王子と手を繋いで

「それでは、どうやって貴様の言う友情とやらを俺に見せるのだ?」


 口から出まかせだろう、と信じていない様子で不敵に笑うグレイヴ様。


「はい。これから披露しようと思うのですが、その前にお願いがございます」


 ここで披露なんてできません。なにせ、小神殿のこの部屋には、僕たちのやり取りを見ながらももぐもぐと口を動かしている食いしん坊のニーミアしか、竜族がいないからね。


「お願いだと?」

「はい。僕を竜厩舎りゅうきゅうしゃに案内していただけないでしょうか」

「ははん、そういうことか。確かに竜を相手にせねば、貴様の言う友情とやらは披露できないな」


 お願いで、僕が今から何をやろうとしているのか気づいた様子のグレイヴ様。


 僕が言う友情や協力は、竜族を相手に披露するのが手っ取り早い。そしてその竜は、僕といま現在関わり合いのない竜が好ましい。なぜなら、暴君やユグラ様を使って「ほら、仲がいいでしょう?」と披露したところで、それはグレイヴ様から見れば、使役しているのか本当に仲が良いのか判別ができないだろうからね。


 そしてこの王城には、竜騎士用の竜厩舎がある。竜厩舎にいる竜族は僕との接点がないので、その竜を相手に友情を芽生えさせて、何かしらのお願いなどを聞いてもらえるようなら、それは僕やフィレルが語ったような、使役による命令ではないのだと証明できるはずだ。


「竜騎士といえども、簡単に竜を使役できるわけではありません。時間をかけて竜を調教し、それでようやく命令を与えられるようになるんです。エルネア君がここで竜と仲良くなって友情を見せるのですね」


 フィレルの言葉に頷く僕。


「はい。なので、僕を竜厩舎へと案内していただきたいのです」


 自信は……ある!


 これまでにも竜峰で多くの竜族と会ってきた。なかには手に負えないような荒い性格の竜もいたけど、大抵はこちらが友好的に話しかければ、会話くらいは成立する。

 まぁ、たぶん。人族の僕が竜王だったり竜心を持っていることが珍しくて興味を示してくれていたんだと思うけど。


 場所と状況は違うけど、ヨルテニトス王国の竜とも会話ができるはずだ。そして会話をすれば、きっと仲良くなれると信じていた。


「よかろう。案内してやる。しかし、貴様の言葉が戯言と知れれば、そのまま竜の餌にしてやるから覚悟をしているのだな」

「はい。ありがとうございます」


 竜が人の味を覚えたら危険な気がするけど、その辺は考えているのかな。なんて野暮な疑問は口に出しません。


 その代わり。


「じつは、それともうひとつあるんです」

「なに?」


 グレイヴ様は片眉をあげて僕を睨む。


 王子様に対して幾つもお願いをする僕に、不遜ふそんな奴だとでも思っているのかも。だけど、今は絶好の機会なんです。ここでできることはやっておきたい。


「実は、僕たちがヨルテニトス王国を訪れたもうひとつの目的は、国王陛下のお見舞いなのです。双子王女様が大変に心配されていまして。なので、僕への疑いが晴れたそのときは、陛下のお見舞いを認めていただけませんでしょうか」


 本命はライラなんだけど、建て前上は双子王女様のお見舞いになっている。


 グレイヴ様は僕の二つ目のお願いに即答せず、ぎろりと部屋の面々を順番に見る。そして最後に、ライラで視線を止めた。


「あら、エルネア様たちは陛下へのお見舞いにいらっしゃったのですね」


 ここでマドリーヌ様が口を開いた。


「丁度良かったです。彼らのお見舞いついでに、私も陛下への面会を求めます」

「なんだと!?」


 グレイヴ様はライラからマドリーヌ様へと視線を戻した。


「巫女頭の私をいつまで待たせるのでしょうか。もう五日も陛下への面談が叶わず、ここで待機をしている状態です」


 正直に言うと、危篤状態の王様にお見舞いなんてできるのだろうか、と思う。崩御ほうぎょ間近であるなら、お見舞いなんて場合じゃないよね。

 今回の来訪で、そこが一番の心配事だったんだけど、グレイヴ様やフィレルの様子を見ている限り、すぐに崩御されるような慌ただしさは感じられなかった。


 だって、もう間もなくの命なら、今頃はきっと王城内がいろんな意味で大慌てになっているはずだよね。だけど王子のひとりを監禁したり、意中の女性に会いに来られるような余裕はあるみたいだから、いまは危険な状態ではないんじゃないかな。


 そしてそれなら、お見舞いをしたい。


「ああ、陛下のご容態が心配だわ」

「ご存命のうちにもう一度だけ、陛下へとお会いしたいわ」


 双子王女様がわざとらしく上目遣いでグレイヴ様にお願いする。


「ぐぬぬ。し、しかしだな……」


 マドリーヌ様の気迫と双子王女様の懇願こんがんにたじろぐグレイヴ様。


「兄上。僕も陛下にお会いしたいです。なぜ王子である僕も面会ができないのですか」

「そ、それはだな……」


 なんと! フィレルも未だに面会できていなかったなんて。


 驚いてフィレルを見ると、彼は肩を竦めて説明してくれた。


「陛下がご危篤という知らせを受けて急いで戻ってきたのですが。バリアテル兄上がまじない師をまた連れてきていて、その者が祈祷きとうをしている最中だとかで、陛下の寝室へと入れないのです」


 フィレルの言うバリアテル兄上とは、ヨルテニトス王国第二王子らしい。グレイヴ様が軍事をつかさどり、バリアテル様が内政にたずさわっていると、双子王女様が補足を入れてくれた。


 そして呪い師とは、呪術師じゅじゅつしとはまた違う人たちのこと。


 呪術師は、呪力と多様な呪術道具を使い、森羅万象に干渉する術。それとは違い、呪い師とは祈祷や摩訶不思議な儀式で天候や人にかかった病をはらう人たち。


 雨乞あまごいや不治の病を治す祈祷が有名だけど、いまいち信憑性しんぴょうせいがなくて、呪術師と違って呪い師は一般的にうとんじられる存在だった。


「そうです。この巫女頭を差し置いて、怪しげな呪い師などを優先するなんてありえませんよ?」

「そ、それは弟がですね……」


 言いよどむグレイヴ様。


「呪い師の祈祷を中断させ、面会させてください」

「しかし、陛下は危篤状態なのだ。面会など……」

「あら、現在も危篤状態であるなら、それこそ私の出番ではないでしょうか。陛下を看取る役目は、呪い師ではなくてこの巫女頭であるとお伝えします」

「そうだわ。王族を看取るのは巫女頭か、それに準ずるくらいの巫女と決まっているわ」

「そうだわ。後継争いを避ける為に、巫女頭様が看取る必要があるわ」


 事故死や急死以外。病気や寿命で王族が亡くなる場合は、巫女頭様が臨終りんじゅうに立ち会うことで、後継者争いで殺されたのではないことを証明するらしい。そして、その証明があることによって、余計な後継争いをなくし、正式な手順で後継者が選定される。


「危篤状態であると言うのなら、今すぐ私を陛下のお側へ」

「危篤状態ではないのなら、面会したいわ」

「呪い師なんて怪しさ満点だわ」

「ぐぬぬ……」


 どっちに転んでも、グレイヴ様はマドリーヌ様か双子王女様を王様のもとへと連れて行かないといけない。

 マドリーヌ様の言う通り、看取る役目は巫女頭様だと思うし、隣国の王女がお見舞いしたいという願いを断るのも失礼になるし。

 というか、マドリーヌ様はそのお役目でここに詰めていたんだね。納得です。


「さあ、陛下のもとへ」

「さあ、お見舞いを認めて」

「さあ、呪い師ではなくて私たちを案内して」


 三人に詰め寄られて、グレイヴ様は顔を引きつらせて後退った。


「ま、待て。この件に関してはバリアテルの預かるところだ。俺は何も知らん! そもそも俺は今、エルネアの疑いを晴らすことをしているのだ。そなた達の案件はバリアテルに対応させる!」

「ありがとうございます。僕の疑いを晴らす協力をしてくださっているのですね」

「あ、いや……その……」


 一杯一杯なのが強く伝わってきます。

 美女三人に論理的な逃げ道を塞がれた状態で迫られて、しどろもどろで変なことを口走ってますよ、グレイヴ様。


「ええいっ! エルネア付いて来い! 貴様を竜厩舎に俺自らが案内してやるっ」


 あ。逃げた!


 グレイヴ様は、美女三人の追求から逃げて、僕の手を取り慌てて部屋から抜け出した。


 いやいや。案内していただくにしても、手を取ってなんて嬉しくないですからね?


 僕は、グレイヴ様に強引に手を引かれて小神殿から出る。そしてみんなは、その後をにやにやしながらついて来た。


「男に手を引かれるエルネアは見ていて悲しくなるわね」

「ミストさん、それは言ってはいけないです」

「お兄ちゃんは男の人とお散歩?」

「違いますわ。これから活躍されるのですわ」

「エルネア様は本当に竜族と仲良くなれるのですか?」

「問題ないわ。エルネア君は竜峰でみんなから愛されていたから」

「問題ないわ。なにがあっても私たちはエルネア君を愛しているから」

「にゃあ」


 思い思いの会話をしながらついて来るみんな。

 緊張感なさすぎです!


 巫女様や神官様の人たちも加わり、全員で小神殿を出る。そして別の建物へと続く回廊を渡っている途中で、なにやら外が騒がしいことに気づいた。


 なんだろう? とグレイヴ様に手を引かれたまま、外の気配を探る。


「ちっ、キャスターの奴かっ」


 グレイヴ様も外の騒ぎに気づいたのか、回廊の窓から遠くを見つめた。


 視線の先には中庭があり、その先にはまた別の建物や回廊があって騒ぎの元凶までは見ることができない。だけど、気配を探った僕は、その先に地竜が数頭居ることに気づいていた。


「地竜が居るみたいですね。竜厩舎ではなくてその地竜で証明するのはどうでしょうか」


 僕の提案に、グレイヴ様は足を止めて振り返る。そして、鼻で笑われた。


「ははんっ。キャスターの乗る地竜を相手にだと? その言葉を後悔させてやる」

「エ、エルネア君。キャスター兄様の乗る地竜は、他と違って凶暴なんです。それと、竜騎士団の地竜は飛竜とは違って調教されていないんですよっ」


 慌てて割って入ってきたフィレルが教えてくれた。


 キャスターとは、ヨルテニトス王国第三王子。普段は東の国境付近の砦に詰めていて、流入する魔物から国土を守る東部守備部隊の隊長をしているらしい。それが今、王様の容態を聞きつけて戻ってきたところらしかった。


 そして竜騎士団の地竜は、飛竜とはまた違う形で使役しているのだとか。


 地竜の群は、北部の山岳地帯を中心に幾つかあるらしい。そして地竜狩りで捕まえるのではなく、傷つき弱っている地竜を捕縛したり、豊富な家畜を餌に釣って使役しているらしい。


 なので、性格の大人しい地竜のなかには、調教せずとも使役できる個体もいるらしい。そしてキャスター様の乗る地竜は調教されておらず、上質な餌とキャスター様のみに従うという契約で、従っているらしい。


 フィレルの説明を聞いて、なんだ調教以外でも竜族を従わせる方法があるんじゃないか、と苦笑する。

 凶暴で好戦的な飛竜に全く同じ手が通用するとは思えないけど、痛めつけて無理やり使役するという方法とは別の手を持っているのなら、同じように飛竜にも試行錯誤してほしかった。


 それとも、無理だったから今のような手段になったのかな?


「つまり、キャスター兄様以外の言うことは聞かないので、竜厩舎にも入ってくれなくて、王都に戻ってくるといつも暴れているんです」


 なるほど。暴れている理由はそれですか。


「では尚のこと。僕はその地竜と仲良くなってみせます!」


 自信満々にグレイヴ様を見るけど、信じられていない様子。


「良いだろう。案内してやる。ただし貴様がどうなろうと、俺は知らぬからな」


 竜厩舎に入っている、調教されたか、もしくは大人しい竜ではなくて、暴れている気性の荒い地竜を自分の意思で選んだんだ。これで何かあったらグレイヴ様のせいだなんて、もちろん言えません。


 僕がグレイヴ様の言葉に頷くと、ならばと進路を変更して、キャスター様の地竜が暴れている場所へと案内してくれた。

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