不動竜王ベリーグ

 獣魔将軍じゅうましょうぐんネリッツ率いる魔族軍と魔獣の混成部隊が、ここから西へと行った場所にあるニンブレン高山に攻め入ったと知らせが入ったのは、ザンたちに合流をした翌日だった。

 早速、集まった以南の戦士たちが動きを開始する。


「ニンブレン高山て、どんなところ?」


 僕の質問に、寝所を出て戦支度いくさしたくを始めたザンが教えてくれた。


「北部から竜峰南部に攻め入ろうとした時には、重要になる拠点のひとつだ。あそこは周りに標高の高い山脈がないからな。見晴らしが良い場所になる。空を飛べない奴らにしてみれば、絶好の拠点になるんだ」

「でも、北部の竜人族たちは、そこじゃなくてここを重要視して攻めてきてたんだよね?」

「北部の奴らも、一応は一流の戦士だ。空を飛べる。空を飛べるなら、渓谷沿いのこちらの方が移動には適している。だから北部の連中から見れば、こちらの方が攻めたい場所になるな」

「それじゃあ、獣魔将軍ネリッツは、竜人族の不意を突いた感じなんだ?」

「ふん。そんなことはない。言っただろう、向こうは地上を進む鈍足どんそくな奴らにとっては重要な拠点になる場所。そうとわかっていて、こちらが手薄にすると思うか?」

「言われてみると、そうだね」

「ニンブレン高山の中腹にも、村がある。向こうには竜王のジュラとヘオロナが控えている。それと、変身できない竜人族の戦士たちもな」

「おお、それなら安心なのかな?」


 という楽観は、次の報告で砕かれた。


「魔族どもと一緒に、竜王ベリーグと竜人族の戦士たちも動いているぞ!」


 竜王ベリーグの情報に、村中が慌ただしさを増した。


 ザンから、前もって聞かされていた。

 竜王ガーシャークと同じように、北部出身の竜王ベリーグが北部側に付いて動いていると。

 だから、いずれ動いてくるとは誰もが予想をしていた。でもまさか、魔族と行動を共にしているなんて!


「ベリーグが動いているとなると、加勢を送った方が良いかもしれん」


 進言したのはガーシャークさん。

 どうして? と質問する僕に、ヤクシオンが口を開いた。


「竜人族にとっては、ベリーグは難敵だ。なにせ、竜術が一切通用しない。竜術だけの戦いであれば、あの竜姫でさえ手も足も出ぬよ」


 ミストラルの竜術をも防ぐ、竜王ベリーグか。物理無効の魔王クシャリラといい、普通に戦うと苦戦するような大物が当たり前のように登場する現状に、正直少しだけ辟易へきえきする。


「魔族どもだけなら、向こうの奴らだけでもどうにかなるかもしれんが、ベリーグか」


 むむむ、とうなるヤクシオン。

 ヤクシオンは、ザンが憧れる竜王なだけあって、側に居るだけで圧倒的な存在感と安心感を与えてくれる。

 でも、そのヤクシオンを唸らせるほどの相手なんだね。


「じゃあ、僕が行きます!」


 僕がここに到着して、すでに一日経っている。その間に、村に集まっていた竜人族の人たちは、目紛めまぐるしい動きを見せていた。

 交渉に長けた人は、僕が持ち帰ったアゼルお爺さんの手紙を持ち、早速北部の竜人族と接触をしようと、空に旅立った。

 隠密に優れている者、護衛を得意とする者は、竜の墓所を慎重に移動しているはずのミストラルたちを迎えに出発している。


 行動を開始した多くの戦士たちが村を出て、ここは現在、手薄になっていると言ってもいい。

 もしも北部の竜人族を説得できずに攻め込まれたら。もしも魔族の軍勢の一部がこちらに攻め入ってきたら。そう考えると、ここの戦力をこれ以上削ぐことに危険性を感じる。


 それなら、自由に動ける僕が動くしかないよね。

 僕たちは、対オルタ戦に控えている状態だけど、向こうが姿を現さないと、動きようがない。

 現在、オルタの所在は不明のまま。竜奉剣りゅうほうけんを奪ったあとの足取りが掴めていない。


「頼めるか?」


 ザンの問いに、力強く頷く。


「レヴァリアとリリィも居るし、移動速度は竜人族の人たちにも負けないよ」

「よし、ならお前に任せる」

「無茶はするなよ。こちらも準備が整い次第、魔族軍の討伐に向かう」

「あいつは地竜の竜宝玉を持っているせいか、恐ろしく頑固だ。北部で囚われていた奴らのことを話しても説得に応じないようなら、一発殴ってこい」

「やるだけやってみます。僕には竜術以外の攻撃手段も有りますし」


 右腰にさした霊樹の木刀。霊樹とアレスちゃんの力を借りれば、霊樹の術が使える。

 左腰にさした白剣にも、新たな力が宿っている。巨人の魔王の魔力が込められた霊樹の宝玉が、鍔にはめ込まれていた。


 僕は、いつでも動けるように準備をしていた荷物を手に取ると、足早に村の広場へと向かう。

 広場には、レヴァリアたちが待機してくれていた。


「エルネア君、おともします」


 村の慌ただしさを敏感に察知したルイセイネが、僕と同じように準備をして駆けて来た。


「うん。西で動き出した竜王のベリーグを止めに行くよ!」

「はい!」


 ルイセイネと頷きあうと、僕は空間跳躍でレヴァリアの背中に乗り移った。


『くっ、貴様ら。我は連れて行くと一言も言っていないぞっ』

「あらあらまあまあ。連れて行ってくださらないのですか?」

「レヴァリアが嫌がるなら、代わりに連れて行きますよぉ」

『黙れっ。ここに居ても暇だ。さ晴らしに我が連れて行ってやる!』


 村の広場で騒ぎ出した僕たちを見て、竜人族の人たちが顔を引きつらせていた。

 ご心配なく。レヴァリアは怒っているわけじゃないですよ。いつもの会話です。

 竜人族の人たちも、みんなが竜心を会得できれば良いのにね。そうしたら、レヴァリアたち竜族とも楽しい会話ができるのに。


 よし。落ち着いたら、竜族と竜人族の交流の場を設けよう。と新たな目標を見出みいだしつつ、出発の準備を待つ。

 待っていたのは、フィオリーナとリーム。それと、嫌々だけどルイララ。


『わたしも頑張るよっ』

『リームも活躍するよぉ』


 村の子供と遊んでいたフィオリーナとリームが、躊躇ためらいなくリリィの背中に乗る。


「無茶は駄目ですからねぇ。危険が迫ったら、逃げましょうね」


 ニーミアがいない現在、幼竜の守護はリリィにお願いをしている。本当は連れて行かないことが最良なんだけど、フィオリーナたちにもいざという時の仕事があるんだよね。

 だからなるべく、僕の側に居てほしい。


「いやあ、置いて行かれるかと冷や冷やしたよ」


 遅れることしばし。ルイララが村の外から戻って来た。


「情報は手に入った?」


 僕の質問に、ルイララは疲れたように首を横に振った。


「駄目だね。ネリッツらしき上級魔族の気配だけしか感じられないよ。ゴルドバはともかく、大邪鬼だいじゃきヤーンはどこへ行ったんだろうね?」


 獣魔将軍ネリッツがニンブレン高山に攻め入ったと情報が入った直後。ルイララには一度、偵察に出てもらっていた。


 竜峰に侵入した魔族の大軍の中でも特に大物は、ネリッツ以外にも、魔将軍で死霊使いゴルドバと大邪鬼ヤーンが居るはずなんだ。そして、可能性として魔王のクシャリラも。

 だとしたら、ニンブレン高山に現れたのがネリッツだけとは考えにくい。そこで、ルイララには偵察をお願いした。


 悔しいけど、ルイララは巨人の魔王の信頼も厚く、爵位持ちの上級魔族なんだ。僕の全力の一撃でも平気な恐ろしい魔族。

 ルイララは、遠く離れていても魔将軍の気配くらいはわかるというので、調べてもらった。

 だけど、結果は顔を曇らせるようなものだった。


 竜峰に侵入した魔族とは既に何度か、衝突を繰り返しているらしい。だけど、先陣に立つのは必ず獣魔将軍ネリッツらしく、残り二名の動きが知れない。


 ヤーンとゴルドバに関する情報で、以南の竜人族が手に入れることができたものは、僕たちが戻ってくる前に僅かに流れてきた情報だけ。


 竜峰北部から侵入した魔族軍のうち、ヤーンは東進しているらしい。でも、どこまで侵入されたのかはわかっていない。

 北部竜人族なら情報を持っているだろうから、説得ができたら聞き出さなきゃいけない。

 ゴルドバも東進していたらしいけど、途中で竜の墓所に入ってしまい、竜族と激しい戦闘を繰り広げているらしい。


 まさか、道に迷った挙句あげくに、死期が迫った竜族に絡まれたのかな? というのは安易な考えだろうね。ゴルドバは死霊使い。そして、ヨルテニトス王国でのことを思い出してしまう。

 最悪の事態にならないことを、今は祈るしかない。


 ちなみに、ゴルドバが入り込んだ竜の墓所とミストラルたちが進んでいる場所は遠く離れているみたいだ。保護に向かった竜人族の人たちもゴルドバの動きを知っているはずだから、上手く回避してくれるに違いない。


 ルイララの報告を聞くと、やはり動きの読めない大邪鬼ヤーンが気にかかってしまう。でも、そちらの心配をしている場合ではない。


 ルイララがこちらに飛び乗ると、レヴァリアとリリィは空へと舞い上がった。


 竜峰の空は、レヴァリアの庭。レヴァリアが先導するように、西へと羽ばたく。

 急加速で、いっきに地表や山脈の風景が流れ始めた。


「ねえ、ルイララ。獣魔将軍てどんな魔族?」


 移動しながら、必要な情報をルイララから聞き出す。


「獣の魔将軍だよ」

「いや、それは名前からなんとなくわかっているよ」


 冗談なのか本気なのか、わからないから困る。


「僕も会ったことがないから伝え聞く程度だけど。ネリッツは、巨大な黒い熊の姿らしいよ。そう聞くと獣人族のようにも思えるけど、ネリッツは熊の頭が二つ、背中には蝙蝠のような翼、尻尾からは眷属の熊を召喚できるらしいね」

「うん、それはもう熊でも獣人族でもないね! やっぱり魔族だね!」


 それって、頭が熊なだけで、完全に化け物じゃないですか。


「まぁ、そうかもね。魔族にはそういった亜人が多いんだよね。そうそう。もう勘付いているかもしれないけど、ネリッツはある程度の強さの魔獣なら支配できるよ」

「報告にあったね。魔獣と共に攻撃してきたって」

「そう。だからきっと、竜峰に入ってからも魔獣を次々に支配して、軍数は膨れ上がっていると思うよ」

「念のために聞くけど。まさか猩猩しょうじょうを支配できたりはしないよね?」

「猩猩は無理。あんな恐ろしい魔獣は、陛下やシャルロット様じゃなきゃ太刀打ちできないよ」


 ……さらっと、恐ろしいことを言いませんでしたか?

 巨人の魔王はともかく、側近のシャルロットもそんなに強いの?

 横に伸びた金髪巻き毛の細目の女性を思い出す。武器は確か、鞭だったよね。


 ぶるり、とひとつ身震いをして、気を取り直す。

 すると、すぐさま戦地が視界に入ってきた。


 周囲にそびえる竜峰の険しい峰々の一部に、随分と低い山岳地帯が広がっていた。そして、そこにひとつだけ、雲を突き破る標高の極めて高い山が姿を現す。その高山の麓から中腹部にかけて、幾つもの土煙が上がっていた。


「レヴァリア。僕たちの狙いは竜王ベリーグだよ。それを探して」


 レヴァリアは僕の言葉に咆哮で応えた。

 そして狙いを定め、高山の底部へと突っ込んでいく。

 リリィは高度を上げて、雲の上へと上がる。


「言っておくけど、僕はこの戦闘やオルタ戦にも参加はしないからね?」

「うん。ぜひそうお願いするよ」


 また後ろから襲われたら困ります。


 ぐんぐんと高度を下げ、目的の人物に迫るレヴァリア。見据える先では、三人の人物がこちらに気づいて見上げていた。


「ルイセイネ、行くよ!」

「はいっ」


 僕はルイセイネを抱き寄せる。そして、高度を限界まで下げたレヴァリアの背中から、空間跳躍で飛び降りた。

 レヴァリアは背中から僕とルイセイネの気配が消えたことを確認すると、牽制で特大の炎を地表の三人に向かい浴びせ、荒々しい羽ばたきで上空へと戻った。

 三人のうち二人は、大きく飛びのいてレヴァリアの炎を回避する。だけど残りのひとりは、微動だにせずに炎を浴びた。


 僕はルイセイネと共に、地上に降り立つ。

 目の前には、レヴァリアの炎にも動じなかった、人竜化したひとりの中年男性が、両手鎚りょうてついを構えて悠然ゆうぜんと立っていた。


「うおうっ、危ねえ。暴君め、俺たちを焼き殺す気か」

「エルネアか!」


 背後から、聞き覚えのある声が飛ぶ。

 軽い口調の人物は、竜王ヘオロナ。僕に気付いたのは、もうひとりの竜王ジュラ。


「ジュラ、それとヘオロナ。お久しぶりです。竜王ベリーグの相手は、僕とルイセイネに任せて!」


 僕の視線は、眼前の中年男性に向いたまま。

 中年男性、と言っていいのかな。雰囲気でそう感じただけ。なぜなら、眼前の人物は目元と口元以外の全身を、焦げ茶色の分厚い岩のような鱗に覆われていて、本来の容姿はほとんど窺い知れない。

 中肉中背。だけど全身の鱗が鎧のように厚くすべてを覆い尽くし、まさにいわおのような不動の男に見えた。


「名を聞こう。人族の少年と少女よ」


 どっしりと構えた男性、ベリーグが問う。

 僕は、低く重い声音こわねに動じることなく、視線をベリーグに向けたまま、名乗る。


「八大竜王エルネア・イース」

「わたくしは、戦巫女いくさみこルイセイネ・ネフェル」


 僕とルイセイネは、堂々とベリーグに相対した。


「ほう。噂は聞いている。俺は不動竜王ベリーグ。俺を何者か知っていて、相対するというのか」


 僕とルイセイネの名乗りにも、表情ひとつ変えないベリーグ。


「武器を納めてください。北部で囚われていた人たちは、僕たちが救出しました。貴方が魔族にくみする必要はもうないはずです」

「戦うべき相手は、同族やわたくしたちではありません。真の敵は、魔族です」


 僕とルイセイネの言葉に、ベリークは瞳をゆっくりと閉じる。だけど、戦意を向けたまま、もう一度眼を見開いた。


「同胞を救ってくれたことには感謝しよう。だが、俺はもう止まれぬ」

「なぜですか! もう竜人族同士が争う理由はないはずですよ?」

「ああ、同族で争う理由はないな。だが、俺個人にはあるんだよ」


 一瞬だけ、ベリーグの瞳に悲しみが映った気がした。


「俺の妻もな、戦士だった。だが、あいつはもう、この世に居ねえ。手にした武器が運悪く呪われた魔剣でな……理性を失ったあいつは呪われた飛竜と共に、俺のもとから去っちまった。そして、帰ってくることはなかった」


 ベリーグは動かない瞳孔で、僕をじっと見据えたまま続ける。


「お前さんは嫁が多いそうだな。お前にわかるか。最愛の者を失った悲しみを。最愛の者を殺された憎しみを。俺はもう、自分の心を止められねえ。あいつを殺した奴が憎い。復讐を果たすまでは、このつちを下ろすわけにはいかねえ」


 静かな静かな怒りと憎しみが、ベリーグの心を侵食していた。


「なら……」


 でも、僕はそんなベリーグから視線を逸らさずに言う。


「そのかたきは、きっと僕です。僕は呪われた竜人族をこの手で何人も殺してきました。きっとそのなかに、貴方の愛する人もいたでしょう」

「……そうか。お前さんか」


 ベリーグの両手鎚が持ち上がる。


「恨みを晴らしたいのなら、僕が相手をします。でも僕に負けたなら、その恨みは諦めてください」

「ふふん、面白い。俺の恨みをお前さんのような小僧が受け止めるのか?」

「それが贖罪しょくざいなら」


 最初から、覚悟をしていた。呪われた戦士とはいえ、僕は竜人族に手をかけた。僕に殺された人たちにも、きっと家族や仲間や愛する人が居たはずなんだ。その命を奪っておきながら、綺麗事で流されるはずはないと確信していた。

 だから、恨みをぶつけてくる相手には、真摯しんしに対応をしようと心に誓っていた。


 そして今。

 恨みに染まるベリーグが戦いを望んでいるのなら。僕は正々堂々と、その憤怒ふんぬに向き合おう。


 エルネア、と背後から声をかけられた。


「ベリーグは僕が相手をします。ジュラとヘオロナは、魔族の相手を。そして、なるべく多くの北部竜人族の人たちを説得してください」


 左腰から抜き放った白剣のきっさきを、僕は躊躇うことなくベリーグに向けた。

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