虎種の野望
一瞬で、僕の
横からリステアが聖剣を振るう。ボラードの脇腹を狙った一撃だった。だけど、攻撃から回避へと転身したボラードにあっさりと
僕はボラードの攻撃を回避しようと、一歩身を退いていた。
「おい、油断するなよ」
「うん。大丈夫。ボラードの動きは掴めているよ」
「ふんっ。人族の小僧が言ってくれるな」
一旦距離をとったボラードが睨んでくる。
「そりゃあ、言わせてもらうさ。なにせ、一度お前たちには勝っているしな」
リステアの挑発に、ボラードだけではなく、姿を現した虎種の獣人族たちが牙をむき出しにして怒りを見せる。
「威勢がいいのも、今のうちだ。今頃は別働隊がメイや貴様らの仲間を襲撃している。女どもの死体を前にしても勇ましくしていられるかな?」
ボラードの言葉通り、離れた場所で騒ぎが起き始めた。大きな破壊音と怒声が夜の神殿跡に響く。
「ぐはははっ。さあ、女どもの危機に打ち震えるがいい。だが、貴様らはこの場から動けないと知れ!」
ボラードがなにかを口にした。続いて、他の獣人族たちも同じようになにかを食べた。
ぶくり、と虎種の獣人族たちの筋肉が膨れ上がったように見える。
闇夜に光る瞳が、黄色から赤色へと変色していく。
続けて、ゆらりと闘気が溢れ出す。可視化した闘気は獣人族の全身を覆い、只ならぬ気配を放つ。
「やれやれ。実力で勝てないものだから、薬物に頼ったか」
「ただの薬だと思うなよ。これは獣人族に伝わる秘薬、
叫びと同時に、獣人族たちが一斉に襲いかかってきた。
リステアは聖剣を振るい、僕は白剣と霊樹の木刀で舞う。
だけど、目で追えるこちらの
霊樹の木刀が力を解き放つ。竜気を防御の力に変えて、振り下ろされた
リステアの炎が地面から吹き上がった。炎が壁のように僕とリステアの周りに展開される。炎に蹴りを放った男の脚が燃え上がった。
悲鳴をあげて後退する獣人族。
「エルネア、お前はメイたちの場所へ行け! ここは、俺で……」
「大丈夫。僕の家族は強いよ!」
リステアの提案を断り、迫る獣人族たちに剣先を向ける。
ボラードが炎の壁をものともせずに突っ込んでくる。間合いの外から拳を横薙ぎに振る。すると闘気が刃となり、炎を蹴散らした。
ボラードが咆哮をあげる。衝撃波が口から放たれ、たたらを踏む僕とリステア。
その隙に、別の方角から炎を越えて、他の獣人族たちも間合いへと入り込んできた。
霊樹の葉っぱが吹き乱れた。
眼前に迫った獣人族たちを、鋭い葉の刃で切り刻もうとする。だけど、湯気のように揺らめく闘気に防がれてしまう。
霊樹の木刀に力を注ぎながら、竜剣舞を舞う。
白剣を一閃させた。両腕で防ごうとした戦士の片腕を斬り飛ばす。悲鳴をあげる戦士を蹴り飛ばし、横で鋭い爪を光らせていた別の戦士にぶつけた。
反対では、リステアが
超常的な身体能力とはいえ、虎種の獣人族は格闘を主体とする戦い方のまま。であれば、こちらに攻撃を加えるためには接近しないといけない。目で捉えられないほどの速さで、ほぼ回避されてしまう僕とリステアの攻撃。だけど、それでも不用意に近づいた者に少しずつ攻撃を加えていく。
ボラードが地を這う姿勢で接近し、下段から爪を振り上げた。
狙いはリステアか!
獣人族たちは、広範囲に広がり、防ぎようのない炎を嫌っているらしい。炎を自在に扱うリステアを、最初に集中して狙ってきた。
突きを繰り出した直後のリステアは、ボラードの攻撃に反応しきれない。僕が白剣を振るい、ボラードの一撃を防ぐ。
鋭い爪を切断した。本当は腕ごと斬り落とすつもりで振るったけど、素早く腕を引き戻された。
根元から切り落とされたボラードの爪が、見る間に伸びる。どんどん伸びて、細い
他の戦士たちも、爪や牙を鋭く伸ばす。
膨れ上がった闘気は可視化され、虎種の戦士たちからは異様な雰囲気が醸し出されていた。
何度かの攻防の末、連携した動きで距離をとる虎種の獣人族たち。
と、思った瞬間。
暗闇から別の気配が僕とリステアの懐に一瞬で飛び込んできた。
「くっ」
「うわっ」
不意打ちに驚く。それでも僕とリステアは背中を預けあい、繰り出された攻撃を防ぐ。
闇から攻撃を仕掛けてきた者たちは、攻撃が阻まれるとすぐさま距離を取り、また闇のなかへと消えた。
くうう。なんていやらしい攻撃なんだ!
闘気むき出しで気配を膨らませるボラードたち。その陰から、気配を殺した別働隊が隙を突いて攻撃してくる。
闇から突撃するだけではなく、短剣なども飛ばしてきた。
弾いた短剣の刃がぬるりと光る。
毒だ。当たれば擦り傷でも危険極まりない。
「なりふり構わず、ということか。エルネア、本当に大丈夫なのか?」
短い攻防だけで、リステアは大粒の汗をかいていた。僕も、
「うん。絶対に大丈夫。ルイセイネたちだけではなくて、プリシアちゃんたちもいるからね」
幼女たちも戦力に加えているのか? というリステアの一瞬の疑問に、もう一度「大丈夫」と頷く。
何日経っても足取りの掴めないボラードや虎種の獣人族たち。この時点で、実は不測の事態に対応できるように構えていた。
メイに絶えずルイセイネたちがついていたのも、看護ばかりが理由ではない。そして、夜はメイと一緒にプリシアちゃんたちも同じ場所で寝泊まりしてもらっていた。
プリシアちゃんというか、フィオリーナとリームと、そしてニーミアに、側に居てもらいたかったんだよね。
恐ろしい身体能力を持つ獣人族。
僕とリステアでさえ、こうして押されている。
でも、竜族から見れば
僕たちが間近でなんとか気付けるような気配でも、ニーミアなら簡単に把握できる。そして、子竜でも獣人族を圧倒することができると確信を持って頷けた。
この辺は、いま説明する暇はないので、後で言おう。
まずは、目の前のボラードたちに集中しなきゃ、こちらが危ない。
秘薬で強化されたボラードたちは、恐ろしい速度と
僕とリステアは防御で手一杯で、油断すればこちらの方が危険な状況になる。
リステアが炎を乱舞させ、僕が竜剣舞を舞いながら、獣人族の攻撃をなんとか防ぐ。こちらの攻撃はなかなか当たらない。
僕とリステアが押されていることに、ボラードはにやりと顔を歪めて余裕を見せた。
「負けを認め、メイをこちらへ差し出せ。そうすれば、貴様らの遺体くらいは人族の国に送り届けてやる」
「ええっ、負けを認めても僕たちって死ぬ運命じゃないか。そんなのはごめんだよっ」
どこにも妥協点のない提案に、僕は呆れてしまう。リステアも苦笑していた。
「ふざけた提案だ。そもそも、俺たちは負ける気なんてないんだけどな」
「リステアの言う通り。僕たちを甘く見てもらっちゃ困るね!」
獣人族の猛攻の僅かな合間に、僕はやれやれ、と肩をすくめて見せた。
こことは違う場所では、ルイセイネたちが頑張っているに違いない。
僕たちも、さっさとボラードたちを退治して、早く合流したい。
でも、ボラードたちを殺すことはできないんだよね。それが難しいだけだ。
殺しちゃいけない理由。
それは、
「こうなったら、奥の手を使うしかないか……」
覚悟を決めて、両手の武器を強く握りしめた。
僕の新たな覚悟に、リステアが「なにをする気だ?」と
「じゃあ、お願いします」
そんな周りの状況に、僕は不敵に笑ってお願いをした。
闇に向かって。
「はいはーい。お任せあれー」
闇のなかから、陽気で可愛らしい声が響く。
場違いな声に、ボラードたちが身構えた。
正確に言うと、身構えようとした。
だけど、なにもできなかった。
一瞬にして、虎種の獣人族全員は夜の闇に囚われて、身動きさえ取れない状況になってしまっていた。
闇といえば、竜峰で遭遇した影竜を思い出す。でも、リリィも黒竜で扱う属性は闇だ。
そして、夜といえば闇の支配する時間帯。
つまり、リリィには都合の良い状況なんだよね。
昼間は寝ていることが多いリリィだけど、夜は元気いっぱいだった。
「……っ!」
リステアが絶句して頭上を見上げていた。
音もなく忍び寄ったリリィは、広場の上に顔を出して、こちらを見下ろしていた。
気配を消すなんて、獣人族よりも古代種の竜族であるリリィの方が上手いからね。
誰にも気づかれることなく、リリィは近くで待機してくれていた。
そして闇の竜術で、ボラードたちを拘束してくれている。
「陛下に拷問してもらいましょうかー?」
「いやいや、それだけは禁止だからね」
魔族の、しかも魔王の拷問だなんて、考えただけでぞっとします。
突然、
先ほどまでの威勢の良さは
「さあ、観念してもらいましょうか」
「……やれやれ。お前と
「リステア、それってどういう意味かな?」
「意味が理解できない時点で、お前は人の枠から外れている」
「うう、ひどい。リステアがいじめるよ」
どうやら、リリィはルイセイネたちの方で暴れていた獣人族も拘束してくれたみたい。
突然騒ぎが始まった神殿跡には、唐突に
「いったい何事だ!?」
随分と遅れて、獅子種のフォルガンヌや多くの獣人族たちが駆けつけた。そして、状況に凍りつく。
「ボラード、貴様……!」
遅れて来たのは仕方がない。だって、フォルガンヌたちは廃墟の都の外に居たんだからね。
僕たちは、フォルガンヌに状況を説明する。
その間に、ルイセイネたちがこちらへと合流してきた。
ルイセイネはプリシアちゃんを抱っこしていて、ガウォンがメイを抱きかかえていた。フィオリーナとリームはすぐさま僕にすり寄ってきて、どれだけ頑張ったか自慢してきた。
ニーミアは僕の頭の上で丸くなって、
「愚かですね、地を疾駆する戦士ボラード。超獣の宝玉まで持ち出して暴れまわるとは。薬師フーシェンを拉致したのは、超獣の宝玉を手に入れるためなのですね?」
そして、ジャバラヤン様も広場に現れた。悲しみの瞳で、闇の霧に囚われた虎種の獣人族たちを見つめる。
「ボラードよ。貴様たちの目的はなんだ? よもや、この状況になっても更に愚かさを積み重ねるわけではないだろうな? 二つ名を持つ誇り高き獣人族として、潔く白状しろ」
僕とリステアは、この先の処理はフォルガンヌたち獣人族に任せることにした。これは、獣人族間の問題だろうからね。
フォルガンヌは両手に
フォルガンヌの戦斧がボラードの首に当てられた。
睨み合う両者。
フォルガンヌの黄色く光る瞳と、ボラードの真っ赤な瞳の間で火花が散りそうな勢いだ。
「千の獣を仕留めし者フォルガンヌよ。俺は宗主なんてものには興味がない」
「ほう。ならば、お前が興味を示すものとはなんだ?」
「……俺は、支配者になる! 獣人族を統べる、
ボラードは叫ぶと同時に、眼前で睨むフォルガンヌに咆哮の衝撃波を放った!
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