだ。


『凍えて死んでしまえ』

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「油断はするなよ」

「エルネア君、頑張ってくださいね」

「無理は駄目よ」

「無理は禁物よ」

「ひえぇぇっ。寒いっ」


 みんなに見送られるなか、手加減なく急上昇したレヴァリアは高速で飛び始めた。

 冷たいを通り越して痛い風が全身に当たり、一瞬でかちこちに凍える。


 寒い寒い寒い!

 凍っちゃう。


 着込んでいるはずなのに、服と肌の間に極寒の冷気が入り込んで、全身の体温を一瞬で奪っていく。

 これは、なにか対策をしないと本当に凍え死んじゃうぞ。

 レヴァリアは手加減せずに飛び、背中に乗った僕には容赦なく冬の冷気が襲いかかる。


 そうだ。こういうときには竜術だ!

 古代種の竜族であるニーミアたちの背中に乗ると、風の加護をつけてくれて強風も寒さも感じない。

 僕も竜術で、自分に加護を与えれば良いわけだ。


 思い立ったら即行動。

 レヴァリアの背中に、ライラが開発したぴったんこ竜術で張り付く。そしてあぐらをかいて、瞑想をする。


 集中し、竜気を練り込む。


 ……むりむり、無理です!


 寒すぎて集中なんてできません。


「レ、レヴァリア……」


 がくがくと震えながら、レヴァリアに泣きついた。


『世話のかかるやつだ』


 と愚痴りながらも、レヴァリアはとがった断崖だんがいの上に着地をしてくれた。

 鋭利に尖った断崖の上は見晴らしが良く、遠くの峰々まで見渡すことができる。

 レヴァリアはのんびりと景色を眺めながら、僕の準備が整うのを待ってくれた。

 きっと、我が空、我が竜峰、という気分で景色を眺め見下ろしているんだろうね。


 レヴァリアが待ってくれている間に、僕は急いで意識を集中する。断崖の下から吹き上がってくる風は冷たく痛いけど、さっきまでの猛烈な寒風よりかはましだ。

 意識を深く落とし、竜気を練る。


 そして気づく。


 風の加護ってどうすれば良いのかな?

 竜術は、術者の自由な発想で無限の可能性を示す。とはいっても、知識もない術を即興そっきょうで生み出せるほど簡単ではない。


 むむむと唸っていると、顕現けんげんしたアレスちゃんが僕のお腹に抱きついてきた。

 分厚く着込んでいるはずなのに、アレスちゃんのほっこりとした温もりを肌に感じる。体温というよりも、僕を少しでも寒さから守ろうとするアレスちゃんの心の温かさのように感じた。


 そうか。


 少しだけ道標みちしるべをもらったような気がする。


 風を遮るような、強く硬い結界じゃなくていい。身を包む柔らかい温もり。優しい気配で、自分や護りたい者を加護するように、竜気を練り込んでいく。


『気持ちが悪い』

「良いじゃないか。まだ試作段階なんだから、文句を言わないで新しい術の開発に付き合ってよね?」


 アレスちゃんとレヴァリアも加護で包み込んだら、この言われようです。


「がんばれがんばれ」


 アレスちゃんは僕に抱きついたまま、気持ちよさそうに瞳を閉じて微笑んでくれた。


『さあ、行くぞ』


 僕の術がなんとなく形になったことを確認して、レヴァリアは空へと戻る。


 さ、寒い!


 失敗です。加護の術は、僕に暖かさを持たらさなかった。だけど、最初よりかは少しだけましになっている気がする。


 レヴァリアの背中の上で新しい術を試行錯誤しながら、僕たちは竜峰の北を目指した。

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