暖炉の前でぬくぬくと

「それで、その後はどうなったのでしょうか?」


 暖炉だんろの前でお茶を飲みながら、ルイセイネが僕に質問をした。


 あれから。

 僕たちは、プリシアちゃんを無事に連れて帰る、という厳しい任務を成功させて、こうして実家の居間で寛いでいるわけです。


 王都は、未だにお祭り騒ぎが続いている。

 まあ、昨日の朝に出発して、今日の夕方に戻ってきたわけだから、時間的に急に落ち着くなんてことはないよね。

 そして、ルイセイネやセフィーナさんの話からすると、今年はこのままの騒がしさで年末年始を迎えることになるようです。


 そんな王都の喧騒けんそうをよそに、僕は家族に禁領の様子を話す。


 暖炉にくべられたまきが、ぱちりと音を立てる。

 穏やかで、心の奥から温まるような空気が居間を包み込み、ふにゃりとお腹の力が抜けて、ついついだらしない姿勢になっちゃう。

 しかも、右からミストラル、左からはルイセイネ、そして後ろからライラが密着してきているせいで、僕は心も身体もほっこりですよ。


 ちなみに、僕の所有権を賭けた勝負に負けた王女三姉妹は、すぐ側で仲良くお酒をみ交わしています。


 そして、連れ帰ってきたプリシアちゃんも、まだ村には帰らずに、今晩は僕の実家でお泊まりです。

 アレスちゃんとニーミアと、そしてアリシアちゃんとで、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいる。


 ……気のせいかな?

 約一名、想定外のお客さんが混じっているよね。

 アリシアちゃんは、禁領で年越しをするって話じゃなかったっけ?


 まあ、その辺はともかくとして。

 僕は、プリシアちゃんたちのお母さんが登場した続きを話す。


「もちろん、みんなで一緒に怒られたよ?」

「エルネア。貴方はなんで、それを楽しそうに言うのかしら?」

「いやいや、だってさ、ミストラル。これはもう、予定調和よていちょうわのようなものだよ?」

「それをリディアナさんが耳にしたら、きっと呆れてため息を吐くでしょうね」


 と言うミストラルも、禁領での騒動を話す僕を見て苦笑していた。


「エルネア様、それでは、モモ様は?」

「うん。実は、もう帰っちゃったんだ」


 そうなんだよね。

 居間のなかにも、王都の空や実家の屋根上にも、大鷲の姿はない。


 モモちゃんの予定や気持ちをんで、考えて話しなさい。と、プリシアちゃんたちのお母さんに怒られた僕たち。

 それで、僕たちは遅ればせながら、改めてモモちゃんの気持ちを確認した。


「嬉しい。ありがとう」


 すると、モモちゃんは大鷲を通して、素直な気持ちを僕たちに伝えてくれた。


「魔女に会いたいの。すぐに会えないのは、ちょっとだけ悲しい。でも、お友達がいっぱいできて、嬉しいよ」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんの抱擁から解放された大鷲は、翼を大きく広げて、喜びを表現してくれた。

 ぴょんぴょんと跳ねる仕草が可愛くて、プリシアちゃんが真似をする。

 そして気づけば、大鷲とプリシアちゃんと、アレスちゃんとニーミア、それにアリシアちゃんが輪になって、喜びの小躍こおどりをしていた。


「エルネアたちと出会えて、いっぱい楽しいことを知ったよ。だから、もっと頑張れる。悪者から、みんなを守るの。でも、いっぱい遊びにきてね?」


 それが、モモちゃんのささやかな願いだった。


 僕たちは、モモちゃんと固く誓い合う。

 もう、モモちゃんをひとりにはしない。

 みんなで助け合ったり、遊んだり。

 もちろん、僕もアリシアちゃんも、モモちゃんを魔女さんに会わせる約束を交わした。

 魔女さんが禁領に現れたときか、南の賢者のもとを訪れたときには、必ず知らせる。

 そして、お互いに行き来しあい、もっと交流を深めようと約束したんだ。


「んんっと、ニーミアが飛んでくれるんだよ」

「頑張るにゃん」

「つまり、プリシアもそれに同行するわけね?」

「ふっふっふ。ミストラル、その心配は無用だよ? なにせ、その辺はプリシアちゃんのお母さんがちゃんと手綱たづなを取ったからね」

「エルネア君、それは自分の自慢にはなりませんよ?」

「なぜ貴方は、リディアナさんの苦労を自分の功績のように胸を張って自慢するのかしら?」

「はっ! そこに気づくとは、ルイセイネもミストラルも、鋭いね!」

「エルネア様、素敵ですわ」

「ライラだけは、素直に感心してくれた!」


 アリシアちゃんは、魔女さんに頼らなくても、なにやら長距離の移動方法を持っているらしい。


「エルネアには秘密だ」

「だって、教えたら会得しそうで怖いもの」


 と、ユンユンとリンリンが言っていたので、どうやらこの二人も知っている様子だったけど、僕には教えてくれなかった。

 なんだろうね?

 気になります!


「ということで、アリシアちゃんは自前の移動手段で往来できるみたいなんだけど、モモちゃんは空間転移とかできないからね。なので、僕たちがモモちゃんのところに遊びに行ったり、逆に遊びにきてもらうときは、ニーミアにお願いすることになったんだ」

「それじゃあ、モモがアリシアのところに行く場合は、どうなるのかしら?」

「そのときも、ニーミアにお願いすることになったんだよね?」

「にゃん」


 魔術によって、大鷲を具現化することができるモモちゃん。

 僕たちは、その大鷲で天上山脈を移動したわけだけど。

 そもそも、モモちゃん自身は、天上山脈から出たことがない。

 なので、モモちゃんが大鷲に乗って遊びに行くと言いだしたときには、みんなで慌てちゃったよ。

 なにせ、モモちゃんは大魔術師ではあっても、世間を知らない女の子だからね。

 それで、ニーミアが役目を買って出たわけです。


 ただし、そこでプリシアちゃんたちのお母さんが忠告を入れてきた。


「プリシアは、行ってはいけません」


 僕たちと一緒に天上山脈へ遊びに行くことまでは渋々と了承してくれたんだけど。その先は、まだ僕だって行ったことがない地域なんだ。

 それで、たとえニーミアが飛んでくれるとはいっても、プリシアちゃんが同行することは禁止されちゃった。

 プリシアちゃんが、アリシアちゃんの住まいを訪れるのは、もう少し先の話になりそうだね。


「それでね。モモちゃんは僕たちと約束を交わしたあとに、ひとりで飛んでいっちゃった」

「ひとりで?」


 これには、僕の報告を聞いていたみんなが驚いた。


「大丈夫なのかしら? 禁領から天上山脈までは、随分と距離があるでしょう?」


 いってみれば、魔族の国を横断することになる。

 それを、僕たちの案内もなく、大鷲は飛んでいっちゃったわけだからね。そりゃあ、心配するのが普通だよ。


「モモちゃんは、もう少し世界を見て回りながら帰りたいんだって。天上山脈に戻るだけなら、自分の存在を目指して大鷲を飛ばせばいいだけだから、空で迷子になることはないみたい。それにさ。大鷲に何かあっても、モモちゃんに影響はないからさ」


 あくまでも、大鷲はモモちゃんが魔術で生み出した仮初かりそめの動物だ。最悪、魔獣に襲われたり、魔族に襲撃されたとしても、天上山脈にいるモモちゃん自身にはなんの影響もない。


「それじゃあ、モモはこれからも天上山脈で頑張るのね?」

「それじゃあ、モモはこれからも天上山脈で戦うのね?」

「うん、東の魔術師は、これからも健在だよ!」


 魔王クシャリラに住処すみかを知られてしまったモモちゃんは、もう生活拠点を変更している。

 新しい住まいを知っているのは、僕やリステアたちといった、天上山脈で会ったみんなだけだ。

 そしてモモちゃんは、新居でこれからも、天上山脈を守護し続ける。

 魔族の越境を阻止し、人族の文化圏を護るんだ。


 ただし、そこに、今後は新たな生活の楽しみが増えたんだよね。

 僕たちと会って遊んだり、南の賢者と交流したり。

 モモちゃんは、それで満足だと言ってくれた。

 もちろん、これは未来永劫に続く話ではないかもしれない。

 いつかは、モモちゃんも疲れて、長い休みに入るかもしれない。

 そのときは、僕たちがモモちゃんに手を差し伸べられると良いな。

 僕の話に、みんなは笑顔で頷いてくれた。


「それで、モモが帰ったあとに、こうして戻ってきたわけね? お屋敷の耳長族たちは、なんて言っていたかしら?」


 僕たちは、モモちゃんを見送ったあとに、予定通りプリシアちゃんを連れて帰ってきた。

 リディアナさんの目を盗んでアリシアちゃんがついてきたのは、気のせいです。


「向こうのみんなは、元気にしていたよ。年末年始くらい、雇い主の僕たちがいない方がみんなもゆっくりできるだろうしね」


 禁領のお屋敷で暮らす耳長族に対して、僕たちは普段においても、厳しいことを強要しているわけじゃない。

 いて言えば、これまでの反省を踏まえて、力で精霊を使役することを禁止しているくらい。あとは、禁領の秩序を乱さないこと。

 それと、神殿宗教に興味を示してくれた人には、ルイセイネとマドリーヌ様から普段の生活に対して、幾つかの注意事項が言い渡されているくらいだ。


 とはいえ、やっぱり僕たちがお屋敷にいない方が、耳長族の人たちだって気楽になれるよね。

 それで、僕たちは実家の方で年を越すから、みんなものんびりとすごしてね、と伝えてきた。


 耳長族の人たちは、嬉しそうにしていたよ。

 これまで、こんなにおだやかな年越しはしたことがない、と泣いている人までいたくらいだ。

 呪いの森で暮らしていたときは、本当に厳しい生活環境だったんだね。

 そして、その耳長族のみんなをひとりで支えていたイステリシアは、もっと辛かったはずだ。


「イステリシアは、ジャバラヤン様のところで年を越すのかしら?」

「たぶん、そうなるんじゃないかな?」

「あのね、プリシアはメイと年を越したいよ?」

「プリシアちゃん、君は春になったら遊びに行くと言っていなかったかい?」

「んんっと、べつばら?」

「それは、別腹とは言わないよ?」

「あのね、ユフィとニーナが言っていたよ? お酒はべつばらって」


 どうやら、プリシアちゃんは本命に含まれない欲望よくぼうのことを「べつばら」と覚えているようです!


「ユフィ、ニーナ?」

「ミスト、なぜそこで私たちが怒られようとしているのかが疑問だわ」

「ミスト、なぜそこで私たちに疑問の視線を向けるのかが疑問だわ」

「んんっと、プリシア。こういうときはね、これはこれ、それはそれって言うのよ?」

「おわおっ。おねえちゃん、ありがとう」

「アリシアちゃん!」


 僕たちは、プリシアちゃんに余計な知恵を与えた姉に、総突っ込みを入れた。


「まったくもう。南の賢者というから、どれだけ立派な人物かと思っていたのだけれど?」

「んんっと、なにせユーリィおばあちゃんの子孫ですからね?」

「リディアナさんも、ユーリィ様の子孫よ? あの人から、どうしてこれほど自由奔放な娘が二人も生まれたのかしら?」

「んんっと、プリシアはよくお母さんに似ているねって言われるよ?」

「んんっと、アリシアもよくお母さんに似ているねって言われるわ?」

「それは、お世辞せじです!」


 二人仲良く頬を膨らませて、ミストラルに抗議するプリシアちゃんとアリシアちゃん。

 姉妹らしい似通った仕草と、自己認識の甘い性格に、僕たちは笑いあう。


「アリシアとは、気が合いそうだわ」

「アリシアとは、わかり合えそうだわ」

「エルネア君、イース家の平和に危機が迫っています! 早く、姉様たちをアリシアちゃんと接触できない場所に隔離して」

「あら、セフィーナ。そういうことを言っていると、天上山脈に修行に出すわよ?」

「あら、セフィーナ。そういうことを言っていると、南の賢者のもとへ修行に出すわよ?」

「あら、姉様たち。それは良い考えね?」

「こ、これは……。あっちの姉妹も、色々と問題ありだね」


 セフィーナさんのことだ。嬉々ききとして修行に出て行きそう。

 そして、双子王女様とアリシアちゃんは、天真爛漫だとか自由奔放という部分で、強い親和性がある。

 こりゃあ、僕がきちんと手綱を握っておかないと、たちまち暴走しちゃうね!


 ミストラルとルイセイネも、耳長族の姉妹や王女姉妹の危険性に気づいたのか、苦笑していた。


「早めに、来年の予定を立てた方が良さそうね」

「そうしませんと、エルネア君が来年も自重せずにわたくしたちを巻き込んで、騒ぎますからね」

「はっ! 二人は、あの姉妹たちじゃなくて、僕のことを危惧きぐしていたのかっ!?」

「エルネア様、わたくしだけはどこまでもついて行きますわっ」


 この夜、実家の居間は、夜遅くまで賑やかだった。

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