戦いの狼煙

 まだ太陽が東の地に姿を現して間もない頃。

 飛竜の狩り場に、招集の号令がかかった。

 急だったにもかかわらず、大城塞の中央に位置する塔の周囲には、大勢の者たちが集まった。


 錚々そうそうたる面子めんつだ。


 勇者様ご一行を筆頭とした人族。竜王が率いる竜人族。魔王と配下の魔族や、アレクスさんを中心とした神族の面々。獣人族の戦士たちもいるし、耳長族のみんなもいる。巨人族も集まってくれた。それに、姿は見えないけど、精霊や魔獣の気配も、もちろんある。竜族なんて、圧倒的な存在感だ。


 多種多様な種族が一堂に会すると、圧巻だね。


 そして、相容れない種族が集まっているのに争いが起きないのは、塔の横から全員を見下ろすスレイグスタ老のおかげだ。


 小山のような巨体のスレイグスタ老は、黄金色の瞳を輝かせ、静かに塔の横で鎮座ちんざしていた。

 無言で、騒ぎを起こすような者には容赦しない、と圧力をかけてくれているおかげで、血の気の多い種族も大人しいし、賑やかな者たちもひかえている。

 あの妖精魔王クシャリラさえも、静かにしていた。


 まあ、クシャリラは、スレイグスタ老よりも、塔の最上階から自分たちを見下ろしている巨人の魔王を意識しているみたいだけどね。


 何はともあれ、塔の周囲に集った者たちは、固唾かたずを呑んでこちらを見上げていた。


 僕は、みんなに聞こえるように声を張り上げて、これからの作戦を伝える。


「いよいよ、決戦のときです!!」


 意図的に、飛竜の狩り場に呪いを堕としたこと。そこから始まる、前代未聞の妖魔の王討伐作戦の概要がいようを話す。


 集った者たちから、どよめきが起きた。

 だけど、誰も不満を漏らす者はいない。

 むしろ、全員が待っていましたとばかりに、やる気満々の威勢を見せた。


「妖魔の王を討伐したあかつきには報酬がたんまりと貰えるってのによ。まさか、前哨戦ぜんしょうせんで小銭まで稼がせてくれるとはな。我らの救世主様は太っ腹だぜ!」


 がははっ、と冒険者たちが剛毅ごうきに笑う。


 魔物を倒すと、核の魔晶石ましょうせきが手に入るからね。

 それに、いきなり妖魔といった強敵と戦うよりも、魔物で腕慣らしをしていた方が良い。


「それじゃあ、みんなの奮戦を期待しています!」


 作戦開始の号令に合わせて、飛竜の狩場に雄叫びが響き渡った。

 ある者は武器をかかげ、いさましく戦場へと去る。ある者は、仲間たちと今後の作戦を相談しあう。そしてある者は、我先にと大空へ飛び立っていった。






 まず最初に活発な動きを見せたのは、人族と獣人族の面々だ。


「おらおらっ! この程度の雑魚じゃ、腕慣らしにもならねえぜっ!」


 地面からぬるりと姿を現した土色の魔物を一刀両断にして、スラットンがえる。

 リステアたちは、魔物の巣となった城塞の中庭へえて飛び込むと、勇者の称号に相応しい活躍を見せた。


 冒険者も、我先にと出現した魔物に襲いかかり、討伐していく。

 あっという間に、塔の周囲に出現し始めた魔物は駆逐くちくされてしまう。

 すると、勇者様ご一行や冒険者たちは、次の獲物を求めて城塞の各地へ散っていく。

 だけど、そこに先回りをしていたのが、獣人族の戦士たちだ。


 集合場所周辺の魔物は、すぐにれる。そう先読みした獣人族は、持ち前の身体能力を活かして城塞を駆け抜けて、どの種族よりも先に、自分たちの狩り場を作りあげていた。


「おおっと、人族さんよ。ここの獲物は俺たちがいただくぜ?」

「ちっ、先を越されたんじゃあ、しかたねえな。だが、狩りの成果では負けんぞ?」

「勝負か、望むとことだ!」


 呪いは、大城塞を中心に、飛竜の狩り場の各地に堕とされた。

 一箇所で獲物を奪い合うよりも、魔物を追って動き回った方が効率良く狩れることを、歴戦の冒険者や獣人族の戦士たちは熟知しているようだ。


 ただし、素早く動き出した人族や獣人族とは違い、静観を決め込む勢力も存在していた。


「魔物なぞ、弱小の者たちに狩らせておけや」


 妖精魔王ようせいまおうクシャリラは配下の魔族にそう言うと、自らもさっさと塔の側から立ち去る。

 上級魔族たちは、クシャリラ配下、巨人の魔王配下に関わらず、魔物討伐には興味がないようで、同様に去っていった。


 まあ、魔族勢はこれで良いのかもね。

 最初から魔王や上級魔族が頑張っちゃうと、人族や獣人族の活躍の場がなくなっちゃう。

 そう考えると、先行で動き出した冒険者や獣人族の戦士たちの判断は、間違っていない。


 人族や獣人族は、魔族や神族、それに竜人族なんかと比べると、どうしても身体能力が劣っている。だから、魔族なんかが本格的に参戦してきたら、活躍の場が奪われるのは間違いない。


 それに、これから魔物、妖魔、妖魔の王と、順を追って凶悪な生物が出現してくるはずだ。

 魔物程度じゃ役不足だと力を温存している者たちには、これから戦いが過酷になったときに活躍してもらいましょう。


 なので、こちらも参戦を無理強むりじいはしない。


 だから、竜人族の戦士たちが見せた動きも、僕たちは関心深く見守ることにする。


「よし、お前ら。この城塞を自分の村に見立てて、担当する地区を無事に護り通してみろや」

「魔物から城塞を護りきれねえようじゃあ、竜峰で自分たちの村は護りきれんぞ?」


 浅黒い肌の竜王ヤクシオンや、巨躯きょくの竜王セスタリニースの指示で、竜人族の戦士たちが四、五人単位で分かれる。そして、城塞の各地に散っていく。


「面白い考えだね。担当する場所を守り通すって、つまりは、そこに出現する魔物や妖魔を見逃さずに確実に退治するってことだよね?」

「そうね。元々、竜人族の戦士は、村を外敵から護るための存在だから、攻撃よりも守備の方が得意なのよ」


 遠く西の先に見える竜峰の稜線りょうせんを見つめながら、ミストラルが頷く。


 どこよりも過酷な自然が広がる竜峰において、竜人族の戦士の存在は非常に大きい。

 村を襲う生物は、なにも魔物や妖魔や魔獣だけにとどまらない。最悪の場合だと、竜族の襲撃を受ける時もある。

 そうした外敵の脅威から村を護り、村人や家畜を護るのが、選び抜かれた戦士の役目だ。


 今回は、城塞を自分たちの村に見立てて、絶対の防御で活躍してくれるようだね。


「……で、戦士の人たちに指示を出したヤクシオンや他の竜王は、一緒に行かないの?」


 気のせいでしょうか。

 ヤクシオンは戦士の人たちに指示を出すと、お酒の入ったつぼを抱えて上機嫌そうに笑っています。しかも、他の竜王たちも、似たような反応です。どう見ても、戦士の人たちとのやる気に差が感じられるよね。


「がはははっ。最初から俺たちが出張っては、若い連中の成長を邪魔するだろう?」

「だから、戦士の人たちが苦戦するような状況になるまで、お酒を飲んで待機ってわけですね?」


 こちらも、竜人族なりの考えがあるんだろうね。

 だけど、お酒を飲みながらってどうなんだろう?


「馬鹿を言え。俺たちが、酔った程度で腑抜ふぬけになるとでも思ったか。なんなら、泥酔状態で魔族どもをぶっ倒してやろうか」

「いやいや、集まった者たちで問題を起こすのは厳禁だからね! たとえ魔王だろうと竜王だろうと、問題児は帰っていただきますからね」


 と言ってる側から、問題を起こしそうな者たちが動き出し始めていた。


「んんっと、隠れんぼ?」


 中庭のはし。小さなしげみに頭を隠しつつも、残念ながらお尻を出したくまの姿があった。


 どう見ても、モモちゃんだ!


 どうやら、集合してくれたのは良いものの、スレイグスタ老の圧倒的な存在感をたりにして、おびえちゃったみたい。


 さらに、モモちゃんの隣には、見習い巫女装束みこしょうぞくの耳長族の姿もあった。

 こちらは、イステリシアだね。

 禁領での記憶がよみがえったのか、こちらも怯えている。

 そして、必死に隠れる二人の姿を見て、プリシアちゃんがきゃっきゃと楽しそうに飛び跳ねていた。


「あのね、プリシアも遊びたいよ?」


 モモちゃんの、熊の毛皮の尻尾を引っ張るプリシアちゃん。


「グギャッ、恐ロ、シイ……」

「わらわ、恐怖」


 妖精魔王クシャリラとさえ真正面から対峙したモモちゃんが、こんなに怯えるなんてね。


「おじいちゃん、怖がらせたら駄目ですよ?」

「心外である。老婆どもよりも我を恐れるか」


 だって、高い位置から瞳を光らせて地上を凝視していたら、そりゃあ怖いよね。


「んんっと、大おじいちゃんは怖くないんだよ?」


 ぐいぐいと、モモちゃんの尻尾を引っ張るプリシアちゃん。


「出ておいでー。遊っそぼー」


 更に、問答無用でイステリシアの足を引っ張りだしたのは、アリシアちゃんだ。


「あのね、大人の人はみんな忙しいから、プリシアたちは自分たちで遊ぶんだよ」


 いやいや、モモちゃんもイステリシアも、これから忙しくなるからね?

 暇だからと遊んで良いのは、プリシアちゃんとオズと、ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様くらいだよ?


 最近では、オズも僕に纏わりつかなくなって、禁領で大人しくしてくれていた。

 前に、ちょっとだけおどかしちゃったからね。

 だけど、今回ばかりは禁領を出て、僕についてきた。


「貴様が巻き起こす騒動を、この目に焼き付けておかねばならんっ。それを、金色こんじききみへ報告せねばならんからなっ」


 と意気込んでいたけど、まさかシャルロットが来ているとは思ってもみなかったみたいだね。

 オズは、飛竜の狩場に来たのは良いものの、ずっとプリシアちゃんの懐に隠れたままだ。

 そんな、オズの残念な事情はともかくとして。


「エルネア、収拾がつかなくなる前に、どうにかしなさい」

「はい、行ってきます!」


 ミストラルに促されて、僕は空間跳躍で塔の最上階から中庭に移動する。

 そして、茂みからモモちゃんとイステリシアを引っ張り出そうとしているプリシアちゃんとアリシアちゃんをなだめ込んだ。


「はい、二人とも。大人しくしないと、お母さんに怒られちゃうよ?」


 天真爛漫てんしんらんまんな姉妹だけど、母親であるリディアナさんの前では、素直な良い子です。

 何か悪さをして怒られると、すっごく怖いからね!


 もちろん、この飛竜の狩場に、リディアナさんは来てくれている。

 だから、僕が存在をちらつかせると、プリシアちゃんとアリシアちゃんは肩をすくめて、恐る恐る周囲を伺った。

 そして、この場にはもう、リディアナさんがいないことを知る。


「プリシアちゃんのお母さんは、さっきユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様と一緒に、城塞の中に入っていったよ?」

「むう、お兄ちゃんのいじわる」

「ああっ、だまされちゃった!」


 ぷんすか、と頬を膨らませるプリシアちゃんを宥めるように抱っこすると、僕はモモちゃんとイステリシアに優しく声を掛けた。


「モモちゃん、安心してね。おじいちゃんは、ああ見えても本当は優しいんだよ。僕のお師匠様だからね。それに、イステリシア。貴女にはお願いしたいことがあるんだ」


 怖くないよ?

 怖くないですよー?

 と、辛抱強く声を掛けていると、最初にモモちゃんが茂みから顔を出した。


「恐ロ、シイ……。デモ、大丈……夫?」

「うん。モモちゃんは、ニーミアは怖くないよね? おじいちゃんも一緒だよ」

「ふむ。我も雪竜ゆきりゅうの小娘のように愛くるしいであろう?」

「いやいや、どこをどう見ても、おじいちゃんはいかついですからね!」


 可愛げの欠片かけらもない、と塔の上で巨人の魔王がぼやく。

 すると、ぐるるっ、とスレイグスタ老は喉を鳴らして、巨人の魔王を睨んだ。


「グギャ!」


 そしたら、せっかく顔を出してくれたモモちゃんが、また怯えて茂みの中に隠れちゃった。


「っんもう! おじいちゃんのせいで、またモモちゃんが怖がっちゃったよ?」

「むむむ、心外であるな。諸悪しょあく根源こんげんは、そこの老婆である」


 振り出しに戻る、とはこのことです。

 これなら、プリシアちゃんとアリシアちゃんに、強引にでも引っ張り出してもらっていた方が良かったかもね、と肩を落とす。

 すると、そのプリシアちゃんが僕の腕の中で、ぱっと顔を輝かせて、きゃっきゃと声をあげた。


「んんっと、プリシアが良いことを思いついたよ?」

「ほうほう、それはなにかな?」

「あのね、モモちゃんを驚かせちゃった罰として、大おじいちゃんの頭の上に乗せてもらうの」

「おおっ、それは良い考えだね!」

「ふぅむ、仕方なし。今回は汝の顔を立てて、特別に許そう」

「やったー。それじゃあ、アリシアも乗りたい」

「んんっと、モモちゃん、大おじいちゃんの頭の上で、魔術を見せて?」

「グググッ……。ドウ、シヨ……ウ?」


 僕の腕から逃れたプリシアちゃんが、今度は優しくモモちゃんを茂みから誘い出す。

 モモちゃんも、可愛い幼女の誘いに乗って、恐る恐るだけど、顔を出してくれた。

 どうやら、スレイグスタ老を含む僕たちの会話を耳にして、少しだけ警戒心が薄れたようだね。


 こうなれば、モモちゃんのことはプリシアちゃんにお任せでも大丈夫だと思う。

 この後に何か問題が起きた時は、犠牲になるのはスレイグスタ老だ!


「そのときは、汝とミストラルを巻き込むことにしよう」

「そんなっ!?」

「エルネア?」

「ミストラル、違うんだよ!」


 僕はけっして、ミストラルまで巻き込もうとしたわけではありませんからね?


「そ、そうだ。そんなことよりも、イステリシアをどうにかしないとね?」


 僕は、塔の上から問い詰めてくるミストラルの視線から逃げるように、未だに茂みへ頭を突っ込んだままのイステリシアに向き直る。


「楽園で大活躍をしてきたイステリシアに、お願いがあるんだよ。これは、イステリシアじゃないとできないお役目なんだ」


 優しく声をかける。

 すると、自分じゃないとできない役目、という部分に反応して、イステリシアは少しだけ茂みから顔を出してくれた。


「わらわ、役に立てるような力は持っていません」

「そんなことはないよ?」


 きっと、これからお願いする役目は、イステリシアが適任なんだ。

 ううん、イステリシアにしかできない、と言っても過言ではないかもしれない。

 それに、これはイステリシアのためにもなるお役目なんだ。だから、是非受けてほしい。


 僕の言葉を受けて、イステリシアはじっとこちらを見つめる。

 僕は、イステリシアの瞳を見つめ返しながら、大切なお役目を告げた。


「ええっと、イステリシア。ここでも、精霊たちと鬼ごっこをしてね?」

「わらわ、絶望!」


 にこっ、と微笑んでお願いする僕。

 対照的に、イステリシアは周囲に集った数え切れない精霊たちの姿を確認し、顔を青ざめさせた。

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