来年の目標?

「んんっとね。竜峰よりも東に住んでいる人たちには馴染なじみの薄い言い伝えだけどさ。あちこちを飛び回っていると噂のエルネア君なら、知っているよね? ほら、北の魔女とか、西の聖女とか」


 そう言うアリシアちゃんは南の賢者らしいし、プリシアちゃんにぎゅっと抱きしめられている大鷲を具現化させているのは、東の魔術師であるモモちゃんだよね。

 僕が確認すると、アリシアちゃんは満足そうに頷いて、話を進める。


「そのなかで最も歴史が浅いのは、南の賢者なんだよね。でもさ、考えてもみてよ。東の魔術師はともかくとしてね、それでも、南の賢者だって二百数十年近い歴史はあるんだよ」


 そういえば、魔女さんたちの伝承が人々に広まり出した正確な年代を、僕は知らない。

 双子の建国王であるアームアードとヨルテニトスの伝説から、モモちゃんは少なくとも三百年以上前から活躍していたことはわかるんだけど。

 そして、スレイグスタ老や巨人の魔王の話から、北の魔女さんはそれよりもずっとずっと昔から存在していたことが伺えるよね。

 だけど、南の賢者の起源が二百数十年前だなんて、初耳です。


「んんっと、アリシアが二百歳以上に見える?」

「ううーん……」


 成長過程にある耳長族の見た目と実際の年齢なんて、人族の僕にはよくわかりません!


「んんっと、お姉ちゃんはまだ百……んんっと?」


 大鷲を抱きしめながら、指をいっぱい動かして、最後には首を傾げるプリシアちゃん。

 まだ、大きな数字は苦手なんですね!


 プリシアちゃんの愛らしい仕草に、僕とアリシアちゃんだけじゃなく、様子を見守っているユンユンとリンリンも笑う。

 気のせいか、大鷲も微笑んでいるように感じた。


「そういえば、カーリーさんの実年齢も知らないや。でも、アリシアちゃんがまだ二百歳にもなっていないと考えると、生まれる前から南の賢者なんて言われるはずもないよね?」

「んんっと、そういうこと!」


 プリシアちゃんとアリシアちゃんの口癖は一緒だね。

 たぶんだけど。大好きなお姉ちゃんの口真似をしているうちに、プリシアちゃんにも移っちゃったんだろうね。


「つまり、本物の南の賢者は、別にいるってことかぁ」

「ふっふっふー。それも、半分は正解で、半分は間違いだよ」

「ええー!?」


 ど、どういうことかな?


「もしかして、南の賢者は代替わりをして、現代はアリシアちゃんが引き継いだ?」

「それは、不正解」

「むむぅ」


 何かの出来事や老衰ろうすい、もしくは継承けいしょうによって、前代の南の賢者がアリシアちゃんに役目をゆずったのかと思ったんだけど。

 半分どころか、完全な不正解だったみたい。


 むむむ、と悩む僕。

 むむむむ、と僕の真似をして眉間に可愛いしわをつくるプリシアちゃん。

 すると、大鷲が口を開いた。


「南の賢者は、ひとりじゃないよ。あの迷いの術は、少なくとも三つの系統を複合させたものだったもの」

「迷いの術?」


 はて、なんのことだろう? と首を傾げる僕に、アリシアちゃんが笑顔になった。


「そうそう。ずっと前に、飛んできたことがあるよね? あのときは、みんなで興奮しちゃったよ。東の魔術師って、凄いねって!」


 ふむむ、話が飛んだな。と確信する僕。

 だけど、さえぎらずに耳を傾ける。


「んんっと、話は最初に戻っちゃうんだけど。なんでアリシアが東の魔術師を知っていたかというとね。この子、と言っていいのかな? この、大鷲がね、アリシアたちが暮らしている森に飛んできたことがあるからなの」

「ああ、なるほど!」


 モモちゃん自身は、天上山脈の奥に隠れて引きこもっている。

 だけど、大鷲の魔術を使って、北の魔女を捜索したり、神殿都市を見に行ったこともあるんだよね。

 それで、南の賢者が住むという森にも、翼を向けたことがあるんだね。


「とても複雑な術で、突破できなかったよ?」

「んんっと、あれを簡単に突破されちゃったら、アリシアたちの面目は丸潰れですから!」


 モモちゃんの魔術でも突破できなかったという、複数の系統が複合した迷いの術。

 迷いの威力は、プリシアちゃんとアレスちゃんの迷いの術以上かな?


 おそろしや。


 とはいえ、面白い事実に気づいちゃった。


「複合された術ってことはさ。つまり、その森には耳長族以外の種族も生活していて、共同で守護しているってことだね?」

「おおっと、正解に近づきました。ちなみに、耳長族はアリシアだけだよ?」

「はい?」


 答えまであと一歩。と思ったら、思わぬ落とし穴に落ちて、振り出しに戻った感覚です。


「ええっと。アリシアちゃんは普段、その森で暮らしているんだよね? だけど、耳長族はアリシアちゃんだけで? でも、モモちゃんの話だと、南の賢者は複数人いるんだよね?」


 はい、意味がわかりません。

 森にアリシアちゃんしか耳長族がいないのであれば、南の賢者とはアリシアちゃんのことを指し示す称号じゃないのかな?

 それなのに、南の賢者は複数人いるという矛盾。


「もしかして、アリシアちゃんが今こうして奔放に出歩いているように、他の賢者さんも普段は各地に散っている?」

「それも、半分は正解で、半分は間違え」

「うにゃーっ!」


 混乱、こんらん、こんらーんっ!


 何もかもが半分しか正解しなくて、僕はへこたれちゃう。

 へなへなっ、と力なく座り込む僕。

 すると、アリシアちゃんが僕の頭をわしゃわしゃっ、と撫でてくれた。


「んんっと、ごめんね。意地悪をしているわけじゃなかったんだよ?」

「うん、わかってます」


 アリシアちゃんは、プリシアちゃんが大好きな、自慢のお姉ちゃんだもんね。

 一連のやりとりは、悪意からのはぐらかしじゃない。

 僕が少しずつ答えに近づいていく様子が、アリシアちゃんにとって楽しいことだっただけなんだよね。

 だから、僕だって嫌な感じは一切受けなかったし、なぞなぞを解いているようで楽しかった。


 だけど、限界です。

 答えがわかりません!


 僕が降参すると、アリシアちゃんは「仕方ないなぁ」と笑いながら、最後の手がかりを与えてくれた。


「んんっとさ。賢者ってたしかに耳長族の称号だけどね。でも、耳長族が占有で名乗れるものじゃないよね?」

「あっ!」


 そういうことか。


 僕は、先入観に囚われすぎていて、思考がり固まっちゃっていたんだね。

 耳長族の称号なんて、普通に生活をしている人族にはほとんど知られていない。

 そうすると、人族が普段「賢者」と指す人物とは、耳長族の偉い人じゃなくて、立派な人格者や能力の優れた人や、頭のいい人なんかだよね。


「つまり、南の賢者とは……」

「んんっと、そこから先は、自分の目で確かめなきゃね」


 答えにたどり着いた僕の唇を、アリシアちゃんが人差し指で押さえた。

 つまり、この場の会話で済ませるのは、もったいないってことですね!


「んんっと、そんなことよりもーっ!」


 突然、大鷲に向き直ったアリシアちゃんは、プリシアちゃんと一緒に大鷲を抱きしめた。


「かっわいいー! ねえねえ、お友達になろうよ。んんっと、プリシアともうお友達なんだから、アリシアとも、もうお友達で良いよね? わーい、大親友! 今度、遊びに行くね? んんっと、でもね。天上山脈のどこに住んでいるの? 住んでる場所までは、アリシアもわかんないんだよ」


 怒涛どとうの勢いで、モモちゃんと大親友になったアリシアちゃん。

 恐るべき、問答無用さです!


 大鷲も、プリシアちゃんに抱きつかれたとき以上に瞳を大きく見開いて、忙しなく瞬きをしていた。

 きっと今頃は、水晶の前でモモちゃんはひっくり返っているんじゃないかな?


「んんっと、今年の年越しはモモちゃんと一緒に越そうかな? ねえねえ、お土産はなにが良い? 食べ物? 飲み物? 服かな? 宝石かな? そうだ、次はアリシアのところに来てよ。今度は迷いの術で追い払わずに、歓迎するからさ!」

「んんっと、プリシアとも遊ぼう? あのね、春になったらメイと遊びに行くんだよ。お兄ちゃんに、遊びに連れて行ってもらうの」

「僕も巻き込まれている!?」


 有無も言わさず今後の予定を埋めていくアリシアちゃんと、便乗する妹のプリシアちゃん。


 恐るべき姉妹です。


 そして、思います。

 プリシアちゃんがこのまま順調に成長していくと、アリシアちゃんのようになるんだね。

 見た目とか、体型とか。性格とか!


 だれかーっ!

 プリシアちゃんの成長を矯正きょうせいしてくれる賢者さんはいませんかー!


「ユンお姉ちゃんと、リンお姉ちゃんの仕事にゃん」

「ん? 我がなんだ?」

「なになに?」


 賑やかな姉妹に微笑んでいたユンユンとリンリンが、不思議そうにニーミアを見た。


「んんっと、そうだ! アリシアも、東の大森林に行ってみたい。ランランちゃんにも会いたいよ? それと、それと!」


 プリシアちゃんの数倍は好奇心旺盛なアリシアちゃんが、瞳を輝かせてユンユンとリンリンを振り返る。

 ユンユンとリンリンは、嫌な予感でも感じたのか、顔を引きつらせて後退あとじさった。


「んんっと、天上山脈の精霊の騒ぎに気づいて良かった! そして、あれでなんとなく、噂に聞いていたエルネア君を連想できたアリシアって、天才だわ!」


 どうやら、モモちゃんが南の賢者を探して大鷲を飛ばしたように、アリシアちゃんも精霊を通して天上山脈の様子を見ていたんだね。

 でも、そこから僕の存在に繋げて、しかも禁領にまでやってくるだなんて、まだ不自然すぎる点がある。

 そもそも、アリシアちゃんは誰の許可を得て、禁領に入れたのかな?


 僕が疑問を口にすると、にこりと微笑まれた。


「んんっと。あの子も、魔女に連れられてここに来たことがあるんでしょ?」

「あの子……? もしかして、アーダさん?」

「ふふふっ。あの子、ここでもあんな安直あんちょくな偽名を名乗ったんだね? 可愛いなぁ。あっ。偽名だってことは、内緒だった!」

「いやいや、口に出しちゃったなら、もう遅いですよ。それに、アーダさんが偽名だってことは、僕たちも知っていましから」


 とはいえ、どうやらアリシアちゃんもアーダさんのことを知っているらしい。


「んんっとね。アーダが幼かった頃に、短い期間だけど面倒を見たことがあるんだよ。えっへん、アーダに精霊術の基礎を叩き込んだのは、このアリシアさんですからね?」

「えっ! アーダさんって、精霊術が使えたの!? でも、アーダさんは……」

「あっ、しまった。今のは取り消しでお願いね? 基礎知識を教えただけだよ。精霊たちと仲良くなる方法とかね」

「そういうことにしておきましょう」


 巫女様って、法術以外の術は使用禁止なんだよね。

 でも、知識を得ることは禁止されていないわけだし。

 僕みたいに、精霊術は使えなくても、精霊さんたちに協力をしてもらうこともできるわけだし。

 そういうことにしておきましょう。


「んんっと、そのときに魔女に借りがあってね」

「まじょ!」


 ぴかーんっ、と大鷲が瞳を輝かせた。

 きっと、モモちゃんも瞳を輝かせているに違いない。


「んんっと、魔女が気になるの?」


 大鷲を見るアリシアちゃん。


「モモちゃんは、魔女さんと仲良くなりたいんだよ」

「んんっと、そういうことね。それじゃあ、アリシアと仲良くしていたら、魔女に会えるかもよ?」

「本当に?」

「本当、本当。だって、ここに送ってくれたのだって、魔女だし」

「そうか。アリシアちゃんは、魔女さんに許可をもらっていたんだね」


 合点がいきました。

 魔女さんは、どうやら南の賢者とは少なからず交流があるみたい。

 そして、その伝手つてでアーダさんが幼少の頃にお世話になったり、アリシアちゃんがこうして禁領に来られたというわけか。


「でもね、魔女って気難しいから。こちらからだと、会おうと思ってもなかなか会えないんだよね」


 ごめんね、と大鷲の頭を優しく撫でるアリシアちゃん。

 この辺に、性格が現れているね。


 自分と仲良くしていれば、魔女さんに会える。という希望と、だけど確実ではない、という負の要素も正しく伝える。

 普通だと、負い目や自分に不都合な情報は、隠したくなるところなんだけどね。

 アリシアちゃんは、包み隠さずモモちゃんに伝えた。

 とても公正で、正直だと思う。


 明るく、元気いっぱい。

 そして、好奇心旺盛で、正直者で、優しい。

 こういう部分は、アリシアちゃんであれプリシアちゃんであれ、最大限に評価できるんだけどなぁ。


 だけど、自由奔放すぎて、周りを巻き込むところが玉にきずです。

 現に、アリシアちゃんはモモちゃんの同意を得ないまま、ずんずんと年末年始の計画を立てていく。

 そして、春以降の予定を、プリシアちゃんが埋めていく!


 モモちゃんは、二人の姉妹の勢いに飲まれちゃって、わしわしと可愛く足踏みしながら、目を丸くするばかり。


「モモちゃん、天上山脈でひとりは寂しくない? なら、アリシアがいっぱい遊びに行ってあげるね?」

「んんっと、プリシアも行くよ。 ねえ、ニーミア?」

「にゃん」

「いこういこう」

「おわおっ。アレスちゃんもね!」

「……つまり、連動して僕も巻き込まれるというわけですね?」

「仕方あるまい、お前はプリシアの保護者だろう?」

「これは、エルネアの責任だし?」

「うっ……」


 そりゃあ、禁領にモモちゃんを招待したのは僕ですよ?

 だけど、そこでアリシアちゃんと出逢ったり、東の魔術師と南の賢者に交流が生まれるなんて、予想外過ぎます!

 しかも、アリシアちゃんを通して、魔女さんとの繋がりもできちゃうなんて……


「困った! このままじゃ、おだやかな年末年始が遠のいちゃう!」


 僕は、みんなと一緒に、暖炉だんろの前でぬくぬくと過ごしたかったのに……


「んんっと、早速荷物をまとめなきゃね!」


 今からでも出発しそうな勢いの、アリシアちゃん。


 だがしかし!


 そこへ待ったをかけたのは、竜王の森からの来訪者だった。


「アリシア、プリシア!」


 びくんっ、と痙攣けいれんしたあとに、身体を硬直させる姉妹。


「プリシア、貴女は竜の森の村で年越しすると、前に約束したわよね? アリシア、貴女もたまにはこちらでゆっくり過ごしなさい」


 振り返らなくても、わかります。

 プリシアちゃんとアリシアちゃんのお母さんの登場に、僕まで緊張してきちゃった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る