間違えてはいけません

「虎種の獣人族が犯人、ということで間違いないのでしょうか?」

「少なくとも、ガウォンやフォルガンヌたちはそう考えているみたいだね」

「彼らは、いったい何をしようとしているんでしょうね」

「それは本人たちに聞いてみないとわからないよ。ただ、物騒なことだとは確信できるけどね」


 僕たちと獣人族たちとの腕試しから、すでに七日が経過している。

 獣人族たちの動きは活発になっていた。

 姿を隠したボラードや虎種の獣人族の戦士たち。

 北の地全体に捜索の手が広げられたけど、未だに足取りは掴めていない。


 活動する獣人族たちとは逆に、僕たち人族はのんびりとした日々を過ごしていた。

 満月の花を探すこと以外にやることがない、というのが正直なところなんだけど。

 メイの意識は戻っていない。ルイセイネたちの知識や法術でも無理なので、もう薬師フーシェン様に頼るしかないのが現状だ。そしてボラードたちの捜索も、北の地を熟知している獣人族の人たちが動いているので、こちらが手を出すような部分はなかった。

 しかたなく、というかしょうがなく、僕たちは廃墟の都で過ごしている。


 瑞々みずみずしい花で満たされた広場に、僕はルイセイネと肩が触れ合った状態で座っていた。

 僕たちの視線の先では、幼女たちが楽しく遊んでいる。


「ニーミア、あの赤いお花が欲しいの」

「わかったにゃん。取ってくるにゃん」

「フィオとリームは、白いお花を集めてきてね」

『お任せっ』

『取ってきまぁす』


 プリシアちゃんの指示で、広場から花を集めてくる子竜たち。プリシアちゃんは、集めてもらったお花をなにやら編み込んでいた。

 そして、なにかが完成したのか、万歳ばんざい、と幼女たちは手を上げて喜び合い、こちらへと元気よく走ってくる。


「んんっと、プリシアが作ったんだよ」

「あらあらまあまあ、素敵ですね」

「おわっ、すごいね!」


 それは、綺麗な花のかんむりだった。

 白いお花のくきが編まれて、輪っかになっていた。そして赤いお花が等間隔で飾られていて、綺麗な模様になっている。


「はい、あげますね」


 プリシアちゃんはその花輪を、僕の頭に乗せてくれた。


「ありがとうね」

「どういたしまして!」


 僕がとても喜んでお礼を言うと、幼女たちは満足そうに笑いあう。


「エルネア君、うらやましいです」

「んんっと。じゃあ次は、ルイセイネの分も作ってあげるね」

「ふふふ、それでは楽しみに待っていますね」


 幼女たちは元気よく走り去ると、また花を集めだした。

 この分だと、リステアやキーリたちの分まで作りそうな勢いだ。


 プリシアちゃんたちがリリィと一緒に来た時にはどうなることかとあせったけど、ふたを開けてみるとこれまで、とても大人しく過ごしてくれていた。

 多分、寝たきりのメイを病人と認識しているんじゃないのかな?

 病人がいる場所では、あの元気満点の幼女たちも暴れることを自粛じしゅくするらしい。


 メイのお世話は、ルイセイネたちが受け持っていた。

 キーリ、イネア、ルイセイネの三人の誰かが、常にメイのかたわらひかえている。夜も付きっきりで、容態が急変しても対応できるような体制になっていた。


「あのう……。疑問に思ったことを口にしても良いでしょうか?」

「もちろんだよ。僕も、ちょっと気になることがあるんだよね。でも、ルイセイネからどうぞ」


 プリシアちゃんに指示された花を集めるふりをして、こっそりと違うお花を食べているフィオリーナやリームを笑って見つめながら、言葉を交わす。


「わたくしたちが受けている試練のことなんですが。エルネア君は疑問に思いませんか?」

「うん、色々と不可解な点があるよね。ジャバラヤン様の言葉だと、正しい答えと間違いの答えがあるみたいだし」

「はい。それだけではなく、誰も見たことのない花を摘んでくる、という部分にも疑問を感じます」

「と言うと?」


 隣に座るルイセイネへと向き直る。


「この疑問は、わたくしだけではなくてエルネア君たちも当初から疑問視していたと思いますが。誰も知らない花を見つけに、なぜわたくしたちはこの北の地へと来たのでしょうか」

「……それは、巫女頭みこがしら様に言われたから?」

「はい、そうですね。ですがそもそも、なぜ巫女頭様はこの地を示したのでしょう」


 誰も知らないということは、巫女頭様も知らないということになる。それなのに、なぜ北の地という限定された土地が示されたのか。それは全員が抱いていた疑問だった。


 ルイセイネは、更に違う角度から問題に切り込む。


「エルネア君、獣人族の方にも巫女がいるとは驚きでしたね」


 話が飛んじゃった?

 少し首を傾げながらも、ルイセイネの言葉に同意する。

 人族だけではなくて、他種族にまで神殿宗教が広がっているということは驚きだったよね。


「神殿宗教は、世界各地に広まっていると云われています。人族が住む場所には必ずある、それが神殿宗教です」


 国がなくても、集落がなくても。人がそこに住んでいれば、女神様を信仰する心は必ずそこに在るという。


「東のヨルテニトス王国でも、もちろん信仰されていました。遥か西の人族の文化圏だけではなく、魔族の国々や神族の国々、更にもっと遠い大陸の果てでも信仰されているのでしょうね」

「うん。そう考えると、すごいね」

「はい。とても凄いことだと思います。ですが、そう考えると、違う疑問が湧いてくるのです」


 ルイセイネは、真剣な瞳で僕を見ていた。僕もルイセイネの瞳を見つめ返して、彼女の次の言葉を待つ。


「近くではなく、遠くを考えてみてください。もしも大陸の西の端で、エルネア君やリステア君のように複数のお嫁さんを持つことを希望する人が出たとします。では、この人たちに課せられる試練とはどのようなものでしょうか」

「えっ!?」

「ふふふ、敬虔けいけんじゃないエルネア君にはわからないかもしれません」

「うう、ルイセイネが僕をいじめる」


 でも、僕はルイセイネの問題に答えられなかった。


「正解は、わたくしたちと同じ、です」

「……と言うと?」

「神殿宗教は、何千年も前から人々に信仰されてきました。その教えはあまねく世界各地に広がり、共通の規律によって運営されています。つまり、遥か西の果てでも、複数の伴侶のなかに聖職者がいるのであれば、満月の花を探す、という試練が課せられるわけです」


 離れた場所でも、文化的な繋がりが途絶えていても、神殿宗教は全世界共通ということなんだね。

 それは、遥か昔に洗礼を受けて巫女になったというジャバラヤン様を見ていてもわかる。共通の巫女装束、同じ法術、日々のなかに感じ取れる規律など、ルイセイネたちとジャバラヤン様は共通のものを多く持っていた。


「では、遥か西の地で満月の花を探すという試練を受けた人はどうするのでしょう。その人たちも、この北の地を目指すのですか? ヨルテニトス王国で試練を受けたら、この北の地を目指す? 遥か東の地で試練を受けた人たちも、この北の地を目指すのでしょうか?」

「言われてみると、変だね?」


 世界は、僕たちが思っている以上に広い。

 広すぎて、大陸の南西部に生活拠点を持っていた獣人族は、この地へとたどり着くのに何百年もかかったくらいだ。

 もちろん、直接的な距離は何百年とかかるようなものではないと思う。

 翼のある竜族たちならば、ひとっ飛びかもしれない。だけど、起伏に富み、危険だらけの大地を歩くしかない人々にとっては、絶望的な旅になるんじゃないのかな。


 もしも、東の果てや遥か西の地で同じ試練を受けた場合は、満月の花を探す前に絶望するしかない試練になっちゃうよね。


「全世界の神殿宗教がこの地を示すなんて、ちょっとありえないんじゃないかな?」

「はい、わたくしもそう思います。では、違う土地ではどうするのでしょう? 試練内容は、同じなのですよ」

「……ううぅむ。もしかして、その土地土地で示される場所が違う?」


 思いつきで口にしてみたけど、ルイセイネは強く頷いてくれた。


「わたくしも、そうなのではないかと思いました」

「でも、待って。それじゃあ別の疑問が出てきちゃうよ?」

「別の、というか最初の疑問に戻ってしまいますね」

「うん。誰も知らないはずの満月の花。なのに、試練を受ける地域ごとに示される土地が違う。それって『誰も知らなくはない』という矛盾に突き当たっちゃう」


 誰も見たことのない花を探すために、世界の各地が示されるなんて変だ。

 それはまるで……


「巫女頭様だけは、満月の花を知っているように感じちゃうね?」

「その可能性はありますね。ですが、世界各地の巫女頭様が自分の地域に咲く満月の花を的確に把握しているでしょうか? それに、花は季節によって咲きます。時季がずれれば、探しようもありません」

「そうだよね。満月の花が春に咲く花なら、もしかすると、この広場に咲く花のなかに答えがあるかもしれない。でも、他の季節の花だったら、どんなに探しても見つけるなんて不可能だよね」


 むむむ、と唸る僕。


「とても不可解な試練だと思います。ただし、これだけは知っておいてください。神殿宗教や巫女頭様は、けっしてわたくしたちをだましたり罠にめておとしめようとしているのではないのです。巫女頭様がこうして試練をお与えくださったからには、必ず答えが用意されています。わたくしたちは知恵と愛を振り絞って、その答えを見つけ出さなければいけないのです」

「うん。ジャバラヤン様は、僕たちが正しい答えを見つけられるように、と言っていたよね。間違った答えを選ばないように、全身全霊で頑張ろう」


 満月の花は、闇雲に探しても見つかる気配はない。それなら、みんなで話し合って答えを導き出さなきゃいけないよね。

 幸いにも、今回の旅には頼れる勇者様、リステアも同行している。


 僕とルイセイネが疑問を口にしあっただけでも、少し前進できたような気がする。

 もう一度、全員で疑問点や気付いたことを口に出して検討してみたほうが良いのかもしれない。






「それで、リステアはどう思う?」


 その夜。

 今度はリステアと二人っきりで、神殿跡の中庭に来ていた。

 昼間にルイセイネと話したことを、リステアにも話す。

 リステアも目から鱗だったみたいで、深く頷きながら僕の話を聞いていた。

 時折、手にしたさかずきを口に運んでいた。


「て言うか、それってお酒?」

「ああ。フォルガンヌに貰ったんだ。エルネアも飲むか?」

「ええっ。リステアってお酒を飲むんだね」

「そういうお前は、飲まないようだな」


 ぐぬぬ、大人の階段でリステアに一歩先を行かれた気がします。

 ようし、僕も飲んでみよう。と挑戦しかけて、杯から立ち昇る酒精の香りで参ってしまった。


「僕には無理。お酒はもう少し大人になってから挑戦するよ」


 と言うと、リステアに笑われた。

 僕とリステアは、夜でも咲き誇る花々の上に腰を下ろして、星がきらめく夜空を見ながら話す。


「実は、俺は最初からなんとなく答えらしきものを掴んでいた。その裏付けを、お前とルイセイネのやり取りを聞かせてもらって取ることができた」

「ええっ。ということは、リステアは満月の花を見つけたの!?」


 驚きのあまり、悲鳴をあげてしまう。

 別の場所で寝泊まりしているルイセイネたちに迷惑じゃなかったかな。でも、もしも答えがわかったのなら、寝ていても起こしに行きそうな僕の驚きっぷりに、リステアが苦笑した。


「ああ。間違えの答えをな」

「むむむ。間違いの答え?」

「ああ。ジャバラヤン様が言っていただろう。正しい答えを探せ、と」

「うん……」

「ジャバラヤン様のお言葉で、この試練には複数の結果が用意されていると認識することができた。そして、俺が当初から導き出していた答えが間違いだったのだと、お前たちのやり取りで確信を持てたんだよ。ありがとう」

「どういたしまして?」

「ははは。これは大切なことなんだ。だから、俺に気づかせてくれたお前とルイセイネには感謝してもしきれないよ」


 リステアはお酒をちびちびと飲みながら、自分が抱いていた不安と間違った答えを教えてくれた。


「この試練を、俺は当初から疑っていた。そもそも、誰も知らないはずの満月の花を探してこい、しかも他の嫁たちと離れて、なんて馬鹿げているとしか言いようがなかった」

「それでも従ったのは、神殿の試練だからだよね?」

「ああ、そうだ。聖職者が俺たちを騙すはずがない。だから、きっと何かがあるのだとは思っていた」

「それで考えついたのが、間違いだったという答え?」

「そうだ。エルネア、考えてみろ。これまでにもこの試練を受けた者たちはいる。だが、誰ひとりとして試練を乗り越えて戻ってきた者はいないという」


 神殿から試練を言い渡されると、絶対に無理だと諦めてしまう者、そして無理だとわかっていても旅立つ者の二者に分かれる。でも、旅立った者のなかで、無事に戻ってきた者はいないという。


「戻ってこない。それは当初、この北の地が危険な場所だからだと思った。実際に、獣人族は温厚な者ばかりじゃないからな。俺たちだからこそ、こうして今ここで寛げているが。普通なら命を賭けた旅だろう。だが、生還者が誰ひとりとしていない、というのは頷けない。危険な旅でも、諦めることはできるだろう。なのに、試練で旅立った者全員が帰らないというのは奇妙だ」

「うん。変だよね」

「それで、俺はひとつの答えに行き着いたんだよ。この試練はもしかすると、残す嫁と連れて行く嫁、どちらかを選べということではないのか、とな」

「?」

「巫女頭様は言った。満月の花を探し当てるまでは戻ることもできない、と。帰ってこなかった者たちはつまり、満月の花を見つけられなかったからなのさ。もちろん、真剣に探した者もいるだろう。だが、誰も知らない花なんて、見つけようもない。では、旅立った二人はどうなったのか。エルネアはどう思う?」

「ううーん。探し続けた、もしくは途中で命を落とした?」

「あはははっ。なるほど、エルネアは絶対に間違えの答えにはたどり着かないな」

「それって、どういうことさ?」

「お前は素直で良い子だってことさ」


 リステアは笑いながら僕の頭を撫でた。


「確かに、エルネアの言うような者もいただろうな。だが、俺は別の答えに気付いた。彼らは、生還できなかったんじゃない。意志を持って帰らなかったんだよ」

「えええっ、どういうこと!?」

「簡単に言えば、駆け落ちだ。汚く言えば、残す者と連れて行く者を天秤てんびんにかけて、連れて行く者と一緒にどこか別の地に逃げて生きた、ということだ。さっきも言っただろう。この試練では、残す者と連れて行く者を分けなければいけない。そして、絶望的な試練内容。最初から、全部を取ることなんてできない試練なんだよ。試練内容に絶望して旅立ちを諦めれば、聖職者の伴侶を失う。試練をまともに捉えて努力すれば、下手をすると命さえ失ってしまう。そして、無理だとわかっていても旅立てば、残した者を失う。俺は当初、この試練はセリースたちを選ぶか、キーリたちを選ぶか、どちらを選ぶか試されていると思っていた。だが、ジャバラヤン様の言葉でそれが間違えの答えであり、お前たちのやり取りで、きっと別になにか答えが用意されていると確信できた。本当にありがとう」

「そうか。そんな意味が含まれていたんだね……」

「認めたくない答えだった。だから今まで口にできなかったし、どうにかしてあらがい、王都で待つセリースたちのもとへと帰ってやると強く思っていたんだ」

「うん。僕も誰かを選んで誰かを切り捨てるなんて答えは絶対に嫌だよ。だから、なにがなんでも正しい答えを導き出して、みんなが待つ場所に帰るんだ」


 僕とリステアは強く頷き合い、立ち上がる。

 そしてリステアは聖剣を抜く。僕は霊樹の木刀と白剣を抜き放った。


「だから、お前たちの暗躍あんやくなんてさっさと片付けて、満月の花を見つけることに注力したいんだがな!」


 リステアが、闇に向かって短剣を投げた。

 わずかに、闇の奥の気配が揺れる。


「なるほど、大した隠密性だ。ここまで近づかれてようやく、気配に気づくことができた」

「まあ、警戒はしていたから離れていても不意打ちは無理だったけどね」


 竜気を爆発させ、闇に潜む者たちを警戒する。


 すると、がさり、と花を踏み荒らして影から現れた者たちがいた。

 それは、虎種のボラードや戦士たちだった。


「気配を消すことに長けているのか。道理で森でも間近まで気配に気づかなかったはずだ」

「そして、その隠密性でジャバラヤン様の占いを盗み見したんだね?」

「人族が、獣人族の問題に首を突っ込みすぎだ」


 闇から現れたボラードたちは、すでに気配を殺すことを止めていた。そして、獰猛な気配で襲いかかってきた。

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