戦場は修羅場です
白剣の鋒を睨むベリーグ。
「竜の森の守護竜。その牙から削られた竜殺しの剣か」
「これを知っているのなら、話は早いです」
「愚か者め。知らぬのはお前さんの方だ。俺には、そういったものも一切通用しないと思え」
ベリーグにはつまり、竜に関するありとあらゆるものが通用しないということだろうね。
でも、知らないのはベリーグも同じこと。
僕は姿勢をぐっと落とし、全身に力を貯める。
「ルイセイネは、援護をお願い」
「お任せください。お二人の邪魔をする者は通しません!」
ルイセイネは理解してくれている。これは、僕とベリーグの一騎打ちだ。でも、周りはそう思わないかもしれない。説得を受けていない北部の竜人族の戦士。魔族や魔獣が邪魔をしてくる可能性もある。
ルイセイネは、一騎打ちに介入する者への対処として、外向きに薙刀を構えた。
「こうなっては、エルネアに任せるしかない。ヘオロナ、俺たちは俺たちの役目を負うぞ」
「しっかたねえな。エルネア、ここは任せたぜ」
ジュラとヘオロナは、各々の戦場へと駆けて行く。
僕とベリーグが相対する周りでは、いま現在も激しい戦闘が繰り広げられていた。
数にものを言わせ、ニンブレン高山の中腹部にある村に迫る、魔族と魔獣の混成軍。それを阻止しようと、以南の戦士たちが奮戦していた。そしてそれを邪魔し、襲いかかるのが北部の戦士たちだ。
以南の戦士たちは数と勢いに押され気味で、魔族軍は既に村の手前まで迫り始めていた。
そこへレヴァリアの放った炎が降り注ぎ、ニンブレン高山の斜面を煉獄の地獄へと変えた。
土煙と炎の竜巻が荒ぶる戦場のなかで、僕とベリーグの間にだけ、静寂が存在した。
不動竜王ベリーグ。地竜の竜宝玉を受け継ぐらしい。ずっしりと構えた姿勢が、何者にも動じない、まさに不動の存在に感じさせる。
両手で、破壊力のありそうな
僕は大地を蹴り、そこへ高速で迫る。
睨み合っていても、戦いは終わらない。ならば、先手を取るまでだ!
いつものように相手に接近し、両手の武器を振るう。
相手が何者であろうとも、僕の戦い方は竜剣舞を中心としたもの。手数と流れる動きで全てを
白剣をベリーグの腹部めがけて、横薙ぎに一閃する。竜気の篭った白剣はしかし、ベリーグの分厚い鱗の表面をなぞっただけで弾かれた。
弾かれた勢いを利用し、今度は霊樹の木刀を逆方向から振るう。今度は、鱗のない目元を狙った。
ベリーグは視線だけを霊樹の木刀へと向ける。そして必要な分だけ頭を動かすと、紙一重で
僕の二連撃を必要最小限の動きだけで防いだベリーグが動く。両手鎚の先端が僅かに動く気配を感知する。それと同時に、危機感が一瞬で膨れ上がる。
僕は躊躇うことなく空間跳躍をして、後方で周囲への警戒をみせていたルイセイネのもとへと飛ぶ。続けて、ルイセイネを抱えてもう一度、ベリーグから更に離れるように、空間跳躍をした。
直後。
爆風が戦場を突き抜ける。遅れて、ベリーグを中心に地表が
僕とルイセイネは身を低くして、飛散した岩や土砂を回避した。
霊樹の術と竜術で多重に張った結界に、岩や土砂が激しくぶつかる。それに紛れて、大粒の竜術の塊も一緒に、周囲へと撒き散らされていた。
泥のような塊が結界を突き破る。霊樹の葉っぱで更に多重の障壁を張り、それをなんとか防ぎきる。
「っ!!」
絶句するしかない。
たった一撃。おそらく両手鎚の一振りだけで、この威力。
破壊の波が収まったあと。起き上がった僕とルイセイネは、爆心地の中央で変わらない姿勢のまま構え続けているベリーグを、
振るったはずの両手鎚は、もとの位置で構えられている。
そして、じっとこちらを見据えるベリーグ。
渾身の一撃。絶対的な防御力で相手の攻撃を耐え躱し、たった一撃の反撃で相手を倒す。
動きに無駄はなく、二撃目も必要としない。最小限の戦いを極めた戦士こそ、不動の竜王ベリーグなんだ。
でも、僕はそれを耐え抜いた。
ベリーグの視線には、渾身の反撃が回避されたことへの驚きと、次に備えた油断のない意志が宿っていた。
「エルネア君……」
腕のなかで、ルイセイネが僕の顔を見つめる。
「大丈夫。僕はベリーグと戦えるよ」
ルイセイネに微笑むと、僕はもう一度ベリーグと相対した。
「あれを
「これでも、何度も死線をくぐり抜けているからね」
一歩一歩、ベリーグの一撃で荒地と化した大地を踏みしめて、間合いを詰めていく。
「これだけの力を持っていて、貴方は竜峰のために戦ってくれないんですね」
「言っただろう。俺はもう止まらねえ。いや、止められねえ。竜王という称号も、竜人族の同胞も竜峰も、どうでもよくなっちまった。あいつの居ない世界なんざ、おれは興味ないんだよ」
ベリーグの言葉に、僕は返す言葉が思いつかない。
僕は大切な人たちを失ったことがないから、ベリーグの心の痛みを想像することはできても、完璧に知ることはできない。知ったかぶりで何かを口にすれば、ベリーグを
だから、僕に今できることは。ベリーグの悲しみと憎しみと絶望を、全身で受け止めることしかない。
ベリーグの戦い方はわかった。
だからもう、背後のルイセイネに身の危険が迫るような無様な戦い方はしない。
手に持つ白剣と霊樹の木刀に力を込めると、僕は空間跳躍をした。
歩きながらゆっくりと間合いを詰めていた流れから、一気に加速させる。
白剣の間合いまで一瞬で跳躍し、鋭い突きを放つ。白剣の剣先がベリーグの胸元、分厚い鱗の隙間に食い込む。だけど表皮までは届かない。
そこへ、霊樹の宝玉から
一瞬だけ
視線だけを動かし、僕を睨む。
竜術だけでなく、魔法も使うのか。ベリーグの瞳がそう語っていた。
でも、魔力に由来する雷撃も通用していない様子。
それなら!
周囲に無数の葉っぱを出現させ、高速で乱舞させる。葉っぱ一枚一枚が鋭い刃になり、ベリーグの全身を襲う。焦げ茶色の鱗には傷ひとつ与えられないけど、肌がむき出しの口元が切れた。
ベリーグは乱舞する葉っぱの危険性を察知し、顔に迫るものを最小の動きで回避する。少し顔を動かすだけで葉っぱは狙いを外し、頬や額の鱗に弾かれた。
ベリーグの視線が、僕から乱舞する葉っぱへと移った。
僕自身の攻撃は、分厚い鱗で動かずとも防ぎきれる。そういう判断。間違えてはいない。竜剣舞でどんなに手数を増やそうとも、僕の剣はベリーグの鱗を削ることもできない。
だけど、僕は竜剣舞を舞い続けた。
どんなに弾かれようと、鱗をなぞるだけだろうと、手と脚と全身を止めることなく、不動の男を前に、軽やかに舞う。
「無駄だ。お前さんの攻撃は俺には効かない。俺の感情を受け止めると大口を叩いておきながら、この程度か!」
眼前に迫った葉っぱを回避し、僕を睨むベリーグ。
「そうですね。僕の攻撃は通用しないようです。でも、僕は八大竜王。称号を汚すようなことはしません!」
強い意志で睨み返す。
竜術どころか、雷撃も霊樹の術も通用しない。物理的な
でも!
僕にはまだ、戦う
葉っぱの乱舞も、竜剣舞も、全てが下準備にすぎない。
僕の揺るがぬ意志に、ベリーグはようやく周囲の異変に気付く。
戦場を覆い尽くすように広がった竜気。そして、荒々しく渦を巻き、中心の僕に向かって収束していく嵐。
ベリーグは目を見開く。そして、不動に構えていた両手鎚を振るおうとした。
「させない!」
僕の意思に従い、ベリーグの足元から緑鮮やかな
「ぐっ……これは!」
霊樹の木刀に絡みついている蔦だよ。と心のなかで呟く。
正確には、霊樹の幼木にいつも仲良く絡みついている蔦。蔦は霊樹とは別の植物。でもなぜか、僕の意思や霊樹の術に反応をしていた。
僕は蔦を霊樹から離し、竜剣舞を舞いながら地表へと隠した。
葉っぱの乱舞は、蔦を隠したことや嵐の竜術をこっそりと発動するための目くらまし。
蔦によって身動きを封じられたベリーグ。それでも、力任せに両手鎚を振るおうとした。
だけど、もう手遅れだよ!
嵐の中心をベリーグの周りに残したまま、僕は空間跳躍で後退する。
そこへ、暴風に乗って引き寄せられた、巨大な岩石が飛来する。
ベリーグの倍以上ある岩が、竜気の渦に乗って、高速で嵐の中心へと迫る。
それだけではない。他にも大小数え切れない岩や土砂が、ベリークを襲う。
「ぐがあっ!」
最初の巨大岩石を粉砕したベリーグだったけど、無尽蔵に迫る岩や石や土砂の攻撃に苦悶の声をあげた。
土砂とはいえ、塊で飛んでくれば立派な凶器になる。石は嵐を物理的な荒々しさに変えて、ベリーグの動きを鈍らせる。そして巨大な岩石が、
鋭利な攻撃が効かないのなら、鈍く重い攻撃に切り替えれば良い。
僕の竜剣舞が通用しない。でも、ミストラルならどうベリーグと相対するだろうか。そう考えたとき。竜術は効かないけど、ミストラルの恐ろしい片手棍なら、ベリーグの鱗ごと粉砕するだろうな、と思ったんだよね。
案の定。岩石の殴りつけつるような攻撃に、ベリーグは苦悶した。
「こ、この……!」
ベリーグが僕を睨む。でもそこへ岩が高速で飛来し、顔にぶつかる。ベリーグの顔が弾かれたように傾く。そして
効いてる効いてる。
こうなれば、あとはもうベリーグが降参するのを待つだけだ。
ベリーグが反撃の戦鎚を振るう。だけど、戦場全てから集まってくる障害物に阻まれて、僕のところまで攻撃が届かない。
「ぐぎゃぎゃぁぁっ」
「ぐええ、なんだこれは!」
「くおぉぉぉっっ」
嵐の竜術に巻き込まれた魔族や魔獣が、暴風に呑み込まれて空中を舞っている。そして勢いよく中心のベリーグに向かい、飛んでいく。
流される途中で岩石にぶつかり、潰され、肉塊へと変わっていく。
生きてベリーグにぶつかっても、衝撃で無残な最期を遂げることになった。
「エルネア君、容赦ないですね」
戦況が決したと判断したのかな。ルイセイネが近寄ってきて、苦笑された。
「うん。僕にはこれしかできないから」
僕の言葉に、ルイセイネが首を傾げる。
「僕には、ベリーグの悲しみの全ては受け止められないと思うんだ。それなら、こんな僕にできることといえば、ベリーグの最愛の人のための
嵐の勢いがひと時だけ止む。
暴風の中心では、全身の鱗が剥げ落ち、苦悶に顔をしかめるベリーグが、片膝をついていた。だけど、視線は揺れることなく僕へと向いていた。
「……これが、お前さんの力か」
「そうです」
「八大竜王の強さか」
「身をもって知っていただけましたか?」
未だに暴風が吹き荒れ、外周では岩や土砂に混じって、魔族や魔獣までもが吹き飛ばされている状況。そんななかで、僕とベリーグの声はなぜか
「俺の妻は、お前さんに倒されたのか……」
「間違いありません。僕がこの手で。全力で相手をしました」
「……そうか」
ベリーグは、僕へと向けていた視線を、瞼を閉じて
「あいつは、これほどの強者と最後に相対したのだな。俺でさえも、手も足も出ない男。八大竜王が引導を渡してくれたのか」
独り言のように
僕とルイセイネは、静かにベリーグを見つめ続けた。
ベリーグの最愛の人も、戦士だった。ただ、呪われた武器を手にしてしまい、不本意な最期を遂げてしまった。
ベリーグは悲しみよりも、それが許せなかったんじゃないかな。
竜人族の戦士は、戦士として高い誇りを持っている。厳しい修練を積み重ね、試練を乗り越えた者だけが戦士になれる。それなのに、呪われてしまって自我を失い、不本意な戦いで命を散らせることは、
ベリーグはもちろん、最愛の人を失った悲しみを持っている。でもそれ以上に、哀れな最期だったはずの伴侶を
そんなベリーグに、僕ができること。それは、貴方の大切な人は、戦士として立派な最期でしたよ、と教えてあげることではないのか。
ベリーグの愛した人は、けっして弱くはなかった。ベリーグ自身が強さを認めた相手と死力を尽くして戦い、亡くなったのだと証明しなきゃいけない。
呪われて、不名誉な死を遂げた人は、実は最後まで戦士らしく勇ましかったのだと、ベリーグに教えてあげなきゃいけない。
これが、僕にできる唯一の
「あいつは、戦士として死んだのだな」
戦士はときとして、戦場で死ぬことを望むという。もしかすると、ベリーグの愛した人もそういった人だったのかもしれない。
「……あいつが呪われてしまったとき。俺はなにもしてやれなかった」
長い沈黙のあと、ベリーグは瞳を開き、両手鎚を手放して両手を見つめた。
「本当は、俺が引導を渡してやるべきだったんだ。不名誉な死を遂げる前に、俺がこの手で送ってやるべきだった。だが、できなかった。俺にはあいつを手にかけることができなかった。なんと弱き心。情けない覚悟。こんな俺が竜王? 馬鹿を言うな。俺は竜王でも誇り高き竜人族の戦士でもない。情けない臆病者だ」
「違いますよ。貴方は立派な竜王です」
ベリーグの嘆きに、僕は答える。
「僕も、絶対に家族を手にかけることはできません。失ったら、きっとどん底まで悲しみます。でも、それって人として普通でしょう?」
誇り高い戦士だから、身内の死にも悲しんじゃいけない。竜王だから、なにがあっても竜峰と竜人族のために動かなきゃいけない。そんなのは、違うと思う。悲しいときには悲しんで、辛いときには塞ぎこんでも良いじゃないか。
「貴方の悲しみも嘆きも、正しいと思います。でもだからこそ、前を向いてほしい」
僕はベリーグに歩み寄り、手を差し伸べる。
「貴方と同じ悲しみを、いま多くの竜人族や竜族が味わっています。全ては、魔族とオルタのせいです。貴方は、自分の子供や残された身内が同じような境遇になってもいいんですか? これ以上、更に悲しみを重ねるんですか? 嫌だと言うのなら、僕の手を取ってください。そして、一緒に竜峰の騒動を鎮めて、みんなで亡くなった者たちの
差し出した手を、じっと見つめるベリーグ。
「しかし、俺はもう……」
「ああ、本当に頑固だ!」
心はもう揺れているくせに。僕との戦いを通して、次になにをすべきか
僕はベリーグの手を取り、強引に立ち上がらせた。
「この頑固者! たまには自分の心に正直になってください!」
「いや、正直になりすぎた結果が、さっきまでの暴走だったと思うのだがな……」
「言われてみると、そうでした……」
くだらない会話で、僕とベリークの顔に、ようやく笑顔が浮かんだ。
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