流れ星の巫女

 僕たちの経緯けいいや、グレイヴ様がなぜこんな所に居るのかという理由は理解し合えた。

 では、ルビアさんのお父さんであるユグーリさんは、なぜ巨人族が支配している地域を旅していたのか。それと、お母さんの存在は?

 僕の浮かべた疑問は、ルビアさんたちが暮らしている洞窟どうくつに到着すると解決することになる。


「お爺様じいさま、今日は天気が良いですね」

「ありがとうよ、ラテアさん」


 ルビアさんに案内されて、僕たちは洞窟前まで移動してきた。すると、木陰こかげ椅子いすで寛ぐ祖父のオードルさんと、見慣れない綺麗な女性の姿が。


「あんたがウィゼルの嫁になってくれると嬉しいのだがね」

「こんな私でつとまるでしょうか」

「心配ないべ。あんたなら立派な嫁さんになれると確信しているよ」


 年老いたオードルさんに寄り添っている綺麗な女性は、どうやらラテアさんという名前らしい。

 気立てのいい性格のようで、介護が必要なオードルさんのお世話をにこにこと笑顔でこなしている。


「あの人が、母様が連れてきた人だべ。ラテアさんは、父様よりも少し前に母様と一緒に戻ってきて、もうすっかりと暮らしに溶け込んでるべ」


 ルビアさんのご両親は、九尾廟よりも北東に位置する地域で出稼ぎをしていたらしい。そこで出逢ったのが、ラテアさんなのだとか。


「なんでも、ラテアさんも各地を旅していたそうだべ。それで、両親から話を聞いて、弟に興味を持ってくれたんだべ」


 ルビアさんのご両親とラテアさんは、しばらく一緒に生活をしていたんだって。

 二年間も故郷に帰ってこなかったのは、ラテアさんの性格と覚悟を見極めるためだったと、ルビアさんは話してくれた。


「それで、母様とラテアさんは先に戻ってきたんだ。父様は戻る前に、昔馴染みの巨人族に会いにいったそうだべ」

「そこで、魔物に襲われちゃったんだね?」


 寄り道が良かったのか、悪かったのか。

 そこで出逢ったのが、ヨルテニトス王国の第一王子であるグレイヴ様だったわけだ。

 グレイヴ様は辺境の土地が興味深いのか、最後尾でユグーリさんと言葉を交わしながら景色を堪能たんのうしていた。


「でも、驚きだよ。ユグーリさんと巨人族の間に交流があったこともだけど、ここから北東に行くと人族の村や町が点在しているだなんてね」


 勝手な思い込みなんだけど。

 見聞きしたことのない地域や行ったことのない場所は、未開の地という先入観がある。なので、そこに人の文化圏が存在していると知ると、素直に驚いちゃう。


「母様の話では、あんまり多くは住んでいないみたいだべ。だけど、ラテアさんはそこよりももっと東の出身らしくて、そっちには大きな都市もあるらしいべ」

「へええ、機会があったら行ってみたいな」


 でも、その前に。僕たちにはやらなきゃいけないことが山積みになっている。

 そして、新たな騒動も。


「ルイセイネ?」

「あらあらまあまあ、間違いありませんね」

「?」


 僕とルビアさんの背後で、ルイセイネとマドリーヌ様が意味不明な会話を交わす。すると突然、マドリーヌ様が走り出した。

 ラテアさんに向かって!


 しゅばばばばっ、と駆け寄ったマドリーヌ様は、オードルさんのお世話をしていたラテアさんの手を問答無用で掴む。


「貴女は、なが星様ぼしさまでございますね?」


 流れ星様?

 初対面の人に向かって、マドリーヌ様はいったい何を言っているのか。疑問に首を傾げる僕やルビアさん。すると、背後からルイセイネが教えてくれた。


「流れ星様とは、旅をする巫女のことですよ」

「旅する巫女様?」

「はい。どこか特定の神殿に所属して奉仕するわたくしたちとは違い、各地を旅しながら人々に奉仕する気高けだかい巫女のことです」

「でも、巫女様なのに法衣ほうえを……。いや、言われてみるとラテアさんの着ている服も法衣のような?」


 着古しているけど、えりを前で重ねたような独特の着合わせは、巫女装束と言えなくもない。


「流れ星様は、わたくしたちとは違う法衣なのです。一般の方々には巫女とは思われない、ただし、神殿宗教の関係者であれば、一目で流れ星様とはわかる法衣を纏っています」

「むむむ? でも、ちょっと待って。普通の人たちに巫女様と知らせないと、悪い人に襲われる可能性が出てくるんじゃないの?」


 人族であれば、神職に身を置く人に手を出すような者はいない。

 だからルイセイネやマドリーヌ様はどんな時でも法衣を着ていて、そのおかげで悪漢に襲われたりすることはないんだよね。

 なのに、流れ星様はあえて一般の人に巫女とわからないような服装をしている?


「流れ星様は、善も悪も呑み込んで旅をされる方です。ですのでとうとく、わたくしたちは尊敬するのです」

「巫女としての安全性を排除して、あえて苦しい旅をしているんだね。それじゃあ、なんで聖職者にだけわかるような法衣なの?」

「ふふふ。エルネア君も、いろんな場所で多くの方々にほどこしを受けていますよね?」

「うん。食べ物とか、寝る場所とかだね」

「流れ星様といえども、飲食は必要です。ときには金銭などが入り用なときもあります。ですので、訪れた神殿などで援助を受けるためですよ」

「なるほど」


 日雇いの仕事をしたり、奉仕した人から施しを受けることがあるかもしれない。だけど、どうしてもお金や食べ物が必要な場面ってあるよね。

 そういうときに、自分の立場を必要最小限の相手に知らせる服装が、今のラテアさんの法衣なんだね。


「まさか、このような場所で流れ星様に出逢えるとは。私はヨルテニトスという王国の大神殿に仕えます、巫女頭のマドリーヌと申します」

「ラ、ラテアです。東の地より旅を続けております、巫女です。ですが、なぜ巫女頭様がこちらに?」


 ラテアさんも、マドリーヌ様の立派な法衣を見て相手が巫女であり、それも高い地位に就く者だとすぐに理解したらしい。

 とはいえ、ラテアさんからすればヨルテニトス王国なんて国は知らないだろうし、大神殿にいるはずの巫女頭様がこんな場所にいる理由がわからないよね。


「私と、あちらのルイセイネは女神様の導きにより……」


 椅子に座ったまま、傍の二人の女性をきょとんと見上げているオードルさん。

 うん、よくわかります。

 いきなり知らない女性が駆け寄ってきたと思ったら、孫の将来のお嫁さんになるかもしれない女性と身の上話を始めちゃうんだもんね。

 そりゃあ、意味がわかりません。


「なんだい、なんだい? 騒がしいね」

「母様、ちょっと待って。まだ怪我が……」


 すると、にぎやかな様子が気になったのか、洞窟の奥から二人の人物が姿を現した。

 ひとりは、ルビアさんの弟のウィゼルさん。相変わらずの優男やさおとこさんだ。

 そしてもうひとり。中年の女性は、どうやらルビアさんとウィゼルさんのお母さんみたいだね。この人も綺麗で、なるほど子供たちも美男美女になるはずだ、と父親のユグーリさんの容姿を含めて納得できた。

 そして、こちらの女性は、僕もよく知っているような意匠いしょうの服を着ていた。


「ルビアさんのお母さんも、やっぱり巫女様なんだね?」

「そうらしいべ。母様は神殿で正式に洗礼を受けた巫女様らしいべ」


 知っていた、というか、最初からわかっていたよね。

 ルビアさんが法衣を着ていたり、巫女らしい所作だったりしたのは、母親が巫女様で幼少の頃からしつけられていたからだ。


「わかったぞ。ルビアさんのお母さんも、ラテアさんが流れ星様だと知って、だからウィゼルさんのお嫁さんに相応しいと思ったんだね」


 ルビアさんのお母さんは、洞窟を出たまでは良いものの、驚いた様子で立ち止まっていた。

 というか、驚いた拍子ひょうし松葉杖まつばづえを落として動けなくなった、という方が正しいのかな?

 ルビアさんのお母さんは、足を怪我しているみたい。

 遅れて駆け寄ってきたウィゼルさんが松葉杖を拾い、母親に渡す。そして、外の様子に同じように驚く。


「これは、驚いた。たった数日で女の人がものすっごう増えたよ! それに……!」


 ウィゼルさんは、ラテアさんの傍のマドリーヌ様だけじゃなく、獣道の先にいる僕たちにも気づいたようだ。


「また来てくれたなんて、嬉しいよ」


 ウィゼルさんは僕を見て満面の笑みを浮かべ、シャルロットを見て少しだけ顔を赤らめた。





「これは、女神様のお導きでございます。というわけで、マリーネさんとラテアさんもお手伝いをお願いいたします」

「巫女頭様の要請であれば、このラテア、喜んでご奉仕いたします」

「お社様への奉仕は、もとよりわたしの一族の務め。つつしんでお受けいたしましょう」


 場所と時間は移る。

 ここは、洞窟のなかの生活空間。そして、時刻は夜。


 僕たちが持ってきたお土産や、ルビアさんのご両親が持ち帰った食料などで、いつもより豪華らしいお鍋が火にくべられている。

 予告もなく訪問しちゃったけど、どうやら僕たちはルビアさんの一族に歓迎されているみたい。

 ルビアさんとウィゼルさんが前回の話をご両親に話してくれたおかげと、ルイセイネとマドリーヌ様の存在が大きいんだろうね。


 お鍋を囲みながら、僕たちはまた最初からお互いの状況を伝え合う。そうして理解が深まったところで、マドリーヌ様の、この提案です。


 九尾廟に御鏡を奉納しに来た僕たちのお手伝いを、ルビアさんとウィゼルさんの母親であり巫女であるマリーネさんと、流れ星様という尊い巫女のラテアさんが手伝ってくれることになった。


「でも、その前に。お社様を立て直す必要があるべ?」

「そうだね、傾いたままじゃ、いつ崩れるか不安だしね」


 聞けば、マリーネさんの足の怪我は、九尾廟を立て直すために必要な木を伐採している最中に負ったものらしい。

 切り倒した幹が石を弾いたらしく、それが足に直撃してしまったのだとか。

 マリーネさんも巫女なので回復法術は使えるらしいけど、この程度の傷には不要だと気丈に笑っていた。


「ふむ、先ずは木の伐採からか」


 話を聞いていたグレイヴ様が、あごに手を当てて頷く。

 その仕草を見たルビアさんが、うっとりと目尻を下げていた。


 あらまあ、れましたね?

 まあ、グレイヴ様は格好いいからね。

 僕もいつかは、妻たちが見惚みとれるくらいに格好良くなりたいです。


「エルネア君は、可愛いままで良いのですよ。筋肉なんてつけましたら、呪い殺して差し上げます」

「いやいや、それだけはご勘弁かんべんを!」


 僕の心を読んだシャルロットが、なにやら恐ろしいことを言い出しました。

 誰か、この極悪魔族を遠くに捨ててきて!


「オズだけでなく、わたくしも捨てると?」

「ちょっと待って。オズをお社の前に放置してきたのは貴女だよね?」

「ふふふ、懐かしかろうと思いまして」


 そりゃあ、懐かしいだろうね。

 オズは、ずっと昔に九尾廟に仕えていたんだから。

 でもまさか、九尾廟にまつられている本人がすぐ近くにいるだなんて、オズどころかルビアさんたちも思わないだろうね。


「エルネア君、ミストさんはいませんが、だからといって心と言葉で会話をするのは禁止ですよ?」

「ごめんなさい」


 ルイセイネに叱られちゃいました。


 僕とルイセイネの関係は、自己紹介のときに伝えてある。他にもいっぱいお嫁さんがいることや、マドリーヌ様も加わり、その縁でここへ連れてきたことも話した。

 ウィゼルさんとオードルさんとユグーリさんは、僕にお嫁さんがいっぱいいることに仰け反って驚いていた。

 ラテアさんとマリーネさんは、重婚じゅうこんに際する神殿の試練を乗り越えたという事実に、大いに感心してくれていた。

 グレイヴ様は、小さく舌打ちしていました。


 そして、ルビアさんは……


 僕の衝撃的な事実に驚いていたけど、どこか納得した様子も見せた。


「可愛い見た目だけんど、立派な飛竜を連れていたり魔族のそっちの女性と親しかったり。あんたは只者じゃないとわかっていたから、嫁さんが大勢いると知っても納得できるべ」


 と、ルビアさんは言っていた。

 でも、今の様子でもわかる。

 ルビアさんは、グレイヴ様に一目惚ひとめぼれしてしまったようです。

 グレイヴ様を見るルビアさんの瞳がきらきらと輝いています。

 だから、僕の身の上話を聞いてもさほど心を揺さぶらなかったんだよね。


 綺麗な女性が目の前で違う男性に惚れてしまった様子を見るのは、ちょっと悲しい。だけど、ほっともしている。


「グレイヴ様、ちゃんと責任を取ってくださいね?」

「エルネア、貴様はなにを言っている?」


 だけど、どうやらグレイヴ様は鈍感どんかんなようです。

 ルビアさんからの熱視線に気づいていないのか、グレイヴ様は僕をいぶかしそうな目で見返す。

 僕たちはそんなグレイヴ様の様子に、顔を見合わせて苦笑した。

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