騒がしい獄中生活
さて、なぜ僕たちが安心安全、そして高速な移動手段であるニーミアの手助けではなく、街道を地道に進む馬車旅を選択したのか。
ニーミアにお願いをすれば、僕たちは魔族の目を盗んで素早く
だけど、僕たち、というか僕はそれを良しとはしなかった。
なぜならば。
勇者リステアの聖剣を復活させる。それと同じくらいに重要な役目を、僕はこの旅で
現在、アームアード王国の辺境は、邪族による脅威に
正直に言って、聖剣を復活させても邪族には対抗できない。なにせ、あのミストラルやテルルちゃんの攻撃にさえも耐えたような化け物じみた種族なんだ。
そんな恐ろしい種族に、聖剣とはいえ人族の造り出した
そんなわけで、リステアではないけど、僕だって、この西へと向かう旅は重要なんだ。
それだというのに……
「おい、
「鶏野郎、という
「なんだと、この野郎!」
「やれやれ、これですので人族は……」
さっきから
僕たちは、魔都で騒動を起こした中心人物として、
まあ、その気になれば逃げ出すこともできたんだけど。でも、あの場で逃げてしまっていたら、その後はずっとお
ただでさえ苦難な旅路だというのに、これ以上の困難は避けたい。
ということで、素直に捕まったわけだけど……
「ねえ、アレクスさん。ルーヴェントはいつもこんな調子? アレクスさんの住んでいる村でも、人族の奴隷がいたり、旅の商人が訪れることだってあるよね?」
「私の
僕たちは
その牢獄の中心では、相変わらずスラットンとルーヴェントが言い争っていて、リステアは
トリス君も、なぜか慣れた様子で
そして僕は、うるさい二人にげんなりしつつ、こういう状況に陥っても落ち着き払ったアレクスさんへ話を振ってみた。
「ルーヴェントは、幼い頃より私の側で育ったのだ。しかし、本来であればルーヴェントは私の専属従者に選ばれるはずはなかった」
神族も、魔族のように長命な寿命を持つ。だけど、神族に仕える天族は、主人たちほどの寿命を持たない。
もちろん人族なんかよりは長命だけど、それでも八十歳から百歳が天族の寿命らしい。
そうすると、神族のアレクスさんは百歳以上の年齢であり、天族のルーヴェントは自分よりもうんと年上であるアレクスさんを幼い頃から見て育ってきたことになるね。
「
現在では辺境でひっそりと暮らしているアレクスさんだけど。先祖をたどっていけば、神族では知らぬ者はいないという伝説の
そして、闘神の子孫に代々仕えてきたのが、ルーヴェントの一族だった。
だけど、辺境で起きたある騒動の際に、ルーヴェントの両親と二人の兄が命を落としてしまった。
それで、三男であったルーヴェントが当主であるアレクスさんの専任従者に就くことになったのだとか。
「幼少の頃より、あれは私を
そう、そこが問題なんだよね。
ルーヴェントは、悪い天族ではない。ただ、ちょっと言葉に配慮が足らなかったり、アレクスさんを持ち上げ過ぎちゃうのが玉に
それと、アレクスさんにも原因があるような気がするな。
アレクスさんは、ルーヴェントの幼少時代からのことを深く知っている。そして、なにやら
アレクスさんが、ルーヴェントの言動を理解しつつも甘く見過ごしちゃっているのは、そうした過去が原因なんだと思う。
あとは、そうだね。
田舎特有の、身内に甘い生活感かな?
辺境だと、住んでいる人たち全員の顔や名前を見知っていることも多い。更に、近隣住民だけじゃなく、たまに訪れる馴染みの商人たちも、村の人々を深く知っていたりするものだ。
そして、誰かが結婚して子供が生まれると、みんなが面倒を見る。誰かが年老いて不自由になると、全員で介護する。そうしているうちに、住んでいる人たち、訪れる人たち全員が家族のような繋がりを持って、身内意識が強くなっていく。
……と、古い物語の本に書いてあった気がします!
まあ、それが真実かどうかは僕にもよくわからないけど。
辺境の集落で家族同然のようにみんなで生活をしてきたんだとすると、ルーヴェントのちょっと困った言動も「身内だから許す」「よく知る者だから大目に見てしまう」という許容が生まれちゃうよね。
そうしているうちに、ルーヴェントの思想や口調は大人になっていくにつれて固定されていく。
それで、この
とほほ、と肩をすくめる僕に、アレクスさんはルーヴェントに代わって謝っていた。
「それで、俺たちはこれからどうなるんだろうな?」
いい加減、スラットンとルーヴェントの言い合いにうんざりしたのか、二人を
そうしながら、この状況を特に問題視していない感じの僕たちを見た。
「ううーん、ルイララ次第かな?」
僕は、そんなリステアに軽く答える。
きっと、アレクスさんはその気になればこんな牢屋くらい簡単に抜け出せると確信しているに違いない。
トリス君にしても、ご主人様が猫公爵のアステルさんなので、いずれは
そして僕は、この場にいないルイララにお任せ状態だった。
僕たちだけが捕まって、ルイララは拘束されなかった。
これが意味するところはつまり、警邏の魔族たちは馬車の家紋に気づいたってことだ。
そしてルイララなら、たぶん上に掛けあってくれて、僕たちを解放してくれるはずだよね。
ルイララも、田舎に領地を持つ者らしく、身内や仲間と認識した相手には甘い。
そして、僕たちはルイララの仲間だからね!
「都合がいいにゃん?」
「気のせいだよ、ニーミア!」
懐から顔をのぞかせたニーミアに、僕は笑いかけた。
僕たちが牢屋に
そろそろお腹が空いたな、と思い始めた頃。
なにやら、牢獄の入り口に複数の気配が。
なんだろう、と様子を伺っていると、身なりのいい魔族が、
「おい、このなかで竜王なる人族はどの者だ?」
身なりのいい魔族は、人族である僕とリステアとスラットン、そしてトリス君を順番に観察しながら言う。
どうやら、期待通りにルイララが動いてくれたらしい。
この牢屋のなかに竜王がいて、それが人族である。なんて、ルイララから聞かされない限りはわからないだろうからね。
ちなみに、アレクスさんは神族で、ルーヴェントは天族なので、魔族の眼中には最初から入っていないようです。
魔族の質問に、牢屋にいた全員の視線が僕へと集まった。
僕が素直に名乗り出ると、僕だけが牢屋から出される。
「お前だけずるいぞ?」
「なら、スラットンも出る? ただし、僕の代わりに用事を済ませてきてね?」
なぜ、僕だけが呼び出されたのか。
スラットンだけじゃなく、みんなが思考を巡らせる。そして全員が同じ結論に達したのか、
「エルネアは
「リステア、なんてことを言うんだい!?」
なんて冗談を交わし、僕は魔族に促されて牢獄を出る。
すると、堅牢な
僕は説明もなく乗車させられると、馬車に揺られながら目的地へと向かった。
到着した先は、魔都の中心部に築かれた
僕はてっきり、朱山宮につれて行かれるのかな、と思ったんだけど。
まあ、魔都で起きた小さな騒動に、魔族の真の支配者がいちいち介入なんてしてこないよね。
というわけで、魔都の騒ぎの
特上に整えられた回廊を魔族たちに囲まれながら進む。
すると、立派な部屋へ案内された。
「やあ、エルネア君。さっきぶり」
「やあ、ルイララ。ありがとうね?」
応接間らしい部屋には、既にルイララの姿があった。
そして、他にもう二人。
ひとりは、優しそうな若い
両耳の後ろから背中にかけて曲線を描きながら伸びた立派な角が生えていたり、
そして、気さくに話しかけられた。
「ルイララ
「親しいのかなぁ……? 一方的に
「あの方に
「もしかして、シャルロットを知ってる?」
「はい、随分と昔にあの方の下で働いていましたので」
なるほど。この魔族は、元シャルロットの部下で、現在はこの国の魔王に引き抜かれて働いているんだね。
ということは……!
うむ、間違いありません。
きっと、魔将軍かなにかだ。
誘われるまま気楽に言葉を交わしちゃったけど、油断はしないほうがいい。
「陛下、例の少年が」
そして、その若い風貌の魔族が声をかけた老人は、やはり……
白い髭を長く伸ばした、年老いたお
だけど、やはり
ゆったりとした服装、お爺ちゃんに似合いそうな
まあ、僕には通じないんだけどね。
スレイグスタ老や巨人の魔王、それにシャルロットの方が何倍も迫力があるからさ。
「ほう、我が魔眼にも動じぬとは。なるほど、ルイララ卿の言うような人族か」
どうやら、あの瞳は魔眼だったらしいです!
それと、僕に関する情報は、やはりルイララから聞き及んでいるようだね。
魔王はそれでも瞳の圧を消すことなく、暫し僕を見つめ続けた。
若い風貌の魔族、ルイララ、僕の三人は、魔王の次の言動を無言で見守る。
いったい、僕をこの場に呼び寄せて、なにをしようとしているのかな?
ま、まさか!
魔都で暴れた罰として、変な言いがかりや無理難題を押し付けられたりしないよね!?
僕たちは時間に余裕がないんだから、魔王の言いなりになんてなれませんよ?
だけど、僕の予想に反して、魔王は穏やかな口調で言葉を切り出した。
「ルイララ卿の話によれば、其方は魔王の座に就くことなく魂霊の座を
「ええっと……。はい」
一度ルイララを確認して、慎重に頷く僕。
そして、促されているような気がしたので、アレスちゃんに顕現してもらうと、魂霊の座を出してもらった。
「……間違いなく、儂らと同じ物。どうやら、ルイララ卿の話は信頼に値するもののようで間違いないようだ」
僕が手にした魂霊の座を観察したあとに、魔王は白い髭をさすりながら目を細めた。
どうやら、ルイララから受けた説明の真意を確かめるために、魔王は僕の魂霊の座が見たかったみたい。
もしかすると、部屋に入るなり若い風貌の魔族にシャルロットの話を振られたのも、僕が本当にシャルロットや巨人の魔王と親しいのかを確認するためだったのかもね。
ともあれ、どうやら僕はルイララの説明通りの人物、と認識されたみたい。
……というかさ。
変な話になっていたりしないよね?
僕のことを、ルイララはどんな風に説明したのかな?
ちょっと気になっていると、幸か不幸か、答えを知ることができた。
「よろしい。それでは、我が国内での、其方らの往来を認める。その代わり、これ以上は問題を起こしてくれるな」
ああ、なるほど。と思い出す。
ここは、アステルさんが住む小さな禁領の西部にある、魔族の国。その国を支配する魔王は「
つまり、僕たちにちょっかいを出すよりも、早々に立ち去ってもらった方が国のためになる、と賢明な判断をされちゃったわけだ。
でも、魔王に
あとで、お礼と一緒に苦情も言っておこう! と思考を巡らせながら、僕は魔王の申し出を
ただし、そこは魔族の王だ。こちらが気楽になるようなお膳立てばかりなんてしない。
「其方らは、天上山脈を目指しているのだとか。ならば、妖精魔王の動向に注意することだ」
「と、言いますと?」
嫌な予感がします。
ごくり、と
魔王は窓辺から遠く西の空を見つめ、続きを口にした。
「どうやら、奴の次なる標的は、天上山脈を越えた先のようだ」
「えっ!?」
妖精魔王こと、魔王クシャリラ。
クシャリラはかつて、竜峰の東に
だけど、その陰謀も僕やリステア、それにスレイグスタ老や巨人の魔王によって阻まれた。
でも、どうやらクシャリラの野望は止まっていなかったらしい。
次は、天上山脈を越えた先?
つまり、遥か西に存在するという人族の文化圏、そして神殿宗教の中心、
衝撃の告白に、僕はさっきまでの余裕を失って呆然としてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます