戦う者たち
出現したのは、黒い丸型の魔物だけではなかった。
巨大な
他にも、巨大な
鱗粉に触れた冒険者の男性が、悲鳴をあげた。
「気をつけろ! こりゃあ、鱗粉のように見えて、実は極小の魔物の
誰もが
巨大な
「くそっ、蛾の魔物を優先して落とせ! 被害が拡大するぞ!」
叫ぶ獣人族の戦士。だけど、頭上を飛ぶ蛾の魔物に届く攻撃手段が乏しい。
弓矢や投げ槍を持つ者が攻撃を仕掛けるけど、巨大な蛾の魔物に傷を負わせられても、撃ち落とすまでには至らない。
それでも、撒き散らされる極小の魔物を避けながら、蛾の魔物を倒そうと奮闘する人族の冒険者と獣人族の戦士たち。
だけど、相手にしなきゃいけない魔物は、蛾の魔物だけではなかった。
大型の魔物の出現に気を取られている隙に、通常の魔物もわらわらと湧き出す。
さらには、城壁に張り付いていたなめくじ型の魔物が、とうとう壁や屋根を溶かして、内部に侵入し始めた。
「城塞を護れ! 中を
今でこそ中庭ごとに区切られた場所で出現し、暴れている魔物だけど。このまま城塞内に侵入されてしまうと、生活圏にしている区画にまで押し寄せてきて、非戦闘員の者たちにも危険が及ぶかもしれない。
どうにかして、蛞蝓型の魔物を排除し、城塞に開いた穴を埋めなければならない。
でも、状況は悪くなっていくばかりだ。
蛞蝓型の魔物に武器を振り下ろす冒険者。だけど、攻撃したはずの武器が溶かされ、逆に粘液をかけられた冒険者の肌が焼ける。
悲鳴をあげ、のたうち回る冒険者。
「
少し前。北の地に住む獣人族の村に、全てを溶かして取り込む妖魔が出た。その、魔物版のような奴だ。
蛞蝓型の魔物は、ゆっくりとした動きで城砦内に侵入してくる。でも、冒険者や獣人族の戦士たちには、それを阻害する手立てがない。
さらに、壁に空いた穴から、きぃきぃと
「いかん、一旦退いて、態勢を立て直すぞ」
「だが、ここで踏ん張らないと……!」
状況判断に迷う冒険者たち。
その間にも、魔物の群が城塞内に侵入してきていた。
「お前ら、伏せてろっ!」
その時。冒険者たちの背後から、勇ましい声が響いた。と同時に、冒険者たちの横を高速で何かが通り過ぎる。
目にも止まらぬ速さで過ぎ去った「何か」は、狙い澄ましたように蛞蝓型の魔物に直撃した。
直後、魔物が密集していた場所が、爆散する。
「負傷者は、中央の救護施設に戻って巫女の治癒を受けろ」
「ここからは、俺たちに任せな」
何が起きたのかと動転する冒険者たちの背後から悠然と現れたのは、竜人族の戦士たちだった。
「蛞蝓どもは、術で吹き飛ばせ! 他の雑魚は、片っ端から排除しろ!」
竜人族の戦士たちが素早く動き出す。
城塞内に侵入した魔物を、武器や拳で
竜術を放ち、壁や屋根に張り付いていた蛞蝓型の魔物を吹き飛ばす。
さっきの「何か」は、槍を模した竜術だね。
竜人族が加勢に加わると、あっという間に形勢が逆転した。
「すげぇな……」
竜人族の戦士たちの圧倒的な戦闘力に、
そして、複雑な心境で顔色を曇らせた。
「くそうっ。俺たちは、もう役立たずかよ……」
刻一刻と、戦況は激しさを増していく。
最初は低級な魔物に優勢な戦いを進めていた冒険者や獣人族の戦士たちだったけど、物理的な攻撃が通用しなかったり、大型の魔物が出現し始め、さらに数で押され始めた今、無力感を覚え始めているのかもしれない。
すると、竜人族の戦士が、そんな冒険者たちを鼻で笑った。
「おい、お前ら。それでも、八大竜王エルネアが集めた有志か!? この程度のことで、情けねえ
優しく慰めるどころか、気を落とした冒険者たちを遠慮なく
「エルネアはな、いつだって諦めなかったぞ? 自分にできることを探し続け、前に進んできたんだ。お前らだって、エルネアと同じ人族だろう? なら、エルネアのように最後まで諦めずに戦ってみせやがれ!」
聞いていて、なんだか
でも、竜人族の戦士が言ってくれた通りだと思う。
僕は、この程度で根を上げるような人たちを迎え入れた覚えはない。
むしろ、これ以上の事態に陥っても、そこから底力を見せてくれる者たちに招集をかけたつもりだ。
だから、この程度は難問でも壁でもない。目の前に続く道に転がった、小さな石ころ程度の問題だ。
竜人族の戦士の
「すまねえ、情けない姿を見せちまった」
「良いってことよ。お前らがこれまで踏ん張ってくれていたおかげで、俺たちは楽ができていたんだからよ」
持ちつ持たれつだ、と笑う竜人族の戦士たち。
「そんじゃあ、ここは竜人族に甘えて、少し休ませてもらうぜ。でもよ、城塞の壁に空いた穴は俺たちが何がなんでも塞ぐから、それまでここを護ってくれよな?」
「任せておけ!」
魔物を倒すばかりが、戦いの全てではない。
城塞は、魔物の攻撃を受けて壊されていく。
その魔物に物理攻撃が効かなかったり、巨大すぎて太刀打ちできないのなら、壊れた城塞を修繕する役目に移れば良いだけだ。
竜人族の戦士たちが加勢に加わった区画では、なんとかこちらの優勢で事態は進み始めた。
だけど、この巨大な城塞の全ての区画に、竜人族の戦士たちが配置されているわけではない。
竜人族の戦士たちがいない区画では、未だに苦戦が続いていた。
「地中から飛び出す根っこに気をつけろよ!」
「馬鹿野郎っ、油断するんじゃねえ! そいつの
竜人族の加勢がない区域で、ドラン組が奮戦していた。
遠い東の地。
竜騎士アーニャさんの故郷で出逢った、雇われ冒険者。そんな彼らが、僕が出した依頼を目にして、駆けつけてくれた。
「くそったれめ。こんな状況じゃなきゃ、花を摘み放題で億万長者だったんだがな!」
苦笑するウィッパーさんは、中剣で触手を払いながら中庭を見つめた。
「やれやれ。花を摘んでる暇もねえ」
ウィッパーさんの横でトンタックさんが槍を振るいながら、同じように苦笑する。
「ウィッパー、トンタック、
「それを言うなら、ベネイルの呪術で補助してやんなよっ」
「バトン、あの蕾に矢を放って牽制を入れろ!」
ここでも、見事な連携を見せるドラン組。
だけど、戦況は悪くなるばかりだ。
中庭の地面を突き破り、次々に花の魔物が出現する。そして、冒険者や獣人族を根や触手で絡め取ると、捕縛した者を軽々と吹き飛ばす。
ドランさんたちがどれほど奮戦しても、一度に相手ができる花の魔物は、一本か二本が限度だ。
だけど、今や中庭は、植物の魔物の森にでもなったかのように、魔物が溢れかえっていた。
悲鳴があがる。
触手が足に絡まった冒険者が、今にも花の魔物に捕食されそうになっていた。
ドランさんたちがどれだけ頑張っていても、手の届かない位置の者を救うことはできない。
絶体絶命!
中庭で戦っていた誰もが、冒険者の悲鳴に顔をしかめる。
もう駄目だ。誰もが、犠牲者が出ることを覚悟した。その時だった。
「西のくんだりまで来て、よもや花摘みをすることになるとはな!」
野太い声と共に、巨大な鉄の塊が空から降ってきた。
ううん、違った。
分厚い刃の
捕食されそうになっていた冒険者の足に絡まった根を、巨大な手が掴む。そして、豪快に根を千切ると、冒険者を救出した。
ドラン組を含む、中庭にいた者たちが、
視線の先には、人の数倍はあろうかという巨大な
「
がははっ、と野太く笑う巨人族の戦士たち。
そうしながら、無造作に植物の魔物が作りあげた魔の森へと踏み入っていく。
人族の冒険者や獣人族の戦士のみんなが呆気にとられている先で、巨人族の戦士たちは手にした巨大な武器を振り回し始めた。
ばっさばっさと、一閃するごとに植物の魔物が刈られていく。
魔物のなかには、巨人族の身体に根や触手を
花の奥に並ぶ牙で噛み付く魔物もいた。でも、分厚い皮膚を食い破れない。しかも、自分から巨人族に近づいたものだから、問答無用で殴り飛ばされて、花を散らす。
巨人族の戦士たちが、植物の魔物の森を
「うわぁ、凄いね……」
城塞の屋根越しに、他の区画でも巨人族の戦士たちが暴れ始めている光景が見えた。
恵まれた身体から繰り出される、猛烈な攻撃。これには、大型の魔物も悲鳴をあげて逃げ始めた。
「戦士たちよ、今こそ巨人族の威光をこの地に知らしめるのだ!」
巨人族の戦士たちを率いるボーエンの雄叫びが、巨大な城塞の先にまで響く。
ボーエンの雄叫びに呼応するかのように、城塞の各区画に散った戦士たちが叫ぶ。
それだけで、びりびりと城塞の壁が揺れる。
「やかましいことだ」
スレイグスタ老が苦笑した。
「でも、今の
巨人族に負けるものか、と態勢を立て直す人々。
でも、その意志を
先程から各所で猛威を振るっているのが、蛾型の魔物だ。
羽ばたくたびに極小の魔物を撒き散らし、地上で奮戦する者たちを苦しませていた。
さらに、ひょろ長い魔物がうねうねと気持ち悪く飛び回り、上空から
他にも、ひらひらと平たい羽を動かしながら浮遊する無形の魔物や、人の手に翼が生えた意味のわからない魔物、それ以外にもいろんな異形の魔物たちが空を埋め尽くすように出現していく。
竜人族の戦士が竜術を放ち、遠隔武器を持つ者たちが射るけど、倒す数よりも、湧いてくる数の方が圧倒的に多い。
このままでは、制空権を奪われてしまう!
飛竜たちを呼び戻そうか、と視界を遠くに向けた。
飛竜だけじゃなく、地竜や多くの竜族は、狭い中庭で戦うことを好まずに、城塞の外で活動していた。
未だに静観を保つ竜族も多いけど、なかには暇を持て余して、城塞外の魔物を狩っている竜族もいる。
その竜族たちに応援を頼もうか、と思っていたところに、頼もしい者が現れた。
「やれやれですね、なんとも情けない。これですから飛べない者たちは……」
ばさり、と白い翼を羽ばたかせて、天族ルーヴェントが城塞の空に舞い降りる。
「ルーヴェント!」
叫ぶ、僕たち。
「危ないよ!?」
だって、ルーヴェントが舞い降りた周辺には、空飛ぶ魔物が数え切れないくらいにいるんだ。
しかも……!
ぎゃあっ、と耳障りな悲鳴をあげたのは、ルーヴェントではなかった。
何事か、とルーヴェントが周囲を見渡す。そして、慌てて逃げ出した。
魔物から、ではなくて、魔獣たちの群から!
大鷲の魔獣の編隊が、空の魔物を蹴散らしていく。
様々な種類の鳥の魔獣たちが、応援に現れた。
そして、魔物の真っ只中に舞い降りたルーヴェントごと、凶悪な爪や
「ほら、言わんこっちゃない。魔獣たちの邪魔をしちゃ駄目だよ?」
「グググッ馬、鹿……ダ」
モモちゃんも、ルーヴェントの情けない登場を見て笑っていた。
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