お土産はアイリーさんのお酒です

「お世話になりました」

「お世話になっちゃったのは、こちらの方よ」


 握手を交わす僕とアイリーさん。

 結局、長居になっちゃった。

 これも全て、竜の王のせいだ!


『いやはや、大人気であるな』


 相も変わらず、古代種の竜族は僕の思考を容易く読んじゃう。

 緑色の霞の翼竜が愉快そうに笑った。


 僕たちのいる場所。竜の祭壇は、死せる火山の火口跡にできた湖の小島にある。

 死せる火山の山頂に溜まり、竜の墓所に蔓延していた呪いは祓われた。そして、存在を復活させた竜の王。

 もうね。連日、竜の祭壇がある小島が見下ろせる死せる火山の山頂は、お爺ちゃんやお婆ちゃんの竜で大盛況。断崖を降りてきたり、山がすっぽりと入るほどの窪地の上空に侵入する竜族はいなかったけど、数多くの竜族たちが遠目から、竜の王をひと目見ようと竜峰北部の各地から押し寄せてきていた。

 観光地と化した竜の祭壇は、老年の竜族たちで大賑わいだった。


 老竜たちに囲まれた僕たちは帰るに帰れず、そうして十日間をアイリーさんと過ごすことになってしまったわけだ。

 僕の傷自体は、巫女のルイセイネが居るし三日ほどで回復したというのにね。


 今日も今日で、遠くの断崖の上には竜族が押し寄せていた。だけど、いつまでもここに滞在しているわけにはいかない。

 だって、僕たちは母さんや王都の人たちになにも言わずに、外出している最中なんだから。

 もしかすると、気を利かせてくれた竜人族か獣人族の人の誰かが知らせに走ってくれているかもしれない。それでも、心配はかけちゃっているだろうしね。だから、早めに帰らなきゃいけないんだ。


「アイリーさんは、やっぱりここを離れないんですね」

「お役目があるしね。でもそうね。可愛いお弟子ちゃんもできたことだし、たまーにはお出かけしちゃおうかしら」


 新しいお師匠様がひとり、増えました!

 これまでを否定し、全てをやり直す、というわけではなくて。足りないもの、改善すべきものをアイリーさんから教わる。

 動けるようになってから、僕はアイリーさんに色々なことを教わっていた。

 アイリーさんも、今回は出し惜しみなく僕にいろんなことを教えてくれた。

 アイリーさんは、小さな力で、大きな力のミストラルと互角に戦ってみせた。つまり、竜剣舞をもっと極めることができれば、僕でもミストラルに肉薄することはできるんだ。

 僕の竜剣舞は大技が多い。それは、相対した敵が多数だったり、極限の破壊力を示さないと勝てないような相手ばかりだったから。

 僕に足りないものは、小手先の技や、もっと相手を引き込む巧みさ。期間は短かったけど、アイリーさんにそうした技術を教わった。

 こういった細かい部分は、やっぱり同じ技の使い手じゃないと気づけなかったり指導できなかったりするからね。僕は、アイリーさんにとても感謝している。


 そのアイリーさんは、僕との出会いで少しだけ心境の変化が起きたらしい。

 竜剣舞の継承者。アイリーさんが最初から育てた弟子ではないけど、自分の技術を引き継いでくれる者ができたというのは嬉しいことなのかな。

 犠牲にしてしまった竜宝玉の供養や、これからも祓い続けなきゃいけないお爺ちゃんお婆ちゃんの死後のお世話で、竜の祭壇を放棄することはできない。だけど、たまになら会いに来てくれると笑顔で約束してくれた。

 僕たちも、定期的にここへは来ようと思う。

 だって、僕の竜宝玉は竜の王の精神そのもので、これがなきゃ、また呪いが蔓延しちゃうからね。

 次回、訪れるときはジルドさんも連れてこよう!


 別れの挨拶を優しい雰囲気で見守ってくれていた竜の王が、神々しい咆哮を響かせた。

 遠くで、年老いた竜族たちが歓喜している。

 竜の王の咆哮と同時に、濃い緑色の霧が輪郭を失って霧散していく。

 この緑色の霧は、竜気の塊。竜の王は肉体を持たず、こうして桁違いの竜気を魂に纏って存在している。その竜気が広がり、薄れていく。

 そして霧の中心に、七色に輝く竜宝玉が出現した。


「ユフィ姉様、この竜宝玉を身体に内包すれば、私も竜気を手に入れられるかしら?」

「ニーナ、それは名案だわ」

「プリシアも強くなれる?」

「エルネア様の身体の一部を私のなかに……。ごくり」

「いやいやいや、君たちはなにを言っているのかな!?」


 恐ろしい発想の女性陣数名が本当に奪わないように、僕は緑色の霧をかき分けて竜宝玉のもとに走り寄る。

 気のせいかな、竜宝玉がふるふると怯えたように震えていた。


 僕が駆け寄ると、空中の高い位置に浮かんでいた竜宝玉がゆっくりと降下してきた。それを、そっと両手で受け止める。

 拳大の美しい玉。虹色に光り揺らめく竜宝玉は、手にしても重さを感じない。だけど、確かな存在感と感触が伝わってきていた。

 優しい気配、それなのに力強い脈動。

 竜宝玉を受け取った手を胸のあたりまで持ってくる。すると、すうっ、と竜宝玉が胸のなかに溶け込んでいった。


 どくり、と鼓動とは違う波動を心の奥から感じ取る。ぽっかりと空いていたような心の空白が埋まり、満たされた感覚が全身に広がっていく。


 竜の王は、存在しているときはとても優しい気配を見せていた。

 でも、僕は知っている。

 竜の王は本来、嵐のように荒れ狂う激しい気性を持っている。きっと、歳をとっていく間に丸くなったんだろうね。

 優しさと荒々しさを併せ持つ竜宝玉を心に宿し、僕は深く深呼吸をした。


 おかえりなさい。そして、これからもよろしくお願いします。

 竜宝玉は脈打ち、確かな存在感で応えてくれた。


「それじゃあ、帰ろうか」

「そうしましょう。でも、断崖の上まではニーミアにお願いして、それからは徒歩よ」

「帰りは楽ですね」


 大きくなったニーミアの背中に移動する。そして、地上で手を振るアイリーさんに別れを告げて、空へと上がる。


 帰り道は、こそこそと帰らなくても大丈夫。

 竜峰の歩き方には、幾つかの方法がある。

 ひとつは、僕たちが最初に使ったような手法。気配を消し、隠れながら進む。でもこれだと、来るときのように、老練な竜族や狡猾こうかつな魔獣などには見つかってしまう可能性が高い。

 次に、生息する竜族の縄張りや魔獣の住処すみかを徹底的に把握して、それを回避しながら移動する手法がある。実は、これが竜峰では一般的なんだよね。戦士でもない普通の竜人族にとって、竜族なんかは恐ろしい存在だ。でも、集落を行き来しなきゃいけない時もあって。そういう時のために、集落周辺から近隣地域の生息分布を把握している。逆に言うと、普通の竜人族でこうした知識がない者は、自分の村から気軽に出ることさえもままならない。それが竜峰の自然だった。


 そして、究極の方法。

 それを今から実践する。


 魔物や魔獣、そして竜族が跋扈ばっこする竜峰。油断をすれば、歴戦の戦士だって命を落としかねない世界。さらに言うなら、この竜の墓所は、何百年もそんな世界で生きてきた竜族が最後に訪れる地。

 安寧あんねいを乱す者や、若い生気を漲らせる者は容赦なく襲われてしまう。

 そんな恐ろしい土地で僕たちが使う移動手段。


 それは、堂々と存在感を示して押し通る!


 人の出入りがない竜の墓所の、竜族の縄張りなんて知りません。気配を隠しても、きっとまた見つかっちゃう。

 なら、そういったものなんて気にせずに帰っちゃえ。


 なんていうのは冗談です。


 種明かしをすれば。

 僕の竜宝玉の正体が判明した。

 それは、竜族があがしたう伝説の竜の王のそれだった。

 つまり、堂々と僕の竜宝玉の存在感を示していれば、老竜たちも襲ってこないというわけです。

 まあ、竜の墓所でも普段通りに移動すればいい、という結論ですね。

 ただし、やりすぎは良くない。ということで、若く元気なニーミアに乗って飛び去る手法だけはアイリーさんからも禁止令が出されていた。


 ニーミアに乗って、断崖の上まで移動する。

 あっという間に小島が小さくなり、湖を超えて絶壁の上。さすがはニーミアです。


「にゃあ」


 瘴気の雲がなくなった荒地に着地すると、観光に来ていた老竜たちがわらわらと集まりだした。

 僕は竜宝玉の力を解放する。


『おお、これが竜の王の……』

『ありがたや、ありがたや』

『まさか、死ぬ前に竜の王を目にすることができるとは』

『やる気が湧いてきたぞ。我もまだまだこれからだ!』


 竜族の視力は、人のそれを遥かに上回る。僕だと、瞳に竜気を宿しても、ここから小島が確認できるかどうかなんだけど。竜族はしっかりと、僕と竜の王のやり取りを目撃していた。

 老竜たちは、竜の王の竜宝玉を内包している僕たちに好意的だ。

 荷物を背負って下山する僕たちと一緒に、老竜たちもついて来る。


 まぁ、この辺は色々なことがあって慣れているしね。

 気にもなりません。


 プリシアちゃんは早速、地竜の背中に乗せてもらってご満悦。

 みんなも、周囲の竜族に気後れすることなく、快調に足を運ぶ。


「それで、これからどういう順番で帰るのかしら?」


 歩きながら、ミストラルが聞いてきた。


「まずは最北の村に集まっている人たちに報告をすべきではないでしょうか」

「北の地の兄弟飛竜様に報告した方が良いですわ」

「この際だから、禁領に遊びに行きたいわ」

「この際だから、魔族の国に遊びに行きたいわ」

「あのね。プリシアはミストの村に行きたいの」

「そういえば、ミストラルの村にはここ最近、行ってないね」


 立春を前に離れてから、色々とありすぎて立ち寄れていない。僕も、プリシアちゃんと同意見です。

 でも、心配している竜人族の人たちに報告をしなきゃいけないし、北の地の老飛竜たちにも知らせなきゃいけない。

 ううむ、行きたいところばかりです。


「そうね、順繰り回ってもいいけれど、ここは手っ取り早くいきましょう。まずは最北の村に戻って、村の人に報告。帰り道は村に通じているから、これが最初になるわね。そこからニーミアとルイセイネは、北の地へ報告に行ってちょうだい。ライラとユフィとニーナは、レヴァリアと一緒に平地への報告。きちんとおきなにも報告してね。プリシアとエルネアは、わたしと一緒に村に行きましょうか」

「ミスト、それはずるいわ。私もエルネア君と一緒がいいわ」

「ミスト、それはずるいわ。私もエルネア君と遊びたいわ」

「そうですわ。王都のみなさんへの報告は、双子様だけで大丈夫だと思いますし。……レヴァリア様には乗りたいですが」

「ライラ、残念ながらそれはできないわね。ユフィとニーナだけだなんて、レヴァリアが絶対に困るから」

「ひどい言われようだわ」

「ひどい言いがかりだわ」


 暴君を困らせる暴姫ってなんですか……


「プリシアはニーミアと一緒に居たいよ?」

「あら、そうなのね。じゃあ、プリシアも一緒に北の地に行ってから、わたしの村にいらっしゃい」

「お、お待ちください! それだとミストさんがエルネア君を独り占めすることになりますよっ」

「抜け駆け禁止ですわーっ!」


 荒れた急斜面の岩地を慎重に降りながら、女性陣が楽しそうに騒ぐ。

 老齢の竜族たちは、それを珍しそうに見つめている。

 僕も、どういう結果に落ち着くのか興味津々で見守った。


 そして結局、当初の提案通り、僕とミストラルはふたりで先にミストラルの村に行き、そこでみんなを待つことになった。


「ミスト、覚えてらっしゃい!」

「ミスト、許さないわ!」

『我を巻き込むなっ!』


 その後、ユフィーリアとニーナと、レヴァリアの怒りの叫びが竜峰に響いたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る