激戦 魔物討伐戦

「おらおらっ。手数だけ多い魔物なんざ、肩慣らしにもならねえなっ!」


 四方八方から伸びた半透明の触手しょくしゅの全てを薙ぎ払い、スラットンがとどめの一閃を放つ。

 核ごと両断された軟体なんたいの魔物は、耳障みみざわりな断末魔をあげて消滅した。

 スラットンは落ちた魔晶石ましょうせきには目もくれずに、次の獲物へ向けて駆け出す。


 中庭に出現した大量の魔物を、勇者様ご一行とスタイラー一家の人たちだけで、あっという間に制圧していく。

 すると、後方で聖剣を振るっていたリステアが、スラットンを呼び戻した。


「スラットン、ここはスタイラー一家に任せて、俺たちは東の方へ向かうぞ」

「はぁん、なんでだよ? ここまできたら、根絶やしにしてから次に移ろうぜ?」

「いや、急ぐ。今、精霊から言付ことづかった。東側で、大物が出現したようだ」


 リステアが、城塞越しに東を指差す。

 城塞の屋根を超えて、刺々とげとげしい黒い魔物が暴れている姿が見えた。


 既に、作戦開始から二日が経過していた。


 最初こそ勢いに任せて人族の冒険者や獣人族の戦士たちが魔物を押し込んでいたけど、徐々に苦戦する場面が目立ち始めている。

 現に、リステアたちが戦っている中庭から数区画東の中庭に出現した大型の魔物に苦戦した冒険者の人たちが、城塞内へ撤退を始めていた。


「ちっ。仕方がねえな!」


 眼前の魔物を斬り裂くと、スラットンは長剣をさやに仕舞う。


「おい、キジルム。あとは頼むぜ?」

「おうよっ。お前らやエルネアに負けないくらいの活躍をしてみせるぜ!」

「ははんっ。威勢だけは良いな。だが、無理はするんじゃねえぞ。お前に何かあったら、嫁さんと子供が泣くんだからな?」

「言われるまでもねえ!」


 僕やスラットンの同級生であり、スタイラー一家に婿養子むこようしとして入ったキジルムが、右手に握り締めた直剣をかかげて勇者様ご一行の離脱を見送る。


 リステアたちは、中庭の魔物をスタイラー一家に任せると、一旦城塞の中に戻り、回廊を走り出す。


 巨大な城塞は、堅牢な城郭じょうかくや見張りの楼閣ろうかくを繋ぐようにして、回廊が張り巡らされている。

 そして、入り組んだ回廊に区切られた多くの中庭に呪いが堕とされていて、そこに魔物が際限なく沸いていた。


 リステアたちは、精霊さんの伝言を受けて、東に向かって走る。

 だけど、やはり巨大すぎる城塞を簡単には移動できない。

 リステアたちが向かっている間にも、東の方では大型の魔物が暴れていた。


「ここは、僕が……」

「ならぬ。其方は来たるべき時に備え、力を温存しておけ」


 白剣の柄を握りしめ、飛び出そうとした僕を、巨人の魔王が止める。


「エルネア君。指揮官は安易に最前線へ出てはいけませんよ。それとも、エルネア君はご自身がお集めになった仲間の方々の実力をお疑いでしょうか?」

「ううん、僕はみんなの力を信じているよ。そうだね、シャルロットの言う通りだよ。僕が行かなくても、大丈夫だね」


 咄嗟とっさに身構えた力を、僕はゆるめる。

 そして、塔よりも高い位置から、僕たちは最前線を見守った。


「ええい、貴様ら! 我の頭の上で、呑気に歓談するでない!」


 すると、足もとから不満の声が!


 そうなんです。

 僕たちは今、スレイグスタ老の頭の上で、大城塞の各地で繰り広げられている戦いを見守っているのでした。


「んんっと、大おじいちゃんの上が、一番遠くまで見えるんだよ?」


 プリシアちゃんの、言う通り。

 塔よりも高い位置から城塞を見渡せるのは、飛竜のように空を飛ぶ者か、モモちゃんのように水晶越しに遠見とうみができる者か、スレイグスタ老の頭の上だけだからね。

 ということで、戦況確認のために、僕たちは仕方なくスレイグスタ老の頭の上に陣取っているんですよ?


 けっして、スレイグスタ老が嫌がることをしようと巨人の魔王が乗り移ったのに便乗したわけじゃないからね!


 ともかく、スレイグスタ老の頭の上から、僕たちは城塞の各地で繰り広げられている激戦を見守っていた。


 だけど、見守る僕たちの先で、刻一刻と戦況は厳しくなるばかり。

 苦戦し始めた人族の冒険者や獣人族の戦士たちが、城塞内に退避する場面が増え始めていた。


 東の区画に続き、北側でも大型の魔物が出現した。

 東側に出た魔物と同型の、刺々しい魔物だ。


「ググクッ、魔物……倒、ス」


 すると、水晶越しに大型の魔物を捉えたモモちゃんが、やる気を見せた。


 話し言葉の時とは違い、なめらかな詠唱えいしょうで呪文をつむぐ。そうしながら、薬粉を調合し、呪具じゅぐを振るう。


 北側に出現した大型の魔物も、城塞の天井を越える巨大さだ。

 黒く丸い体から、鋭くとがった長く硬い触手を無数に生やしている。

 棘の触手は根本からうねうねと不気味にうごめき、城塞の壁を破ろうと攻勢を仕掛けていた。

 その魔物の上空を、一羽のはやぶさが飛んでいた。


 モモちゃんは、魔術で動物を創り出し、その目を通して水晶に映像を映す。

 魔術の動物は、まるで本物のように触感もあるし、自然な動きをする。


 でも、魔物の上空を旋回していた隼は、自然らしくない動きを見せた。


 大きく広げた翼が鉄色に変色し、羽のひとつひとつが鋭利な刃に変化する。

 鋭いくちばしは、見る間にめらめらと炎を上げて燃えだした。

 そして、隼は甲高い鳴き声を大空に響かせると、魔物へ向かって急降下する。


 果物を斬り裂く切れ味の良い包丁のように、魔物をばっさばっさと斬り裂く魔術の隼。しかも、斬られた魔物の断片は赤く燃えあがり、消し炭になっていく。


「ほほう、呪術の領域を超え、まぼろしを実体化させるほどの術であるか。ふむ、これはもう呪術という枠には収まらぬな。まさに魔術と新たに呼称すべき、素晴らしい術である」


 スレイグスタ老が、モモちゃんの魔術を絶賛する。

 竜の森の守護者であるスレイグスタ老に褒められるなんて、やっぱりモモちゃんの魔術は凄いね!


「汝も、まだまだ精進せねばな」

「ぐぬぬ。がんばります」

「ふふふ。エルネア君、頑張りすぎて禁術を使わないようにしましょうね?」

魔女まじょさんに怒られるからね!」


 シャルロットに言われるまでもなく、僕は禁術なんて金輪際使いませんからね。

 前回は大目に見てもらったけど、次はないと自覚しています。


 でも、僕は可能性を知った。

 モモちゃんがいたったように、ひとつのことを極めていけば、禁術以外の到達点も存在するんだ。

 だから、僕は僕の術を極めるために、これからも邁進まいしんしていけば良いんだと思う。


「先を目指すのであれば、其方は術の根幹を知らねばならんだろうな」

「術の根幹?」


 巨人の魔王の言葉に、首を傾げる僕。


「おじいちゃん、知ってる?」

「ふうむ。術の根幹を知るということは、種族の根源を知るに等しい。そして、種族の根源を知る者は、世界のことわりを理解する、と言われておるな」

「その言葉からすると、おじいちゃんもまだ知らないってこと?」

「世界の理を知るためには、世界中を飛び回り、多くのことを見聞せねばならぬ。我のように、長年の間ひとところとどまっていては、見聞を広める機会は限られておるからな」


 なるほど。二千年以上生きたスレイグスタ老でさえも、まだまだ知識不足な世界なんだね。

 その、スレイグスタ老さえ知らない「術の根幹」とは、いったい何だろうね?


「手っ取り早く知りたければ、魔女か支配者の方々に聞くことだ」

「無理! それは絶対に無理だよね!」


 魔族の支配者になんて、もう絶対に会いたくありません!

 あの人たちは、今の僕には怖すぎる相手です。

 そして魔女さんは、会おうと思って会えるような人じゃないし、会えたとしても答えなんて教えてくれないと思うんだ。


 魔女さんは、術の根幹や世界の理といった、とても大切な部分は、自分で探求しなさい、と厳しく指導するような人だと思う。

 きっと、愛弟子まなでしであるアーダさんでも、そういう部分は教えてもらっていないんじゃないかな?


 なんて、勝手に解釈をしていると、スレイグスタ老が頷いた。

 そして、巨人の魔王が言う。


「あれは孤高ここうであるがゆえに、他者に優しく、そして厳しい者である。助力をすることはあっても、代わりを務めるようなことはせぬ」


 この場に、魔女さんはいない。

 今回の件で協力を求めようにも、そもそも会えていなかったし、会えていたとしても、断られていたんだろうね。


 僕たちにできることは、僕たちにやらせる。

 もし「術の根幹」について聞ける機会があったとして。助言はしてくれるかもしれないけど、僕たちの代わりに答えを出す、ということは絶対にない、とスレイグスタ老は言っているんだ。


 そして、これは今の現状にも繋がる。


 僕たちの代わりに、魔女さんが女の子を護って妖魔の王を倒す、ということはないんだ。

 そう考えると、天上山脈に魔女さんが現れないのは、そこを守護するモモちゃんに全てを託している、というか、モモちゃんの力を信頼しているってことなんだろうね。


 なにはともあれ、術の根幹を知る、という途方もない試練は、これから先、何十年、何百年とかけて、僕たちが自力で見つける目標なのかもしれない。


「気長に行くことだ。長い人生、暇こそが最大の敵であり、死の原因なのだからな」

「暇すぎちゃうと、死んじゃう!?」

せんや始祖族、それに超越者の最も多い死因が、き、だ。生きる目的をなくした者から、死んでいく」


 不老長命であっても、死を選ぶ者は多い。と話す巨人の魔王。

 孤独。飽き。見限り。いろんな理由で、長命であるはずの命を自ら断つのだという。


「その点で言えば、其方らは家族に恵まれている。其方らの家族は賑やかで飽きん」


 そうだよね。僕たちは、絶対に「孤独」や「飽き」で死を選ぶとこはない。


「……というかですね? 何千年も生きている巨人の魔王やシャルロットは、つまり飽きたことがないってことですよね?」

「ふふふ。エルネア君、これからも飽きさせないでくださいませね?」

「きゃーっ! 僕たちを使って、これからも遊ぶ気ですよ、この魔族たち!」


 きっと、魔族の支配者もこんな感じで下々の者たちを弄んで、何千年も楽しんできたんだろうね。

 でも、待てよ?


 さっき、巨人の魔王は魔女さんを「孤高」だと言った。

 では、ひとりの魔女さんは、何千年もの間、いったい何を心の支えに生きてきたんだろうね?


「あれは、永遠に見つからぬ存在を探し続けている」


 見つけられない存在?

 いったい、何のことだろう?


 すると、ぽつりと巨人の魔王が言葉をこぼした。


「遥か昔に失った、もうひとりの自分……」


 そう呟いた巨人の魔王の表情が、この時だけ哀しみに包まれていた。


 いつもは極悪非道で、他者を弄んでは楽しんでいる巨人の魔王が、こんな表情を見せるだなんて。

 なぜだろう。魔女さんがいないこの場で、これ以上は勝手に踏み込んではいけない気がして、僕たちは言葉を途切れさせてしまう。


 沈黙が落ちる、スレイグスタ老の頭上。

 だけど、戦況はより一層激しさを増し、各地で激戦が続いていた。


 東側の中庭に出現した黒い棘の魔物が、炎に包まれる。

 リステアたちが到着したんだ!


「クリーシオ、呪術で魔物の動きを鈍らせてください!」


 セリースちゃんの指示で、クリーシオが呪術を発動させる。


「キーリ、法術で一時的に城壁の強化を。イネアは、負傷された冒険者の治癒をお願いします。スラットンとネイミーは、棘の攻撃を阻止して! リステア、行けますね?」


 見えない粘膜ねんまくに取りかれて、大型の魔物の動きがにぶる。そこへ、スラットンとネイミーが斬り込むと、邪魔な棘を両断していく。

 最後に、聖剣に炎を纏わせたリステアが、黒く丸い本体を目掛けて跳躍した。


 大型の魔物が、業火ごうかに焼かれて断末魔をあげる。

 そして、火柱をあげながら燃え尽きた。


 さすがは、勇者様とその仲間たちだ。

 姿は巨大でも、魔物程度には苦戦なんしない。


 だけど、喜ぶのはまだ早かった。


「おいおいおい、冗談だろ!?」


 一体の巨大な魔物を倒しただけでは、事態は収まらなかった。

 次々と、同型の黒く丸い魔物が湧き出してくる。しかも、どれもが城塞の屋根を超える大きさだ!


 更に、巨大な魔物は城塞の各地で出現し始めた。

 スレイグスタ老の頭上から見える戦況は、人族の冒険者や獣人族の戦士たちには手に負えない状況になりつつあった。

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