地竜と相対するとき
グレイヴ様の先導でやってきた場所は、王城の外縁。東門の内側。
王城は高い外壁に囲まれていて、東西南北にそれぞれ大門がひとつずつ。小門が一方角につき四つずつあった。そのなかで各大門は地竜が潜れるほど大きな門扉があり、キャスター様の地竜はその大門の内側で暴れていた。
暴れている、というか世話をしようとしている人たちに向かい威嚇の咆哮をあげたり、地面を踏みならして触れるなと騒いでいるんだ。
太く長い一角を頭部から生やす地竜。体格は、北部で見た地竜の群の
竜騎士の武器は長い槍や投槍が主で、飛竜であれば上空から、地竜も高い場所から武器を投擲して相手を攻撃する戦法を使うみたい。
それ以外にも竜自身が対象者に向かい竜術などで攻撃するんだろうけど、目の前の大きな地竜の尻尾の先には、棘の生えた丸い器官が付いていて、それでも攻撃してくるんだろうな、と伺える。
そして、キャスター様の地竜が騒いでいるのを遠巻きに、小型の地竜たちが迷惑そうに見つめていた。
どこの世界にもいるよね。威勢はいいんだけど、実は周りから疎まれている、なんていう存在は。
こほん。と咳払いをひとつして、僕は暴れている大きな地竜に近づこうとする。
すると、世話をしようとしていた人たちが僕やグレイヴ様に気づいて、慌てたように駆け寄ってきた。
「殿下、お騒がせして申し訳ありません」
とグレイヴ様に一言挨拶をした後に、僕を体を使って止めに来た。
「あ、危のうございます。あの地竜は気性が荒く、我々のような世話係でも手を焼くような相手です」
グレイヴ様と一緒に現れたから、賓客とでも思われたのかな。この人たちは、僕たちが中庭での騒動の中心人物だったことを知らないのかもしれない。
「構わぬ。その者の好きにさせてやれ。竜に踏み潰されようが食われようが、見ているだけで構わぬ」
グレイヴ様の言葉に、目が点になる世話係さんたち。
「この者は、竜と人とは仲良くできると俺に忠言してきたのだ。ならば見せてみろとここまで連れてきた。今更気性の荒い竜では無理ですとは言うまいな?」
「はい。必ずや殿下に可能性を示してみせます。お任せください」
グレイヴ様の挑発するような言葉に、僕は笑顔で応えた。
さて、ここからが僕の見せ所。
グレイヴ様の言うように、気性が荒いから無理ですなんて言い訳にもならない。むしろ大人しい竜より、世話係の人でも手を焼くような荒い性格の竜と仲良くなってみせる方が説得力はあるよね。だからこそ、僕はこの地竜を選んだんだ。
地面を踏みならし、威嚇の咆哮をあげて暴れる地竜に近づく。
大きな地竜をなんとか
「こんにちは」
挨拶をする僕。だけど地竜は僕なんて眼中にないのか、取り合う必要もないと判断しているのか、変わらず暴れている。
背後でグレイヴ様がほら見ろ、と鼻で笑う気配がした。
なかなか手強そうな相手です。
地竜に近づけるだけ、近づくことにする。
振り回された尻尾が眼前を豪速で過ぎ去る。はっと息を呑み、慌てて法術を唱えようとした気配のあるマドリーヌ様。僕は振り返り、笑顔で「大丈夫ですよ」と言う。ルイセイネたちは、信頼してくれているように微笑み頷き返してくれて、マドリーヌ様を落ち着かせてくれた。
さて、気を取り直して。
もう一度、暴れる地竜に向き直り、意識を向けた。
『ええい、飯はまだか! 我はキャスターの強行軍のせいで腹を空かせているのだ。飯をもってこい! 特上牛二頭だっ』
ここにも居ました、食いしん坊さん。暴君でさえフィオリーナとリームと合わせて上牛二頭だったのに、ひとりで特上の牛を二頭ですか。
あんまり食べすぎると、ニーミアやプリシアちゃんのように美味しい晩御飯が食べれなくなりますよ。
「にぁあ……」
背後から悲しい鳴き声が聞こえてきた。
あのふたりは目の前の食べ物に夢中になりすぎて、晩御飯が食べられなかったことが何度かあるからね。なんて雑念は払いのけて、目の前のことに集中しよう。
見向きもしてくれないのなら、向くように仕向けるだけです。
僕は、体内の竜宝玉をほんの
「こんにちは、地竜さん」
もう一度呼びかけると、僕の竜気に気づいたのか、地竜が睨むように見下ろしてきた。
『人族の小僧が竜宝玉か』
「はい。僕はエルネア・イース。八大竜王のジルドさんから竜宝玉を受け継いだ竜王です」
暴れていた地竜が、ひたりと動きを止めた。
『竜心持ちか』
「はい。なので地竜さんの意思がわかりますよ」
ぐるる、と地竜は喉を鳴らして、僕に顔を近づける。
遠巻きに見ていた世話係の人たちから、悲鳴があがった。
僕が食べられると勘違いしたのかな。
『不思議な小僧だ。我はジルドを知っているぞ。あの者が貴様のような子供に大切な竜宝玉を受け継がせただと?』
「ジルドさんを知っているんですね。僕の師匠のひとりなんですよ。地竜さんはもしかして、ジルドさんたちと共に戦った竜ですか?」
『ほほう、あの戦いのことを知っているのか』
腐龍の王との戦いに参加したのか、とは直接的には聞けない。だって、あの歴史は人族には秘密だから。地竜も直接的な言い方はしなかった。
ぐるぐるとさらに喉を低く鳴らし、僕の目の前まで顔を持ってくる地竜。目と鼻の先に地竜の巨大な顔があり、遠巻きに見ている人にとっては絶体絶命に見えるかもしれない。だけど僕は微動だにせずに、地竜の深く吸い込まれそうな金色の瞳から視線を外さない。
『大した度胸だ。我が怖くはないのか?』
地竜が大きな口を開いた。
真っ赤な舌。鋭く大きな牙が並んだ口が僕に迫る。
「僕なんて食べても美味しくないですし、脅しても怖くないですよ?」
『なに?』
ぎろりと僕を睨み据える地竜。だけど残念。何をされてもこの程度では恐ろしいとは感じない。それは、竜心が地竜は威嚇しているだけだと伝えてくるし、なによりも普段からもっと迫力のあるスレイグスタ老に同じことをされているので、慣れっこになってしまっていた。
慣れって怖いね。
威嚇で大口を開けた地竜をよしよしと撫でて、本題へと入る。
地竜も僕に対して威嚇が通用しないことを悟ったのか、悔しそうに喉を鳴らして頭を引っ込めた。
『人族の小僧ごときに舐められたものだな。ここはひとつ、貴様を踏み潰して我の恐ろしさを改めて人共に知らしめようか』
「ええっと、内緒の話です」
僕は声をひそめて地竜だけに聞こえるように言う。
「僕は普段から竜の森のスレイグスタ老に同じようなことをされているので、慣れているだけです。だから地竜さんの威嚇は本当は怖いんですよ。ほら、見てください」
言って僕は、遠巻きに様子を伺っている人たちを見渡す。
世話役の人たちは地竜が僕を食い殺してしまうのかと泡を吹き、腰を抜かしている人、顔を両手で覆っている人、悲鳴を上げている人等さまざま。そして、巫女頭様は顔面蒼白で両手を口に当て、目を大きく見開いていている。更に、さすがのグレイヴ様も、顔を引きつらせていた。
「人族の巫女頭様や王子のグレイヴ様さえあの驚きようです。地竜さんの迫力は十分すぎるほどあると思いますよ」
『ふむ、あの森のお方の知り合いであったか。そしてなかなかに良いことを言う。しかし、傍の娘たちが平然としているのが気に食わぬ。むむむ。竜人族と耳長族の小娘か……あの小さき竜はもしや……』
「あ、竜人族の女性はミストラルと言います。僕のお嫁さんで、竜姫です。耳長族の子供は僕たちが預かっているんですけど、竜の森に住む耳長族の次期族長様らしいですよ。それと、小さいのはニーミア。お気付きの通り、古代種の竜族で雪竜の子供です。みんな僕の家族なんです」
地竜は僕よりもミストラルたちの方に興味があるのか、視線が釘付けになっている。
こほん、と咳払いをして、注意を引き戻した。
『竜姫か。随分と久しい存在だ』
「ミストラルを知ってるんですか?」
『あの者は知らぬ。だが先代を知っておる』
そうなのか。やっぱりこの地竜は結構な歳で、色々と知っているのかもしれないね。
「実はみんな以外にも、ユグラ伯も来ているんですよ」
『なにっ!? あの伯がか? まさか貴様が騎乗しているのか?』
「ああ、違います。僕じゃなくて彼。ヨルテニトス王国第四王子のフィレルがユグラ様に師事しているのです」
『何度か見かけたことがある。あの貧弱な王子がか』
「彼も竜心持ちです。それで色々とあって、いまの竜族と人族の関係のあり方が間違っていると僕たちは考えているんです。なので、できれば協力していただきたいと思って……」
そして僕は、フィレルとの夢を地竜に語る。恐怖支配ではなく、友好な関係を築きたい。その足がかりとして、僕は今、暴れていた地竜と友好関係を築いて見せると宣言して、ここに来ていることを伝えた。
だけど、地竜の反応は冷ややかなものだった。
『確かに貴様の語る夢は面白い。しかし、我ら地竜にとってはさほど現状と変わらぬように思えるが? 飛竜どもにとっては良き話ではあると思うのだがな』
「たしかに、現状の地竜には一見するとおいしい話ではないかもしれません。ですが、こう考えてみてはどうでしょうか」
フィレルから先ほど聞いたように、餌目的や命を救われた代償で人族に従っている地竜には、大きな利点がないかもしれない。だけど、今現在、意思疎通が上手くいっていなくて、要求がまともに通っていないんじゃないのかな?
地竜は、先ずは食事だと要求していたのに、人族は理解ができなくて、暴れる地竜を恐れ、宥めようと右往左往しているばかりだった。
だけど、深く意思疎通ができるようになり、人族も竜が無闇に暴れているのではないと知ることができれば、無駄に怯えたり暴れたりする必要性はなくなると思う。
そして、しっかりと友好関係を結ぶことができたら、思ったことが上手く伝わるようになり、要求も通りやすくなるはずだよね。
「特上牛も今よりもっと食べられるかもしれませんよ?」
僕の言葉に、じゅるりと
小神殿を出た際に、地竜が暴れていると気づいたとき。意識を向けた僕の竜心は、お腹が空いた、ご飯が食べたいという地竜の空腹からくる苛立ちを捉えていた。
だから、空腹を満たしてあげられるような話に持っていければ、この地竜とも話し合えるという確信があった。
お嫁さんがよく言う言葉じゃないけど、食欲を満たしてくれる相手には逆らえない、というのは万物共通の事柄だと、プリシアちゃんやニーミアを見ていてよく思うんだ。
だから自信があった。
この地竜とも仲良くなれる。
「僕と仲良くなると、特上牛二頭だけじゃなくて羊もつけますよ?」
にやりと悪巧みの笑みを浮かべた僕に、地竜もにやりと笑って応えた。
『丸々と肥えた豚も二頭だ!』
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