ミストラルの帰還

 結局僕たちは、鶏竜の巣で三泊した。そしてその間に、暴君に巣を壊さず降りることと、ちゃんとお礼を言って子竜を連れて帰ることを約束させた。

 暴君は文句を言いつつも、僕と約束してくれた。けっして、ライラの能力で脅したりはしていません。


 毎度の食事は、鶏竜たちが山の幸を採ってきて、僕が狩りをすることで調達した。そしてこの時に驚いたのは、子竜の能力だった。

 子竜とはいえ、さすがは暴君の一族の飛竜なのかな。巧みな動きで獲物を捕獲する姿は、小さいながらまさに飛竜のそれだった。


 子竜はいつもお世話になっている分、こうやって鶏竜たちに日頃から獲物を提供しているらしい。自身の訓練にもなるとかで、子竜は喜んで狩りをしていた。


 ニーミアよ、見習いなさい。


「にゃん」


 僕たちの滞在中、鶏竜たちは親切にしてくれた。プリシアちゃんのわがままもよく聞いてくれたし、なんと、ライラの能力の練習にも付き合ってくれた。

 まだ不安定なライラの能力。本格的な練習は、スレイグスタ老の居る苔の広場に行ってからだと思っていたけど、鶏竜が代役してくれた。


 ライラの能力の発動方法は、竜気を意志に乗せて相手にぶつけること、らしい。支配の能力のない僕なんかがやっても「迫力あるね?」程度らしいけど、ライラが行うと、それは強制力が強く働く命令になるのだとか。


 滞在中、ライラは鶏竜に練習相手になってもらい、意志を飛ばす練習をしていた。

 結果的には、まだまだ未熟で、ほぼ失敗する。だけどたまに成功すると、鶏竜は全く抵抗できずに、ライラの言いなりになっていた。


『苔の広場の御仁であれば、もっと上手く指導できるのだがね』


 と、鶏竜の頭は言っていたけど、基礎的な練習ができただけでも十分だと思う。

 僕たちは別れ際に心からお礼を言って、帰路に就いた。

 次に訪れる時には、美味しいものを沢山お土産で持ってこよう。


 そして僕たちは、四日ぶりにミストラルの村へと帰ってきた。


「お帰りなさい」


 コーアさんをはじめ、多くの人たちに出迎えられる。

 でも、本当に心から嬉しかったのは。


「みんな、おかえりなさい。楽しんでこれたかしら」


 と言って微笑む、ミストラルの姿を見つけることが出来たことだ。


「ミストさん、お帰りなさい」

「ミストラル様、おかえりなさいませですわ」


 ルイセイネとライラは、ニーミアの背中から飛び降りると真っ先にミストラルに駆け寄り、三人で抱き合う。


「ふふふ。今帰ってきたのは貴女たちでしょう。お帰りなさいは、わたしの台詞よ」


 ミストラルも二人を嬉しそうに抱き寄せる。


 戦士の試練前に別れて、少し経つ。とは言ってもそこまで長い日数じゃなかったけど、やっぱり久々に会えたことは嬉しいよね。

 僕も、プリシアちゃんを伴ってミストラルのそばに駆け寄る。


「ただいま。それと、おかえりなさい」

「んんっと、おかえり。プリシアは良い子にしてたよ」


 自分から良い子にしてたなんて言うと、嘘が簡単に見破られちゃうよ。


 駆け寄った僕を見て。次にうそぶくプリシアちゃんと、小型化して飛んできたニーミアを見て、ミストラルは優しく微笑む。


「ただいま。貴方のことは、竜峰中で噂になっていたから、何をしていたかよく知っているわ」

「あはは」


 僕の噂とは、竜峰同盟のことですね。今も、森の先には地竜の群が滞在している。

 変な噂じゃなきゃ良いけど、と思いつつ、乾いた笑いを漏らした。


「ミストラルの方こそ、僕はどんな試練か教えてもらえないんだけど、無事に戻ってきてれて嬉しいよ」

「本当に?」

「本当だよ!」

「でも、わたしが居なくても、他にも女の子は居るじゃない」

「違う違う。それでもミストラルが居てくれた方が、僕は嬉しいんだよ」

「あらあらまあまあ。それでは、わたくしたちは居なくても良いのでしょうか」

「酷いですわ、エルネア様!」

「うわっ、違うよ。そういう意味じゃないよっ」


 何やら墓穴を掘ったらしい。僕は三人に詰め寄られて、たじろぐ。


「夫婦喧嘩は、俺たちの見ていないところでやれ」


 ザンが呆れたように僕を見る。


「戻ってきたと思ったらこれだよ!」

「畜生めっ」

「このまま帰って来なければ、ミストラルは俺のものだったのに」

「いや、それは絶対ないだろう」

禿げてしまえっ!」


 男性陣からひんしゅくを受け、縮こまる僕。


「まあまあ。お互いに積もる話もあるだろうさ。今日はゆっくりしなさい」


 コーアさんのお言葉に甘えて、僕たちは借りている長屋の部屋へと退散することにする。

 村の女性陣からはなにやら冷やかしの言葉を受け、男性陣からは呪詛じゅそこもった言葉を飛ばされながら、長屋へと入る僕。

 そして荷物を降ろし、身近な場所に腰を下ろして、やっとひと息つけた。


「相変わらずの人気者ね」

「これって、人気って言うのかなぁ?」


 苦笑する僕に、嫌われていたら言葉なんて掛けられないわよ、と言ってくれるミストラルは、やっぱり優しいね。

 久々にミストラルの優しさに触れて、僕の表情は自然と綻ぶ。


「エルネア君。そんなに露骨にミストさんとの再会を嬉しがると、他の女の子はやきもちを焼きますからね?」

「そうですわ、エルネア様。他の女の子に失礼なんですわよ?」


 二人が言う「女の子」って、自分自身のことじゃないですか。僕はちょっと反省しつつも、やっぱりミストラルとの再会を心から喜んだ。


「んんっと、ミストは愛されてるね」

「あらそうかしら? エルネアは単に女たらしなだけよ」

「あっ、ひどいっ」


 僕はけっしてたらしなんかじゃありませんよ。浮気はしないし、女の人なら誰でも良いわけじゃないんだからね。という僕の抗議も虚しく、女性陣に白い目で見られて、悲しくなる。


「よしよし」


 アレスちゃんが顕われて僕を慰めてくれたのが、唯一の救いだよ。


 そして傷心気味の僕は放置され、部屋では女子会が始まった。

 ルイセイネが飲み物を準備し、ライラがお菓子を用意する。

 ミストラルが手際よく部屋を片付け、プリシアちゃんとニーミアは早速お菓子を頬張っています。


「おかしおかし」


 アレスちゃん、君もか!

 アレスちゃんにも裏切られて、僕はとうとう独りになってしまった。


 とほほ、と肩を落とし、僕はとりあえず部屋から出る。

 すると、外では戦士の人たちが模擬試合を始めていた。しかも乱戦です!


 黒い革鎧かわよろいと赤い革鎧の二組に分かれて、広場全体を使って戦う戦士たち。

 僕たちが部屋に入った後に始まったようで、まだ誰も退場者は出ていないみたい。


 正面の相手と戦っていたと思ったら、後方から鈍器が飛ぶ。鈍器を投げた相手の死角から、別の戦士が襲いかかる。

 対戦相手の動きだけに注意を向けていればいい一対一の戦いとは違い、絶えず全方面へと注意を向けていないといけない乱戦に、僕は目を奪われた。


 正直、僕は乱戦をほとんど経験したことがない。西の村の襲撃の際、多数の魔族と対戦した。でもあの時は、背後をライラと西の村の男性に守られていたから、やはり目の前の相手だけに集中すればよかった。

 複数の魔物に同時に襲われたこともあったけど、これは力技で切り抜けられた。


 だけど、目の前で繰り広げられている乱戦は、僕の経験したことのないものだった。


 卓越した技術と力を持つ者同士が武器をぶつけ合い、互いに助け合ったり、協力しあったり。連携技が繰り出され、複数で防御する。

 敵味方入り乱れた状態であっても、周囲の状況を把握し、油断も隙も全く伺えない。

 そして誰ひとりとして退場者の出ない乱戦を、僕は食い入るように見続けた。


「どうかね。面白そうだろう?」


 僕の傍には、いつの間にかコーアさんがたたずんでいた。


「はい。みんな凄いですね!」

「どんなに優れた力を持っていても、個人ではどうしても限界はある。それを補うものこそ、仲間との連携だよ」


 コーアさんの言う通り。

 戦士の中でも抜きん出た実力を持つザン。そのザンをひとりで止めることは、他の戦士には無理なんだけど、複数で対応することにより、逆にザンを追い詰める場面もある。


「参加してみるかね?」


 コーアさんの申し出は嬉しかったけど、僕が今この乱戦に入っても、何もできないだろうね。他の戦士と連携も取れないだろうし、孤立した僕はすぐに死角からやられると思う。

 戦士たちの乱戦訓練は、長い時間を掛けて仲間と共に磨き上げてきた技術と、信頼関係があってこそのものなんだと感じた。


 今の僕には、入る資格も技術もない。

 それに、ミストラルやスレイグスタ老から、竜人族の戦士との手合わせは未だに禁止されている状態だしね。

 戦士の試練を乗り越え、僕も竜人族のみんなに認められた一人前の戦士になれたんだと思っていたんだけど。どうやら先はまだまだだったみたいだね。


「そう気落ちすることはない」


 僕が意気消沈していると、コーアさんが肩に手を当てて微笑んだ。


「君が固い絆で連携を結ぶのは、彼らではない。ミストラルや、他の嫁たちだよ」


 言われて僕は、はっとした。


 そうだね。コーアさんの言う通り。

 僕が大切にし、絆を結び、守るのは戦士の人たちではなく、これから共に人生を歩んでいくミストラルたちなんだ!

 僕は新たな目標と課題を見つけ、気合いを入れ直す。

 よし、ミストラルも帰ってきたことだし、今度、連携や共闘についてみんなで話し合おう。

 これは気落ちしている場合じゃないね。


 そして将来のためにも、いま目の前で繰り広げられている乱戦を、じっくりと観戦しておこう。

 僕はより一層真剣な眼差しで、乱戦訓練を観戦した。

 すると今度は、ミストラルがいつの間にか傍に立っていた。


「あらら。他の人は?」

「部屋で寛いでいるわよ」


 ミストラルも乱戦に視線を向けたまま、答える。

 ふむむ、もしかして、ルイセイネとライラは気を使ってくれたのかな。

 でも、ミストラルに気を使ってくれたのなら、僕にももう少し気を使って欲しかったような?

 少しだけ不満に感じたけど、きっと女子同士で久々に話したいことが、いっぱいあったのかもしれないね。


「みんな凄いね」


 乱戦訓練を見た僕の感想は、とても単純だった。だけどその単純な感想の中には、色々な想いが詰まっている。ミストラルもそこを感じ取ってくれたのか、僕に優しく微笑みかけてくれた。


「ライラの能力のことは、本人から聞いたわ。ライラもこれからは大変になるだろうし、貴方も次の段階に進む時なのかもね」

「うん。もっと強くなって、みんなを守れるくらいになりたいな」

「ふふふ、楽しみに待ってるわ」


 みんなを守るってことは、竜姫のミストラルよりも強くならなくちゃいけないんだけど。

 それでも僕は頑張ろうと思う。

 やっぱり、頼られる男になりたいもんね。

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