次の任務へ

 ふて寝を決め込むレヴァリアを説得して、急いでお屋敷に戻った僕たち。

 するとライラの報告通りに、巨人の魔王が僕の帰りを待ち構えていた。

 しかも、不機嫌そうに!


「ええっと、いらっしゃいませ?」

「くだらぬ挨拶などはどうでも良い」


 雰囲気からして、やはり何か魔王の機嫌を損なわせるような事態が起きたんだろうね。

 殺気立った魔王の気配におびえて、お屋敷に住む耳長族の人たちは全員が逃げ出していた。

 魔王にお茶を出すミストラルも、困ったように苦笑している。


 なかなかに珍しい光景だね。

 魔王は、愉快な機嫌はよく表したりするけど、本気の不機嫌さはあまり表に出さない。

 まあ、こうして負の感情を出しちゃうと、殺気や瘴気しょうきが発生して周りに迷惑をかけちゃうからなんだろうけどね。


 ともあれ、魔王は不機嫌さを隠す様子もなく、僕を含む家族全員が集合するのを待っていた。


「それで、どうしたんです?」


 余計な詮索や遠回しな話の持って行き方は、今の魔王には通用しない。だから、率直に事情を聞いてみる。

 魔王はいかにもいらついた様子で、来訪の目的を口にした。

 しかも、僕たちが予想もしなかったことを。


「ルイララの消息が途絶えた」

「えっ!?」


 今度は、ルイララが行方不明に!?


 たしか、魔族の支配者と側近の幼女も、この間から行方不明だったよね?

 もしかして、何か関係があるのかな?

 僕が疑問を口にすると、魔王は大きくため息を吐きながら首を横に振る。


「違う。其方らも知っているだろう。ルイララには、妖精魔王や奴の支配する国の南部にある有翼族の国の周辺を調べさせようとしてた」


 そうでした。

 神族の不穏な動きも気になるけど、妖精魔王クシャリラがその騒動に便乗して何か騒乱を起こさないか、巨人の魔王は警戒していたよね。

 そして、クシャリラの領国の南部には有翼族の人たちが築いた国があるんだっけ。


 有翼族の国は、更に南部にあるという人族の小国で奴隷狩りを行なったり、天上山脈を超えた先で人攫ひとさらいをしているらしい。

 そして、攫ってきた奴隷を魔族の国や神族の国に売ることで、両方からの庇護を受けて国を上手く存続させているのだとか。


 クシャリラと神族。共に何かしらの動きがあるのなら、奴隷の売買も活発化している可能性がある。それで、巨人の魔王は西の地域の動向から多くの情報を得ようと、側近であるルイララを派遣した。

 だけど、そのルイララが消息を絶ったという。


「ルイララは、いったいどこで消息不明になったんです?」


 行方不明になった、ということがわかっているということは、定期連絡を取り合っていたはずだ。

 その定期連絡がある時から途絶えて、原因を調べたからこそ、魔王はルイララが消息不明になったと断言したんだと思うんだよね。

 では、ルイララはどこまで定期連絡を入れていたのか。それがわかれば、ある程度の目星が付きそうなんだけど。


「あれも、今回ばかりは単独行動ではなかった。調べる範囲が広かったからな。それで、幾人かの部下を連れて妖精魔王の国へと入ったところまでは報告が来ていた」


 ルイララは、僕たちとは違って空を自由に行き来するすべを持たない。もちろん空間転移も使えないから、地上を地道に西進してからクシャリラの国へ入ったんだよね。


 魔族の国は、なかなかに広い。

 魔王たちがべる国のひとつひとつがアームアード王国やヨルテニトス王国よりも遥かに広大で、目的の地域へ移動するだけでも大変だ。

 とはいえ、人族の国よりも発展しているおかげで街道はどこまでも綺麗に整備されているから、人族の国よりも移動速度は速くなる。

 だから、ルイララはこの短期間でクシャリラの国まで辿り着けたんだね。


 だけど、そこで問題が発生してしまったんだと思う。


「ルイララのことだから、野盗や魔物に遅れを取るなんてことはないと思いますが……」

「無論だ。あれも上級魔族。しかも始祖族の子だ。いくら剣術馬鹿とはいえ、山野に跋扈ばっこする下等な者に遅れを取るようなことはない」

「では?」


 いったいルイララはなぜ、消息を絶ったのか。

 手に負えないようなぞくや魔物、魔獣や妖魔のたぐいいに襲われた可能性は低い。だとすると、目的の地域に入ったことで、潜伏調査に入ったのかな?

 ううん、その可能性も低いよね。だって、潜伏するなら、そのむねを事前に報告するはずだもん。

 クシャリラの国に入ったルイララたちに、定期連絡できない状況が突然発生した可能性が一番に高い。


「ううーん。神族たちからも目障めざわりだと認識されるくらいの実力を持つルイララが、任務地であるクシャリラの領国内で消息を絶った……。目障りな存在……クシャリラの国……クシャリラ!?」


 ああっ、と思い付く僕。


「普通に考えれば、巨人の魔王が各地に密偵を放っているように、クシャリラだってきっと諜報員ちょうほういんとかを飛ばしていますよね? そうすると、クシャリラ側も巨人の魔王の動きをある程度は読んでいる可能性が高いと思うんです。そして、あのルイララですよ? 絶対に向こうからも目障りな要注意人物として注視されていたと思うんですよね!」


 ルイララは、神族の国へ偵察に行って、そこで目立つ行動を起こしてきた。なら、クシャリラの国でも周りが迷惑するような行動を取っていたんじゃないかな?


「それなら、ルイララは?」


 ミストラルの疑問に、僕は苦笑しながら推論を披露した。


「きっと、クシャリラの配下に捕まったんだと思うな!」


 間違いないと思います。

 ルイララは現在、クシャリラに捕らわれているから、定期連絡も偵察もできていないんだ。


「でも、あのルイララが大人しく敵側に捕まるかしら?」

「ミストラル、考えてもみてよ。巨人の魔王とクシャリラは仲が悪いけど、だからといって正面から喧嘩を起こすようなことはしていないよね?」


 巨人の魔王は、クシャリラの野望を阻止したり、以前に支配していた領土を蹂躙じゅうりんした後に占領したりと、何かと対立してきたけど。それでも、妖魔の王を討伐する際には、いがみ合いながらがらも協力してくれた。

 だから、犬猿の仲ではあっても、お互いの国を滅ぼしあったり、殺し合ったりするような関係ではないんだと思う。


 では、自分の王が戦争や騒乱までは望んでいないと知っている側近のルイララが、クシャリラの配下に襲われたらどうなるだろうね?

 きっと、殺し合いになれば魔王に迷惑がかかるとわかっているから、穏便に事を済ませようとするはずだ。

 実際に、僕やリステアが天上山脈でクシャリラの配下に襲われた時も、ルイララは程々ほどほどの抵抗しかしなかった。というか、あっさり捕まっていたよね!


「クシャリラの配下だって、色々と有名なルイララを手に掛けたら大事おおごとになることくらいはわかっているだろうから、命の保証はされているだろうけどさ。でも、自分たちの国を自由に歩き回られるのは嫌だろうから、監禁して自由を奪っているんじゃないかな?」


 僕の推論に、巨人の魔王は不機嫌ながらも頷いてくれた。


「こちらが立てた推測も、其方とほぼ同様のものだ」

「では、やはりクシャリラに捕らわれているから、定期連絡が途絶えたってことですね。ただし、どこに捕らわれているかわからないから、消息不明だと?」


 なぁんだ、と少し安心する。

 魔王が不機嫌さを隠しもせずに急用だと言うから、僕たちはてっきり物凄い事件が起きたのかと思っちゃったよ。

 だけど、消息が掴めないとはいえ、ルイララの身に差し迫った危機がないということはわかった。

 それで、僕たちは張り詰めていた気を少し緩める。


「この間のこともありますし、僕はてっきり、神族がいよいよ動き出したのかとあせっちゃいましたよ」

「愚か者め。神族の帝も、己が掘り起こした禁術がどういった類のものかくらいは知っているはずだ。ならば、慎重に事を進めているだろう。その尻尾を探るのにも慎重さが求められるのだから、おのずと時間は掛かる。シャルロットは別れ際に何十年もかかる案件だと冗談を言っていたが、実際的にももう暫くの時間は必要だろう」


 とはいえ、水面下では着実に、世界に生きる者たちを脅かす危険な計画が進んでいることは事実だよね。

 そして、神族の動きを少しでも詳細に知るためには、やはり有翼族の国を調べたりする必要がある。

 なのに、重要な任務をになっていたルイララが、クシャリラの妨害にあって消息不明になってしまった。

 だから、魔王は不機嫌なんだね。


「このままルイララが消息不明というだけならまだしも、もしも妖精魔王の手によって命を落としていたという最悪の事態になっていれば、私が面倒なことになる。あの海の暴れ者に、私が釈明に行かねばならなくなるからな」

「えっ! そっちの心配ですか!?」


 ルイララの件で魔王が不機嫌になっている理由の真実を知り、僕たちは苦笑し合う。

 どうやら、ルイララの親、つまり北の海の支配者は、巨人の魔王も嫌がるほどの暴れ者らしい。いったい、どんな始祖族なんだろうね?

 リームとフィオリーナも、海を遠くから見るだけにしておいて良かったかもしれないね。じゃないと、暴れ者の始祖族に襲われていた可能性だってあるからね。と、リームとフィオリーナの冒険譚を思い出す僕。

 だけど、平穏な回想にひたっている場合ではなかった。


「よって、其方らに申し付ける」

「へ?」

「これより、其方らもクシャリラの国へおもむき、ルイララを救出してこい」

「ええっ!」

「嫌なら、其方らを北の海に生贄いけにえとして沈める」

「そんな、ご無体むたいな!!」


 くううっ。

 巨人の魔王は、最初からこういう話の流れに持っていくつもりだったんだ!

 そもそも、ルイララが消息不明になったことを僕たちにわざわざ伝える必要はない。しかも、消息不明になったとはいえ、身の安全はほぼ確実に保証されているわけだし、その推論も自分たちでとうの昔に導き出していた。

 それなのに、僕たちのもとを訪れた理由。それは、僕たちを巻き込むためだったんだね!


「ええっと、休息は……?」

「もう充分に取ったであろう」

「いやいや、まだ足りないですからね?」

「ならば、さっさとルイララを救出して、その後にゆっくりと休めば良い」

「ルイララ救出作戦に、いったいどれくらいの期間が掛かるでしょうね!?」

「其方ら次第だろう」

「しくしく。あくまでも僕たちを行かせる気ですね?」

「無論だ。其方らに拒否権はない」


 この、極悪魔族めー! と、叫びそうになって。そうだよね、最悪の極悪魔族だから、魔王なんだよね、と自分で納得してしまう。

 そして、逃れられない任務なのだと知って、がっくりと項垂うなだれた。

 逆に魔王は、僕たちに面倒ごとを無事に押しつけることができたからか、不機嫌さを消す。


「よし。それでは、其方らの休息の話を聞かせよ」

「えええっ! ルイララの救出は!?」

「あれのことは、休息の話を語った後に処理すれば良い」

「後回しにされるルイララって……」


 酒を持ってこい、と我が家のように寛ぎ始めた魔王。

 ミストラルは肩を落としながらも言われた通りにお酒を取りに行き、ルイセイネとマドリーヌ様もさかなを準備しようと台所へ向かう。


「プリシアはどうした?」

「プリシアちゃんは、今は竜の森の村でお勉強中ですよ。たまには向こうで生活させないといけませんからね」


 そうか、と少しだけと手持ちぶたさを見せた魔王に、僕たちは微笑む。

 魔王も、プリシアちゃんが好きなんだね。


「あの娘を未来の魔王に仕立て上げる、という計画も面白い」

「駄目だめ、絶っっっ対に駄目ですからね!!」


 なんてことを言うんでしょうね!

 無垢むくな幼女を今のうちから洗脳して、魔王にしようとしていただなんて!


「くくくっ。嘘だ。私がそんなことをするはずがないだろう」

「本当ですかねぇ?」

「あれは、天真爛漫てんしんらんまんであった方が見ていて愛らしい。それを、面倒なことこの上ない権力争いの中心にとす気はない」

「もしもプリシアちゃんを魔族側に引き込もうとしたりしたら、全力で阻止しますからね!」


 僕たちは、ルイララの消息不明という事件よりも大きな危機を、乗り切った!

 よし、次はルイララを救う番だ。

 待っていてね、ルイララ。巨人の魔王に休息の話を披露した後に、助けに行くからね!

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