南からの来訪者

 行方不明になっていたスラットンとドゥラネルを無事に発見し、クリーシオの元まで送り届ければ、それでこの事件は万事解決ばんじかいけつ

 そう思っていたのは、僕だけじゃなかったはずだ。


 だけど、現実はそんなに甘くはなかった。


 むしろ、万事解決どころか、これがこの騒動の序章じょしょうだったんだ。

 リステアたち勇者様ご一行は、これまでにない騒動へと巻き込まれていくことになる。


「……って感じで、どうかな?」

「どうかな? じゃねえよっ!」


 レヴァリアの凶暴な爪の隙間から、スラットンがなにやら叫んでいます。


「だってさぁ……」


 予定通り、ミストラルとは竜峰の西の村で別れた。

 僕とセフィーナさんとスラットンは、その後も順調に竜峰を東に進み、東側の捜索拠点になっている村に、もう間も無くたどり着く。

 でも、その時だったんだ。


『臭いな。天族てんぞくの臭いがする』

「えっ!?」


 レヴァリアは鼻をひくつかせ、僅かに風に乗った違和感を敏感に察知したんだ。


「天族って……」


 無意識に、空を見上げた僕。

 不愉快そうに喉を鳴らすレヴァリア。

 そうだ。竜峰の空の支配者であるレヴァリアが、自分よりも高い空をよそ者に飛行させるわけがない。そう思いなおして低空を見下ろす。

 だけど、それらしい影は見えなかった。


「おおう、どうしたよ?」


 竜心りゅうしんを会得していないスラットンだけど、自分を無造作に掴む恐ろしい飛竜が不機嫌になった気配を感じ取って、不安そうに僕を見た。

 それで、ついつい変な思考になっちゃったわけです。

 僕は思考を正常に戻して、レヴァリアの爪の隙間で揺れるスラットンに伝える。


「ええっとね、レヴァリアが天族の気配を感じ取ったみたいなんだ」

「天族だと? 竜峰には天族が住んでいるのかよ?」

「ううん、そんな話は聞いたことないよ?」


 竜峰の南部では、神族と交流のある竜人族の部族もいると聞く。だけど、神族や天族が竜峰に暮らしているなんてうわさは、ミストラルの口からも聞いたことがない。


 そこで、ふとリリィの報告を思い出す。

 そういえば、竜の森に接近してきた天族がいたんだっけ?

 もしかして、同じ天族なのかな?


『……面倒だな。ここから先は貴様らだけで戻れ。我はリームたちを迎えにいく』


 すると、なにを思ったのかレヴァリアは急降下をすると、僕たちを有無を言わさず地上に下ろした。

 そして、荒々しく羽ばたくと、雲の先へと飛んで行った。


「なんだ?」


 急な予定変更に、困惑の色を見せるスラットン。

 僕だって、ちょっぴり疑問です。

 変だよね。よそ者の気配を感じたのに、レヴァリアが見逃すだなんて。


「ううーん、嫌な予感がするなあ。とりあえず、村まであと少しだから、ここからは歩こうか」

「おう、そうだな」


 スラットンは、レヴァリアに掴まれているよりかは竜峰を歩く方が気が楽だと判断したようで、ほぼ全裸のまま歩き出す。


「スラットン」

「ああん?」

「そっちは逆方向だよ? また迷子になったら、もう探してあげないからね?」

「ま、迷子じゃねえよっ。お前が方向音痴じゃないか試しただけだっ」


 ふぅん、そういうことにしておきますね。

 にやり、と意地悪そうに笑う僕から、スラットンは気まずそうに視線を逸らす。

 普段なら僕を締めあげようと暴力に訴えるスラットンだけど、今は素直で大人しい。

 行方不明になって彷徨さまよった辛さと、僕たちに発見してもらったという後ろめたさで、いつもの調子じゃないんだろうね。


 僕が先導で、歩き出す。

 レヴァリアは山道の脇に僕たちを下ろしてくれたので、このまま道なりに進めば、すぐに村へ到着する。


 だけど、やはり僕の不安は的中してしまった。






「スラットン……」

「おうおう、なんだ? リステア、随分としけたつらをしてるじゃねえか」


 村へたどり着いた僕たちを迎えたのは、リステアや竜人族の人たちだった。

 だけど、全員がなぜか浮かない顔をしている。

 それは、出迎えた人々の間に、白い大きな翼を持つ人がまぎれているせいだろうか。それとも、ただならぬ気配を放つ赤髪の男性が険しい表情でこちらを見つめているからだろうか。


 ……きっと、両方だろうね。


 捜索に出発したときとは違う異様な雰囲気ふんいきに、僕とセフィーナさんは戸惑う。

 スラットンも、自分が無事に戻ってきたというのに、素直には歓迎されていないと気配を感じ取ったのか、緊張を隠せない様子で相棒であるリステアを見ていた。


 そんな中、場の空気を読んでいないのか、気にしていないのか、白い翼を持つ男性が一歩前に出ると、無遠慮ぶえんりょにスラットンを見つめ始めた。

 そして、おもむろに口を開く。


「高身長の貴殿きでんが、人族の勇者の家来けらいであるスラットン殿でありますね?」

「家来じゃねえよっ、相棒だ!」


 適当なことを言うんじゃねぇ、といきどおるスラットンに、翼を持つ人は困ったように苦笑する。


「おやおや、それは失礼しました。しかし、こちら側に住む人族は、裸体で生活されているので? 随分と原始的なのですね」

「好きで裸なわけじゃねえよっ!」


 そういえば、スラットンはほぼ全裸でした。

 大切な部分くらいは守られているけど、それ以外は長剣くらいしか身につけていない。

 村に戻ってからゆっくりと話を聞こうと思っていて、これまで確認を取らなかったけど。そもそも、なんでほぼ全裸なんだろうね?


 リステアたちも、スラットンが衣服を襤褸ぼろにしてしまっていることが気になっているようで、首を傾げていた。


「……と、ともかく。スラットン、こちらの人たちはお前に用事があるみたいなんだ」


 白い翼を持つ男性の失礼な言動に、露骨ろこつな敵意を向けるスラットン。

 ただし、不用意な動きは見せない。

 すぐに暴れるスラットンを自制させているのは、翼を持つ人の背後に立つ、赤髪の男性のせいだ。


 そして、張り詰めた場をなごませようと間に入ったのは、勇者のリステアだった。

 リステアは、翼を持つ人と赤髪の男性を示す。


 やっぱり、この二人の存在が村全体に緊張感を与えているんだ。

 自然と、リステアに示された二人へと視線が集まる。


「これは、申し遅れました。わたくしはご覧の通り、天族のルーヴェントと申します。そして、こちらのお方こそが我が主人、闘神とうしんのアレクス様でございます」

「天族!」

「闘神だと!?」


 天族、ルーヴェントの自己紹介に驚愕きょうがくする僕とスラットン。


 どうやら、到着したばかりの僕とスラットンとセフィーナさん以外には、既に周知の事実らしい。

 それにしても、天族だなんて。

 本当は、白い翼を見たときからほぼ確信はしていたんだよね。だけど、なんとなく確信しているのと、事実を突きつけられるのとでは、重さが違う。


 それに……


「ええっと、闘神というと……?」

「失礼、従者じゅうしゃが誤解を与えるようなことを言ってしまった。闘神であったのは私の遠い祖先であって、私自身は田舎住いなかずまいのただの神族しんぞくだ」

「神族!」


 初めて天族を見た、という衝撃は一瞬で吹き飛ぶ。

 まさか、同じ日に神族とまで出逢うなんて!


 改めて、神族のアレクスさんを見る。


 真っ直ぐで長い赤髪を、背中で結んでいる。

 身長は、長身のスラットンと同じくらい。貴族然きぞくぜんとした端正せいたんな顔つきと均衡きんこうのとれた美しい肉体は、彼が辺境に住むただの神族といううつわではないことを僕たちに知らしめている。

 落ち着き払ったたたずまい。それなのに、周囲の竜人族にも引けを取らない奥深い気配を見せるアレクスさん。

 それだけで、この人が只者じゃないことくらいはよくわかる。

 

 それに、闘神かぁ。

 前に、巨人の魔王から「闘神」について、少しだけ聞いたことがあるよね。

 もしもアレクスさんがその闘神か、もしくはその子孫というのであれば、やはり普通の神族ではないということだろうね。


 とはいえ、神族と初めて対面した僕は、アレクスさんが放つ気配と雰囲気が、それが神族特有のものなのか、アレクスさんの力量なのかを推し量ることはできない。


「スラットン殿、貴殿がきりさらわれたというのは本当なのですね?」


 主人をわずらわせない。

 アレクスさんが口を開く労力さえも肩代わりするかのように、天族のルーヴェントが自ら話を進める。


 ルーヴェントは、翼以外は小柄こがらな男性だ。

 身長だけなら、僕と同じくらいじゃないかな?

 ただし、背中の翼がとにかく大きい。

 折り畳んだ翼を含めると、長身のスラットンやアレクスさんよりも高い。

 あの翼を広げたら、どれくらいになるのかな?


 大空を自由に舞う鳥たちがそうであるように、身体よりも遥かに大きな翼を持つルーヴェント。

 真っ白な翼はとても美しく、羽根は宝石と同じくらいの価値がありそうに見える。


 紳士的な所作しょさは、まさに神族の従者。

 人当たりのいい笑みは、向けられる者の心をほぐす。

 ただし、どうも言葉がいけない。

 本人は無意識なんだろうけど、明らかにスラットンや人族を見下した気配を感じる。


「俺がスラットンで、間違いねぇよ。ただし、霧に攫われたってぇのには納得いかないな?」


 スラットンも、ルーヴェントの言葉の端々はしばしに見え隠れするとげを感じ取っているのか、不機嫌そうに答える。

 悪態を吐くスラットンの横で、僕も疑問符を浮かべていた。


 霧に攫われた?

 いったい、どういうことだろう。


 村で再会したセリースちゃんやネイミーも、スラットンが行方不明になった当時の濃霧に違和感を感じ取っていたようだしね。

 もしかすると、僕たちが不在の間に、なにか進展があったのかもしれない。

 そして、リステアや竜人族の人たちが見せる気まずそうな気配の正体は、そこにあるのかも。


 ふむ、とスラットンの言葉に頷く天族のルーヴェント。


「では、霧の化け物の宿主やどぬしは、やはりスラットン殿ということになりますね」

「なに?」


 どういうことだ、とスラットンが問いただす前に。

 なにかを小さく呟いたルーヴェントの手元に、長槍ちょうそうが出現した。


「ようやく追いつきました。さあ、霧の化け物よ。大人しく成敗されるがいいです!」


 言って、ルーヴェントは背中の翼を広げる。

 そして、長槍を手にスラットンへ突撃した!


「っ!?」


 ルーヴェントの不意の攻撃に、場の全員が息を呑む。

 だけど、鮮血が飛ぶ事態には発展しなかった。


 ぎぃんっ、と甲高い金属音が村に鳴り響く。


「待たれよ、ルーヴェント殿。話が違う!」


 ルーヴェントの突撃を阻止したのは、勇者のリステアだった。

 リステアは、スラットンとルーヴェントの間に割り込むと、聖剣で長槍を受け止めていた。


「おいおい、この程度の不意打ちなんざ、俺には通用しないぜ?」


 リステアの背後では、スラットンが悪役のような不敵な笑みを浮かべていた。


「スラットンも、殺気を引っ込めろ。お互いに、やいばを収めるんだ!」


 リステアは、スラットンをかばったわけじゃない。

 あのままルーヴェントの不意打ちを認めていたら、スラットンが反撃していたのは明らかだ。

 そして、その場合は絶対に血が流れていた。

 その血がスラットンかルーヴェントかはわからないけど。


「ルーヴェント、ひかえよ。竜人族の方々が住まう村での無用な騒ぎは、私が許さない」

「アレクス様、しかし……」


 リステアに阻まれてもなお、敵意をスラットンに向けていたルーヴェントだけど、主人である神族のアレクスさんに注意されて、戸惑いを見せる。


「流石のお前とて、竜人族の戦士を相手には戦えまい? それに……」


 アレクスさんは、一触触発の現場ではなく、終始僕を見ていた。


 スラットンに加勢は必要ない。

 リステアもいるからね。

 だから、僕はルーヴェントが動いた瞬間から、アレクスさんに意識を向けていた。


「人族の少年よ、名を聞いても?」

「八大竜王、エルネア・イース」

「そうか、君が……」


 僕の名乗りに、アレクスさんは興味深そうに微笑んだ。

 そして、ルーヴェントは顔を引きつらせて長槍のきっさきを納めた。


「南部の竜人族の方々からも、随分と君の噂を聞いている」

「こんな、年端としはもいかない少年が……?」

「ルーヴェント?」

「失礼いたしました。今の粗相そそうも、心より謝罪いたします。標的を眼前にして、天族らしくもなく軽率な行動でございました」


 長槍を下ろし、深々と腰を折るルーヴェント。

 謝罪の意思は、本物のように感じる。

 でも、やっぱり言葉に棘があるよね。

 本人に悪気がない分、彼の言葉遣いには今後も苦労しそうです。


「ま、まあ。今のは何かの手違いということで」

「おい、エルネア。俺のことだと思って、適当に流してねえか?」

「違うよ。話が進まないから、スラットンも落ち着いて。……それで、どういうことかな?」


 いきなり刃を向けられたんだ。スラットンの怒りはわかる。だけど、ここは我慢してね。じゃないと、意味不明なまま、僕たちは下手をするとアレクスさんやルーヴェントと敵対しなくちゃいけなくなる。


 相棒のリステアになだめられて、スラットンも渋々と長剣をさやに納めた。

 それを確認して、僕は話を進める。


 いったい、霧の化け物とはなにか。

 スラットンが宿主という意味とは。

 なぜ、神族と天族が竜峰に現れたのか。


 このあと、ルーヴェントの口から語られた話により、僕が思い浮かべた妄想が現実のものとなる。

 リステアたち勇者様ご一行は、これまでにない過酷で辛い苦難の道へと進み始めるのだった。

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