大追跡 今夜は卵料理です

「ライラ、追うよ!」

「はいですわ」

「ちょっとお客さん、酒代……」


 宿の店主が何か言ったような気がしたけど、今はそれどころじゃない。

 急いで大男を追わないと、見失ってしまう。


 ライラは竜術で身体能力をあげて、一気に加速する。僕も狙いを定めると、空間跳躍する。

 姿を眩まそうと、裏路地の角を曲がる大男。

 僕は一足跳びで大男の曲がった角に到達し、更に連続で空間跳躍をする。


「ちっ、なんだ!?」


 突如として間合いに現れた僕に、大男は驚愕する。しかし足を止めることなく、捕まえようとした僕の手を振りほどいて走る。


「待ちなさいですわっ」


 空間跳躍をした僕と同等の速度で追いついたライラが、大男に迫る。


「小娘風情がっ」


 迫ったライラを逆に掴み、路地脇へと投げ飛ばす。ライラはとっさに受け身を取るけど、その僅かな時間で大男との距離が瞬く間に開く。


 不意な行動にも冷静に対処する大男。それだけで、並みの者じゃないことが窺い知れる。


 霊樹の木刀を抜き、振るう。だけど、大男は巾着袋を抱えている腕とは逆の手で受け止め、反撃とばかりに殴りかかってきた

 霊樹の木刀で大男の拳を受ける。巨石でも受け止めたような重い衝撃に、僕は呆気なく吹き飛ばされた。


 なんて馬鹿力!

 木刀を持つ左手がじりじりと痺れ、衝撃が全身に伝わって視界が揺れた。


 大男は、路地脇に並んでいた露天の商品や木箱、たるなどを投げ撒き散らしながら逃げ去る。


「待ちなさいですわ!」


 ライラが再び追い始めると、馬車まで飛んできた。


「きゃっ」


 怪力にもほどがあります!

 もしかすると、大男も術で身体能力を強化しているのかもしれない。それくらいはやってのけそうな雰囲気がある。


 ライラは飛んできた馬車を回避すると、目にも留まらぬ速さで駆ける。

 何事かと騒ぎ始めた路地裏の住人の間を糸を縫うように回避し、大男に迫る。


「ちっ」


 大男はライラの追撃に気づき、高く跳躍ちょうやくした。側の建物の屋根に飛び移り、屋根伝いに逃げる。ライラもそれを追って、屋根へと跳ねた。


 僕も急いで追わなきゃ。


 鬼ごっこなら負けないよ?

 なにせ僕たちは、毎日のようにプリシアちゃんたちと過酷な鬼ごっこをしているんだ。

 ちょっとくらい逃げ足が速かったり予測外の動きをしたくらいでは、僕たちを撒くことはできない。


 もう一度竜気を練り、空間跳躍を発動させた。


「おいこらっ、投げて売れなくなった商品の代金……」


 背後で何か聞こえたような気がするけど、今はそれどころじゃない。

 屋根上に跳び、すでに遠くになった二人を追いかけて連続跳躍をする。

 直線で移動するなら、空間跳躍の右に出る移動速度はない。目一杯の距離を跳び、到達点に達したら直後にまた跳ぶ。


 一年前は、たった一回空間跳躍をするだけで竜力が枯渇していたけど、今の僕は違う。竜宝玉に内包された計り知れない竜気を自在に練り上げて、一気に二人へと迫る。


 ライラと二人掛かりで、大男を捕まえようと手を伸ばす。


 だけど、大男も巧みな体裁きで回避しつつ、たまに反撃してくる。


 路地裏から屋上へと場所が変わり、大男が自由に動ける広さができてしまったせいか、追跡はできるけどなかなか捕まえられない状態に陥ってしまう。


 大男は、その巨体に似合わず素早い動きを見せるけど、僕とライラの方が速い。だけど、大男の抱えている巾着袋の中身が破損しないように気を払いながら動くと単調になってしまうのか、動きを読まれて回避される。


 捕まえられそうで捕まえられない。まどろっこしい追跡が続く。


 そして大男と僕たちは、街の大通りへと出た。


 屋根から飛び降りた大男は、大通りでごった返す通行人を押しのけて逃げる。


「まてっ!」

「待ちなさいですわっ」

「うわっ、なんだお前たち」

「痛い、押すなっ」

「くそっ、禿げてしまえっ」


 僕たちも人混みを分けて必死に追いかける。

 大通りに、罵声や悲鳴が響く。


 人混みに紛れば僕たちを撒けるとでも思ったのかな。でも残念。大男は通行人よりも頭二つ以上も大きくて、よく目立つ。しかも頭髪の代わりに入れ墨をしているんじゃあね。目印にしてくださいと言っているようなものだ。


 そして、空間跳躍を駆使する僕にとって、人混みは大した障害物にはならない。


 人混みを飛び越え、大男に迫る。


「くそがっ、何なんだ、貴様らは!」


 ようやく大男が足を止めた。

 僕たちからはどうやっても逃げきれない。撒けないと諦めたに違いない。


「大人しくその巾着袋の中身を渡してもらうよ」

「卵泥棒は重罪ですわ」


 ライラも追いつき、二人で大男を挟むように身構えた。


 僕たちの追跡騒動で、大通りはすでに喧騒に包まれている。

 こちらのただならぬ気配を感じたのか、周囲にいた人たちが逃げていく。そして、何事かと僕たちを遠巻きにして見る野次馬に混じる。


「やれやれ。こうも早く、しかもこんな子供に追い回されることになるとはな」


 逃げることを諦めた大男。逃げから一転、僕とライラを実力で排除にきた。


 膨れ上がる大男の気配。

 気圧された野次馬が距離を取り始める。


 ゆらゆらと大男の輪郭が揺らめくのを見て、気術使いなのだと知る。


 竜術や呪術のように、特殊な能力を駆使する術とは違う。己の身体を極限にまで高め、厳しい修行で精神を鍛え上げた者が使えるという、体内の気を利用した術。


 竜力や呪力は先天的に持っていないと鍛えようもないけど、気力は己の努力次第で練磨されていく。

 そして気術が使えるということは、それだけでその者が戦いの玄人くろうとなのだとわかる。


 僕とライラに緊張が走る。

 ただ戦えばいいというわけじゃない。巾着袋を奪い、大男を無力化しなければいけない。


 殺しなし。もちろん人殺しは嫌だから極力避けたい。でもそれ以上に、この大男を捕らえて卵を盗み出した理由を聞き出さなくちゃいけない。


 これほどの人が無謀に地竜から卵を盗み出すとは思えないからね。


 じりり、と間合いを図る僕たちと大男。


 ライラは出会い当初に持っていた両手棍をミストラルに粉砕されてからは、武器を持っていない。素手なので一歩下がり、僕が前へ出る。


 大男も今のところは素手だけど、あの筋肉魔人のような身体つきは全身が凶器みたいなものだ。油断はできない。


「見逃せ。そうすれば、これを売った代金から少しくらいは貴様らに分けてやらんでもない」

「お断りです。僕たちはあくまでもその巾着の中身を取り返したいんです」

「卵を盗んだ目的を言いなさいですわ」


 売ると言った。なら買い手がいるはず。その買い手が黒幕なのかな?


「逃げられないですよ。僕たちには仲間がいます。貴方はもう袋のねずみだ」

「ふははっ、言ってくれる。その仲間とやらが来る前に、貴様らをねじ伏せて逃げさせてもらおう」

「それは無理ですわ」


 ライラが大男を睨み据える。竜族でも怖気ずくライラの迫力ある睨みに、大男は額に汗をかく。


「どういうことかな? 俺様は、こう見えても気配を読むのには長けている。この場で貴様ら以外に手練の気配はない」


 僕たちの仲間がまだこの場に到着していないと、確信めいて顔をにやつかせる大男。


「違うよ」


 僕はそんな大男に、にっこりと微笑む。


 そして空を指差した。


 大男はつい釣られて、大空を見上げた。


『どおーぉん!』


 降ってきた。


 ……翼竜が。


 大男を目指し、上空から落ちてきたのはフィオリーナ!


 手練の気配とか、そんなものは関係ない。だってフィオリーナは、翼をたたんで空から落ちてきただけだから!

 そして大男も、まさか真上から竜が落ちてくるなんて思ってもみなかった。


 空を見上げたまま、状況がつかめずに身動きが取れない大男の上に、フィオリーナが問答無用で落ちた。


「ぐあっ!」


 悲鳴をあげ、フィオリーナの下敷きになる大男。だけどその衝撃で、大男が抱えていた巾着袋が宙を舞った。


「「あっ!」」


 僕とライラが動くよりも早く。


『リームのお手柄ぁ』


 高速で飛来したリームが、空中で綺麗に巾着袋を受け止めた。


『役にたったでしょ?』


 潰されて伸びた大男の上で、フィオリーナが満面の笑みを向ける。


「うん。すごく助かったよ」


 僕とライラが駆け寄ると、リームもこちらへと飛んでくる。

 見上げれば、遥か上空には暴君が戻ってきていた。


「何処かに行っちゃったと思ったけど、ご飯を食べてきたんだね?」

『うん。美味しかったよっ』

『牛うまぁ』


 僕の言葉に満足そうな笑顔をするフィオリーナとリームの口周りには、血糊ちのりがたくさんついていた。


 ええっと。大男を踏み潰しているフィオリーナと小さい咆哮をあげているリーム。その口周りが血に濡れているなんて、はたから見たらとても猟奇的に見えますよ……


 僕とライラが懐から取り出した布で二体の口を拭いてあげていると、騒ぎを聞きつけた警備の人たちがようやく現場に到着してきた。


 だけど、子竜とはいえ竜族二体を見て、怯えたように後退り、遠巻きに見ている野次馬の場所まで退がっていく。


 これが一般的な人の、竜族に対する普通の反応なんだよね。


「ええっと」


 どう説明したらいいものか。答えに困っていると、野次馬の輪が割れた。そして、そこから見慣れた人が現れた。


「あっ、ミストラル!」

「あっ、じゃありません」


 やって来たのは、ミストラルと二人の竜騎士。

 ミストラルは躊躇いなく僕に歩み寄ると、困ったように現状を見渡した。


「状況説明をお願いできるかしら?」


 フィオリーナに押しつぶされた大男と大きな巾着袋を持つリームを見ながら言うミストラルに。


「これはね……」


 聞き込みからこれまでのことを簡素に説明する僕。


「死んでないわね?」


 ミストラルはフィオリーナを退けると、大男を調べる。

 大男は気術を使っていたせいか、それとも元々の分厚い筋肉に守られていたせいか、フィオリーナの隕石攻撃を受けても、伸びているだけで死んではいなかった。


「かなりな手練の人だと思うよ」

「そうね。容姿や特徴を聞いてイドに似ていると思ったのだけど」

「イドって、あのイド?」


 リステアたちと一緒に行動しているはずの竜王が、確か「イド」と言う名前だったね。


「ええ。あの人はセスタリニースよりも偉丈夫で、この者のように頭に入れ墨をしているの。見た目は完全に悪者なのよね」

「えへへ。いつか会えるかな?」


 悪者面をした竜王か。いつか会ってみたい。


「それはともかく、ここでは何だから移動しましょう」


 見れば野次馬が倍増していた。


 珍しい騒ぎと子竜。そして竜騎士二人と、騒ぎにも動じず平然と会話を続ける僕たちは、野次馬たちの話題の種らしい。


「卵はどうやら確保できたようですし、一旦移動しましょう」

「領主の館へ案内します」


 メディア嬢とトルキネア嬢は、駆けつけていた警備の人に場の収集と大男の捕縛を命じると、僕たちを案内してくれる。


「リーム、それ重くない?」

『重いからリームが持っていてあげるよぉ』

「ありがとうね」


 リームは僕たちの頭上を飛行し、地竜の卵の入った巾着袋を持ってくれる。

 小さくても力強く飛ぶリームは、さすがは暴君の同族と思えた。


「それにしても、卵が割れずに良かったですわ」


 ライラの言葉に、うんうんと頷く僕。

 もう少し手荒だったりしたら、もしかしたら卵が割れていたかもしれない。


『んもうっ。知らないの? 大丈夫だよ。地竜の卵は親竜が踏んでも割れないからねっ』


 ……


 フィオリーナの言葉をライラに通訳した僕。そして二人で言葉もなく見合う。


 それを知っていれば、もっと手早く大男を捕縛できたような気がします!

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