ヨルテニトスの血脈

「ラ、ライラさん、瞳が……」

「おわおっ、青くて綺麗だよ」


 ルイセイネはライラの瞳を見て驚き、プリシアちゃんは宝石でも見るように、眩しそうに見つめる。


「えっ!? あの……」


 だけど、当の本人は状況を把握できておらず、僕たちの視線に困惑して、なぜか赤面する。


「そんなに見つめないでくださいませ。恥ずかしいですわ」


 もじもじと身体をくねられ、僕の背後に逃げ隠れるライラ。


「と、とにかく。下に降りて鶏竜たちに謝ろう」


 状況がよくわからないけど、鶏竜の日常を壊したのは僕たちなんだ。きちんと謝罪しないとね。


 僕の指示に従って、全員がニーミアの背中から降りる。するとニーミアはすぐさま小さな身体に変わり、はたはたと羽ばたきながらライラの眼前まで行く。そして、興味深そうに瞳を覗き込んだ。


 ライラの瞳は、未だに青く光り輝いていた。それはまるで、まれにミストラルが本気を出した時の、瞳の輝きに似ていた。


「覚醒してるにゃん。危険にゃん」


 言ってニーミアは、僕の懐の中に逃げ込んだ。


「覚醒ってなにさ?」


 僕は服の中を覗き込み、ニーミアに質問する。


「にゃんは知らないにゃん。おじいちゃんに、覚醒のことはまだ言ったら駄目って言われているにゃん」

「いやいや、それはもう、知っているってことだよ。緊急事態だし、話しなさい」


 僕はニーミアを懐から摘まみ出す。


「にゃあ」


 ニーミアは困った様子で鳴くけど、観念したように教えてくれた。


「ライラの潜在能力は、竜族を支配する力にゃん」

「支配?」


 僕たちは揃って首を傾げる。


「使役とは違うのでしょうか」


 ルイセイネが疑問を口にする。


「使役は弱いにゃん。支配は絶対にゃん」


 ううむ、言葉足らず。

 少し考えてみよう。


 ヨルテニトス王国の竜騎士団は、竜族を捕まえて調教し、使役する。つまり、彼らは命令を出しているように見えて、実は竜族に拒否権のないくらいに強く「お願い」していることになるのかな。

 竜族は逆らいたいけど、捕縛された後に、何度となく繰り返された調教によって、服従するしかない立場になっている。

 だから、いざという時。例えば暴君に襲われた時や、僕の意思を受け取った時なんかは、本能的に竜騎士の命令に従わないのかも。


 だけど、ライラの力は支配だと、ニーミアは言った。

 支配は絶対。お願いではなく、絶対的な命令になる。もちろん命令に背くことも出来るとは思うけど、それは即ち、支配者に対する反逆になる。そして反逆者には、厳罰が待つ。

 ライラの能力に厳罰を課すまでの力はないだろうけど、圧倒的な竜力を前にして、竜族でも逆らえない迫力があるのかもしれない。


 そして僕はここに至り、ライラが竜族に恐れ怯えられていた最後の原因のひとつが、ようやくわかった。


 ライラが潜在的に宿す支配の能力に、竜族は狼狽うろたえたんだ。

 僕だって、アームアード王国の王様が気軽に話しかけてきても、驚いて逃げると思う。ましてやその王様が、自分が支配者だという自覚を持っていなかったら、この人は危険だ、と思って恐れるだろうね。


 じゃあ、ライラの能力に気づいていたスレイグスタ老は、なぜ教えてはくれなかったのか。


 それも何となくわかる。

 例えば、何も自分のことを理解していない王様が居たとする。その王様に、君は王様だよ、と教える。すると、どうなるだろう。王様の自覚もなく、その責任の重さ、影響力を理解しないまま、支配者の力を振るったら、絶対に周りは困り、王様を嫌いになるだろうね。


 スレイグスタ老はライラのことを思い、能力のことを教えなかったんだと思う。

 完全に嫌われるよりかは、まだ恐れられていた方が良い。嫌われてしまったら、改善するのは大変だもんね。


 そして、竜族に怯えられている。逃げられる。拒否される。そんな状態だったライラの心は、きっと竜族に対する負の感情を持っていたはず。

 その状態で能力を教えてしまうと、力を暴走させて、竜族に被害が出るかもしれない。


 だから、スレイグスタ老はまだ覚醒していない能力は知らせずに、僕たちと過ごさせることによって、ライラの心の負の感情を取り除こうとしたんだ。

 そしてきっと、負の感情がなくなり、ライラ自身が自分の力の底を把握出来た時に、少しずつ能力の扱い方を教えようとしたのかもしれない。


「にゃん。その通りにゃん」


 僕の思考を読んだニーミアが、摘まれたまま頷く。そして僕は、考えをまとめながら、いま思ったことをみんなに伝えた。


「でも、ライラはいつも竜族に興味津々だったよね?」

「興味を持つことと、負の感情は別にゃん」


 ふうむ、そうなのか。僕にはよくわからないけど、心を読むニーミアやスレイグスタ老には、ライラの心の深層にある危険性も読み取っていたのかもしれないね。


「なにはともあれ。ライラは力を覚醒しちゃったわけだし、このまま放置はできないよ」


 言って僕は周りを見渡す。

 視線の先には、未だにかしこまり、口をつぐんだ鶏竜の群れが居た。


「どうやったら解除できるの?」


 僕の質問に、ニーミアは小首を可愛く傾げる。


「知らないにゃん」

「おおい!」


 ついつい突っ込んでしまいました。


「でも多分、心を落ち着かせればいいにゃん。感情に起因して覚醒したなら、落ち着けば治るにゃん」


 ニーミアの助言に従い、僕はライラを落ち着かせる。未だに現状を目の当たりにして動転しているライラに何度か深呼吸をさせて、平常心を取り戻させる。

 すると、次第に瞳の輝きは薄れていった。


 だけど、鶏竜たちはやっぱり動かない。


「もしかしてですが。ライラさんが命令を解除しなければ、解けないのでは?」


 うん、その通りだね。能力の覚醒と、与えてしまった命令は別物だね。


 僕はライラを促し、彼女の口から鶏竜たちに、平常に戻るように言ってもらう。それでようやく、鶏竜たちは活動を再開させた。


『お、恐ろしい娘だ』


 鶏竜のかしらが僕たちに近づき、恐る恐るライラを見上げる。


「申し訳ございませんですわ。私のせいで、大変なご迷惑をおかけしました」


 鶏竜に畏怖の視線を向けられて、ライラはほろほろと涙を流して謝罪する。


『気にするな、娘よ。どうやら無自覚の覚醒だったようだし、我らも無用に騒ぎすぎた』

「いいえ、僕たちの方こそ、突然訪ねてしまって申し訳ありません」


 僕は鶏竜の頭の意思を通訳しながら、謝罪する。ルイセイネも申し訳なさそうに頭を下げた。


「ニーミア、悪さをしちゃだめよ」


 プリシアちゃん、それは君の台詞じゃないよ。プリシアちゃんに捕まったニーミアも、にゃあと申し訳なさそうに鳴いた。


『なあに、気にするな。我らは心が広い』


 喧騒けんそうを取り戻した鶏竜たちは、無遠慮に近づいてきて、興味深そうに僕たちを見上げる。

 特に、ライラとニーミアは人気の的で、迷惑をかけたと思って消沈していたひとりと一匹は、とても驚く。


『古代種の竜族様か。珍しい』

『こっちは支配の気質を持っている。なんとも稀な』

『無闇に我らに命令してくれるなよ』

『力を制御できていないようだ』

『だが芋の少年の仲間ならば、大丈夫だろう』

『芋が食べたい』


 僕は鶏竜たちの言葉を通訳するのにてんてこ舞い。口々にいろんなことを言う鶏竜の通訳として、僕は疲弊してしまう。


「おわおっ、可愛いよ」


 集まってきて騒ぐ鶏竜の中に、プリシアちゃんがひよこを発見する。


「ひよこひよこ」


 アレスちゃんがひよこを捕まえて、プリシアちゃんと一緒に撫でる。

 ひよこはアレスちゃんの小さな掌の上に大人しく座って、されるがまま。気持ちいいのか、瞳を閉じている。


『くわっ、ひよこではない。我らの子供だ!』


 けしからん、と鶏竜が騒ぐけど、プリシアちゃんには竜心がないので、鶏竜が飛び跳ねて、鶏のように鳴いているだけにしか見えない。


「んんっと、鶏も可愛いね」


 そしてプリシアちゃんの興味は、ひよこから鶏竜へ。

 すぐ側で騒ぐ鶏竜の翼の根元を掴み、そのまま抱きかかえる。


「ふわふわ気持ちいいよ」


 満面の笑みで僕に報告するプリシアちゃん。

 ああ、こうなってしまっては、もう僕にはどうすることもできません。

 小悪魔プリシアちゃんはそれから瞬く間に鶏竜たちを掌握すると、自分の遊びに付き合わさせる。

 一際大きな鶏竜の頭は、背中にプリシアちゃんを乗せて森の中を走り回る羽目になった。


 ごめんなさい。こうなることは最初から予想できてました。でも僕たちには止められなかったんです。


『まさか、支配の気質を持つ者よりも恐ろしい存在がいたとは』

『耳長族の小娘、恐るべし』


 口々に、鶏竜たちはプリシアちゃんに対する畏れの言葉を吐いた。

 プリシアちゃん、やりすぎです。

 僕とルイセイネは、苦笑するしかない。

 そして、ライラはお詫びとばかりに、ニーミアに少し荒らされた巣の補修を手伝っていて、鶏竜たちの人気者になっていた。


「わたくしたちも、何か出来ることはないでしょうか」


 ルイセイネの質問に、僕は荷物を指差す。


「お芋はないけど、美味しいご飯はいっぱいあるよ」


 僕たちが今の時点で提供できるもので手っ取り早いのは、食べ物だね。

 僕の意図を汲んだルイセイネと二人で、荷を解く。そして食べ物を出すと、真っ先にひよこたちが飛んでやってきた。


『美味しそうな匂い』

『知らない匂い』

『食べたい』

『食べていい?』


 と聞きつつ、既にくちばしは並べた食材の中に突っ込んでいる。旺盛な食欲を見せるひよこに、僕とルイセイネは顔を見合い微笑んだ。


『よし、食べ物に免じて、汝らの滞在を許そう』


 プリシアちゃんの下僕と成り果てて、森の中を駆け回っているかしらに代わり、別の鶏竜のおすからようやく滞在の許可をもらえた僕たち。

 お言葉に甘えて、今日は鶏竜の巣に滞在することにしよう。


 森の奥から聞こえてきた頭の悲鳴は、聞かなかったことにする。


 鶏竜たちは、成竜もひよこもごったになって、僕とルイセイネが広げた食べ物を夢中になって食べる。

 成竜は普通の鶏よりもひと回り以上大きい。でもひよこは、鶏のひよこと同じくらいの大きさでつのも無く、ぱっと見はまさにひよこでしかない。


 そしてひよこを見ていて、ふと思い出した。


 もしかして、戦士の試練中に鶏竜の巣に来ていたら、運が良ければ彼らの卵があったかもね、と。

 それと、僕たちとは別の方角に進んでいった他の戦士候補者は、無事に試練を突破することができただろうか。

 遠い場所から来ていた戦士の村には、戻るのにも随分と時間がかかるようなことを言っていたね。もしかして、まだ試練中だったりするのかな。

 みんな無事に戦士になれると良いな、と思いつつ、僕は鶏竜の巣で寛いだ。

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