観光名所は危険地帯

 馬車での旅は、順調に進んだ。

 僕たちを乗せて昼夜を問わず疾走しっそうした馬車は、あっという間に巨人の魔王の領国を抜けて、数日後には賢老魔王が支配する魔都の近郊きんこうへとたどり着く。

 そして、見た。


「わあっ!」


 感嘆かんたんのため息しか出ない。


 燃えるように真っ赤に染まった紅葉こうようの山。

 絶景にえる、美しい宮殿きゅうでん

 誰もが馬車から身を乗り出し、見惚みとれてしまう。

 道を行き交う人々も、少し歩いては足を止め、紅葉の山を振り返って心いくまで眺めては、また歩き出す。そして、また振り返る。という動作を繰り返していた。


「あの、紅葉に染まった山全体は禁領だよ。そして、山の裾野すそのに広がる宮殿が、朱山宮しゅざんぐう。つまり、魔族の真の支配者がお住まいになる御所ごしょさ」


 朱山宮。

 ルイララの説明に、なるほど、と頷くしかない。

 山、というか禁領のほぼ全てが紅色べにいろ。そこに、僅かながら黄色や緑色に染まった紅葉も混じる。

 すると、全体の印象として朱色しゅいろに見えてくる。

 その裾野に悠然ゆうぜんと存在する宮殿は、確かに「朱山しゅざんみや」だった。


「朱山宮と周囲の禁領には、魔王と始祖族しか入れないんだ。ってことで、死にたくなかったら入っちゃ駄目だからね?」

「ルイララに言われなくても、支配者の領地になんて入らないよ……」

「ははは、魔族たちも、最初の内はみんなそう言うのさ。だけど、あの紅葉に魅入みいられた魔族が毎年何人も侵入しちゃって、行方不明になっているんだよね」

「うひっ」


 人々の魂を魅了みりょうしてしまうほどの絶景。

 でも確かに、視界の先に広がる紅葉に染まった山は、それだけの魅力がある。

 そして、魔族をもとりこにする朱山に住む者こそ、やはり真の支配者なのだと思わされた。


「あの宮殿は、アステル様が創った最高傑作らしいよ? けど、本人はあんまり行きたがらないんだよな」

「ははは、さすがのアステルさんでも、真の支配者は苦手なんだね」


 そういえば、と前にアーダさんと別れた場面を思い出す。

 なにかを覚悟したようなアーダさんは、魔女さんに言ったっけ。朱山宮へ、と。

 僕だけじゃなく、ルイセイネやマドリーヌ様にさえ聖女せいじょを連想させるような女性だったアーダさん。そのアーダさんがなぜ、魔族の真の支配者が住まう場所を目指したのか。


 きっと、僕やリステアやトリス君のように、アーダさんも大きな運命を背負っているのかもしれない。

 ううん、もしかしたら、僕なんかよりもうんと深く、世界に関わっているのかも。

 なにせアーダさんは、スレイグスタ老でさえ小僧扱いしちゃう、あの魔女まじょさんの愛弟子まなでしなんだから。


 と、紅葉に染まった山に見惚れながら思考していると、ルイララが声をかけてきた。


「みんなの目には映っていないかもしれないけどさ。ほら、禁領の前に広がる魔都が、僕たちが今晩泊まる場所だからね?」

「はっ! 気づかなかった!」

「仕方ないさ。魔族だって、この季節にここを訪れると、誰もが魅了されちゃうんだからさ」


 そう言うルイララも、視線は紅葉から離れない。それだけの絶景が、魔族の国に存在する。

 やっぱりさ。人族だろうと魔族だろうと、美しいものは美しいと感じるし、価値観は共通しているんだ。

 ただ、思想しそうが違うだけ。


 人族は平和を願うけど、魔族は破壊や暴力を好む。

 そして、一般的な魔族は、人族を奴隷以下の消耗品としか見ていないんだよね。






「ああ、言い忘れていたけどさ。ここでは、君たちは僕の奴隷って扱いでいかせてもらうからね?」

「なんと、この私どころかアレクス様までもが貴殿の奴隷だとおっしゃられるのか!?」

「ははは、僕は強制しないけどさ。でも、魔族の国の魔王のお膝元ひざもとで、天族と神族が魔族の庇護ひごもなく何日無事でいられるだろうね?」

「ぐぬぬっ」


 ルイララは能天気のうてんきに答える。それをくやしそうに睨むルーヴェント。

 だけど、今はそれどころじゃないんだってば!


「ルイララ、できればそれを早めに言ってほしかったな!」

「まったくだぜ。おかげで、とんでもねえ事態になっちまった!」

「いやいや、それ以前にルーヴェントとスラットンのせいだからね?」

「くそっ。ともかく、エルネア。馬車を追えるか!?」

「ここは、私どもに任せて、エルネア殿は先に行かれよ」

「うん、任せて!」


 さて、何が起きているかというと……






 さかのぼること、少し前。

 トリス君の案内で、今日の宿屋だという場所に到着した僕たち。

 早速のように馬車を降りて、周囲を観察する。

 どうやら、主要な道からは一本か二本ほど奥に入った宿屋を選択したみたい。


 ずっと馬車に揺られていたせいか、全身が硬くなっていた僕たちは、思い思いに身体を伸ばす。

 そうしている間に、トリス君とルイララは手続きのために宿屋に入っていった。


 そのときだった。


「おい、人族風情がこんな場所で能天気に寛いでいるんじゃねえ!」

「貴様らは、神族と天族か。よもやこの地にのこのこと現れるとは!」


 裏道とはいっても、ここは魔王城を有する魔都だ。そこら中で魔族は往来おうらいしているし、そのなかには屈強くっきょうな者も含まれる。

 そして、僕たちに因縁をつけてきたのは、気配からして中級魔族っぽい巨躯きょくの魔族たちだった。


「ええっと……」


 しまった、油断しすぎていた。

 僕だけならまだしも、アレクスさんとルーヴェントの存在は、魔族たちにとって刺激が強すぎる。

 どう言い訳をしようかと思考を巡らせる。だけど、僕が対応する前に、やはりルーヴェントが問題を起こしてしまった。


「おやおや、何者かと思いましたら。魔族ごときがこの私やアレクス様に気安く声をおかけになるとは。もう少し、立場というものを理解していただきたいものでございますね」


 いやいや、立場を理解しなきゃいけないのは、君の方だからね!? なんて突っ込みを入れている場合じゃない。

 天族のルーヴェントに挑発されて、魔族たちが黙っているはずもない。


 おい、神族と天族だぞ。と、どこからともなく魔族たちが集結しだし、裏道は騒然そうぜんとしだした。

 そして、そこに火をつけたのは、もうひとりの問題児だった。


「うるせえなっ。魔族はつるまねえと因縁もつけられねえってのかよ?」

「なんだと? 人族ごときが!」


 ああ、スラットンよ。魔族相手にそんな啖呵たんかを切っちゃうと、後戻りできませんよ……


 僕の心配をよそに、騒ぎは瞬く間に大きくなっていく。


「貴様、どこの奴隷だ!」

「ああん? 俺たちが奴隷に見えるって? 魔族どもはとんだ節穴ふしあなだな」


 誰か、馬車に付けられた家紋に気づいて!

 だけど、僕の願いを聞き届けてくれる魔族は現れなかった。ルーヴェントとスラットンの悪態に魔族たちの注目は集まり、誰も馬車なんて見ていない。

 それどころか、魔族たちはスラットンの言葉ににやりと極悪な笑みを浮かべて、武器を構えだした。


「面白えぜ。自由奴隷か。なら、早い者勝ちだ。誰がこいつらの所有権を取るか、勝負だ!」

「うっかり殺しちまっても、文句を言うんじゃねえぞ?」

「は、はい……?」


 そして、睨み合う魔族たち。


 ええっと、意味がわかりませんよ?

 挑発してしまったのはこちらの方で、魔族たちが怒りを向けるのは理解できます。だけど、なんで魔族同士が一触即発になっちゃっているのかな!?


「おらっ、死にやがれ!」

「死ぬのは貴様だっ」


 そして、暴動が勃発ぼっぱつする。

 魔族同士が剣を交え、魔法を打ち合う。

 あっという間に、裏道は地獄絵図と化した。


 爆発音が響き、金属音が交差し、怒号どごうが飛び交う。

 僕たちは、意味もわからず魔族たちの争いを見る。

 だけど、油断はしていられない。


「くっ!?」


 死角から、魔族が斬りかかってきた。

 争いのどさくさにまぎれて、僕たちを狙う者が現れる。特に、神族のアレクスさんとルーヴェントが狙われていた。


 殺意を向けられてしまっては、こちらだって対応を取らざるを得ない。

 霊樹の木刀を抜き放つ僕。みんなも、各々おのおのの武器を構え、襲撃してくる魔族に対応する。


「ほうら、ぼうや。油断していると死んじまうぜ?」


 僕に向かって、肉厚の直剣を振り下ろす鬼。だけど次の瞬間、真っ二つに両断されていたのは、鬼の方だった。


「ははは、エルネア君に戦いを挑むだなんて、無謀むぼうにもほどがあるよね?」

「ルイララ!」


 鬼を両断したのは、言うまでもない。宿屋から出てきたルイララだった。


「で、この騒ぎはなんっすか!?」


 トリス君も、魔剣と神剣を抜いて身構えていた。


「ええっとね……」


 何をどう説明すれば良いのやら。

 とはいえ、説明しなきゃ状況がわからないよね? と、口を開こうとしたとき。


「ああっ、馬車が!」


 急に走りだした馬車。

 見ると、馭者台ぎょしゃだいに小鬼が。

 どうやら、この騒動に紛れて馬車を盗む気だ!






 僕は、空間跳躍を発動させる。

 一瞬でみんなから遠ざかった僕に、トリス君が遠い背後で短く息を漏らして驚いていた。


「さすがはエルネア君だね。賢老魔王のお膝元でも問題を起こしちゃうだなんてさ」

「いや、僕はまだ何もしていないからね?」


 僕の連続した空間跳躍に平然と追従ついじゅうしてくるルイララに、否定を入れておく。


「ともかく、どうにかしてこの騒動を収めなくちゃ……。馬車の方は、僕に任せて。ルイララは、できれば向こうの方に加勢してほしいんだけど?」


 空間跳躍を駆使すれば、走りだした馬車にだって追いつける。馬車を盗んだ小鬼も大したことはなさそうだし、ここは僕だけで十分。

 だけど、宿屋の前の騒動はそう単純でもない。

 このままでは、魔族だけじゃなくてこちらにも犠牲者が出てしまう可能性だってある。それになにより、魔族の国の奥深く、しかも真の支配者が住まう御所の近隣で、人族どころか神族や天族が騒動を起こしてしまったら、取り返しのつかない騒動に発展する可能性だってある。


 だけど、ルイララは僕に追従しながら呑気のんきに背後を振り返ると、他人事のように微笑んだ。


「あっちなら、大丈夫だと思うよ? なにせ、あの宿屋の主人は……」


 ルイララがなにかを言いかけたそのとき。

 宿屋の方で、恐ろしい現象が起きた。

 銀糸ぎんしのような、きらきらと輝く繊維せんいの集まりが、大地から天へ渦を巻きながら昇る。そして、騒動の渦中かちゅうにいた魔族たちをことごとく銀糸でからめとり、動きを封じ込める。

 もちろん、銀糸に絡め取られた者のなかには、スラットンやルーヴェントたちも含まれていた。


「ななな!? いったいなにが?」

「ほら、問題なかっただろう?」

「いやいや、大問題になっていますけど!?」


 あの、天高くそびえ立った銀糸の塊は、魔法なのかな?

 ちょっと違うような気もするけど……?


 拘束されても暴れようとしていた魔族が、全身に糸を食い込ませて細切れに両断されてしまった。それを見たスラットンが顔を青ざめさせながら、抵抗を止める。

 飛び交う罵声ばせいや怒号は、悲鳴に変わっていた。

 そして、一目散に逃げていく、野次馬だった魔族たち。


「あれで、本当にみんなは無事なのかな!?」

「それは、問題ないと思うよ? 宿屋の主人はトリス君を気に入っていたみたいだし、そもそも彼らは常連客みたいだからね」


 それって、トリス君たちは毎度訪れるたびに、ここで問題を起こしているってこと?

 そして、宿屋の主人はそんなトリス君たちの味方で、あの銀糸の塊も宿屋の主人の仕業しわざなんだろうか。

 そして、トリス君の仲間であるリステアたちも、大人しくしていれば大丈夫?


 なにはともあれ、僕は逃げる馬車を追いかける。

 もちろん、ルイララも呑気に追従してきた。


「ははは、楽しいね」

「いやいや、全然楽しくないからね?」

「まだ出だしでこれなんだから、妖精魔王ようせいまおう陛下の国に入ったらどんな騒動になるんだろうね?」

「そういうば、妖精魔王ってなにさ!?」

「例の、北の魔王のことさ。前は北方に国があったから、僕たちは「北の魔王」と呼んだりもしているけどさ。魔族の間では妖精魔王とも呼ばれているんだよ。ほら、あの不思議な存在って、妖精っぽくないかい?」

「いやいや、妖精っぽくありません!」


 つまり、妖精魔王とはクシャリラのことだよね?

 妖精というと、僕なんかはミシェイラちゃんなんかを想像しちゃう。クシャリラはどちらかというと精霊っぽいけどな?

 でも、精霊や妖精とえんのない者からすれば、似たようなものなんだろうね。

 僕だって、本物の妖精にはまだ出逢ったことがないから、正確なことは言えない。


 ともかく、僕は馬車に追いつくと、馭者台の小鬼を倒して自動馬形を制止させた。

 ふう、と馭者台でため息を吐く僕。

 そんな僕の安息をかき消すように、遠くから警邏けいらの魔族たちがすっ飛んできた。


 あああ、本当に不安になってきた。

 僕たちは無事に天上山脈へとたどり着けるのだろうか。

 そして、東の魔術師を見つけ出し、聖剣を復活させることはできるのか。


 それに、もうひとつ。僕たちは邪族じゃぞく対抗のために、ミシェイラちゃんたちの行方を探さなきゃいけない。

 いったい、彼女たちはどこへ行ってしまったんだろうね?


 怒気をはらんだ警邏の魔族たちを刺激しないように無抵抗を示しながら、僕はひっそりと肩を落とす。


「がんばれがんばれ」

「がんばれにゃん」


 すると、僕の膝の上に顕現してきたアレスちゃんと、ずっと頭の上に乗っていたニーミアに励まされた。

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