走れ 耳長族

 今、飛竜の狩場には、途方とほうもない数の精霊たちが集まってきている。

 なにせ、元々この地に住んでいた精霊以外にも、竜の森を代表としたアームアード王国全土や、楽園があるヨルテニトス王国国内から、さらには竜峰や、一旦は禁領へお引っ越しをした精霊たちまで、大集合しているからね。


 きっと、イステリシアや耳長族の人たちは、これまでに見たこともないほどの密度で、精霊さんたちがえているに違いない。


 そして、だからこそ……


「わらわ、死んでしまいます」

「いやいや、それは大袈裟おおげさじゃないかな!?」


 僕のお願いに、イステリシアはさっきから絶望していた。


 無理もない。

 精霊たちと遊んでほしい。ということは、この飛竜の狩場に集まった精霊さんたち全員の相手をする、ということだからね。


 イステリシアの噂は、飛竜の狩場に集まった精霊たち全員が、既に知るところだ。

 だから、精霊さんたちもイステリシアには手加減しないはずだよね。


「本当は、プリシアちゃんとアリシアちゃんにお願いしようと思っていたんだけどね。でも、あの二人は、まずはモモちゃんの相手をしなきゃいけないみたいだから」


 イステリシア以上に精霊たちの相手ができるのは、きっとプリシアちゃんやアリシアちゃん、あとはユンユンとリンリンとランラン、それにユーリィおばあちゃんくらいだよね?


「汝の存在が抜けておるな」

「おじいちゃん、僕も色々と忙しいんですよ?」


 今ここで、僕が全力で精霊さんたちの相手をしちゃったら、妖魔が出現する前に力尽きちゃいます。


 そうそう。力尽きているといえば、猫公爵ねここうしゃくことアステルだけど。

 昨日の今日で衰弱が回復するわけもなく、現在も寝入っている。そして、衰弱中のアステルを守護しているトリス君も、魔物討伐には加わっていなかった。


「ともかくね。この大役を任せられるのは、イステリシアしかいないんだよ。だから、お願いします」


 とはいえ、さすがにイステリシアひとりでは、無理があるよね。

 ということで、僕はイステリシアに助っ人を準備しました。


「はい、こちらがユンユンで、こっちがリンリン。そして、こちらがランランです!」

「雑な扱いだな。だが、良い。精霊への奉仕は、我らのつぐないに繋がる」

「エルネアのお願いっていうのがしゃくに触るけどね。でも、良いわ。今回だけ、協力してあげる」

「エルネア君には、感謝しきれないほどのご恩がありますから。全力でお手伝いさせていただきますね」


 ユンユンとリンリンは、実体をともなった姿で顕現してくれていた。

 現在、二人に力を与えてくれているのは、ユーリィおばあちゃんだ。


 城塞内に確保したお部屋へ帰ったとばかり思っていたご老体の面々だけど。ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様は、いつのまにかここに帰ってきて、スレイグスタ老の足もとでお茶をしている。

 もちろん、お世話をしているのはプリシアちゃんのお母さんだ。


 ということで、モモちゃんと一緒にスレイグスタ老登りに興じているプリシアちゃんとアリシアちゃんは、今のところ「まだ」大人しい。


「イステリシア、過去の遺恨いこんは忘れて、共に協力し合うとしよう」

「ふんっ、だ。今回だけ特別なんですからねっ?」

「ふふふ。リンお姉ちゃんは素直に感情を表現できないので、こんな口振りですけど。本当は、やる気いっぱいなんですよ?」

「ちょっと、ラン! 余計なことは言わないのっ」


 仲の良い耳長族の三姉妹を、イステリシアはまぶしそうに見つめていた。


「さあ、イステリシア。貴女はもうひとりじゃないんだよ。だから、仲間や友人たちと一緒に力を合わせて、頑張ってね!」

「仲間……」


 そう。イステリシアは、これから多くの仲間や友人を作っていく。そして、いつかきっと、素敵な耳長族の巫女様になるんだ。


「友達百人できるかな?」


 百どころか、数日のうちに万単位で精霊のお友達ができそうだけどね!

 ううん、数日どころか、すぐにでも仲間やお友達ができるかも。


「イステリシア様……」

「族長様」


 声をかけられて、イステリシアが振り返る。するとそこには、大勢の耳長族の人たちがひざまずいていた。


「どうか、我らにもお手伝いをさせてください」

「お役に立てるかはわかりませんが……。それでも、イステリシア様のお力になりたいのです」

「族長様、罪深い私どもをどうかお許しください。そして願わくば、これよりは族長様のお側に居させてください」


 跪いた耳長族のなかには、見習い巫女装束の女性や、見習い神官装束の男性という、人族の国では見られないような人たちがいた。

 それもそのはず。

 イステリシアと真摯しんしに向き合う者たちは、全員が禁領で暮らしている耳長族だった。


 イステリシアは、集った者たちを見つめ、そして瞳に涙を浮かべながら、柔らかく笑みを浮かべた。


「わらわ……。嬉しい」


 素敵だね。

 あんなに天邪鬼あまのじゃくだったイステリシアが、こうして素直に自分の感情を口にするだなんて。

 跪いていた耳長族の人たちも、族長の涙と微笑みに、顔色を明るくする。


「どうか、お手伝いください。わらわ達だけでは、ここに集まった精霊様たちのお相手は務まりませんから」


 あっというまに、イステリシアに大切な仲間が増えたね。お友達も、これから一気に増えていくに違いない。


 ユンユンとリンリンランランに促されて、耳長族の人たちが立ち上がる。

 すると、待っていましたとばかりに、様子を伺っていた精霊さんたちが騒ぎ始めた。


こんを詰めすぎないようにねえ。先はまだ長いのですから」

「イステリシア、無理だけはしてはいけませんよ」


 ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様が、優しい瞳で見守ってくれていた。


「それでは、早速だが始めるとしようか」

「それじゃあ、私たちが鬼で、精霊たちが逃げる役ね?」

「私たちに捕まった子は、罰として近くの魔物を倒してくださいね? そうしたら、また逃げても良いですから」

「わらわ、いっぱい捕まえてみせます」

『イステリシアが来るぞー!』

『賢者様たちから逃げろーっ』


 集合していた精霊さんたちが、ばっと一斉に逃げ出す。

 なかには、あえて実体化しながら逃げる者がいたり、気配を殺して茂みや建物の物陰に隠れる者がいたり。

 それを、四人の賢者や禁領の耳長族の人たちが全力で追いかけ始めた。


「ほら、そのような隠れ方では、我にすぐ見つかってしまうぞ?」

「本気で逃げないと、すぐ捕まえちゃうからね!」

「まーてー」

「わらわ、空間跳躍が使えないんでした!」


 ユンユンとリンリンは、その特殊な存在を活かして、縦横無尽に飛び回りながら精霊さんたちを追い詰める。

 ランランも、連続した空間跳躍を駆使しながら、あっという間に精霊さんたちを捕まえていく。

 そんななか、見習い巫女として精霊術を使用禁止にしているイステリシアだけが、必死に走る。


 精霊さんたちは、鬼役の四賢者に捕まらないように、わいわいと騒ぎながら逃げていた。


 このままじゃあ、イステリシアだけ精霊さんを捕まえられない? という心配は不要です。


 城塞を必死に走り回るイステリシアをからかうように、というか、一緒に遊ぶように、精霊さんたちが寄っては逃げてを繰り返す。

 全力で追いかけてくるユンユンとリンリンとランランよりも、むしろ周囲に集う精霊は多いかもね。

 そして、油断した精霊さんが、イステリシアに捕まってしまう。


 捕まった精霊さんたちは、リンリンの提案通りに、素直に近くの魔物を倒して、また逃げていた。


 人族の冒険者や獣人族の戦士の人たちは、突然顕現してきて、魔物を倒してすぐにいなくなる精霊さんたちに戸惑いつつも、この戦いはそういうものなのだろう、と納得してくれていた。


 精霊さんたちを追いかけては捕まえていく、四人の賢者。

 逆に、協力を申し出た禁領の耳長族の人たちは、大苦戦を強いられていた。


「くっ、なんて逃げ足の速い……」

「こ、こらっ。悪戯をしないでっ」


 まだ精霊さんたちとの付き合いが浅い禁領の耳長族の人たちは、良いように弄ばれながらも、必死に頑張っていた。

 すると、それを見ていた大森林の耳長族の人たちが、やる気を見せる。


「ラン様に続け!」

「三賢者様のお力になるんだ!」


 ユンユンとリンリンとランランを手助けするように、大森林の耳長族の人たちが鬼ごっこに加わる。


 さらに!


「まだまだ、甘いな」

「そんなんじゃ、竜の森から来た精霊たちは満足しないわよ?」

「精霊の里に向かう道中で鍛えられた我らの実力を、他の森の者たちに見せてやろうじゃないか!」

「やれやれ。耳長族でありながら精霊との付き合いが下手な連中に、本物を見せてやるかのう」


 竜の森の耳長族の人たちも、我れ先にと参戦し出す。


「むう。みんな楽しそう。でも、プリシアはあとでモモちゃんと一緒に、精霊さんと遊ぶもんね」


 姉のアリシアちゃんと、熊の毛皮を着たモモちゃんと一緒に、スレイグスタ老登りを楽しんでいたプリシアちゃんは、眼下の騒ぎを少しだけうらやましそうに見下ろす。

 でも、今はモモちゃんと遊びたいのか、スレイグスタ老登りを再開する。


 まあ、精霊さんたちとは、後で目一杯遊べるからね。それに引き換え、スレイグスタ老登りは、スレイグスタ老の機嫌が良い今だけしかできないことを、プリシアちゃんはよく理解しています。


「ほらっ、プリシア、モモちゃん。早く来ないと、お姉ちゃんが勝っちゃうぞー?」

「むうむう、負けないんだよっ」

「グギギッ、難シ、イ……」


 スレイグスタ老の背中まで登り終えたアリシアちゃんが、プリシアちゃんとモモちゃんをはやし立てる。

 二位は、プリシアちゃんだ。現在、スレイグスタ老の前脚の付け根あたりを必死に登っている。

 苦戦しているのは、三位のモモちゃんだった。

 まだ、前脚首の漆黒の体毛地帯で悪戦苦闘中だね。


 まあ、あの熊の毛皮のままでは、登りにくいだろうね……


「んんっと、お洋服がごわごわして登りにくいよ?」

「ぷぎゃ、潰れてしまうわ!」


 どうやら、プリシアちゃんも登りにくさを感じていたらしい。そして、プリシアちゃんの邪魔をしていたのは、懐に潜り込んでいたオズだったようです。

 オズは、何事だ、とプリシアちゃんの服から顔を出す。


 そして、一瞬で顔面蒼白になった。


「あわわ、あわわわわ……」


 既に、地上は遥か眼下。しかも、今いる場所、というか、登っているのは、古代種の竜族であり、竜の森の守護者であるスレイグスタ老の身体だ。

 様子を伺っていたスレイグスタ老の視線と、オズの視線が交わる。


「うぎゃぁぁぁぁーっ!」


 そしたら、オズは一目散に逃げ出した。

 涙をこぼしながら、慌ててスレイグスタ老の身体を落ちるように下っていく。

 どうやら、スレイグスタ老の姿に本気で怯えちゃったみたいだね。


「っというかさ。プリシアちゃんの懐に隠れていた方が良かったんじゃないかな?」

「そうね。それにそもそも、今さら翁の存在に気づくのが遅いわ」

「そういえば、オズはシャルロットを見てから、ずっとプリシアちゃんの懐に隠れっぱなしだったからね」


 ミストラルと二人で、苦笑し合う。

 その間にも、オズは全力疾走でスレイグスタ老の身体を駆け下っていた。


 でも、その時だった!


えさ発見!』


 近くの楼閣ろうかく天辺てっぺんから、親友のモモちゃんたちを見つめていた大鷲おおわしのミカンが、きらりと瞳を光らせた。

 そして、猛禽類もうきんるい特有の素早い滑空かっくうでオズに迫ると、そのまま鷲掴わしづかみにして連れ去る。


「ミカン、オズは食べても美味しくないから、食べちゃ駄目だからねー?」

『わかった!』

「ぴやああぁぁっ。助けぬかーっ!」


 いやいや、スレイグスタ老という畏怖いふの存在から遠ざかることができたんだから、ミカンが助けてくれたとも言えるよね?


「グググッ。面シロ、イ」


 モモちゃんも、ミカンとオズを見て笑っていた。

 他のみんなも、少し離れた位置に建つ楼閣の陰に消えていったミカンとオズを、笑顔で見送る。


「オズ救出作戦を決行するときは、是非シャルロットに行ってもらおう」


 その時はお任せくださいませ、と塔の最上階で、シャルロットが瞳を細めていた。


 さて、みんな思い思いに動き出したわけだけど。

 今、ミカンの飛行を追って視線を遠くに向けた時に、気になるものを見つけましたよ。


『おい、双子がなにやら面白いことをしているようだぞ』

『よし、行ってみるか』


 地竜、飛竜を問わず、竜族たちが何区画か先の中庭に集まって、騒いでいた。


「双子……?」


 そういえば、作戦開始の号令以降、ユフィーリアとニーナの姿を見ていないよね?

 いったい、あの双子王女様は、あそこで竜族たちと何をしているんだろうね?


 他にも、僕の身内のみんなが動き始めていた。


 ミストラルは、僕の補佐をするために、側に居てくれているんだけど。

 既に、ライラとレヴァリアの姿も、この場にはなかった。

 ライラはレヴァリアに乗って、ルイセイネの様子を見に行ってくれているはずだ。


「私は、後方支援に回りますね。食事の準備をする者も必要でしょう?」

「セフィーナ、お願いするわ。わたしも手が空いたら向かうから」


 セフィーナさんは、裏方を取り仕切ってくれている。

 戦う者ばかり集まっても、戦場は維持できないからね。

 食事の世話をしたり、補給の管理をする後方支援部隊がしっかりしていてこそ、前線で戦う者たちは気兼ねなく全力を出せるんだ。


 朝から、大鍋おおなべをかき混ぜたり、山のような食材を忙しく捌いてくれている者たちがいた。

 大半は、竜峰から降りてきてくれた、竜人族の女性たちだ。

 他にも、獣人族や人族の女性もいるけど、やっぱり竜人族の女性が圧倒的に多い。


「あの後方支援部隊が、緊急時はそのまま戦力になります!」


 だって、女性ではあっても、竜人族だからね。


 もしも、つまみ食いをしたり、好き嫌いをしようものなら、容赦なく後方支援部隊に叩きのめされるだろうね……

 その後方支援部隊を取り仕切ってくれているのがセフィーナさんであり、ミストラルだった。


 なぜか、後方支援部隊の方が恐ろしい気がしてきました……


「こちらも、他の方々には負けていられません。特に、ルイセイネには」


 すると、集合してくれた者たちが去った中庭に、新たな勢力が姿を現わす。


 マドリーヌ様を中心とした、聖職者の方々だ。


「こちらの塔は高くて目立ちますし、スレイグスタ様もいらっしゃいます。ですので、こちらに救護班きゅうごはんの本隊を置きます。皆さん、準備に取り掛かってください!」


 大錫杖だいしゃくじょうを片手に、マドリーヌ様が指示を飛ばしていく。

 神官様や巫女様は、てきぱきとした動きで天幕を貼ったり、救護用の布や薬や綺麗な水を準備していく。


「一班から五班は、城塞内を巡回してください。既に負傷者は出ているはずですから、迅速に行動すること!」


 物資の確保や食事の準備といった後方支援も大切だけど、やっぱり聖職者の方々の補佐も重要だよね。


 スレイグスタ老謹製の、鼻水万能薬も大量に準備してきている。

 だけど、この場で秘薬の生成をするわけにはいかない以上、在庫は有限だ。そんななか、巫女様だけが使える回復法術は、なくてはならないものだった。


 巫女様を中心に、護衛の神官戦士しんかんせんし様や戦巫女いくさみこ様が各隊に分かれて、城塞内に散っていく。


「ふむ、誰もが自分の役目を理解し、よく連携できておる。この地に集った者たちを、汝は誇ることだ」

「はい、おじいちゃん。僕も、みんなの期待を裏切らないように、頑張ります!」


 まだ、作戦は始まったばかりだ。

 きっと、これから徐々に過酷になっていくんだろうね。

 僕たちは、それでも万全を尽くして女の子を迎え、そして妖魔の王を討伐するんだ!


 太陽が天空へ昇っていくように、飛竜の狩場に集った者の士気も上がっていった。

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