鶏竜の厄日
暴君が飛び去った後。僕たちも一旦、断崖を後にすることにした。
暴君の変様。それと、その後に
僕たちは慌ただしく荷物をまとめると、徒歩で素早く断崖を後にすることにする。
とはいっても、周りは絶壁と垂直に近い崖。普通だと身動きなんて取れない。
だけどそこは、僕の空間跳躍がものをいう。
アレスちゃんと融合し、竜宝玉内の竜気を解放する。
爆発的に膨れ上がった竜気を駆使し、僕はひとりずつ背後の更に高い断崖の上まで空間跳躍で運んだ。
結構な高さだったけど、ミストラルの村にいた時に何度もザンと近場の山に行っていたので、跳べる確信はあったんだよね。
超長距離の空間跳躍を成功させ、僕はプリシアちゃんに褒められた。
空間跳躍の距離を伸ばすのは、とても難しいらしい。耳長族の使う本物の空間跳躍とは違うけど、小さなプリシアちゃんには、違いはわからないからね。
僕は褒められて、素直に喜んだ。
そして僕たちが断崖の上の茂みでひと息ついた頃に、予想通り、北の砦から飛竜騎士団が姿を現した。
三体の飛竜のうち、先頭を飛ぶのは美しい青色の飛竜。
さっきの狩りの時も、先陣を切っていたね。そして青の飛竜といえば、例のあの人が騎乗する飛竜だよ。
ヨルテニトス王国第一王子であり、飛竜騎士団団長のグレイヴ王子様。
ああ、思い出したくない。
僕たちは、近づいてくる飛竜騎士団に見つからないように、茂みの奥へと隠れた。
「日中に、ニーミアに大きくなってもらうのは目立つから、暗くなるまでは隠れていようね」
「はい」
「かしこまりましたわ」
「ええぇぇっ」
プリシアちゃんだけが不満を表したけど、ここは我慢してもらうしかない。
「良い子にしてないと、耳長族の村に送り返しちゃうぞ」
「いやいやん」
僕の脅しに、プリシアちゃんはふるふると頭を振って全否定する。
あら可愛い。
僕は思わず、プリシアちゃんを抱きしめた。
「エルネア君」
「エルネア様」
ルイセイネとライラから、冷たい視線を受けました。
「ち、違うよ。誤解だからね。僕はプリシアちゃんが暴れて、見つかってしまうかもしれないと思って……」
「嘘にゃん」
「ぐうう」
ニーミアにあっさりと暴露されて、僕は言葉を喉に詰まらせる。
僕たちが茂みでやんやと騒いでいるうちに、飛竜騎士団は断崖に到着する。
僕だけが気配を消して茂みから抜け出し、上から断崖の広場の様子を伺う。
広場での活動痕は出来るだけ消してきた。足跡が残るような地質ではなかったし、僕たちの前に暴君が引っ掻き回していったから、広場は荒れている。荷物を置いていた岩陰も、立ち去る前に痕跡は消してきたつもり。
だけど、じっくり調べられると、完全に消せたか不安になる。
飛竜騎士団は断崖の広場に着地し、竜騎士が降り立つ。そしてなにやら広場を検分しだした。
緊張で胸が跳ねる。もしも僕たちの痕跡を見つけられたら、なにが起きるかわからない。
冷や汗を流しつつ、僕は竜騎士と飛竜の動向を伺う。
グレイヴ様が、岩陰の方に近づく。
どうか見つかりませんように、と祈りつつ、見守る。
グレイブ様が膝をつき、地面を調べる。
いけない、何か痕跡を見つけたのか。
動揺しすぎたのか、僕は身を乗り出しすぎてしまい、体重をかけていた断崖の端の一部が欠けて、落石を発生させてしまう。
僕は慌てて身を引き、急いで茂みの中に戻って隠れる。
「どうしましたか」
ルイセイネが不安そうに僕を見る。
「ちょっと身を乗り出しすぎたみたい。落石させちゃった」
「あらあらまあまあ」
「一時、おとなしく隠れていよう」
僕たちが茂みの中で息を潜めていると、断崖を飛び立った飛竜騎士団が、僕たちの頭上を注視しながら旋回しだす。
どうしよう、今の落石で怪しまれたのかな。
固唾を飲んで、上空の飛竜騎士団の様子を伺う僕たち。
飛竜騎士団はやはり何者かの気配を疑っているのか、上空を旋回したまま帰らない。
そして、ゆっくりと高度を下げだした。
あああ、着地されて調べられたら、茂みの中の僕たちは簡単に見つかってしまう。
「降りてくるんじゃない!」
僕は飛竜に向かい、心の中で叫んだ。
すると、飛竜は慌てて降下を止め、再上昇する。竜騎士が降りるように命令するけど、言うことを聞かない。
「そうですわ、そのまま帰ってしまいなさい!」
ライラが僕の傍で小さく叫んだ。
すると、ライラの意思でも受け取ったかのように、飛竜が退散しだす。
竜騎士が必死になって叫び、命令する。だけど飛竜は主である竜騎士の命令には従わずに、呆気にとられた僕たちを置いて、北の砦へと一目散に帰っていた。
「ええっと、今のはなんだったのでしょう?」
ルイセイネが小首を傾げる。それにつられて、僕たち全員も首を傾げた。
「な、何はともあれ。危機は過ぎ去ったわけだし、良しとしよう」
本当に、なにが起きたんだろうね。飛竜が降下を止めたのは、多分僕の竜心が影響していると思う。
でも僕は「帰れ」とまでは、あの時は念じていなかった。
帰れ、と言ったのはライラだよね。でも、ライラには竜心はないはず。今までも、僕が竜族と会話をしていても、ライラはその内容を把握できていなかった。竜心があれば、僕と竜族の会話が理解できている筈だもんね。
僕たちはお互いの顔を見あったけど、ライラが一番不思議そうにしていた。そして、急にしゅんと項垂れる。
「もしかして、私が嫌われすぎているせいで、飛竜は逃げたのでしょうか」
「いやいや、それは絶対にないよ」
「そうですよ。考えすぎです」
「気のせいにゃん」
僕たちは慌ててライラを慰める。
確かに、竜族はライラを恐れる素振りを見せるけど、さすがにライラが見えない状況でも怯えたりするようなことはないと思う。
気落ちからなかなか立ち直らないライラの手を引いて、僕たちは茂みから這い出た。
「念の為に、もう少しだけ移動しておこう。また飛竜騎士団が来ても怖いしね」
「はい」
「んんっと、また来ようね」
「そうだね。また見学に来ようね」
プリシアちゃんはルイセイネに手を引かれて、素直に移動してくれた。
ここでぐずられると大変だからね。出来ないかもしれない約束だけど、
うんうん、と自己納得させる僕の頭の上にニーミアが飛び乗る。
「ずるい大人にゃん」
「ふふふ、こうやって人は大人になるにつれて汚れていくんだよ」
「エルネア君は、汚れちゃ駄目ですよ」
ルイセイネの突っ込みに、僕は「はぁい」と返事を返す。
僕たちのやり取りを見て少しだけ元気が出たのか、ライラが微かに笑みを零した。
そして僕たちは断崖から離れ、奥の森に移動すると、身を隠す。
今日はこのまま森の中で過ごし、翌日明るくなる前に、ニーミアに乗ってこの場を離れよう、と今後の予定を立てる。
予定では何泊か竜峰で過ごすつもりだったけど、少なくとも飛竜狩りはこれ以上は見学できそうにないよね。
暴君はきっと、今夏いっぱい邪魔し続けるだろう。人族には前代未聞の
そして暴君が邪魔をする飛竜狩りは、もう狩りじゃなくなる。
プリシアちゃんに飛竜狩りがどういうものかを見せる、という最初の目的は達成できたと思うので、後はどうしよう、ということに話題は移る。
「はいっ!」
元気よく手を挙げたプリシアちゃんを、ルイセイネが指名する。
あっ、何か嫌な予感がしますよ!
プリシアちゃんの満面の笑みが、僕の不安を駆り立てた。
「あのね、プリシアはね、
プリシアちゃんの無邪気な提案に、ルイセイネとライラが自分たちも見てみたい、と賛同する。
だけど僕だけが、顔を引きつらせた。
「駄目でしょうか」
「エルネア様、ここは女の子の意見を聞くべきですわ」
ルイセイネとライラにずずいっと迫られて、僕は身を引く。
「いもいも」
いつの間にか
「プリシアもお芋食べたいよ!」
ぎゃふん。思い出してしまったか。
僕はずっと前に、プリシアちゃんに鶏竜に会わせることと美味しいお芋を食べさせることを約束していたんだよね。
だけど毎日が新鮮で、色々なことを体験していたプリシアちゃんは、そのことをすっかりと忘れていてくれた。
でも、とうとう思い出してしまったんですね。
あああ、ご愁傷様。
僕はこの場にいない鶏竜たちに、心からお悔やみを申し上げた。
そして。
悲しいことに、予定通り。
僕たちは翌朝、太陽が昇る前に、ニーミアの背中に乗って森を後にした。
目指すは鶏竜の巣。
僕は、ニーミアに鶏竜が巣を作っていた場所を教える。
彼らがまだあの場所に居るかは、行ってみないとわからない。だけど、せっかく作った巣をそんなに短期間で手放すとは思わない。
だから、多分同じ場所に居るだろう。そしてそれが、彼らの悲劇になるんだ。
け、けっして僕のせいじゃないんだからね!
と心の中で叫ぶと、ニーミアが「にゃあ」と可愛く鳴いた。
ニーミアの飛行速度にかかれば、竜峰はどこでも日帰りのできる距離。
飛竜の狩場に面した断崖の場所から僕がひとり旅をした山道へは、すぐに辿り着いた。
そして巣を探すこと暫し。
ニーミアは鋭い観察眼で、鶏竜の巣を見つけた。
上空からは、森の茂みに阻まれて、注視しないとなかなか見つけきれない。
暴君も、よくこんな見つけにくい巣を見つけたもんだね。と感心している間に、ニーミアは下降していく。
そう。鶏竜の巣の中心へと。
「ちょ、ちょっ」
慌てる僕。だけど、慌てているのは僕だけじゃない。地上の鶏竜たちも、上空から見たこともない巨大な竜が降下してきて、慌て逃げ惑っていた。
「にゃあん」
可愛く鳴いても駄目です。
僕たちの慌てふためく様子を気にした様子もなく、ニーミアは優しい羽ばたきで、ふわりと着地した。
『なんだ。何が起きた!?』
『何事だっ!』
『このどでかい竜族は何者だ?』
巣から離れた鶏竜たちが、けたたましく叫びながら様子を伺ってくる。
『人族だ。人族が背中に乗っているぞ』
『不届き者め。人族風情が、我らの巣を襲うのかっ』
血気盛んな
「あのうっ、みなさんっ!」
僕はニーミアの背中の上から手を挙げて、叫ぶ。
『むむむ。貴様は芋の少年。何の恨みがあり、我らを襲うのか』
『芋とはいえ、許すまじ』
一際大きな鶏竜が先頭に立ち、僕たちを威嚇する。
口々に、鶏竜は僕に
竜心持ちの僕にとって、痛い言葉が胸に突き刺さる。
だけど、僕以外の人たちには、鶏が騒ぎ鳴いている風にしか聞こえない。
「うるさいですわっ、静かになさい! こちらには小さな子供がいるのですわよ!」
ライラの
「ええっと、何が起きたの!?」
いくらライラが一喝したからといっても、怒り心頭の鶏竜たちが一斉に静まるとは思えない。
不思議な現象に混乱しつつ、僕はライラを見た。
ライラの瞳が、青く輝いていた。
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