王様には内緒だよ

「ちいっ!」


 三日月の陣に囚われた魔剣使いが強く舌打ちをする。と同時に、漆黒の全身鎧が周囲の光を呑み込み始めた。


『たわけ者め。今更間に合うとでも思ったか!』


 キャスター様の騎乗する地竜が、荒々しい咆哮と共に深緑色の息吹を放つ。グレイヴ様の飛竜が上空でいさましくえると、地上が瞬く間に凍りつき、苛烈な冷気が世界を凍らせる。ユグラ様は、回避不可能の眩い光線を放った。


 またもや、山間部を激震が襲う。大爆発と同時に冷気が吹き荒れ、深緑色と黄金色の光の柱が天にのぼった。

 衝撃波と、下腹に響く低い爆発音。足もとの振動。そして、視界を染める輝き。


 飛翔していたミストラルが慌てて僕の傍らへ飛んで来て、ユフィーリアとニーナ、それにライラを含めて結界を展開させてなきゃ、僕たちまで消し飛ばされていたかもしれない。


「ちょっと、竜族の皆さん。僕たちが近くにいるんだから、配慮してくださーいっ!」


 竜心に乗せ、叫ぶ。


『ふふんっ。この程度で消し飛ぶような軟弱者なら、貴様らとはこれまでだ』

『エルネア君たちなら防げると思っての攻撃ですよー』


 レヴァリアとリリィの反論は、僕たちを評価するものなのかな? なんだか、巻き込まれても、まぁ、良いか、的な言葉の色合いを感じるのは僕だけでしょうか。


 なにはともあれ、王子様たちの騎乗する竜族が連携した三位一体の攻撃は、凄まじいものだった。

 閃光が収まり、幾重にも押し寄せた衝撃波が過ぎ去ったあとには、雲よりも高く昇った土煙が残されていた。

 はたして、魔剣使いは……


 立ち込める土煙で視界が悪くても、気配を探ることで爆心地の様子を把握することはできる。

 僕だけじゃなく、妻や王子様たち、それに追撃戦に参加していた竜騎士団のみんなは、慎重に辺りの様子を伺う。


 周辺の山間部に、穢れた気配はない。

 ということは、ついに仕留められた!?


 意識を集中する。そうすると、高々と立ち上った土煙の奥で、にごった存在を感じることができた。

 でも、これまで感じていた穢れた人の生命反応ではない気がする。

 やはり、今の攻撃で倒すことができたのかな。おそらく、爆心地の気配は、魔剣使いが身に纏っていた全身鎧と「神殺し」と呼ばれる魔剣のそれだ。


 念のために警戒を解くことなく、僕たちは土煙が晴れるのを待つ。視線も精神も、爆心地へと向け続ける。

 背後に、リリィが降下してきたことだけを感じていた。


「やったのかしら?」

「倒したのかしら?」


 徐々に煙が晴れていくと、ユグラ様たちの攻撃がいかに絶大なものだったのかがわかり始めた。

 ミストラルの攻撃時よりも、さらに巨大な窪地が出来上がっていた。深く、広く。人の手が行き届いていた美しい林は消滅し、樹々の枝や根さえも残っていない。大きな岩は砕け、小石が転がる窪地。

 土砂以外は消滅してしまった、土色の世界。


 そういえば、キャスター様が騎乗する地竜って、スレイグスタ老やユグラ様を知っているくらいの老竜なんだよね。

 きっと、腐龍の王との戦いにも参加したような竜なんじゃないかな。

 名前こそ歴史には残っていないけど、老練ろうれんの実力をまざまざと見せつけられた。と思っているのは、飛竜騎士団の竜族たちだろうね。


「リリィも本気を出すと強いんですよー」

『ふんっ。大地を派手に吹き飛ばせば良いというものではない』

「うん。知っているよ。レヴァリアもリリィも、十分に強いよね。戦い方が違うだけなんだよね」


 レヴァリアは紅蓮の炎で万物を焼き払う。リリィだって、闇の力で物質を消滅させちゃう。爆発の規模だけが破壊力を示すわけじゃないんだよね。


「今更だが、その通りだな。それを踏まえると、其方らはまだまだ知識も練度も足らない」

「どういうこと?」


 いつのまにか、プリシアちゃんを抱きかかえた魔王が僕の隣に来ていた。だけど、魔王は僕の疑問に答えることなく、視線を爆心地へと向けたまま。

 変だね。魔王が気を抜いていない。そういえば、ルイララも背後で未だに気を張っている。

 魔族の二人につられて、僕はまた爆心地へと意識を向けた。そして、驚愕する。


「そんなっ!」


 高温で焼かれたせいか、鉄を打つ時のように赤く光と熱を発する全身鎧。同じように、真っ赤に染まった魔剣。闇色に揺れていた外套こそ消失しているものの、全身から蒸気を放つ魔剣使いは、でも確かに爆心地に立っていた。


「どうやら、修羅しゅら波動はどうを攻撃にではなく防御に使ったようだな」


 魔王が呟いた。

 修羅の波動?

 もしかして、全身鎧から放たれる闇の光線のことかな?

 でも、そんなことよりも……


「まさか、あれでもなお生きているの!?」


 ミストラルだけじゃない。僕や他のみんなも驚いていた。

 爆心地に仁王立つ魔剣使いが僅かに動いたんだ。

 微かに、指先が震えた。注視してなきゃ見落としていたかもしれない程にほんの僅かな動きだったけど、でも確かに動いた。まるで、意思があるかのように。


 でも、僕たちはただ驚いてばかりいるわけじゃない。

 僕も含め、魔剣使いの動きを感じた全員が瞬時に武器を構える。


「中身が亡くなっているかは、殴ればわかりますわ!」

「ライラさんの発言には少し同調しかねますが、的確な判断だと思います」

「生きていても、首をねれば死ぬわ」

「生きていても、とどめを刺せば死ぬわ」

「このマドリーヌの浄化を受けて、昇天しなさい!」


 気合いを入れ直すみんな。僕は、右手の白剣を握りしめ直す。

 そして全員で、爆心地に立つ魔剣使いへと迫る。


「ぬわっ」


 だけどここにきて、予想外の邪魔が入った。


 魔剣使いを包むように、瘴気の闇が出現する。僕たちでさえもたじろぎする程の濃い瘴気は、一瞬で魔剣使いの全身を闇に呑み込んだ。


「なぜ邪魔をするんです!?」


 僕は、魔王に向かって叫ぶ。

 横槍を入れてきたのは、間違いなく魔王だ。


 魔剣使いが本当にユグラ様たちの攻撃を耐えきったのかは不明だ。でも、魔剣使いはこれ以上戦えないし、逃げられもしない状況だったはず。

 このまま押し切れば、確実に倒せていたはずなのに!


 魔剣使いを飲み込んだ瘴気の闇は、すぐに晴れた。

 だけど、消えたのは瘴気だけではない。魔剣使いごと、消えてしまった。


 突然の介入に、なぜ、と全員が疑念の視線を魔王へ向ける。

 僕たちの視線を受けた魔王は、だけどびれた様子もなく言い放った。


「なあに。奴は魔族の国に行きたがっていたのでな。親切に送ってやっただけだ」

「どうして、そんなことを!」


 魔王に対して、つい声を荒げる僕。


「あの魔剣使いは、危険すぎると思います。それを仕留められる好機だったのに、なぜ邪魔をしたんですか!」


 魔剣使いが、魔族の国に行きたがっていた。

 もしかすると、古代遺跡を利用して魔族の国へ転移しようとしていたのかもしれない。

 でも、賊のそんな事情は、僕たちには関係ない。


 きっと、魔王は魔剣使いの心を読んだんだ

 だけど、だからといって魔族の国に転移させちゃうだなんて、あんまりだよ!

 魔剣使いの生死は不明だった。多分、全身鎧の中身は竜術の熱で焼け死んでいるか、もし生きていたとしても瀕死だったはずだ。

 僕たちがあのままとどめを確実に刺せていたら、人族にも魔族にも今後のうれいはなかったはずなのに。


 それに、魔族の国へ飛ばしたって言うけどさ。いったい、どこの地域に飛ばしたの?

 魔族の国にあの全身鎧と魔剣がもたらされたとして、平穏は崩れないの?


「飛ばした先は、クシャリラが支配していた地域だ。あそこは今も混沌としている」

「なんてことを……。混沌としているからって、余計な騒乱をこれ以上取り入れる必要はないと思いますけど?」

「それは、人族の其方の意見だ。私ら魔族が同じような価値観だと思わぬ方が良い」


 たしかに、人族と魔族とは考え方や価値観、道徳観念など色々と違いはある。で、これはあんまりじゃあ……

 僕たちの不満を言葉に変えたのは、青い飛竜から降りてきたグレイヴ様だった。


「……確かに、魔族のことは知らん。しかし、奴はヨルテニトス王国内で騒乱を起こし、あまつさえ王族を人質に取るような極悪な所業を働いたのだ。いくら魔王といえど、我が国の問題に干渉してほしくはなかったですな」


 グレイヴ様は地上に降りると、険しい剣幕で魔王に言い寄る。

 さすがは、次期国王様だね。魔族の王に対しても堂々としているよ。

 グレイヴ様のこういうところは、素直に評価できます。


 反論された魔王は、グレイヴ様を見る。そして、鼻で笑った。


「よしんばあれにとどめを刺せたとして。それで、九魔将の鎧はどうする? 神殺しの魔剣をどう扱う?」

「そんなの、決まっています。浄化してしまうのです!」


 今度は、マドリーヌ様が魔王に詰め寄った。

 魔王は、マドリーヌ様を見る。そして、苦笑した。


「残念ながら、其方や竜の巫女程度の法力では力不足だ。あれを浄化し無力化したいのなら、聖女でも連れてくるのだな」

「むきぃっ。私はヨルテニトス王国の巫女頭みこがしらですよっ! この私がおとると言うのですか!」


 どさくさに紛れて、魔王が持つ錫杖を奪い返そうとするマドリーヌ様。でも、魔王は軽くあしらうとため息を吐いた。


「あれは、太古の昔より存在する魔族の武具だ。ここへ来る前に話してやっただろう。どのような武具や宝玉であれ、いずれは力を失う。だが、あれは未だに力を失っていない。つまりは、それだけ強力な遺物というわけだ」

「つまり、今の僕たちには、魔剣使いを倒せても鎧と剣を処理する能力がない、ということですね?」

「そういうことだな」


 浄化し穢れを払わないと、呪われた武具には触れない。

 九魔将の鎧と神殺しの魔剣。

 不思議なことに人族が触れても自我をたもっていられる魔武具だけど、だからといって別の呪いがないとは言い切れないよね。


「竜族の攻撃にも耐えるほど強固な魔武具ですので、破壊処理はできないとして……。それなら地中深くに埋めてしまい、掘り起こされないように守るというのはどうでしょう?」

「もしくは、魔王が持って帰れば良いですわ」


 ルイセイネとライラの意見は正しいよね。

 運良くなのか、ユグラ様たちの攻撃で爆心地は深く抉れている。浄化できなくてさわれないのなら、あのまま埋めちゃえば良いんだ。

 もしくは、魔王かルイララに持って帰ってもらう。

 僕たち人族が触れなくても、魔王や上級魔族なら触れられるよね。


 だけど、魔王は首を横に振って応えた。


「親切に持ち帰ってやっただろう? だが、其方らは不満だという。では、埋めるとして。残念ながら、勧められない選択肢だ。あの武具がこの地にあると魔族に知られれば、それこそ今後、この地にわざわいが降りかかるだろう」

「秘密にはできない?」

「あまり、魔族を甘く見ないことだ。魔族だけではない。神族や他の種族の間者かんじゃなど、いくらでも其方らの生活圏に紛れ込んでいる」

「えええっ!」


 魔族は、竜峰を越えられない。でも、僕たちの知らない手段や経路で、魔族や神族の間者は情報を収集しているんだね。


「そういうわけで、感謝するが良い」


 と言われても、やっぱり素直には感謝できないよね。なんだか、問題の先送りにしかなっていない気がするよ。

 それにさ。

 なんだか、これまでにないくらい嫌な予感がします。


「関わった事件を自分の手で解決したい、というのであれば、もう少し成長することだ」


 魔王は僕を見て、くつくつと愉快そうに笑う。そして全裸のルイララを従えて、リリィと共に空へと帰っていった。


 今回は、僕たちは終始、魔王に振り回されっぱなしだ。

 これが最古の魔王の実力で、竜族を含めた僕たち全員が束になってかかっても、てのひらもてあそばれちゃうんだね。


 やれやれ、と心底疲れたため息を吐いちゃう。


「……それで、なんで王子様がそろみなのかな?」


 マドリーヌ様は、空に上がった魔王に向かって叫んでいた。そんな巫女頭様を横目に、僕たちはこの場に居てはいけない三人を見た。

 騒動が収まったとみて、降下してきたユグラ様に騎乗しているフィレル。

 未だに荒ぶっている深緑色の地竜をなだめるキャスター様。

 それと、先ほど魔王に詰め寄っていたグレイヴ様だ。


「フィレルとキャスター様は、王様にお留守番を言い渡されていたよね。それに、グレイヴ様は東の国境で耳長族と巨人族の騒動の後始末をしていたのでは?」


 僕の疑問に、三人の王子様は苦笑しながら弁明をしだす。


「事がことなだけに、俺の方にも連絡が来たのだ。俺は陛下から待機を命じられていないからな」


 と視線を明後日の方角に向けるグレイヴ様。


「だいたいだな。実の母親が人質にされていると聞かされて、大人しくしている子がいるものか。ライラが動いて俺たちが動かぬのは間違っているではないか」


 開き直って、がははっと大笑いをするキャスター様。


「ええっとですね。どうか、父王陛下にはこのことは内緒にしておいてくださいね」


 今更ながらに動揺を見せるフィレル。


 ああ、そうか。

 みんな、母親である王妃様が心から心配だったんだね。

 王様の命令に反してでも、力になりたかった。それで、王様を追ってこっそりと来たに違いない。

 王妃様は、家族に深く愛されているんだね。


 三人の王子様は、他にもぶつぶつといろんな言い訳を口にしながら、また各々おのおのの竜の背中に戻る。


「それでは、あとは頼む」

「いいか、俺たちのことはくれぐれも陛下には言うなよ?」

「エルネア君、秘密ですからね」


 そして、王様に暴露ばれては困る、と早々に帰っていた。

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