ルイセイネは見た
深く、静かな森の奥。
今日は、建立途中の木造神殿も、職人さんたちのお休みの日で静まり返っている。
青みが増してきた空を流れる雲が、ふわふわと気持ちよさそう。
ここは、ヨルテニトス王国の東部に在る楽園。
人や竜や獣、それに精霊たちが平和に暮らす神聖な場所。
僕は今、ルイセイネたちを送り届けたついでに、気持ちいい場所で静かに瞑想を……
「わらわ、
『にげろにげろー』
『イステリシアに捕まったら負けよ?』
『森から出るのは禁止ね?』
『にっげろー』
騒がしい集団が、森の奥へと消えていった。
よし、今度こそ、心を穏やかにして瞑想を……
「こらっ。待つだべ。体を綺麗にしないまま泉へ入るのは禁止だべ」
『ええい、我は水浴びがしたいのだっ』
「ルビアさん、あちらの方で竜族が騒いでいます。どうにかできませんでしょうか?」
「ルビアさん、向こうで竜族たちが競争を始めて……」
「木材を運んでくださっている地竜様が、道を塞いで眠っているのです」
「忙しいべ!」
どたどたと、巫女様や神官様、それにルビアさんや竜族たちが走り去っていった。
「ふぅ、これでようやく、瞑想を……」
「エルネア君?」
周囲の騒動なんて、僕は感知していませんからね?
見て見ぬ振りをして、瞳を閉じようとした矢先だった。ルイセイネに声をかけられる。
ルイセイネは、イシスさんと向き合う形で座りつつも、瞑想することなく周囲を見渡す。
そのルイセイネの瞳は、青色に輝いていた。
楽園に到着すると、早速のように修行を始めたルイセイネ。
イシスさんも、簡単な手続きや関係者への
魔眼の力を解放するルイセイネ。時折り、瞳が熱を持ったり、痛みが走るのかな?
少し忙しそうに目元の表情を変えるルイセイネだけど、すぐに穏やかさを取り戻す。
ルイセイネの正面にはイシス様が封印帯を外して座っていて、常時ルイセイネの瞳を癒やし続けてくれていた。
そのルイセイネが、僕の方を見て何やら困ったような表情だ。
どうしたのかな?
首を傾げて応える僕に、ルイセイネは指摘してきた。
「エルネア君。今、右肩だけが非常に凝っていないでしょうか」
「おや? よくわかったね。実は、昨日あたりから右肩が……」
ここ数日、何かと忙しかったから、その反動なのかな?
マドリーヌ様と王都に行ったと思ったら、急いで竜の森に戻って、その後は飛竜の狩場や竜峰、それに獣人族の住む北の地に行った。最後にはヨルテニトス王国の北部山岳地帯で古代種の竜族と一戦を交え、こうして楽園に移動してきた。
疲れたのは、飛んでくれたり戦ってくれたレヴァリアやニーミアでしょ? なんて言われるかもしれないけどさ。
乗っている方も、意外と疲れるんだよ?
だから、疲れが溜まって、肩が凝ったのかもね。
でも、なんで右肩だけ?
不思議に思って、僕は自分の右肩を確認するように振り返る。
すると、ルイセイネが僕の右肩を凝視しながら言う。
「エルネア君……。
「えっ!?」
憑かれている?
突飛な言葉を瞬時には呑み込めず、瞬きを繰り返す僕。
「ええっと?」
「申し難いことではありますけど。エルネア君の右肩に、取り憑いていらっしゃる……」
「えええっ! お化け? 幽霊? ぼ、亡霊じゃないよね!?」
視えているんだ。
魔眼を解放させたルイセイネの瞳には、僕の右肩に取り憑いた恐ろしい者の姿が!
僕は、右肩の凝りが憑き物によるものだと知って、驚いてひっくり返る。
すると、右肩だけでなく、全身が縛られたように動かなくなった。
「ルイセイネ、助けてっ。
身動きの取れなくなった僕を見て、ルイセイネが困ったように立ち上がる。
だけど、恐ろしいものに近づけないといった気配で、むしろ
「ル、ルイセイネ!?」
僕に取り憑いた者の正体って、そんなに恐ろしい者なのかな!?
助けを求めるように、周りを見渡そうとする。だけど、頭さえ動かない。
いったい、僕は何に取り憑かれてしまったのか!
「エルネア君……」
僕から距離を取ったルイセイネが、喉から声を絞り出すように、教えてくれた。
「ア……」
「……あ?」
「アレスさんが、エルネア君に取り憑いて、というか抱きついています!」
「な、な、なんだってーっ!」
「……と、いうかだよ? なんでアレスちゃんじゃなくて、アレスさんの方なのかな?」
どうりで、重いと思ったよ!
「
「いやいや、大人の姿で右肩だけに体重をかけていたんだよね? そりゃあ、重いよ? というか、僕を解放して!」
正体が見つかって、アレスさんが顕現してきた。
大人なアレスさんが、
きつく拘束されているわけじゃないのに、全身が動かない。
うん。間違いなく、精霊術で縛られているね!
「ルイセイネ、助けてっ」
「困りました、修行中ですから」
「そんなぁ」
ルイセイネに、笑いながら見捨てられました。
仕方ないよね。幼女の姿ではなく、大人の姿で顕現してきたアレスさんに歯向かうと、自分にまで被害が飛んできちゃうからね。
でも、見捨てられた僕は絶体絶命ですよ!?
「ぐぬぬ。アレスさん、それでどうしたのかな?」
どうにかしてアレスさんの呪縛を解こうともがきながら、何か用事のありそうなアレスさんに事情を聞いてみる。
まあ、なんとなくわかっているんだけどね?
すると、アレスさんは僕に抱きついたまま、色っぽい声音の吐息を耳に吹きかけた。
「霊樹に会わせよ」
「やっぱりか」
うん。実は、なんとなく予想していました。
アレスさんは、普段は僕に憑いているけど、本当は霊樹ちゃんの精霊だもんね。
そして、僕たちはここ数日間で、とても濃厚な冒険をしてきた。だから、禁領に戻って霊樹ちゃんに報告したいんだね。
「エルネア君、行ってきてください。わたくしの修行はもう暫く続くと思いますし、他の方々もアレスさんの要望なら理解してくださいますよ」
みんなで力を合わせて、マドリーヌ様とセフィーナさんに課せられた女神様の試練を克服しよう、と誓い合ったばかりなんだけど。と思ったんだけど。
みんなでってことは、アレスさんや霊樹ちゃんも含まれるんだよね。そして、アレスさんは今、霊樹ちゃんに会いたいと
「それじゃあ、ルイセイネの言葉に甘えて」
「ちょっと待った!」
だけど、そこで名乗りを上げた者が現れた。
「禁領に戻るの? それじゃあ、私もついて行こうかしら」
「セフィーナさん?」
フィレルたちと一緒に王都へ向かったのは、ライラとユフィーリアとニーナ。飛んでくれたのは、もちろんレヴァリアだ。
一方、イシス様たちと楽園へ来たのは、僕とルイセイネとマドリーヌ様と、ミストラルとセフィーナさんだった。連れてきてくれたのは、ニーミアだね。
なぜ、こういう分け方になったのかは、いつものことなので
だから、というわけではないと思うんだけど。セフィーナさんが同行を求めてきた。
「アレスさん、良いよね?」
念のために確認を入れると、機嫌を悪くするわけでもなく
どうやら、今回は本当に霊樹ちゃんへ会いに行きたいだけらしい。
「それじゃあ、決まりね。ニーミアちゃんにお願いしてくるわ」
と言って、セフィーナさんは早速のように森の奥へと消えていく。
「なぜ森の奥へ……?
「にゃーん」
セフィーナさんに捕まったニーミアが、いつものように大きくなって僕たちを背中に乗せる。
僕とアレスさんと、セフィーナさんと、ミストラル。
「ねえねえ、ミストラルが増えているよ?」
「あら、いけなかったかしら?」
「ううん、そんなことはないよ。でも、まさかあんなことが起きるなんてね?」
森の奥へと入っていったセフィーナさんは、
僕とルイセイネは、慌ててイシスさんに治療をお願いしながら、事情を聞いたんだ。
すると、セフィーナさんがひっそりと森の奥へ入っていった理由がわかった。
「ごめんなさい。わたしが思いっきり投げ飛ばしてしまったのよ」
「ミストラル!?」
「だって、仕方がないじゃない? この子、気配を消してわたしの背後に近づいたのだもの」
「そんな、自殺行為を!」
竜姫さまの背後に、気配を殺して忍び寄ってはいせません。
これ、大切ですからね?
「でも、驚いたわ。以前から気配を消すのが上手かったけれど。また上達したんじゃないかしら? 自然に溶け込んだ感じで、近づくまで気づけなかったわ」
「まさかここで背後に忍び寄る者がいるとは思わなかったし、ミストラルも油断していたんだろうね。それにしても、セフィーナさん……」
他者の術を操る、という領域を超えて、世界の息吹にまで干渉して、自分の存在を消したのかな?
世界の息吹を読み取ることによって違和感を読み取る僕やミストラルだけど、その世界の息吹に同化されちゃうと、なかなか気付けないかもね。
僕も気をつけておこう!
「それで、ミストラルは森の奥で何を?」
「にゃんとお散歩してたにゃん」
「そういうことだったのか」
ニーミアも、ここ数日でいっぱい頑張ったからね。
楽園の
ということで、悪戯をしたセフィーナさんのお仕置きも兼ねて、ミストラルは同行してきたようです。
「アレスはともかくとして。セフィーナと貴方を二人だけにしたら、何か問題が起きそうだから」
「あら? 私がいなくたって、エルネア君は騒動を起こすと思うわよ?」
「セフィーナさん、嫌な予言はやめてっ」
「はぁ、今度は何をする気なのかしら? ほら、エルネア。言ってご覧なさい」
「いやいやいや、僕はアレスさんに
「楽しみにゃーん」
「ニーミア、楽しんではいけないんだからねっ」
やれやれ。みんな、僕の評価を改めてほしいよね。
僕は静かな平穏を愛する男だからね?
「それでは、行ってらっしゃいませ。ミストさん、スレイグスタ様やレストリア様方へのご報告はお願いいたします」
「ルイセイネも、無理はしすぎないように。こちらも、用事を済ませたらエルネアが問題を起こす前に戻ってくるわ。イシス様、よろしくお願いします」
「はい。今回は色々とありがとうございました」
楽園のみんなに挨拶をすると、ニーミアは大空へ飛翔する。……あれ? みんな?
「むきぃっ、私が色々と手続きをしている間に、ずるいですよっ」
「あっ。マドリーヌ様、行ってきまーす!」
巫女様たちが仮設で寝泊まりしている建物の中からマドリーヌ様が飛び出してきて、僕たちはそれを空から手を振って見送る。
ニーミアは、地上でぷんすかと怒るマドリーヌ様を尻目に、ぐんぐんと高度を上げていく。
「忙しい者たちですね。少しは休むことも必要ですよ?」
「ネレイラーシャ様、行ってきます。僕も本当はゆっくり休みたいんですけどね?」
雲になって楽園を見守っていたネレイラーシャ様に、苦笑で返す。
春先以降、僕たちはいつも以上にずっと忙しいね。
でも、充実しているとも言えるから、不満はないんだ。
「こちらの守護は、任せなさい。それと、あまり騒動を引き起こさないように」
「だから、それは僕のせいじゃないですよーっ」
嫌な予感しかしません。
僕は、無事にアレスさんを霊樹ちゃんと会わせて、何ごともなくヨルテニトス王国へ帰って来られるのだろうか。
「きっと、また騒ぎを起こすにゃん」
「ミスト、賭けましょうか。エルネア君が騒動を起こすか、起こさないか。私は起こす方に賭けるわ」
「あら、セフィーナ。それじゃあ賭けにならないわよ? だって、わたしも起こす方に賭けるもの」
「わらわも騒動を起こす方に賭けよう」
「にゃんもにゃん」
「しくしく。それじゃあ、僕が起こさない方に賭けてやるーっ」
「ふふふ、それじゃあ、賭けが成立ね。賭けに勝った方が、エルネア君を好きにして良いってことで」
「セフィーナさん、それって僕に利点がないよね!?」
良いさ。僕が騒動を起こさなければ良いんだもんね。
騒動を起こさないで、僕は自分にご褒美をあげるんだ。
「……いや、待てよ? ミストラルやセフィーナさんに好きにされるってのも、僕的には良いような?」
「変態にゃん」
「はっ!?」
みんなが、僕を見て
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