暴君と鶏竜

「んんっと、次は鬼ごっこをしようね?」

『か、勘弁してくれ』


 プリシアちゃんに良いように使われていた鶏竜のかしらが、悲鳴をあげて僕に助けを求めてきた。


『あの小娘をどうにかしろ。我は騎獣ではないのだぞ』

「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてます」


 謝罪しつつ、僕はプリシアちゃんを捕まえる。プリシアちゃんは僕に捕まると、不満そうに頬を膨らませた。


「プリシアちゃん、鶏竜が困っているから、いっとき休もうね」

「もう少し遊びたいよ?」

「うん。でもわがままを言っていると、ミストラルが帰ってきた時に怒られるからね」

「むうっ」


 プリシアちゃんは、ミストラルの本気の怒りには弱い。ミストラルの名前が出たことによって、素直に僕の腕の中で大人しくなった。


「プリシアちゃん、喉が渇いたでしょう」


 ルイセイネが気を利かせて、飲み物を持ってくる。プリシアちゃんはそれを受け取ると、美味しそうに飲み干した。


わたくしも、喉が乾きましたわ」


 巣の補修作業をしていたライラも戻ってきて、僕たちは全員で休憩を取ることにした。

 食べ物は全て鶏竜に提供してしまったので、飲み物だけのちょっと寂しい休息になったけどね。


「本日はこちらでお世話になるのでしたら、この後の食べ物を確保しないといけないですね」

「ううう、にゃんのおやつが」

「プリシアもおやつ食べたい」


 ニーミアは自業自得だね。ニーミアが悪戯心で巣の中心に降りて鶏竜に迷惑をかけなかったら、食料を全て提供する羽目にはならなかったわけだし。

 プリシアちゃんは、今回はとばっちり。

 でも、プリシアちゃんもニーミアも、運命共同体みたいなものだから、仕方がないよね。


 僕はなぐさめつつ、食料をどうするか考える。

 いざとなれば、僕が狩りに行けば良いんだけどね。甘いものは、果物がどこかに成っていれば良いんだけど。


 食べ物のことを含め、今日の予定を話し合う僕たち。プリシアちゃんとニーミアはまだまだ遊び足りないらしい。食事後は、また鶏竜に犠牲になってもらおう。

 ルイセイネとライラは、せっかく鶏竜の巣に来たのだから何か体験したいと、目を輝かせる。


 はて、ここでしか出来ないような体験とは何だろう、と考えていると、巣を大きな影が横切った。


 何だ!? と一瞬、全員に緊張が走る。

 そして空を見上げて驚く。


「大っきいのが来た!」


 プリシアちゃんが、空に向かって手を振る。


『くわっ、また暴君が来た!』


 にわかに騒ぎ出す鶏竜たち。

 鶏竜の巣の上空を横切ったのは、確かに暴君だった。

 暴君は一度過ぎ去った後に、急旋回して真っ直ぐに巣へと急降下してきた。


「うわっ、逃げてっ」


 僕たちや鶏竜のむれは、慌てて避難する。

 そこに暴君は問答無用で突っ込んできて、地響きをあげて巣を蹴散らし、砂埃をあげて荒々しく着地を決める。


「な、何やってるのさっ!」


 僕はたまらず叫ぶ。

 すると暴君は、ああ、居たのか、といった様子で僕を見つめた。


『貴様はどこにでも出没するな』

「いやいやいや、それはこっちの台詞だからね?」


 僕は埃まみれになった服をはたきながら、暴君に近づく。


「というか、何て酷い着地をするのさ」

『なに、いつものことだ』

「いや、いつもこれじゃあ、いけないでしょう」


 暴君よ、君は僕との約束を忘れてしまったのかい。鶏竜の巣を蹴散らすなんて、昔と変わっていないじゃないか。と怒ると、暴君に笑われた。


『奴らには、これくらいが丁度良い。奴らの生きがいは新しく快適な巣を作ること。壊してやれば、また新たに作れるではないか』

『ちょっと待ったぁっ!!』


 しかし、暴君の言い分に待ったをかけたのは、鶏竜の頭だった。


『確かに巣を作ることは我らの生きがい。しかし毎日のように壊されては、たまったもんではないわっ』

「レヴァリア、まさか毎日ここに来ているの?」


 僕は顔を引きつらせて質問する。


『ふん。子竜を預けているだけだ』


 言って暴君は、自分の背中を見るように促す。


「おわおっ、小さいのだ!」


 避難していたプリシアちゃんが、嬉しそうに暴君の背中に飛び乗る。そして、そこに居た子竜とたわむれだす。


「ええっと、どういうこと?」


 暴君は毎日、何で子竜を鶏竜に預けているの?

 僕の疑問に、暴君は呆れたような視線を向ける。


『竜峰の為に、と誓わせたのは、貴様だろう』

「うん、それは確かに」

『我は仕方なく、貴様との約束を果たしている。しかし、それに子竜を巻き込むわけにはいくまい』


 いや、昨日は随分と楽しそうに、役目を果たしていたよね。という突っ込みを入れたかったけど、たしかに暴君の言い分はわかる。

 危険が伴うかもしれない役目に、大切な子竜を巻き込むわけにはいかないからね。


 だけどね?


「だからといって、何で同族の飛竜じゃなくて、鶏竜に預けるのさ」


 そうです。そうなんですよ。あえて鶏竜に預ける必要性はないと思うんだけど。


『愚か者め。鶏竜も立派な飛竜ではないか』

「はっ!?」


 予想外の答えに、僕は呆気にとられる。そして今更だけど、まじまじと鶏竜を見た。


 鶏のようで鶏ではない。身体は鶏よりもひと回り以上大きく、鶏冠とさかの代わりに刺々しい角が生えている。羽根も鶏よりも美しい。


 でも、やはり見た目は鶏に似ているんだよね。


 で、鶏は飛べないけど、一応鳥類。

 それに似ているけど鳥ではなくて、竜族……


「おおっ、まさに飛竜の一種!」

『貴様、今我らを見下しただろうっ!』

「ぎゃふんっ」


 鶏竜の体当たりな突っ込みに、僕は悶絶もんぜつする。悶絶しながら、半分納得できた。


「たしかに、飛竜だね。でも、なんで鶏竜に預けるのか、それでもわからないよ?」


 四つの瞳と四枚の大小の翼を持つ暴君は、飛竜の中でも特殊だということはわかる。でも、もしも僕が暴君だったなら、昨日助けたような、できるだけ自分に近い姿の飛竜に預けそうなんだけど。という疑問に、暴君はまたため息交じりで答えてくれる。


『貴様の言いたいことはわかる。しかし普通の飛竜に子竜を預けるのは不安だ。こいつらならば、問題ない』

『くわっ、それは我らを見下している言い方だ。聞き捨てならん!』


 鶏竜は不満を表し、今度は暴君に体当たりをする。しかし暴君は気にした様子もなく、平然としていた。


『そういうわけで、預けている。問題なかろう』

『大有りだっ。毎日巣を破壊されては、たまらんっ』


 鶏竜の体当たりを伴う抗議は黙殺される。


『貴様の質問が済んだのなら、我は行くぞ』


 嫌々そうな態度のくせに、僕の質問にはちゃんと答えてくれるし、約束もきちんと果たそうとしてくれる。暴君は意外と、真面目で優しいね。


『にやにやと気持ち悪い。我はもう行く』


 ふんっ、と僕から視線を逸らし、背中の子竜とプリシアちゃんを降ろすと、暴君はいつものように荒々しい羽ばたきで飛び去っていった。

鶏竜の巣を、暴風で更に滅茶苦茶にして。


『やれやれ。貴様はとんでもない知り合いを我らと引き合わせたものだ』


 荒れ果てた巣を見つめ、鶏竜の頭はため息を吐く。


 ぐうう、これって僕のせいなのかな。何か腑に落ちません。

 不満に思いつつも、荒らされた巣を見て手伝わないなんてできないので、僕とルイセイネとライラは、鶏竜の巣作りを手伝う。

 プリシアちゃんとアレスちゃんと子竜とニーミアは、僕たちの苦労なんて知らないとばかりに遊んでいた。


 鶏竜の巣作りは手際が良かった。散った木の枝や羽毛を手分けしてかき集め、瞬く間に元の巣と同じものを作り上げる。


 さすが、手慣れていますね! とは素直に喜べない気がしたけど、それでも僕たちは完成した巣で喜び合った。


「貴重な体験ができましたわ」

「いや、巣作りなんて、今後に役に立つのかな?」

「なんでも体験して、覚えることは良いことですよ」


 ルイセイネに諭されて、納得する僕。確かに、今までもいろんな体験をしてきて、それが思わぬところで役に立ってきた。

 きっとこの巣作りの体験も、いつか役に立つかもしれないね。

 例えば、ニーミアの巣を作る時とかね。


「にゃんはみんなと一緒の、ふかふかのお布団が良いにゃん」


 ニーミアは、それだけを言うために僕のところに飛んできて、またプリシアちゃんの下へと戻る。

 どうやら、僕が本気でニーミアの巣を作ると勘違いしたんだね。だから慌てて自分の意見を言いに来たんだ。


 でも、ニーミアは僕たちと出会う前。古の都をアシェルさんと守っていた時には、どんな場所で暮らしていたんだろう。

 女性だけが住む古の都も気になるけど、ニーミアやアシェルさんの普段の生活も知ってみたいな。


「にゃんの住んでるところには、行くのには許可がいるにゃん。でもエルネアお兄ちゃんならきっと行けるにゃん。だからその時は、一緒に向こうで生活するにゃん」


 ニーミアはまた僕のところに飛んできて、それだけ言うと戻る。


 僕とプリシアちゃんの間を行ったり来たりするニーミアは可愛くて、笑みが零れる。

 でも、プリシアちゃんたちがやっている遊びは、微笑ましくない。


 プリシアちゃん、アレスちゃん、ニーミア、子竜とひよこたちで、普通の鬼ごっこをしているんだけど……


 子竜が鬼役でひよこを追い回している風景は、捕食者と獲物という構図にしか見えません!

 ひよこも何気に身の危険を本能で感じ取っているのか、必死に逃げている。


「エルネア様、あれはあのままで良いのでしょうか」


 ライラが不安そうに僕を見る。


「う、うん。親たちが何も言わないんだし、良いんじゃないかな」


 うむ、これも僕が口を出すような問題じゃない。自分自身を納得させて、頷く。

 けっしてプリシアちゃんたちが手に負えないとか、そんな理由じゃないんですからね!


「にゃあ」


 遠くで僕の心を読んだニーミアが鳴いた。






 その後、僕たちは親の鶏竜たちと戯れながら、日中を過ごした。

 そして夕方。きっと今日も飛竜の狩場で邪魔をしてきただろう暴君が、巣の上空に飛来する。

 すると子竜はみんなにお礼を言い、自ら羽ばたいて暴君の待つ上空へと舞い上がる。

 暴君は子竜を背中に乗せると、あっという間に飛び去った。


「こらっ、君がお礼を言わなくてどうするのさっ!」


 僕たちに別れの挨拶もなく飛び去っていった暴君に、僕は叫んだ。


 そして翌朝。暴君はまた巣を破壊しつつ降り立ち、子竜を置いて飛び去る。


 なんて横暴なんでしょう。鶏竜の苦労が知れるよ。僕たちはこうして、また巣作りに励むのだった。

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