不穏な影

 寒い。集中。気合い。努力。

 でもやっぱり寒い!

 レヴァリアの背中で震えながら、北の古代遺跡を目指す。


 上空から見える山脈は全て雪化粧に変化し、これまでの季節では見たことのない竜峰の景色に変わっていた。

 だけど、冬の厳しさはまだまだこれかららしい。北部は真冬になると連日の吹雪ふぶきになり、飛竜は南に避難し地竜たちさえ出歩かなくなるのだとか。

 平地に住んでいた僕には想像もできないような季節がやってきた。

 そんな季節のなかで、死期を迎えた老竜たちは、竜峰の北部でどんな終わりを迎えたいんだろう。


 震えながら、集中しながら、そんな雑念を浮かべながら。幾つもの谷を通過し、峰を越えて、僕とレヴァリアは古代遺跡がある高地の近くまで飛んできた。


 眼下に広がる古代遺跡の周りも他と同じように、真っ白な世界に変貌していた。

 この高原のどこかに、これまで監視などを行っていた竜人族と竜族の拠点があるはずなんだけど。

 レヴァリアと一緒に地表を凝視する。

 すると、僕よりも先にレヴァリアが発見したらしく、暴力的な咆哮をあげて降下し始めた。


 さすがは空の支配者。上空から何かを探す能力は、僕なんて足もとにも及ばない。

 実際に、レヴァリアが目指す先をよく見てみても、高高度からは何かがあるようには見えない。他と同じ白銀の世界。


 暴風を巻き起こしながら、レヴァリアは降下していく。僕は着地地点に眼を凝らす。

 すると、ぽつぽつと黒い影が突然出現した。


 いったいどこから!?

 もう一度凝視する。


 あった!


 均一な白い世界のなかに、僅かな陰影を発見することができた。建物のように、地表に出た突起ではない。地下へと続く穴を見つけた。


 おおい! と地表の黒い点がこちらに向かって手を振る。

 降下してきているのがレヴァリアだと知っているのに恐れを抱かないということは、面識のある人なのかな。

 知っている人だったら気安くできて良いな。と思う僕と、レヴァリアの感情は違った。

 馴れ馴れしくするな、と言わんばかりにレヴァリアは火炎の息吹を地表に落とす。

 下で手を振っていた人影は慌てて逃げ出した。

 そして、業火の熱で雪が蒸発した大地に、レヴァリアは荒々しく着地をした。


「やれやれ。酷い登場だね」

「丸焦げになったらどうするつもりだ」

「けほっけほっ」


 着地したレヴァリアは威嚇するように喉を鳴らし続けるけど、これ以上の攻撃的な行動はないと判断したのか、逃げた人影が戻ってきた。


「あっ、お久しぶり!」


 やっぱり見知った人たちだった。しかも超豪華!


「やあ、エルネア君。お久しぶり」


 柔和にゅうわな笑顔で雪をかき分けて戻ってきたのは、もうひとりの八大竜王ウォル。

 雪は意外と降り積もっていなく、ウォルの膝下くらいまでしかない。ぐいっ、ぐいっという雪を踏み締める小気味の良い音を鳴らしながら近づいてきた。


「ふざけやがって。ミリーの毛が焼けていたら殴り殺しているところだ」

「へっへーん。暴君が暴れていた時には何もしなかった臆病者のくせに」

「うるせぇ。俺の周りに実害がなかったから見逃していただけだ」

「はいはい。そうですか」


 呑気のんきな会話を交わしながら戻ってきたのは、暴力的な外見のイドと愛らしい姿のミリーちゃんだった。

 外見通りに、ずんずんと凶暴な勢いで雪を飛ばしこちらへと向かってくるイド。同じ竜王だと知っていても、向かってくる迫力には気圧されそう。

 そして、イドが蹴散らして雪がなくなった道を、ミリーちゃんが後からついて来ていた。


「みんな、こんにちは。三人が現在の監視者?」


 喉を鳴らすレヴァリアに臆するとこなく近づいてきた三人と挨拶を交わし、状況を確認する。


「そうだね。平地から戻ってきたと思ったらここって、竜王を酷使しすぎだと思うんだ」

「ウォルは僕と同じくらいあっちに行ったりこっちに行ったりで大変だね」

「他人事のように言うじゃねえか。お前が振り回しているんだろう」

「エルネア君、イドは怒っていないんだからね。普段からこんな口調なんだよ。気にしないでね?」

「あはは、知っているよ。見た目も凶暴だから誤解しちゃうよね」


 イドの口調に必死で弁明するミリーちゃんが可愛い。ひくひくと猫のような耳が動き、慌てている様子が感じ取れる。

 ミリーちゃんは猫種の獣人族なので、動きもどことなく猫っぽいね。

 そういえば、獣人族の知り合いはミリーちゃんだけだ。竜峰には、他の獣人族は住んでいないのかな? そういう話は聞いたことがないから、ミリーちゃんは特別なのかもしれない。

 と、ミリーちゃんのことはとりあえず置いておいて。


「僕は良いんだよ。むしろ楽しいくらいだ」

「俺はごめんだ。いい加減自由にさせろ。そしてウォル、お前が邪魔だ。ミリーと二人にさせろ。空気読めよ」

「えええっ。私はイドと二人っきりって嫌だよ。怖いじゃん」

「お前が言うな!」


 なんだか、親近感の湧くやり取りに笑ってしまう。そしたら、みんなに笑いすぎだと怒られた。


「それで、ちらっと聞いたんだけど。なんか不穏な影があるんだよね?」

「そうそう。そうなんだよ。匂うんだよね」

「エルネア君には、その辺の調査を頼もうかな?」

「まあ、寒さに死なない程度で頑張れや」

「頑張るけど、情報をください」


 どうやら、ザンが言っていた話は本当らしい。

 詳しく状況を聞こうと、三人に先を促す。


「あのね。匂うんだよね。いい匂い」

「古代遺跡の周辺で何者かの気配を感じたことがある」

「逃げ足だけは一流だ。尻尾を掴ませねえ」


 何者なんだろう?

 いい匂いで逃げ足が速く、竜王たちでさえ気配をわずかに捉えることしかできない存在。


「金色の体毛が落ちてたのを発見したよ」

「小動物が狩られた気配があるね」

「確信的な存在に気づいたのはミリーだ。最近気付いた」


 金色の体毛をした獣? 大型の動物が襲われた形跡はなく、小動物ばかり狙っているらしい。小型の何かかな?


「そんなわけだから、エルネア君にはその謎の生物を追ってもらいたい」

「僕が?」

「そうだね。エルネア君が適任だと思うんだ」

「なんで?」

「ぐだぐだ言ってねえで、さっさと捕まえてこい。死んじまうぞ」

「いやいや、まだ情報がたらないよっ」


 死ぬって、僕が寒さで死んじゃうってことかな? たしかに今の僕は、みんなと会話をしながらぶるぶると震えて丸まっていた。

 アレスちゃんが抱きついたままの状況に突っ込む人がいないのは悲しい。


「遺跡周辺が怪しい感じなんだよね」

「暖かい食べ物を準備しているから、日暮れ前には帰ってきてね?」

「今のお前なら、外で夜を迎えたら確実に凍死をするな」

「いやいや、みんなで行こうよ。その方が速く発見できると思うんだけど?」

「いや、僕たちには別の仕事があるから……」

「いってらっしゃーい」

「死んでも知らんぞ」


 みんなひどい!

 なんだろう、この丸投げ感。

 怪しい影の調査を僕へと強引に押し付けると、三人はそそくさとこの場を後にする。

 どうやら、監視の拠点に戻るらしい。

 いやいや、監視をするなら遺跡に行きましょうよ!


 三人が寝泊まりに使っている場所は、地表に掘られた穴だった。

 入り口が雪の隙間に開いている。あそこから地下へと斜めに掘り進んだ横穴を降りて、そこに拠点を築いているみたい。

 穴熊ではないけど、地下でぬくぬくとするつもりですね。寒い場所では、地下の方が暖かいと聞いたことがあるよ。


『さっさと行ってこい。我は手伝わんぞ』


 レヴァリアにも裏切られました!


 とほほ、と肩を落として、仕方なく歩き出す。そしてレヴァリアに振り返った。


「それで、遺跡ってどっちの方角さ?」


 それくらいは教えてください。上空から遺跡の方角を確認することを忘れてました。

 レヴァリアに懇願こんがんすると、ふいっとあごだけで方角を示された。

 レヴァリアは、自分の役目はもう終わりだという様子で四つの瞳を閉じて、丸くなってしまう。


「いこういこう」

「そうだね。仕方ないから行こう。アレスちゃんだけが僕の味方だよ」


 お腹にへばりついたアレスちゃんを抱えなおして、レヴァリアが顎で指した方角へと歩き出す。目指す先には、白い森が広がっていた。


 積もった雪は、歩きにくい。大きく足を上げて、降ろす。ぎうっという耳に気持ち良い音と、足に伝わる楽しい感触。だけど、変な歩き方で体力を無駄に消耗しちゃう。

 イドのように蹴散らしながら歩こうとしたけど、思いのほか積もった雪は足に抵抗があって、こっちの方が体力を消耗することに気づく。


 そういえば、ウォルはどんな風に歩いていたっけ。と思い出してみるけど、普通に歩いていたようにしか見えない。

 まあ、普通に歩いているように見せるだけの技術で進んでいたということなんだろうけど。


 寒さ対策と、雪上での移動。そして、孤独な調査活動。なんだか問題が山積みで、開始早々にへたれそうです。


「ごほうびあげるから、がんばれがんばれ」


 アレスちゃんの励ましだけが活力だよ。

 ご褒美が楽しみです!


 ずっと見ていると目が痛くなりそうな銀世界を、大股でずんずんと進んでいく。

 進みながら竜気を練り、体力に回す。寒さは歩いていると自然に緩和され始めて、気づけば逆に汗だくになっていた。


 ミストラルたちの言う通りなんだね。活動を開始すれば、体が温まってくる。

 ルイセイネの言う通り。最初だけは気の持ちよう。寒さに負けずに動き出せば、自然と寒さにも慣れてくる。

 雪の抵抗や、普段とは違う動作で歩いたりするせいで余分に身体を使うせいか、体力の消耗が大きい。でも、その分は竜気で補える。そして、動けば冬でも汗を掻くことを知った。

 朝から薄着で活動していた戦士の人たちの心境が、ようやくわかったよ。


 僕の体温が上がったことを感じ取ったのか、アレスちゃんは抱きつきを止めて、僕と手を繋いで歩き始めた。

 だけどそこは精霊さん。

 僕のように、雪に足を埋めて歩くなんて不器用なことはしない。足跡もなく雪の上を軽やかに歩いていた。


 僕もその術を覚えたら楽に移動ができるようになるのかな?

 応用で、水の上なども歩けるようになるかもしれない。

 楽しそうだし、覚えたい。

 だけど、今はそんな余裕はありません。

 歩くことに集中をしながら、遺跡を目指して進む。緑の葉っぱの代わりに真っ白な雪を乗せた枝を広げた木々の間を進む。

 人の手が入っていない原生の森は、一面が雪の世界で、幻想的な風景を僕に見せる。

 そして歩きにくい。


 そうそう。遺跡に到着することが目的じゃないんだよね。遺跡周辺に居るらしい不穏な影を発見しなきゃいけないんだ。

 でも、竜王のウォルやイド、獣の感覚を持つミリーちゃんから姿を隠せるような者を、僕が見つけられるのかな?

 疑問を浮かべつつも、探さなきゃどうしようもない。手ぶらで戻ったらイドに笑われそうだ。


 広範囲の気配を探る術は、僕も手に入れている。


 遺跡を目指しながら、竜気を水の波紋のように周囲の森へと広げる。波紋に触れた動物たちの気配を近場から順に把握していく。

 雪のなかでも元気よく駆け回る小動物の気配。大型の動物も、ちらほらと確認できる。雪の下で、ウォルたちのように穴を掘って大人しくしている動物を見つけた。

 特別な気配を持たない動物は、個々の判別ができない。だけど稀に、魔獣や竜族の気配を感じる。

 監視をしている僕たちだけじゃない。他にも、竜峰に住むいろんな者たちの気配を感じ取った。


 そして、また疑問に思う。

 竜峰において、魔獣や竜族、そして竜王たちから姿を隠す存在は何者なのか。

 居るという確かな気配は感じるらしい。だけど、捕まえられない。

 しかも、場所は騒動の起点となった古代遺跡周辺ということで、警戒心が湧く。

 それなのに、ウォルたちのあの気楽な様子も疑問だった。


 一連の騒動の続きが勃発ぼっぱつしたらどうしよう。一抹の不安を抱きながら、竜気を広げていく。

 すると、随分と離れた場所に微かな気配を感じた。

 早速、怪しい気配を発見し、意識をそちらに向ける。


 この気配は……?


 僕と何者かの距離は遠く、相手はまだこちらの気配に気づいていない。それなら、一気に迫ろう。


 気取られない程度に竜宝玉を解放する。

 アレスちゃんは邪魔にならないように、一旦姿を消した。


 方角と狙いを定め、空間跳躍をする。

 離れた視界の先に転移する。銀世界の景色が視界を更新する。直後にまた空間跳躍。連続で発動させながら、目指す相手を確認する。


 気づかれた!


 一瞬で距離を詰めていく僕の気配を敏感に察知したのか、何者かが動き出した。


 速い!


 恐ろしい速度で、雪上を移動していく。移動しながら、巧みに気配を消そうとする。

 只者じゃない。

 空間跳躍に匹敵するほどの速度で逃げる何者か。しかも気配を消されたら、視界で捉えていない現状だと逃げ切られてしまう。


 最初に何者かがいた場所まで到達するけど、そこには既に何の気配もない。逃げた相手は遥か森の先に移動してしまっている。

 ちらりと空間跳躍の合間に何者かがいた場所を確認した。


 人のような足跡?。

 幾つもの、踏みしめられた雪の跡が見て取れた。そして、逃げようと踏みしめた跡も。

 だけど、疾駆しっくした先には足跡がない。どうやって逃げたのか。それは相手を捕まえれば判明するはず。

 気合を入れて連続空間跳躍を駆使し、何者かの後を追う。


 雪が積もった深い森のなかで、何者かは驚くべき速度で逃げる。

 しかも、足跡ひとつ残さずに!

 微かな気配は、少しでも気を緩めると一瞬で見失うだろう。

 気配の操作。それだけでも相手が手練てだれだと判別できる。油断をしていたら遅れを取る。


 臨戦態勢と同じ状態で気を引き締め、空間跳躍で追う。


 わずかに。ほんの僅かに。

 空間跳躍の方が移動速度が速い。それは、障害物が多い森のなかを右に左に避けながら逃げなければならない相手に分が悪いから。だけど、空間跳躍は障害物をものともしない。その分だけこちらが速い。

 きっと、障害物のない場所では、空間跳躍を凌駕りょうがする移動速度だろうね。


 徐々に詰まっていく距離に、逃げる者の焦りが伝わり始めた。


 どれくらい森を駆け回っただろう。

 何者かは、逃げながらも周囲に気を配っているのか、潜む魔獣や竜族へは近づかない。

 だけど、それがかえって進行の予測を容易にさせた。

 少しずつ相手の動きを読み、先回りするような進路を選ぶ。

 相手も追い詰められていると気づき、必死に逃げる。


 いよいよ距離がつまり、何者かも覚悟を決めたようだ。


 森の隙間。少し開けた場所に飛び出た何者かは、そこで足を止める。そして、背後から迫っていた僕に向き直った。


 僕はようやく、古代遺跡周辺で潜み活動をしていた者と対峙することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る