夜の狩人たち

 過酷かこくな一日が終わり、戦い疲れた者たちが塔の周辺へと戻ってくる。

 塔の周辺に点在する中庭には、マドリーヌ様が指揮する救護施設の本陣や、後方支援の人たちがしのために集まって、気づけばここが作戦司令の大本営になっていた。


 傷を負った者は、聖職者の人たちに薬草をもらったり、重傷者は癒しの法術を受ける。

 一日中戦い詰めで空腹の者たちは、我先にと炊き出しの前に並んで、長い行列を作った。


 だけど、が沈んだから魔物の出現も収まる、なんて都合の良い話は存在しない。

 こうして大半の冒険者や獣人族の人たちが大本営に引き返してきた今も、飛竜の狩場や大城塞の各所では魔物が次々と出現していた。


『ぐるるっ。夜の狩りは任せなさい』


 すると、日中は日向ぼっこをしていた大狼魔獣おおおおかみまじゅうが、のそりと起きあがった。それに合わせて、力を温存していた魔獣たちが動き始める。


 太陽が空に見えるうちは、人が頑張る。そして夜になると、人ならざる者たちが動き出す。

 魔獣だって、立派な獣だ。というか、獣を超えて、人以上に知性と力を持った高位の獣が、魔獣なんだよね。

 だから、狩りをする獣の本性として、夜行性の魔獣は多い。


 魔獣たちは、瞳を光らせて夜闇の奥へと駆け去っていった。


「それじゃあ、わたしも少し頑張りましょうかねえ」

「ユーリィおばあちゃん、大丈夫ですか!?」


 よっこいしょ、と腰を上げたのは、竜の森の大長老であるユーリィおばあちゃんだ。

 でも、待って!

 ユーリィおばあちゃんは、ユンユンとリンリンにずっと力を与えていたんだよね?

 それなのに、まだ頑張るの!?


 僕の驚きに、だけどユーリィおばあちゃんは柔らかく微笑むと、つえを支えに腰を伸ばした。


「ユンちゃんとリンちゃんは優秀ですからねえ。顕現を維持するのは、とっても楽だったのよ。だから、もう少しだけ、わたしもお手伝いしましょうかねえ」

「んんっと、おばあちゃんは精霊さんをずーっと出し続けられるんだよ」


 まるで自分のことかのように、プリシアちゃんが胸を張って自慢する。


「ちなみに、どれくらい維持できるんですか?」

「そうねえ。顕現させるだけなら、十日以上は大丈夫かしらねえ」

「なんと!」


 プリシアちゃんでさえ、使役している精霊さんを半日ほど顕現させるのが精一杯なのにね。

 ユーリィおばあちゃんの桁違いの精霊力に、炊き出しに並んでいた大森林の耳長族や、禁領の耳長族が、一様いちよう驚愕きょうがくしていた。


「わ、わらわ、もう限界……」


 そこへ、これまで延々と鬼ごっこを続けていたイステリシアが戻ってきた。

 疲労で、今にも倒れ込みそうになるイステリシアを、獣人族を取り纏める祈祷師きとうしのジャバラヤン様が支えてあげる。


「ゆっくりと、お休みなさい。明日もあるのですからね」

「わらわ、過労死します!」


 なんて言ってるけど、明日もイステリシアは精霊さんたちと鬼ごっこをするに違いない。

 それも、思いっきり楽しみながらね!


 精霊さんたちも、満足げにイステリシアの周囲で喜んでいた。


「それじゃあ、夜の部を開催しましょうかねえ。わたしの使役する精霊を捕まえられたら、勝ちですよ? 逆に、わたしに捕まったら負けですからねえ。負けた精霊は、魔物を倒しましょうねえ。勝った精霊は、あとでエルネア君に頭を撫でてもらえますからねえ」


 なな、なんとっ!?

 僕の、頭撫でが景品ですと!?


 そういえば、前にも似たような報酬を精霊さんたちに贈った覚えがある。

 僕の頭撫でが、そんなに良いものなのかなぁ? と、僕自身は疑問を浮かべるところなんだけど。


 でも、精霊さんたちには十分過ぎるほどの報酬だったようだ。

 さっきまでイステリシアの周りで満足そうにしていた精霊さんたちに、新たなやる気が芽生え始める。


「やれやれ。それじゃあ、報酬はこの作戦が終わってから、大盤振る舞いしようかな。だから、それまでにいっぱい点数を稼いできてね!」


 僕の合図で、きゃーっと精霊さんたちが騒ぎ始める。

 そして、ユーリィおばあちゃんに使役された精霊さんたちが逃げると、それを追って散っていった。


「わらわ、まだまだだと実感させられます」


 自分が精霊たちを満足にしている、と思っていたのに、この状況を見たらね……


「まあ、仕方ないよ。ユーリィおばあちゃんは、すごい精霊使い様だからね」

「違います。エルネア君の人気に嫉妬しっとです」

「えっ、僕!?」


 僕はてっきり、精霊さんたちを簡単に手懐てなずけたユーリィおばあちゃんの手腕に感銘を受けたのだとばかり思っていたんですけどね?

 僕の頭撫でなんて、ユーリィおばあちゃん主催の鬼ごっこの、おまけだよ?


 何はともあれ。

 昼も夜も関係ない精霊さんたちは、夜も元気に遊びながら、片手間に魔物を討伐してくれるようです。


 さらに、助っ人が現れた。


「エルネア殿。陛下のめいにより、我らも今宵こよいから参戦いたします」


 そう言って夜の空から舞い降りたのは、黒翼こくよくの魔族たちだった。


 巨人の魔王配下の、精鋭部隊。

 少し前まで、竜王の都を警備してくれていたので、見知った顔も多い。

 黒翼の魔族たちは僕に軽く挨拶をすると、すぐさま飛び去っていく。


 その次に、遠目に見えたのは、巨人の魔王や妖精魔王クシャリラに付き従ってきた上級魔族たちだ。

 彼らは、僕に挨拶なんてすることもなく、城塞の各地に向かう。


 上級魔族は、とても誇り高い。

 支配者である魔王に従っても、僕の命令は受けない。


「ここへ来たのは、二人の魔王が向かう戦場に興味があったからなんだからねっ! けっして、エルネアの手助けをしたいわけじゃないんだからねっ!」


 なんて、わざわざ挨拶に来てまで言わないよね。


「其方は、いつでも前向きな思考だな。だが、あながち間違いではない。ここで私や妖精魔王に顔を売り、魔族の国でも名をせる其方に一目置かれる存在になれば、次代の魔王に選出されるやもしれぬからな」

「僕が活躍の機会の場を与えて、それを上級魔族が利用する。持ちつ持たれつの関係ですね」


 と、気づけば巨人の魔王がお酒の入ったさかずきを片手に、こちらに来ていた。

 まあ、そりゃあそうだよね。

 信頼する配下が出撃するんだから、見送りくらいはするよね。


「それで、シャルロットは?」


 いつも巨人の魔王の隣で微笑んでいる極悪魔族の姿が見当たらない。代わりに、お酒の入ったつぼを持たされているのは、ルイララだ。


「あれには、少し用事を与えた。気にするな」

「いやいやいや、とても気になりますからね!」


 姿をくらませて、いったい何をたくらんでいるんだろう?

 すごく、怖いです!


 僕が頭を抱えて困っていると、今度は神族が二人、現れた。

 ただし、僕の側にいるルイララや、巨人の魔王の存在に緊張した感じで。

 代表して僕に声を掛けてきたのは、アレクスさんの弟のアルフさんだ。アルフさんの傍らには、妹のアミラさんもいる。


「エルネア殿、昼間はルーヴェントが失礼をした」

「いえいえ、お気になさらずに。それに、なんだかんだと言っても、ルーヴェントも活躍してくれましたしね」


 空を飛び交う魔物は、ルーヴェントや翼を持つ魔獣の活躍で撃滅することができた。

 話し言葉にはちょっと問題があるけど、ちゃんとルーヴェントも仕事をしてくれるんだよね。

 この場にはいないルーヴェントを労いつつ、アルフさんたちの要件を聞く。

 すると、これまた頼もしい申し出を受けた。


「魔族が動くとなれば、俺たち神族が動かないわけにはいかない。それで、出陣の前にエルネア殿に声をかけるように、と兄様に言われたので」

「ああ、なるほど。では、是非お願いします!」


 アレクスさんたち神族のみんなや、天族のルーヴェントは、さすがに魔王の存在を警戒していた。

 無理もないよね。

 宿敵の親玉だし、彼らと魔王や魔族との接点は、極めて薄い。

 僕を通して共通した目的で集まった者、という認識は持ってくれているけど、まだまだこの二つの種族のみぞは深かった。


 そして、宿敵と思っているからこそ、相手の種族が動き出した今、黙ってはいられないんだろうね。

 それで、まずはアルフさんとアミラさんが動き出したわけだ。

 でも、武神ぶしんであるウェンダーさんと、闘神とうしん末裔まつえいのアレクスさんは、まだ様子見段階のようだね。


 ふむふむ。なるほど。と、そこで僕はシャルロットが姿を消している事情をなんとなく察する。


 事前に姿を消しておいて、隠密行動をとる。

 目的は、神族の動向かな?


 聡明そうめいな魔王だ。

 魔族が動けば、神族も動く。なんて簡単な読みくらいは、とっくに済んでいる。

 ならば、南から応援に来てくれた者たちの実力を調査しておこうと、シャルロットを動かしたんじゃないかな?

 シャルロットくらいの大魔族にもなれば、たとえアレクスさんやウェンダーさんでも、密かに監視されているなんて気づかないくらい上手く立ち回るだろうからね。


さとい。口に出さないところも、賢明だ」


 巨人の魔王に褒められちゃった!


 何はともあれ、神族も動き出してくれた。

 これなら、心配だった夜間の戦力も問題ないね!






 夜は、うたげで騒ぐ者もなく、過ぎていく。

 ただし、そこかしこで戦闘音が響き続け、静かな夜とはいえない。

 それでも、戦い疲れ、明日に備える戦士たちは、寝所で眠りに落ちていた。


「おじいちゃん、こんばんは」


 僕は、塔の横に静かに佇むスレイグスタ老の真下にやってきた。


「ふむ、このような夜更よふけに来るとは。気が張って、眠れぬのか?」

「ううん、違うんです。ちょっと瞑想をしようかと思って」


 いざという時に備えて、僕は力を温存しておかなきゃいけない。だけど、周りのみんなは奮戦している。だから、気になって眠れない。

 スレイグスタ老は、そう思ったみたいだね。

 後半の部分は間違いです。残念。

 でも、前半の部分は正解ですよ。


 僕が万全でいなきゃいけないように、一心同体ともいえるアレスちゃんや、頼りになる霊樹ちゃんにも、万全でいてほしいんだ。

 だから、瞑想をして、できる限り力を分け与えておきたいと思ったわけです。


「良い心がけであるな。どのような時も己の役目を忘れず、努力をおこたらぬことだ」


 はい、と返事をしながら、スレイグスタ老の真下で瞑想に入る僕。


 座禅ざぜんを組み、霊樹の木刀を膝の上に乗せる。すると、アレスちゃんが顕現してきた。

 そして、僕の膝の上に置かれた霊樹の木刀を抱え直して、自分が膝の上に乗ってくる。


 いつもの、瞑想の格好だ。


 瞳を閉じ、息を整えて、心を鎮めていく。

 そうすると、目に頼っていた情報以外にも、多くの事象を全身で感じ取れるようになる。


 春なのに、冷たい風が飛竜の狩場を吹き抜けた。

 でも、寒いとは感じない。

 もしかしたら、抱いたアレスちゃんの温もりのおかげかな?

 それとも、霊樹の木刀の鍔先つばさきにある葉っぱが揺れる音が耳に心地良いせいかもしれないね。


 耳を澄ませると、背後のずっと高い位置から、スレイグスタ老の深く静かな吐息も聞こえてきた。

 他にも、損傷した武具を翌朝までに修理しようと、鍛治職人が夜通し金槌かなづちを振り下ろす音。魔族の魔法や、魔獣たちの遠吠え。魔物の断末魔が耳に届いてくる。


「さあ、もっと深く意識を落とすのだ。汝の瞑想を、霊樹と精霊が待ち望んでおる」


 スレイグスタ老に促されて、僕は世界と同化するように、深く瞑想していく。


 竜脈は、すぐ足下から強く感じられた。


「おじいちゃん、とっても良い場所に陣取っていたんだね!」

「くくくっ。早い者勝ちである」


 スレイグスタ老の真下には、竜脈の本流が大河のように流れていた。


 激流にも似た、荒々しくも壮大な流れ。

 だけど、恐怖は感じない。

 むしろ、世界の息吹が感じられているようで、僕は大好きだ。


 深い瞑想状態に入ると、僕の精神は竜脈に乗って、世界に溶け込んでいく。


 スレイグスタ老のすぐ横に建つ塔も、竜脈の真上に存在していた。

 もしかして、アステルは竜脈の存在を意識しながら、この塔を建てたのかな?

 でも、始祖族とはいえ、魔族が竜脈の存在を知っていたり、感知できるものなのだろうか。

 そこは、僕にもわからない。


 ただし、ひとつ言えることは、広大な飛竜の狩場のなかでも、この位置こそ竜脈が最も力強く流れている場所ってことだ。


 竜脈の流れに乗って、意識をさらに遠くへと導く。


「魔王は、竜脈を乱したりけがしたりすることで、呪いに変えているんですね」


 竜脈の本流からは、支流が数えきれないくらいに伸びている。その何本かの先に、うずを巻いた激流があったり、暗く変色した部分があった。

 そして、そうした異質な部分から、魔物が吐き出されているように感じる。


おそれ多くも、竜脈を穢すとは。老婆ろうばのやることなんぞを、絶対に真似するでないぞ?」


 もちろん、絶対にそんなことはしません。

 とはいえ、魔王が堕とした「呪い」のおかげで、僕は魔物が出現する秘密を、ほんのちょっとだけ知ったような気がします。


 魔物は、竜脈や世界の穢れから出てくるんだね。

 それに、穢れから生まれている、とは感じられないから、魔物は幾重にも重なり合った世界のどこかの層から、穢れを利用して、僕たちが見たり感じたりできる世界に干渉してきているのかもしれない。


「汝にかかれば、魔物学者も真っ青であるな」

「南の賢者の人たちに論文を出したら、僕も賢者になれるかな!?」


 なんて冗談を言いつつ、もっと意識を遠くへ広げていく。

 すると、遥か西の地、竜峰の麓に広がる深い森の奥で、ルイセイネとライラ、それにレヴァリアの気配を感じた。


「ルイセイネたちも、頑張っているみたい」

「汝は、面白いことを考えおったな」


 僕の意識を追うように、スレイグスタ老も同じものを感じ取っているみたい。


「ふっふっふ。凄いでしょ?」

「しかし、これはちと、大掛かり過ぎはせぬか?」


 僕が仕掛けたとっておきに気づいたスレイグスタ老が、ちょっとだけ驚く。


「最初は、伝説級の魔物まで出現しちゃったらどうしよう、と警戒して準備していたんです」


 巨人の魔王に、話を聞いたことがあるよね。

 魔物のなかには、伝説の魔獣に匹敵するような化け物も存在するんだ。

 そんな、恐ろしい魔物までおびきき寄せてしまったら、どうしよう。


 でも、僕の心配は杞憂きゆうに終わった。

 話を聞いた魔王が、笑っていたっけ。


「いくら私の呪いでも、それほどの魔物は釣れん。ああいった存在は、何者かが出現などを操れるようなものではない。それこそ、妖魔の王の方が可愛いくらいの存在だ」


 今回の、呪いで魔物を呼び寄せ、妖魔をえさにして、妖魔の王を釣り上げる、という特殊な作戦は、女の子が現れる地点だから、という特別な条件があるからできるものであって、普通は、大森林のように魔物の巣が蔓延はびこる地帯になる程度だ、と巨人の魔王は説明してくれた。


「だから、あれは伝説級の魔物用じゃなくて、対妖魔の王のための備えです」


 果たして、ルイセイネたちは遠くで何をしているのか。

 僕は、これこそが妖魔の王への切り札になると思っている。


「油断なく、万全を期す。結果的に過剰であれば、後々の笑い話にすれば良いのだ」

「ずっと語り継がれる笑い話になると良いな」


 のちの歴史学者や吟遊詩人ぎんゆうしじんさんが、この前代未聞の大作戦をどう伝えるのか。

 それは、将来のお楽しみです。


 と、アレスちゃんと霊樹ちゃんに竜気を与えながら瞑想していると、城塞の一画で騒ぎが起きた。

 これまでになく激しい爆発音が響き、怒号が飛び交う。

 そして、楼閣に備えられていた警鐘けいしょうが激しく叩かれる。


 何事か、と寝ていた者たちも慌てて飛び起き始めた。

 僕も、異変に気付いて瞑想を中断させた。


 警鐘が鳴り響くなか、戦慄を含んだ叫びが僕たちの耳に届いた。


邪族じゃぞくだ! 邪族が出たぞ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る