地下都市の守護者

 僕の説明に、目を点にするスラスタール。

 おおっと。説明不足だったみたいだね。

 僕は始祖族の巨人の様子をうかがいながら、補足を入れる。

 始祖族の巨人、即ち地下都市遺跡の守護者様も、僕の話を聞きたいようで、静かにこちらの様子を伺っていた。


「ミストラルに、巨人が始祖族だと言われて疑問に思ったんだよね。僕たちの知っている始祖族は、誰もが計り知れない力を持っていて、聡明で思慮深いんだ。なのに、この地下都市遺跡に現れた始祖族は、知性も感じられないし、強くもなかったからね」

「あれで強くないと君たちは言うのか!? それに、他にも守護者様のような方々を知っていると?」


 スラスタールは絶句しているけど、暴走中だった守護者様のにぶく単調な動きは、巨人の魔王やシャルロットに比べればお粗末そまつ過ぎるものだったからね。どんなに破壊的な魔法や怪力でも、当たらなければ、どうということはない。

 ただし、理性を取り戻した後に神族たちを一瞬で石化させた魔法は、恐怖を感じるくらいに凄かった。

 あれだけの魔法をいとも簡単に放てるのなら、魔族の大軍だろうとものともしないだろうね。

 やはり始祖族だ、と思わせるだけの威力だった。


「ちなみに始祖族っていうのはね」


 始祖族について知識がなさそうなスラスタールに、始祖族の基本的な情報を教えてあげた。

 スラスタールは、僕の説明を聞いているうちに、何故か余計に混乱し始める。


「き、君たちは、いったいどういう旅をしてきて、何を経験してきたというのだ……」


 始祖族に関する知識だけでなく、実際に複数の始祖族と面識を持つ僕たちが、スラスタールの常識の範疇はんちゅうを越えてしまったらしい。

 とはいえ、魔族の知り合いが沢山いるんですとも言えないので、僕たちはスラスタールの困惑を受け流すしかない。


「流れ星様と、いろんな地域を旅しているからね!」


 と僕が言うと、正確にはエルネア君に連れ回されているのですけどね、とルイセイネの瞳が語っていた。


「それで、始祖族の本来の姿を知っている君たちは、守護者様を正常に戻そうと動いたわけか」

「そうですよ。穢れを祓うのは、僕も得意なので!」


 霊樹の力は、穢れとは真逆の性質を持つ。生命力を活性化させて、世界の不浄を祓う力があるんだよね。

 その霊樹の特性を活かせば、呪いのような穢れを過剰に取り込んで自我を失った守護者様を、元に戻せると思ったんだ。

 そして、僕は穢れを祓う手段を持っていた。


 霊樹の若枝と、それを媒介とした精霊剣。

 アレスさんの協力もあったから、守護者様の穢れを祓えるという確信があった。


「だが、守護者様はもう完全に不浄を取り込んでしまっていて、祓えない存在になっているとは思わなかったのか?」


 僕から始祖族の誕生を聞いたスラスタールは、それなら生まれた後にも周囲の負の穢れを吸収し続け、当初とは違う性質に変わるのではないか、と疑問を口にする。

 僕は、それを否定した。


「ううーん。僕の知る限り、始祖族が生まれた後に周囲の負の感情を取り込んで、性質を変化させるということはないかな?」


 始祖族は、誕生した時点でたぐまれな魔力と深い叡智を手にしている。だけど、生まれるまでに得た様々な能力を、生まれた後にも同じように獲得はしない。

 魔族の真の支配者やシャルロットも、誕生した時点で他者を圧倒する力を持っていて、大暴れしたという。だけど、その時に発生したはずの瘴気や負の感情を取り込んで、更なる力を手に入れたなんて話は、聞いたことがないからね。


 だとすれば、守護者が誕生後に取り込んだ穢れは、あくまでも外部要素であり、吸収した後に存在そのものを変質させる可能性はないと考えられる。

 だから僕は、外的な穢れさえ祓うことができれば、始祖族の巨人を元の姿に戻せると思ったんだ。

 そして、結果は僕の考えた通りで、守護者様は自我と本来の知性を取り戻した。


「なるほど。だが、それは君の考えであり他の者たちに説明などしていなかっただろう? あの土壇場どたんばで、君らは彼の考えを理解していたのか?」


 スラスタールに疑問を向けられた女性陣のみんなが、当たり前だというように揃って頷く。


「こういう時にエルネアが何かをするのは、いつものことよね」


 とミストラルが言うと、


「最初から何か考えていらっしゃるようでしたから、後はエルネア君を信じて託すだけです」


 とルイセイネが淀みなく言い切る。


 あとは、どうすれば僕が動きやすいのかをみんなが各自に判断して、役目を担ってくれた。

 ユフィーリアとニーナとセフィーナさんは、三人で竜術を放って僕へ魔物の大群を近づけないようにし、ニーミアはルイセイネとマドリーヌ様を護りながら、スラスタールからセオールを引き離した。スラスタールが秘密を僕に話せるようにね。それに、ミストラルは暴走した始祖族の巨人を相手にして、時間を稼いでくれたよね。

 何も言わなくても、全員が協力し合える。それが僕たちの家族の強みだ。

 もちろん、この場に居ないライラだって、しっかりと自分の役目を全うしているはずだ。


「ふむ。人族でありながら竜術と精霊術を操り、竜人族の戦士と古代種の竜族を味方につけた者か。汝のおかげで、我だけでなくこの地は滅びから救われた。改めて感謝しよう」


 僕たちの話を静かに聞いていた守護者様が、瞳の青い光を柔らかくする。それが、守護者様の感謝の表現なんだろうね。


「いえ、こちらの方こそ、地下都市を騒ぎに巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 僕たちがもう少し早くグエンの本当の企みに気づいていれば、もっと上手く立ち回れたかもしれない。元神将であり、帝尊府を組織化したエスニードを排除したかったグエンにとって、冥獄の門を潜って地下都市を訪れるなんて面倒は、本当は取りたくなかったはずだ。だから、僕たちが冥獄の門を潜る前にエスニードを退かせられるような動きを取っていれば、地下都市遺跡に損害を出さずに済んだかもしれない。

 そう謝罪すると、守護者様はゆっくりと首を横に振った。


「いや。汝がこの地を訪れなければ、我は暴走したままであっただろう。我を救ったのは、紛れもなく汝の功績だ」


 大切なものを守護する者に感謝されるのは、素直に嬉しいよね。自分の力が守護の一助になったのだと誇りに思えるし、達成感も満たされる。

 僕は守護者様のお礼を、素直に受け取る。


「さて。スラスタールの疑問はまだ有るかもしれないけど、あまり悠長にはしていられないよね?」


 地下空間に広がる神秘的な風景は、いつまでも眺めていたいと思えるほど素敵だ。

 だけど、僕たちにはあまり時間的な余裕は残されていない。


「グエンを追うのね?」


 ミストラルの言葉に、僕は頷く。


「僕たちをめて自分だけ目的を達そうだなんて、虫が良すぎるからね! 落とし前はしっかりつけてもらわなきゃ!」


 グエンがどんな任務を受けていたのかとか、エスニードを不意打ちで討ったという部分は、神族の問題だから僕たちは干渉しようとは思わない。でも、あの場でみんなが困るような選択肢を平気で選び、僕たちを利用するだけ利用して逃げ出した態度は許せないよね!

 僕だけでなく、家族の全員がグエンを追う気満々だ。

 ただし、困った問題も残されている。


「ええっと。僕たちは地下都市を壊しちゃったんだけど……」


 守護者様は怒らないのかな?

 救ってくれたこととは別で、壊したまま地下を出るなんて許さない。なんて言われたらどうしよう。と守護者様の様子を上目遣いで伺う。すると、守護者様は喉の奥を震わせて笑った。


「案ずるな。魔族どものが侵入してきた時は、この比ではなく都市は荒れた」

「でも、僕たちが来たときは綺麗な街並みでしたよ?」


 僕の疑問に答えるように、守護者様の瞳の奥が光る。


 むくり、と破壊された区画の地面が膨れ上がった。

 そして、僕たちが見守る先で、地面からの膨らみは人の姿を形取り始める。


「あれは!」


 守護者様と同じ、黒い岩肌。関節部分や岩肌の継ぎ目の奥には、赤い溶岩の体液が見える。

 魔物として僕たちに襲いかかってきた黒い岩肌の人形が無数に現れた。


「そうか。あの魔物……じゃなかった、岩人形は、正真正銘の守護者様の眷属なんですね?」

「そうだ。あの者たちに任せておけば、都市は復元される」


 守護者様がそう言う側から、岩人形たちは復興活動を始めていた。

 散らばった瓦礫がれきを片付けると、与えられた能力なのか、石材を自ら生み出して、建物や石畳を修復していく。


 守護者様が始祖族として授かった特殊な能力は、石や岩を自在に操れるものなのかな? と岩人形の様子を見ていると、マドリーヌ様が声を掛けてきた。


「エルネア君。時間がないことは重々に承知しているのですが。よろしければ、私に少しだけ時間を与えてください」

「マドリーヌ様、どうしたの?」

「はい。あの岩人形を見ていて、思ったのです。彼らは、今現在において地下都市に住む住人なのでしょう。ですが、この地にはかつて幽冥族と呼ばれた方々も住んでいました。自らの運命に向き合い、滅びた幽冥族に哀悼あいとうの意を送りたいのです」

「そうですね。僕も幽冥族に祈りを捧げて帰りたいと思います」


 呪いが蔓延し始めた時に、封印によって地下に残った幽冥族は、誰にも知られることなく滅びていった。もしかしたら、最後の祈りさえ受けていないかもしれない。

 巫女として、亡くなった者たちを女神様のお膝元へ送りたいと言う気持ちは理解できた。


「ならば、行くがよい。幽冥族の墓標は、あそこに在る」


 マドリーヌ様の想いを受け取ってくれたのか、守護者様が上半身を起こすと、巨大な柱の根もとを指差した。

 僕たちはお礼を言うと、急いで大柱の根もとへと向かう。

 スラスタールも、無言で僕たちに同行してきた。


 大通りの坂を駆け上がり、芝生が広がる大きな公園へ辿り着く。

 公園の一番奥、大樹の根のように伸びた何本もの支柱の先に、黒い大きな石板が在った。

 僕たちは石板の立つ場所まで行くと、息を整えながら見上げる。


「幽冥族の名前が、ひとりひとり彫られているんだね」


 見上げる黒い石板には、数えきれない人たちの名前がしっかりと彫り込まれていた。

 守護者様が、地下都市の最後の住民たちの名前を遺したんだろうね。


「さあ、みなさん。祈りましょう。幽冥族の方々が、心安らかに女神様のお膝元へ旅立てるように。の地でいつまでもおだやかに過ごせますように」


 マドリーヌ様とルイセイネを中心として、僕たちは静かに祈りを捧げる。

 霊樹の根もとに集まり、多種多様な種族が平和に暮らしていたという。人族、耳長族、神族、魔族、精霊。そうした区別なく「幽冥族ゆうめいぞく」として互いに手を取り合い、最後まで誇りを持って生き抜いた人々。その最後を祈りで見送り、安寧あんねいを願う。

 スラスタールも、冥獄の門を守り続けてきた一族の代表として、真剣に祈りを捧げていた。

 彼は有翼族で、神殿宗教の信者ではないはずなんだけどね。でも、亡くなった者をとむらう想いは、種族が違っても同じみたいだ。


「汝らの祈りは、の者たちに届いただろう。彼らに代わり感謝をする」


 祈り終わると、守護者様が頭上から声を掛けてきた。


「汝らには、まだやり遂げねばならぬ事が有るのだろう? ならば、行くのだ。汝らの成すべき事を成せ」


 地下都市の出口を指さす守護者様。

 僕たちは、大きなニーミアの背中に乗りながら、暇乞いとまごいをする。

 時間が惜しいので、仕方なくスラスタールも乗せる。セオールは、相変わらずニーミアの手の中で気を失っていた。


「あのう。最後にひとつだけ。神族の人たちはどうなるんでしょう?」


 帝尊府として、目的を持って冥獄の門を潜った神族たち。彼らは、理性を取り戻した守護者様によって、一瞬で石に変えられてしまった。

 僕としては、そんな彼らであっても地下から連れ出したいと思っている。もちろん、地上に戻ったら相応のむくいは受けてもらうけどね。

 それに、この地に残していくとなると、みんなを救おうと頑張った僕の努力が半分無駄になっちゃうからね!


 だけど、守護者様はその点に関しては厳しかった。


「捨て置いて行け。汝らは我を救った。そこの気を失っている有翼族もスラスタールに免じて見逃す。しかし、害意を持って冥獄の門を潜った者たちは見過ごせぬ」


 帝尊府は、地下都市遺跡を狙って冥獄の門を潜ったわけではない。だけど、これから先にこの地を利用としていた。

 幽冥族が暮らした地下都市を守護する者として、外部から災いをもたらす者は排除すべき敵でしかないんだろうね。

 僕たちは守護者様の意思に従い、石化した神族の人たちを残して地上へと戻る選択をした。

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