森を追われた者たち

「えええっ! ど、どうして?」


 カーリーさんやユンユンたちだけでなく、イステリシアも空を見上げて驚愕きょうがくていた。

 だけど、一番に驚いたのは絶対に僕だ。


「ななな、なんで、おじいちゃんが!?」


 地上に生きる者たちが大きく目を見開いて上空を仰ぎ見るなか、黄金色に輝く立体術式から黒く巨大な影が姿を現し出す。


「か弱き者共が手を取り合わず、仲間を見捨てるとは愚かしいにも程がある!」


 大気を震わせ、雷轟らいごうのような野太く重い声が響く。

 そして、超巨大な漆黒の竜が、その全貌ぜんぼうを見せた。


 禁領の空に転移してきたのは、竜の森を守護する古代種の竜族、スレイグスタ老だ!


 スレイグスタ老の瞳は、金色に爛々らんらんと輝いていた。


「我が見下ろす地上から逃げられると思うでないぞ!」


 咆哮と共に、スレイグスタ老は竜術を放つ。

 何本もの黄金の光線が、地上に向かって降り注ぐ。

 僕たちは、ただ呆然ぼうぜんとスレイグスタ老を見つめていた。


 いったい、なにが起きているのか。

 ううん、起きていることはわかるんだ。スレイグスタ老が転移してきて、逃げ出した耳長族に向かって竜術を放った。

 でも、その経緯がわかりません!


 ちょっと、リリィさん。貴女、なにをしたの?


 混乱する僕はともかくとして、事態は急変していく。

 スレイグスタ老の放った竜術の正体を、僕は知っている。

 いつも僕やみんなが恩恵おんけいを受けていた、あの竜術だよね。


 黄金色の光線は、森を逃げ惑ったり戦場から離脱した耳長族へ正確に命中する。

 そして、強制的にその身を転移させる。

 転移先はもちろん、僕たちのいるこの場所だ。


 僕たちの前方に、幾つもの立体術式が展開されて、眩しい輝きとともに、逃げたはずの耳長族たちが転移させられてきた。

 転移させられた耳長族は、自身になにが起きたのかということよりも先に、上空に悠然ゆうぜんと滞空する超巨大な竜の圧倒的な姿に絶望する。

 気の弱い者は、スレイグスタ老の漆黒の巨軀きょくを目にしただけで昏倒こんとうしていた。


「エルネアよ。逃げ出した者は捕らえた。あとは汝がこの事態を収束させよ」

「は、はい!」


 スレイグスタ老は上空から僕を見下ろすと、あとをたくす。

 僕は空から地上へと視線を戻し、改めて現状を確認する。


 森に侵入してきた耳長族たちは、もう逃げる気力もないようだ。

 そりゃあ、そうだよね。

 上空から、超巨大で恐ろしい姿のスレイグスタ老に睨まれているんだ。これで逃げ出したら、今度こそどうなるかわかったものじゃない。

 最初は強制的な転移で済んだけど、次回も命が無事だと思うような楽天家はいないはずだ。


 戦意を喪失そうしつさせ、絶望に暮れる耳長族たちの監視は、カーリーさんたちに任せよう。

 カーリーさんたちも、最初こそはスレイグスタ老の転移に驚愕していたけど、今では冷静さを取り戻している。そして油断なく、転移させられた耳長族を監視してくれている。


 なら、僕のすべきことは、別にある。


 僕は、抜き身のままの白剣と霊樹の木刀を手に、巨人化したユンユンとリンリンが押さえつけるイステリシアのもとへと歩み寄る。

 そして、問いかけた。


「それじゃあ、色々と聞かせてもらいます」


 ぜぇ、はぁ、と荒い息をつき、今にも衰弱すいじゃくで意識を失いそうなイステリシアは、だけど僕に向かってしっかりと視線を向ける。


「ふわぁ。わらわ、耳長族の真似事をしたり恐ろしい竜族を召喚する人族の少年は嫌いです」

「そうやって、気だるそうな演技をしても、通用しませんよ?」

「……演技じゃありません。本当に、この世界なんてどうでもいいですし、面倒なだけです」


 近くでよく見ると、イステリシアの瞳には輝きがなかった。

 それはまるで、未来への希望や現状への満足感を一切持っていない者の、絶望を通り越したあきらめの色だ。


 いったい、なにがイステリシアにこういう瞳をさせているのか。


「先ずは、禁領に来て、なにをしようとしていたのか教えてください。それと、バルトノワールのたくらみと、貴女たちの上にいるはずの管理者についても、聞かせてもらいます」

「要求の多いぼうや。それをわらわが素直に答えるとでも? ……うぐっ」

「いいから、さっさと答えなさいよっ」


 口ごたえするイステリシアを、リンリンが強く押さえつけた。イステリシアは苦しそうに悶絶する。


「リンリン、それくらいで止めてあげてね?」


 やりすぎると、イステリシアが意識を失っちゃう。そうすると、この騒動を解明する作業が遅れることになる。

 なにかがひとつ遅れると、それが後々に痛く響いてくるものだよね。


「イステリシア、僕はあいにくと強欲ごうよくなんだよ。だから、知りたいことは全部聴きだすし、聴きだすまでは容赦ようしゃしません」

「我らでさえエルネアの強欲っぷりには手を焼いたのだ。諦めて洗いざらい話すことだな」


 はい。僕の強欲が原因で、ユンユンとリンリンはこの場にいますからね! と、それはともかくとして。僕は、イステリシアにもう一度問いかける。

 だけど、イステリシアはかたくなに口を割ろうとはしない。

 なので、僕は勝手に身の上話を始めることにした。


「僕たちはね、巨人の魔王に認められて、この地で暮らしているんだよ。正確に言うとね、僕のお嫁さんのひとりが禁領の所有権をもらったんだ」


 禁領を貰った、という部分に、イステリシアの瞳がわずかに揺れる。


「それとは別でね。竜の森に住む精霊たちが増えすぎちゃって、移住計画を立てたんだ。それで、竜の森の耳長族を伴って、この森へと移住して来たばかりなんだよ」


 森へ移住してきた、という部分に、イステリシアの唇が震える。

 どうやら、その辺に思うところがあるらしい。

 でも、やっぱり口を割らないイステリシア。


 むむむ、これは手強いぞ。と思った矢先だった。


「この、簒奪者さんだつしゃめ!」


 怒りのこもった言葉は、カーリーさんたちが監視する耳長族からあがった。


「この森は、我らの森だ! 貴様らの方がよそ者で、罪を犯しているのだと知れ!」

「ほうほう、それはどういうことかな?」


 僕は一旦イステリシアの側から離れて、この現状で怒りを表す威勢のいい耳長族のもとへ向かう。


「その話って、変じゃない? 僕たちが聞いた話では、禁領には誰も住んでいないってことだったんだけど? それに、この森に入ったときにも、誰も住んでいなかったよ?」


 なんとなく、話が見えてきましたよ。

 だけど、耳長族の口から事情を聴きだすべく、話をうながす。すると、耳長族はこちらの思惑に乗せられて、饒舌じょうぜつに自分たちのことを口にした。


「この森は、我らの先祖が手放さざるをえなかった場所だ。我らにとって、ここは帰るべき約束の地。貴様らはそこへ、なんの許可もなく土足で踏み入った簒奪者だ!」


 はぁ、とカーリーさんが露骨なため息を吐いた。


「それは、いったい何百年前の話だ? 数年程度の話ならともかく、何百年も前の話を持ち出されてもな?」

「カーリーさんの言う通りだね。そんなことを言っていたら、きりがないよ」


 口に出すつもりはないけど、耳長族の理論で言うなら、そもそも世界を創ったのは女神様なので、この森どころか世界の全ては女神様のものであり、耳長族のものでさえなくなっちゃう。


 あまりにも耳長族に都合の良すぎる解釈かいしゃくの話に、誰も真剣には向き合おうとしない。

 耳長族は、自分の主張が軽く受け流されたことに激怒し、暴れようとする。

 だけど、ケイトさんが精霊術を使い、拘束する。


「そういえばさ、みんなで森を見て回ったときに、古い遺跡を見つけたよね? それと、森を守り続けてきた光の精霊さんもいたよね」

「それこそが、我らの祖先がこの森に暮らしていたというあかしだ!」

「で、それを証明する明確な証拠しょうこは?」


 カーリーさんの冷たい問いに、うっと言葉を詰まらせる耳長族。

 自分たちの立場を主張するのはいいけど、説得力のない言葉や、証拠を立証できない話を受け入れることはできない。

 とはいえ、話が見えてきた。


 どこで情報を手に入れたのかはわからないけど、イステリシアたちはこの森にカーリーさんたちが住み着いたことを知ったんだと思う。

 それで、イステリシアと耳長族たちは、先祖が暮らしていた土地を奪い返そうと、森に入って僕たちを襲ってきたんだ。


「貴方たちの主張はわかりました。だけど、僕たちもきちんとした手順で禁領に入り、この森を見つけて暮らし出したんだ。だから、そちらの一方的な言い分だけで退くことはできないよ。だいたい、精霊たちもこの森を気に入っているからね」


 自分たちの主張を突っぱねた僕を、耳長族は睨んでいた。

 でも、仕方がないよね。だって、僕たちには僕たちの主張があり、暮らしがあるんだ。相入れない部分をこの場で議論しあっても、絶対に結論は導き出せない。

 なぜなら、お互いを知るためにはまだ時間も理解も足りないんだ。

 それで、僕は改めて質問する。


「それで、生贄ってどういうこと?」


 イステリシアが口を割らない以上、饒舌に語る耳長族から聴き出すしかない。

 僕は耳長族を見る。

 十七年しか生きていない僕の数倍以上の年齢を重ねたはずの耳長族は、僕に睨まれるとこれまでの激昂げきこうもどこへとばかりに、視線をらす。

 どうやら、生贄に関する身内の話は、かなり気まずいもののようだね。

 でも、この話を聞き逃すわけにはいかない。


「言え。身内から生贄を出し、それを非情に見捨てるお前たちは、同じ耳長族として見過ごすことはできない」


 凄みのあるカーリーさんの言葉に、耳長族は歯を食いしばりながらも目を泳がせていた。

 すると、別の耳長族が口を開いた。


「違うわ。私たちだって、好き好んで生贄を出していたわけじゃない! そうしないと、生きていけなかったのよ!」

「ほう?」


 慌てた様子で話し始めたのは、若い女性の耳長族だった。

 カーリーさんは鋭い気配のまま、女性を見る。

 話すんじゃない、と制止しようとした周りの耳長族たちを、プリシアちゃんの両親が取り押さえる。


「あ、あの呪われた大杖が原因なのよ。それで、私たちは精霊と絆を結べないし、もうこれまで住んでいた森には帰れないのっ」

「意味がわからないな? その話と生贄にどういう関係性がある?」


 上空では相変わらずスレイグスタ老が睨みを利かせ、地上ではカーリーさんや僕たちが追い詰めている。それで、女性は切羽詰せっぱつまっているのか、思いついたまま口にしているようで、話の要領が悪い。

 でも、女性の話を聞いていくうちに、耳長族たちの事情が見えてきた。


 邪悪な大杖は、イステリシアも言っていたけど「大罪たいざい大杖おおつえ」というらしい。それもなんと、あの九魔将きゅうましょうの武具のひとつなのだとか。

 大罪の大杖は、あらゆる生命を喰らい、魔力へと変換する。


 竜姫であるミストラルや、古代種の竜族であるアシェルさんでさえ使えない空間転移の術を発動させられるような代物しろものだ。

 その恐ろしさは、先ほどしっかりと確認させてもらったよね。


 その大罪の大杖は、二千年ほど前に耳長族に引き渡された。どうやら、耳長族がこの森を追われたのも、その頃らしい。


 おいおい、とカーリーさんはため息を吐いていた。

 さっき耳長族が主張していたことって、何百年も前どころか、二千年も前だったなんてね。

 長命な耳長族でも、二千年という歳月は遥か昔というくくりになるみたい。


 まあ、それはともかくとして。


 それ以降、耳長族は大罪の大杖を扱う者を選出しなければならなくなった。


 大罪の大杖に力を補充するとき。所有者が耳長族であれば、犠牲になりやすいのはもちろん精霊たちだ。

 それで、大罪の大杖を扱う者は精霊たちから嫌われる。


 耳長族たちも、精霊を犠牲にすることへの罪悪感くらいは持っている。

 だから、選出された者を耳長族自身も嫌う。

 そしていつしか、選出者のことを生贄と呼ぶようになり、み嫌い、うとんじ始めたのだとか。


 酷い話だよね。

 自分たちで選出しておきながら、その人をれ物のように扱い、嫌うだなんて。

 イステリシアは、そんな酷い扱いを身内から受けてまで、どうして一族を導こうとしていたのかな?

 ふと疑問に思い、イステリシアを見る。

 だけど、イステリシアは僕になにも語ってはくれなかった。


 女性の話は続く。


 生贄になった者は、精霊から嫌われる。ただ、それだけでは済まず、生贄を出す耳長族の一族も精霊たちからは疎まれてしまう。

 それで、友情による契約は結べず、力による支配でしか精霊を使役できなくなったのだとか。


 なるほど、そういう事情で、ああいう戦い方しかできなかったのか、と先ほどの戦闘を振り返る僕たち。

 だけど、耳長族の話を「仕方なかったんだね」と済ませるわけにはいかない。


 仮にも、彼らは耳長族なんだ。

 耳長族は精霊と共存することこそが誇りじゃなかったの?

 カーリーさんたちも、耳長族の身勝手な主張を聞いて、眉間にしわを寄せていた。


「精霊に犠牲を強いるなど、耳長族の風上かざかみにも置けん奴らだ。そもそも、生贄を出すくらいならば、その大罪の大杖を破棄はきしてしまえばよかったのだ」

「そ、そんなこと、できるはずがないわっ!」


 カーリーさんの主張に、耳長族の女性は顔を青くして強く否定する。


「そんなことをすれば、私たちは生きていけない。私たちは、あの方の庇護ひごの下でしか生きられなかったのよ!」

「ねえ、その『あの方』って誰のこと?」


 僕の問いかけに、周囲から「言っては駄目だ」と注意する者がいた。だけど、女性は全てを洗いざらい話せば助かると思い込んでしまっているようで、制止も聞かずに教えてくれた。


「私たちは、魔族を支配する者にわれているのよっ。生贄があの方の要望に応える限り、私たちの一族は魔族の世界でも暮らせていける。そうよ、私たちはあの方のてのひらの上で踊らされているだけなのよ!」

「なっ!!」


 耳長族の女性の口から漏れた者の存在に、僕たちは絶句した。

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