騒がしい獄中生活

 さて、なぜ僕たちが安心安全、そして高速な移動手段であるニーミアの手助けではなく、街道を地道に進む馬車旅を選択したのか。

 ニーミアにお願いをすれば、僕たちは魔族の目を盗んで素早く天上山脈てんじょうさんみゃくに到着することもできた。

 だけど、僕たち、というか僕はそれを良しとはしなかった。


 なぜならば。


 勇者リステアの聖剣を復活させる。それと同じくらいに重要な役目を、僕はこの旅でになっているからだ。


 現在、アームアード王国の辺境は、邪族による脅威にさらされている。僕はその邪族の脅威に対抗するために、禁領から西へと旅立ったミシェイラちゃんたちの行方を探していた。


 正直に言って、聖剣を復活させても邪族には対抗できない。なにせ、あのミストラルやテルルちゃんの攻撃にさえも耐えたような化け物じみた種族なんだ。

 そんな恐ろしい種族に、聖剣とはいえ人族の造り出した呪力剣じゅりょくけん程度で対抗なんて、できるはずもないよね。


 そんなわけで、リステアではないけど、僕だって、この西へと向かう旅は重要なんだ。


 それだというのに……


「おい、鶏野郎にわとりやろう。お前のせいだからな?」

「鶏野郎、という侮蔑ぶべつは、今回は大目に見て差しあげましょう。しかしながら、此度こたびの失態につきましては、私のせいではなくスラットン殿のせいかと思われますが?」

「なんだと、この野郎!」

「やれやれ、これですので人族は……」


 さっきから牢屋ろうやの中で騒いでいるのは、もちろんスラットンとルーヴェントだ。


 僕たちは、魔都で騒動を起こした中心人物として、警邏けいらの魔族に捕まってしまった。

 まあ、その気になれば逃げ出すこともできたんだけど。でも、あの場で逃げてしまっていたら、その後はずっとおたずもの状態だからね。

 ただでさえ苦難な旅路だというのに、これ以上の困難は避けたい。

 ということで、素直に捕まったわけだけど……


「ねえ、アレクスさん。ルーヴェントはいつもこんな調子? アレクスさんの住んでいる村でも、人族の奴隷がいたり、旅の商人が訪れることだってあるよね?」

「私の従者じゅうしゃが迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない」


 僕たちは全員一括ぜんいんひとくくりで、黴臭かびくさい牢獄に入れられていた。

 その牢獄の中心では、相変わらずスラットンとルーヴェントが言い争っていて、リステアはあきれたように隅っこで大人しくしている。

 トリス君も、なぜか慣れた様子で鉄格子てつごうしに背中を預けて、落ち着いていた。

 そして僕は、うるさい二人にげんなりしつつ、こういう状況に陥っても落ち着き払ったアレクスさんへ話を振ってみた。


「ルーヴェントは、幼い頃より私の側で育ったのだ。しかし、本来であればルーヴェントは私の専属従者に選ばれるはずはなかった」


 神族も、魔族のように長命な寿命を持つ。だけど、神族に仕える天族は、主人たちほどの寿命を持たない。

 もちろん人族なんかよりは長命だけど、それでも八十歳から百歳が天族の寿命らしい。


 そうすると、神族のアレクスさんは百歳以上の年齢であり、天族のルーヴェントは自分よりもうんと年上であるアレクスさんを幼い頃から見て育ってきたことになるね。


みかどの威光があまねく行き渡る神聖なる帝国とはうたっているものの。実際には、貴殿らの国や魔族の国と同じように、絶えず問題はある。そして、私どもが住む辺境にも。あれの両親や二人の兄は、そうした騒動の渦中で命を落としてしまった。あの件も、私の不徳ふとくいたすところ……」


 現在では辺境でひっそりと暮らしているアレクスさんだけど。先祖をたどっていけば、神族では知らぬ者はいないという伝説の闘神とうしんに繋がる、れっきとした末裔まつえいなんだよね。

 そして、闘神の子孫に代々仕えてきたのが、ルーヴェントの一族だった。


 だけど、辺境で起きたある騒動の際に、ルーヴェントの両親と二人の兄が命を落としてしまった。

 それで、三男であったルーヴェントが当主であるアレクスさんの専任従者に就くことになったのだとか。


「幼少の頃より、あれは私をあこがれのように見ていたことを知っている。そして、不幸な出来事の後とはいえ、私の専任従者になったのだ。あの過ぎた言動も、元を辿れば私への深い忠義と従者としての誇りに繋がる。ですので、ルーヴェントに悪気はないのだが……」


 そう、そこが問題なんだよね。

 ルーヴェントは、悪い天族ではない。ただ、ちょっと言葉に配慮が足らなかったり、アレクスさんを持ち上げ過ぎちゃうのが玉にきずなんだよね。


 それと、アレクスさんにも原因があるような気がするな。

 アレクスさんは、ルーヴェントの幼少時代からのことを深く知っている。そして、なにやら遺恨いこんのある騒動の際に、ルーヴェントの身内を死なせてしまった。

 アレクスさんが、ルーヴェントの言動を理解しつつも甘く見過ごしちゃっているのは、そうした過去が原因なんだと思う。


 あとは、そうだね。

 田舎特有の、身内に甘い生活感かな?

 辺境だと、住んでいる人たち全員の顔や名前を見知っていることも多い。更に、近隣住民だけじゃなく、たまに訪れる馴染みの商人たちも、村の人々を深く知っていたりするものだ。

 そして、誰かが結婚して子供が生まれると、みんなが面倒を見る。誰かが年老いて不自由になると、全員で介護する。そうしているうちに、住んでいる人たち、訪れる人たち全員が家族のような繋がりを持って、身内意識が強くなっていく。


 ……と、古い物語の本に書いてあった気がします!


 まあ、それが真実かどうかは僕にもよくわからないけど。

 辺境の集落で家族同然のようにみんなで生活をしてきたんだとすると、ルーヴェントのちょっと困った言動も「身内だから許す」「よく知る者だから大目に見てしまう」という許容が生まれちゃうよね。

 そうしているうちに、ルーヴェントの思想や口調は大人になっていくにつれて固定されていく。


 それで、この有様ありさまです!


 とほほ、と肩をすくめる僕に、アレクスさんはルーヴェントに代わって謝っていた。


「それで、俺たちはこれからどうなるんだろうな?」


 いい加減、スラットンとルーヴェントの言い合いにうんざりしたのか、二人をなだめるリステア。

 そうしながら、この状況を特に問題視していない感じの僕たちを見た。


「ううーん、ルイララ次第かな?」


 僕は、そんなリステアに軽く答える。


 きっと、アレクスさんはその気になればこんな牢屋くらい簡単に抜け出せると確信しているに違いない。

 トリス君にしても、ご主人様が猫公爵のアステルさんなので、いずれは釈放しゃくほうされると思っているんじゃないかな?

 そして僕は、この場にいないルイララにお任せ状態だった。


 僕たちだけが捕まって、ルイララは拘束されなかった。

 これが意味するところはつまり、警邏の魔族たちは馬車の家紋に気づいたってことだ。

 そしてルイララなら、たぶん上に掛けあってくれて、僕たちを解放してくれるはずだよね。

 ルイララも、田舎に領地を持つ者らしく、身内や仲間と認識した相手には甘い。

 そして、僕たちはルイララの仲間だからね!


「都合がいいにゃん?」

「気のせいだよ、ニーミア!」


 懐から顔をのぞかせたニーミアに、僕は笑いかけた。






 僕たちが牢屋に拘束こうそくされてしばらく。といっても、それほど長い時間は経っていない。

 そろそろお腹が空いたな、と思い始めた頃。

 なにやら、牢獄の入り口に複数の気配が。

 なんだろう、と様子を伺っていると、身なりのいい魔族が、湿しめっぽい牢獄に姿を現した。


「おい、このなかで竜王なる人族はどの者だ?」


 身なりのいい魔族は、人族である僕とリステアとスラットン、そしてトリス君を順番に観察しながら言う。


 どうやら、期待通りにルイララが動いてくれたらしい。

 この牢屋のなかに竜王がいて、それが人族である。なんて、ルイララから聞かされない限りはわからないだろうからね。

 ちなみに、アレクスさんは神族で、ルーヴェントは天族なので、魔族の眼中には最初から入っていないようです。


 魔族の質問に、牢屋にいた全員の視線が僕へと集まった。

 僕が素直に名乗り出ると、僕だけが牢屋から出される。


「お前だけずるいぞ?」

「なら、スラットンも出る? ただし、僕の代わりに用事を済ませてきてね?」


 なぜ、僕だけが呼び出されたのか。

 スラットンだけじゃなく、みんなが思考を巡らせる。そして全員が同じ結論に達したのか、そろって僕から視線を外した。


「エルネアは犠牲ぎせいになったんだ……」

「リステア、なんてことを言うんだい!?」


 なんて冗談を交わし、僕は魔族に促されて牢獄を出る。

 すると、堅牢な刑罰施設けいばつしせつの入り口には、場に相応ふさわしくないような立派な馬車が停まっていた。

 僕は説明もなく乗車させられると、馬車に揺られながら目的地へと向かった。






 到着した先は、魔都の中心部に築かれた荘厳そうごんな魔王城だった。

 僕はてっきり、朱山宮につれて行かれるのかな、と思ったんだけど。

 まあ、魔都で起きた小さな騒動に、魔族の真の支配者がいちいち介入なんてしてこないよね。

 というわけで、魔都の騒ぎの管轄かんかつは、魔王ということになるのかな?


 特上に整えられた回廊を魔族たちに囲まれながら進む。

 すると、立派な部屋へ案内された。


「やあ、エルネア君。さっきぶり」

「やあ、ルイララ。ありがとうね?」


 応接間らしい部屋には、既にルイララの姿があった。

 そして、他にもう二人。


 ひとりは、優しそうな若い風貌ふうぼうの男。

 両耳の後ろから背中にかけて曲線を描きながら伸びた立派な角が生えていたり、ひじひざにも鋭いつのが存在するけど、柔らかい物腰で僕を招き入れてくれる。

 そして、気さくに話しかけられた。


「ルイララきょうに話を聞きましたよ。巨人の魔王陛下に仕える金色こんじき宰相閣下さいしょうかっかと親しいのだとか」

「親しいのかなぁ……? 一方的にもてあそばれているだけのような気もしますけど?」

「あの方に気兼きがねなく弄ばれる、ということこそが気に入られている証拠ですよ」

「もしかして、シャルロットを知ってる?」

「はい、随分と昔にあの方の下で働いていましたので」


 なるほど。この魔族は、元シャルロットの部下で、現在はこの国の魔王に引き抜かれて働いているんだね。


 ということは……!


 うむ、間違いありません。

 只者ただものじゃないね、この魔族。

 きっと、魔将軍かなにかだ。


 誘われるまま気楽に言葉を交わしちゃったけど、油断はしないほうがいい。


「陛下、例の少年が」


 そして、その若い風貌の魔族が声をかけた老人は、やはり……


 白い髭を長く伸ばした、年老いたおじいさん。というのが最初の印象。

 だけど、やはりただよわせる気配はその辺の魔族とは比べものにならないくらい凄い。

 ゆったりとした服装、お爺ちゃんに似合いそうなつえ。そのどこからも、暴力や破壊を好む魔族の王とは思えないような温厚おんこうさが伺える。だというのに、髭と同じ白く長い眉毛まゆげの下から覗かせた瞳は、それだけで相手を屈服させるような迫力があった。


 まあ、僕には通じないんだけどね。

 スレイグスタ老や巨人の魔王、それにシャルロットの方が何倍も迫力があるからさ。


「ほう、我が魔眼にも動じぬとは。なるほど、ルイララ卿の言うような人族か」


 どうやら、あの瞳は魔眼だったらしいです!

 それと、僕に関する情報は、やはりルイララから聞き及んでいるようだね。


 魔王はそれでも瞳の圧を消すことなく、暫し僕を見つめ続けた。

 若い風貌の魔族、ルイララ、僕の三人は、魔王の次の言動を無言で見守る。

 いったい、僕をこの場に呼び寄せて、なにをしようとしているのかな?


 ま、まさか!

 魔都で暴れた罰として、変な言いがかりや無理難題を押し付けられたりしないよね!?

 僕たちは時間に余裕がないんだから、魔王の言いなりになんてなれませんよ?


 だけど、僕の予想に反して、魔王は穏やかな口調で言葉を切り出した。


「ルイララ卿の話によれば、其方は魔王の座に就くことなく魂霊の座をさずかったのだとか?」

「ええっと……。はい」


 一度ルイララを確認して、慎重に頷く僕。

 そして、促されているような気がしたので、アレスちゃんに顕現してもらうと、魂霊の座を出してもらった。


「……間違いなく、儂らと同じ物。どうやら、ルイララ卿の話は信頼に値するもののようで間違いないようだ」


 僕が手にした魂霊の座を観察したあとに、魔王は白い髭をさすりながら目を細めた。


 どうやら、ルイララから受けた説明の真意を確かめるために、魔王は僕の魂霊の座が見たかったみたい。

 もしかすると、部屋に入るなり若い風貌の魔族にシャルロットの話を振られたのも、僕が本当にシャルロットや巨人の魔王と親しいのかを確認するためだったのかもね。


 ともあれ、どうやら僕はルイララの説明通りの人物、と認識されたみたい。

 ……というかさ。

 変な話になっていたりしないよね?

 僕のことを、ルイララはどんな風に説明したのかな?

 ちょっと気になっていると、幸か不幸か、答えを知ることができた。


「よろしい。それでは、我が国内での、其方らの往来を認める。その代わり、これ以上は問題を起こしてくれるな」


 ああ、なるほど。と思い出す。

 ここは、アステルさんが住む小さな禁領の西部にある、魔族の国。その国を支配する魔王は「賢老魔王けんろうまおう」って呼ばれているんだっけ。

 つまり、僕たちにちょっかいを出すよりも、早々に立ち去ってもらった方が国のためになる、と賢明な判断をされちゃったわけだ。


 でも、魔王にうとまれる僕って……。ルイララ、僕のことを尾ひれをつけて話したんだね?

 あとで、お礼と一緒に苦情も言っておこう! と思考を巡らせながら、僕は魔王の申し出をこころよく受け入れた。

 ただし、そこは魔族の王だ。こちらが気楽になるようなお膳立てばかりなんてしない。


「其方らは、天上山脈を目指しているのだとか。ならば、妖精魔王の動向に注意することだ」

「と、言いますと?」


 嫌な予感がします。

 ごくり、とつばを飲み込み、聞き返す僕。

 魔王は窓辺から遠く西の空を見つめ、続きを口にした。


「どうやら、奴の次なる標的は、天上山脈を越えた先のようだ」

「えっ!?」


 妖精魔王こと、魔王クシャリラ。

 クシャリラはかつて、竜峰の東に版図はんとを広げようと、僕たちの故郷で暗躍していた。

 だけど、その陰謀も僕やリステア、それにスレイグスタ老や巨人の魔王によって阻まれた。

 でも、どうやらクシャリラの野望は止まっていなかったらしい。


 次は、天上山脈を越えた先?

 つまり、遥か西に存在するという人族の文化圏、そして神殿宗教の中心、神殿都市しんでんとしを狙っているってこと!?


 衝撃の告白に、僕はさっきまでの余裕を失って呆然としてしまった。

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