旅の終着点

「な、なんでグエンがこんなところに!? いやいや、それよりも今は、アルフさん。天族の楽園が無くなっているって、どういうことかな!?」


 一気に問題が続出して、訳が分からなくなってきたよ。それでも、グエンの登場よりも、アルフさんや帝尊府が茫然自失ぼうぜんじしつになるほどに驚愕した事態を確かめなきゃいけない。

 僕に揺さぶられて、ようやくアルフさんが正気に戻った。


「あ、ああ……。言葉通りの意味だよ。この辺からなら、湖の中心に天族の楽園が見えるはずなんだ。それが……何も、無い。島が丸ごと無くなっているんだよ!」

「えええっ!!」

「天族の楽園が消えて無くなった事実に比べりゃ、今さらグエンが現れたことなんて些細ささいな問題でしかないぜ」


 確かに、アルフさんの言う通りだね。

 天族の楽園にはモンド伯以外にも大勢の、それこそ何千、何万という天族の人たちが暮らしていたはずだ。その人たちは、一体どうなってしまったのか。天族の楽園ごと、消失してしまったのだろうか。


「まさか、竜人族のおばあちゃんが視たっていう魂の輝きは……!」

「ああ。間違いなく、天族の楽園が消失した件に関わっているんだろうな」


 辺境の村の森の奥。そこで出逢ったおばあちゃんは、目が見えない代わりに、特殊な能力を持っていた。

 生き物の魂が視える能力。

 その特殊な能力で、天へと昇っていく数多くの魂を竜峰から視たらしい。それで、もっと詳しく調べようと竜峰を降りて、森の奥で天へ昇っていく魂を視つめていた。

 おばあちゃんは、天族の楽園が消失した件に関わる、重大な出来事を視ていたんだね!


「へぇ。魂が視える竜人族の老婆かい。それは興味があるね?」


 すると、グエンが僕たちの会話に興味を示す。


「それで、その竜人族の老婆は今どこへ?」

「それを僕たちが貴方に教えるわけがないでしょう?」

「そりゃあ、そうだよな」


 苦笑するグエンとは真逆に、僕たちは表情を引き締める。


 天族の楽園が消失したという事実は、あまりにも大きな問題すぎる。

 いったい、この地で何が起きているのか。何が起きたのか。とても気になるよね。だけど、その重大な問題に目を向ける前に、先ずは眼前の脅威を排除しなきゃいけない。


「それで、なんでグエンがこんな場所に居るのかな?」


 アミラさんたちが住む村の一件の終わり。グエンは艶武神えんぶしんテユと共に、領主のギルディアを連行していった。

 空間転移を使われたので、正確な移動先はわからないけど。それでも、ギルディアを尋問できるような、きちんとした施設のある場所まで戻ったはずだ。

 僕はてっきり、帝国の都に帰ったとばかり思っていたんだけど。

 そのグエンが、今なぜ僕たちの前に現れたのか。


 僕の疑問に、グエンは肩をすくませる。


「いや、聞きたいのは俺の方だよ。なんでお前さんたちがこんな場所にいる?」

「僕たちは、プリシアちゃんの親を探しているだけだよ。ついでに、観光しようとしただけだからね」

「そういや、そこの幼女の親を探しているという話だったな。だが、神軍の封鎖網を破ってまで探す理由を説明できるのかい?」

「それも、僕たちが貴方に言うと思うかな? 第一、僕たちは包囲網を好きで突破したわけじゃなくて、そこの帝尊府に言われのない因縁を付けられて追われていただけだよ」


 と、そういうことにしておきましょう!

 全ての罪は、帝尊府へ。

 今も実際に、帝尊府が僕たちを追ってきて、襲いかかっていた真っ最中だしね。僕の発言の真実味は強いはずだ。


 アルフさんが示した当初の予定とは大きく違ってきたけど、変わらない事もある。

 帝尊府の処理は、誰かに負ってもらわなきゃね。そうしないと、僕たちに安息は訪れない。

 だから、その役目をグエンに押し付けちゃえ、という作戦へ変更です!


 僕の話をどこまで信用したのかはわからないけど、グエンは僕たちから帝尊府の四人に視線を移す。

 そして、やれやれ、とため息を吐く。


「貴様が何者であるかは知らぬが、我らの邪魔をするなよ?」

「我らは、帝尊府。帝の威光を知らしめる者だ」

「我らの邪魔をするということは、帝の威光に逆らうということを意味するのだと、神族の貴様なら理解しているだろう?」


 熊男。痩身長躯そうしんちょうくの男。中肉中背の男。それぞれが威嚇するようにグエンを睨む。

 唯一、鋭い気配を見せる女性だけが、油断なく僕たちに気を向けていた。


 やはり、帝尊府の中でも女性の存在が最も面倒だね。

 他の三人の男は、実力はあるかもしれないけど、目の前の事柄に囚われすぎて考えが浅はかだ。それとは逆に、女性だけはいつでも冷静沈着に全ての状況を分析していて、油断を見せない。

 まあ、それでも曲者のグエンに掛かれば、翻弄ほんろうされる側になるんだろうけどね。

 だから、どうしても僕は女性を含む帝尊府の四人をグエンに押し付けたかった。


 グエンは帝尊府の言葉に、だけど二度目の溜め息を返す。

 そして、呆れたように言い返した。


「そうか、そうか。帝の威光ねぇ。だがなぁ、お前さんたち。神軍の包囲網を突破したお前さんたちが『帝の威光』なんて軽々しく口にしても良いのかい?」

「何だと?」

「どういう意味だ?」


 いぶかしがる帝尊府の三人に、グエンはこの上なく嫌味を含んだ笑みを浮かべながら答えた。


「理解できていないなら、言ってやる。いいか、神軍第一軍にこの地の包囲を命じたのは、帝だ。つまり、お前さんたちこそ、帝の勅命に逆らう反逆者ってことだぜ?」

「なっ!?」


 絶句する帝尊府の人たち。


「帝の威光? それを一番にけがしているのがお前さんたちだって、理解できたかい?」


 にやにやと笑みを浮かべるグエン。

 帝の威を借る帝尊府に、帝の威光を見せつける。

 まさに、曲者らしい口撃こうげきだね。


 グエンに指摘に口籠くちごもる帝尊府を尻目に、僕たちはそっとこの場を抜け出そうとした。

 後のことは、神族同士でどうぞ。と思ったんだけど……


「ま、待て! 我らはそもそも、そこの不届き者たちを捕らえるために追ってきたんだ。軍の包囲網を突破したのも仕方なくであって、決して帝の威光を我らが自ら傷付けようとしたわけではない!」


 びしり、と熊男に指を差されて、僕たちは動きを止める。

 グエンが、逃すわけないだろう、とこっちを見ていた。

 グエンの意識がこちらに向いたことを良いことに、帝尊府の男たちの勢いが戻る。


「それに、貴様こそ何者なんだ!」

「見たところ、お前だって神軍の者ではないだろう?」


 グエンの格好は、村で会った時のような、身なりは良さそうではあっても一般的な神族のそれだ。

 僕たちはグエンの正体を知っているけど、帝尊府の人たちは知らない。だから、一般人の格好をしたグエンが封鎖網の内側に居ることに対して疑問を持ったようだ。

 あわよくば、グエンも帝の威光を穢す者だろう、と言い掛かりを付けたいんだろうね。

 だけど、曲者のグエンがそんな隙を見せるわけがない。


「俺かい? 俺は、人を人とも思わない上司に命じられて、次の任務地に出向いてきた、しがない苦労人さ」


 次の任務?

 テユは、グエンに何を命じたんだろう?

 というか、その命令でグエンはこの地へやってきた?

 ということは、貴族院が関わるような何かが起きている?

 それとも、帝の側に仕える艶武神として見過ごせない事件?

 ギルディアに関わることであれば、モンド伯にも関わりが?

 そうなると、天族の楽園が消失した件についても、関わっているかもしれない?

 色々と考えが頭を巡る。

 だけど、グエンが素直に教えてくれるわけがない。

 代わりに、意味深な笑みを僕や帝尊府の人たちに向けるグエン。

 いかにも、人をもてあそんでいるような風貌だ。


「ええい、構うものか。お前も神族であるなら、我らに協力しろ!」

「そうだ。こいつらこそが、帝の威光を穢す罪人だ!」

「こいつらの捕縛に協力しろ!」


 わわわっ!

 只でさえ面倒な帝尊府の存在に曲者のグエンが加わったら、大変なことになっちゃう!

 露骨に嫌そうな表情を見せる僕たちを見て、グエンはあごに手を当てて考え込む。

 そして、すぐに答えを出した。


 にやり、と笑みを浮かべるグエン。


「良い考えだ。今こそが、帝の威光を穢す者を捕らえる好機だよな?」


 ああっ、何てこった!

 グエンを相手にしていたら、本当に疲れちゃうよ!

 しかも、グエンの背後関係には艶武神テユが控えている。

 テユまで出てきた日には、もう目も当てられないほどの苦労になるだろうね。


 そういえば、と周囲の気配を読み解く。

 まさか、近くにテユが潜んでいるのでは、と警戒する僕。だけど、テユが潜んでいるような世界の違和感は読み取れなかった。

 ということは、グエンだけを相手にすれば良いんだろうけど……。それでも、面倒なことこの上ないね!


 僕たちが心底嫌そうな表情になる様子を見て、グエンは楽しそうに笑みを浮かべた。

 そして、言う。


「ってわけだ。帝の威光を穢す者どもを、一掃いっそうしろ」


 おうよっ! と、威勢の良い声をあげた帝尊府の男三人衆。

 だけど次の瞬間には、三人の男は地面に倒れ伏していた。


「えっ!?」


 予想外の展開に、呆気あっけに取られる僕たち。

 もちろん、男たちを一瞬で昏倒させたのは、僕たちではない。

 グエンでもない。


「本当にこれで良かったのですか、グエン様?」


 と言って、足もとに倒れる三人の男を見下ろしたのは、まさかの女性だった。

 僕たちを追ってきた、帝尊府の四人。その最後のひとりである女性が、仲間を裏切って三人の男を倒してしまった。


「ええっと……。どういうこと?」


 意味がわかりません。

 グエンの号令で、なぜ女性が仲間を倒す状況になるのかな?

 しかも、女性は敬称をつけてグエンを呼んだ。


 むむう。

 女性は帝尊府だけど裏切り者で、グエンをうやまうような立場の人?

 つまり……?


「ま、まさか!」

「やはり、君は察しが良い。ご明察通りさ」


 にやり、とグエンがいつもの笑みを浮かべた。


「女性は、グエンの仲間?」

「いいや、俺の部下さ」

「は?」


 僕たちの反応がいちいち面白いのか、グエンはにやにやとしながら真相を語る。


「つまり、俺がギルディアの懐に潜入していたように、ジーナは帝尊府に潜入して内偵を進めていたってわけさ」

「それって、やっぱりギルディア絡みで?」

「まあ、それもあるが。本題は、組織だって活動を始めたこいつらの内情を把握するためだな」


 と、倒れ伏した男たちを指差すグエン。


「そういえば、包囲網の外には、まだ大勢の帝尊府がいるはずだよね?」

「帝尊府ってのは、もう知ってはいると思うが、民間に深く浸透した思想を持つ者たちのことだ。だがな、そいつらが集団となって何やら怪しげな動きをし始めたってんなら、中央政府としては気になるだろう?」

「それで、ジーナが潜入調査をしていたと?」


 帝尊府の裏切り者、もとい、グエンの部下であるジーナは肯定こうていするように少しだけ口角を上げた。


「それで、グエン様。この者たちは?」


 今度は、女性が質問をする番のようだ。

 女性の問いに、グエンは僕たちを見回して軽く説明を口にした。


「なあに、こいつらは他所者よそものさ。お前さんが気に留めるような奴らじゃない」

「ですが?」


 神軍の包囲網を突破し、自分たちと互角以上に渡り合った。そりゃあ、気にするなって言われても気になるよね?

 疑問を浮かべる女性に、だけどグエンは忠告を入れる。


「やめておけ。俺でもエルネア君たちの相手はしたくない」

「それほどの者だと?」

「艶武神様が直接勧誘したくらいにはな?」

「っ!?」


 ジーナがグエンの部下であったように、グエンもまた、艶武神テユの部下だ。

 つまり、ジーナも貴族院に席を置く者で、長官であるテユのこともよく知っているに違いない。そのテユが僕たちに声を掛けたということを聞き、ジーナは息を呑む。


「俺たちが二人がかりで本気を出しても、エルネア君ひとりに勝てないさ。それに……」


 と、グエンが空を見上げる。


 空から、ゆっくりと降下してくる美しい影があった。

 湖畔こはんの光を反射する、銀に近い金色の鱗がまぶしい。

 降下してくる影は、その美しい姿とは真逆の、無骨な漆黒の片手棍を握りしめていた。


「おかえり、ミストラル」


 僕が声を掛けると、降下してきた影、ミストラルは「ただいま」と返事をして、そのまま片手棍の先をグエンに向けた。


「それで、この状況は何なのかしら?」


 空から舞い降りてきた竜人族に、ジーナが一瞬で緊張の塊になる。

 それを見て、グエンが苦笑した。


「お前さんも、竜人族の戦士と戦いたくはないだろう?」


 そして、交戦の意思がないと示すように両手を挙げるグエン。

 僕たちは、ミストラルに掻い摘んで状況を説明する。


「そう。なら、今回は見逃すわ」


 だけど、と付け加えるミストラル。


「空の上から見ても、湖には確かに島なんて無かったわね。その辺の説明を貰わなきゃ、納得ができないかしら?」


 そうだ。忘れてはいけない。

 グエンたちの隠密おんみつ活動よりも、天族の楽園が消失した真相を知らなきゃいけない。

 そして、帝尊府に潜伏していたジーナはまだしも、神軍と合流した様子のグエンなら、何かしらの事情を知っているはずだ。

 だけど、グエンはこれまでの曲者風な笑みを消し、表情に深刻さを表す。


「止めておけ。これ以上、この件に関わるな」

「それは、何故なぜかしら?」

「お前さんも、竜峰やエルネア君の故郷を戦火には巻き込みたくないだろう? そういうことだ」


 天族の楽園が消失した真相を知ってしまうと、帝国は証拠を徹底的に隠滅いんめつするために、容赦なく他国へも手を出すってこと?

 いったい、何が起きたんだろう……


「と、まあ。一方的に俺が言っても、お前さんたちは聞き分けないだろう?」


 すると、グエンが自ら提案してきた。


「いいか、ここでの出来事は全て忘れろ。帝尊府の連中のことも。それに、天族の楽園のことも、だ。代わりに、俺たちはお前さんたちのことを軍や朝廷の連中には報告しない。大人しく帰れば、何もなかったと見逃してやる」


 グエンには珍しく、真っ当な交換条件を出してきた。

 つまり、この件はそれだけ帝国にとって重要な問題ってわけだ。


「もちろん、今回の件は他言無用だ」


 少しでも噂が立っては困る、ということだね。

 グエンの口調から、事の深刻さが強く伝わってくる。

 だけど、だからこそ別の疑問も湧いてきた。


「わかったよ。お互いに他言無用だね。でも、最後に聞かせてほしい。このまま神軍がいつまでもこの辺を封鎖し続けるなんて、絶対に無理だよね? だとしたら、いつかは天族の楽園のことも世間に知られると思うんだけど。それは、どうするの?」


 数年くらいなら、軍の力で封鎖網を敷き続けられるかもしれない。だけど、数十年、数百年とは続けられない。そうすると、いつかは秘密が露見してしまうはずだ。

 帝国は、というか帝は、今後のことをどう考えているんだろう?

 僕の疑問に、これまた真面目な口調でグエンが教えてくれた。


「いずれは、正式な発表が降る。天族の楽園において、恐ろしい流行はややまい蔓延まんえんした。それを鎮めるために、帝は止むに止まれず島ごと処置を施した、とな」

「……嘘の発表だね?」


 にやり、とグエンはようやく曲者らしい笑みを浮かべ直した。

 これ以上は詮索せんさくするな、ということらしい。

 僕たちは、これまでの状況と、天族の楽園が消失した湖を思い浮かべる。そして、渋々ではあったけど、グエンの提案を呑むことにしたのだった。






「……と、こんな事があったんですよ」


 僕の報告に、巨人の魔王は張り詰めた気をたたえて立ち上がった。


「シャルロット。私はこれより、朱山宮しゅざんぐうおもむく」

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